私が隣の芝生のあまりの青さに目をやられて卑屈になっていたのは
子供を産んですぐの頃。
慣れない育児、寝ない我が子に不眠不休ともいえる毎日が続き
今まで学校の勉強や仕事の現場で培ってきたスキルが全く役に立たないことに打ちひしがれて絶望しつつも泣く我が子と共にある日々。
ふと、隣を見ると定時に帰って赤ちゃんの世話をする旦那さんの姿が目に入る。
うちの夫は定時で帰れたことなどないのに。
ふと、隣を見ると公園で子供と一緒に遊ぶ旦那さんの姿も目に入る。
うちの夫は土日も仕事だったり接待ゴルフだったりで不在がちなのに。
いいな。いいな。うらやましいな。子供を欲しがったのは夫なのに何故私ばかりが育児を一手に担わなければいけないのだろう。
羨ましい。妬ましい。どうしてどうして。
ふと、隣を見ると独身の友達は綺麗な格好をして彼氏とデートをしている。
私なんて化粧するのもままならず
ストレスと疲労で全身にじんましんが出ているのに。
隣の芝生のあまりの青さゆえ眩しすぎて直視することが出来ずに
ひたすら内へ内へとこもっていたあの頃。これがTHE弧育て。
心なんてとっくにダークサイドに堕ちていたさ。
夫が全く協力的でなかったかと言えばそうでもなく
仕事が多忙な割には頑張って時間を見つけては
子供と関わってくれていたように思う。
それでも、他人が羨ましかった。なにせダークサイドに堕ちているからね。
ある日お隣の青い芝生(友達)に向かって「いいな」って言ってみた。
旦那さん定時に帰ってきていいな。うらやましい。って。
私が「お宅の芝生青いですね」って言ったのに対して返ってきたのは
「確かに、育児は楽だけどね。でもね、旦那の晩御飯も早く作らなきゃいけないし
結果、旦那の世話もしなくちゃいけないし、それに定時に帰ってくるってことは給料もそれなりだし、いいか悪いかっていったらいいばかりじゃないよ」
という返事だった。私に気を使ってくれたのもあるのだと思う。むしろとんでもないことまで言わせてしまった。
夫がご飯を美味しいと言ってくれる奥さんにいいね。って言ったこともある。
その時に返ってきた答えは
「いいのかもしれないけれど、味にうるさいから、美味しいだけじゃなくて、味付けがどうのこうの、細かくリクエストし始めるからそれはちょっと嫌」
だんだんと隣の芝生は青いばかりでなく、青くあるためにそれなりの苦労や努力をしているのだとわかってきた。
そして私があまりに昏い目をしながら「いいね」を言うと相手の自虐まで引き出してしまうのには反省。お気を使わせ申し訳ありませんでした。
私が私の生きる場所で限られた条件の中(夫・多忙、金銭感覚無)試行錯誤して毎日をやりすごしているのと同様に、みんなそれぞれに悩みながら頑張っているんだ。っていうのもわかった。大変なのは自分だけじゃない。
それで、隣の芝生が青く見えなくなったかというと、やっぱり青いまま。
隣の芝生はどうしたって青いんだ。
今はもう昏い目なんかしていないし(多分)
心はダークサイドにあるかもしれないけれど(性分)
隣の芝生の青さは直視できるようになった。
今は相手の自虐を引き出さずに「青いね」「いいね」って伝えられているように思う。何度もしつこく伝えると嫌がらせかストーカーなので、サラリと会話の中では1度だけ。お世辞や思ってもいないことはいいねって言わない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
そしてこれは蛇足的なことなのだけど、
みんなどうしているの?って疑問。
実は、多忙で子供と関わる時間が少なくてもちゃんと子供を愛していて仕事も頑張っている夫も、かなり「いいね」と思っているのだがなかなか伝えられない。
みんなちゃんと言葉にして伝えているものなの?
伝えられていないのは私だけ?