「デモやストは負け犬の遠吠え、社会不適合者の泣き言だけど、ガンジーやキング牧師は偉大。」
「お金を払わずにも商品を盗ることやサービスを受けることは窃盗です。万引きは犯罪です。でも、企業がお金を払わずに従業員を働かせることは、社会人なら当たり前に許すべきことです。」
「失業率の高さは社会問題として扱うけど、失業者は個人の問題として切り捨てます。」
「老害が、「最近の若者」と自分達を一括り批判するのは許しませんが、私たちは「ゆとり」「中ニ病」を、一括りにして批判します。」
「名刺の渡し方が綺麗でない相手を叱るのは当然であり、ビジネスマナーは社会人として当然身につけるべき常識ですが、駅でゲロ吐いたり、ホームで寝たり、レストランやコンビニで店員に怒鳴り散らすのは大丈夫です。」
「怒ってくださるお客様は神様です。クレームがなければ、自社の悪いところや改善すべきところに気づけないので、クレームを下さるお客様を大切にしましょう。」「日本人の癖に日本批判とか最低だろ。」
「外国のストリートチルドレンや、貧困ゆえにその日の暮しで家をもてない人はかわいそうなので、募金すべきです。募金しない人は鬼畜です。でも、日本のホームレスは臭いのでレストランに入らないで欲しい。」
「社会の理不尽はどうせなくならない」「社会の理不尽にあわせるのが大人」「社会と戦うのはガキ・ゆとり・中ニ病」
「デモをしない・選挙に行かない・抗議をしない・ストをしないけど、政府や企業の失態について、私に責任はありません」
「影で文句を言いながらも、正しくないと思いながらも、言われたことにはNOと言いいません」
「何かあったら、政府が上が、と責任回避をします。」
「上の命令に断れないから、自分には責任がありません」「下が自分の命令でミスをしたら、下は臨機応変な対応すべきだったし、自分で考えずに実行するのは間違っています。私には責任が無く、実行した人間の責任です。」
「言われたことしかやれないのは、学生気分がまだ抜けていない証拠です」「言われてもいないことを、勝手にするな。」
「現状の構造的欠陥や不合理により、災害時などイレギュラーな事態が発生したときに、起き得るリスクは、自分以外の人が後で解決してくれます。」
「将来リスクになり得る現状の構造的欠陥に対する解決策は、リスクがある(っぽいから、リスクがないと証明するか、自分が責任を取らずに済むようにさせるか、それを考えるのも面倒だ)から、先送りにして下の世代に任せます」
「自分の不満を社会のせいにするために、ネット上や飲み屋で、日本社会の問題提起はするが、解決策の議論もしなければ、行動なんてもってのほかです。」
「言いだしっぺが全ての責任を負ってください。デモや運動の呼びかけをするなら、参加者は何も考えず、何も責任を取らなくて済むようにお膳立てをしてください。それが出来なければ、言いだしっぺは無責任です。」
「企画を提案する人が、リスクゼロで確実に成功する企画を提案できずに、参加者を募ったら無責任だけど、何もしない私は無責任ではありません。」
「既存の政策・ビジネスに対する代替案には、全力でリスクや効果を検証し、少しでも懸念があるなら、懸案事項の解決を目指すのではなく、代替案をつぶしますが、すでに政策・ビジネスはリスクがあっても効果が薄くても、再検討をしません。」
「途上国の貧困問題と、先進国の責任に関心がありますが、国内の貧困・自殺・無職は自己責任だと思います。」
「無職は甘え。どんな環境だろうと、努力次第でなんとかなるから自己責任だけど、お金があったら子供は私立の幼稚園に通わせ、全力で青田を残したいと思います。」
「いじめは、苛められる人に原因があるけど、政府や企業による国民の搾取は自分達のせいではありません。」
「自分は政府や社会に対して、声を大にして主張しませんが、政府は国民の声にもっと耳を傾けるべき」
「日本人は多神教だから異文化や他者に対して寛容だけど、KYと日本流のマナーに従えない奴や、帰国子女や海外就職などの、一度日本を捨てた奴は、踏み絵もさせずに排斥します。」
「私がしたいことは、みんなもしているから、私がしてもいいはずです。私がしたくないことは、人それぞれ、個性、自由が認められているので、私がしなくてもいいはずです。」
「日本は民主主義国家で、私は有権者ですが、政府の失態について、私には一切責任がありません。」
「阪神大震災死者6千、東北大震災者数1万超、年間自殺者数三万(10万との仮説有)。被災者のために、悲しまない人や不謹慎な人、募金をしない人は鬼畜扱いしますが、自殺者は自己責任なので迷惑かけずに死んでください。」
「日本で震災があったら、食べ物や住むところに困っている人もいるので、被災者以外が食事などに文句を言うのは贅沢な我侭であり、自粛を強制します。アフリカの子供は、どうでもいいです。」
「なぜスティーブ・ジョブズのような人が出てこないか、若者は元気が無い、と言いながら新興産業を虚業と呼んでマスコミ・国家を挙げて潰し、成功を収めるまでは出る杭として叩きます。成功を収めても、メディア買収する生意気は潰します。」
「日本在住、非帰国子女の日本人など、ウチ側の人間が、日本に対して文句を言うのは問題ありませんが、外国人や在外外国人、帰国子女など、ソト側の人間が、日本に対して文句を言うのは決して許しません」(ウチとソト)
「学校裏サイトや、2chなどでの誹謗中傷は酷いと思いますが、私たちは赤提灯や給湯室で身近な人の悪口を言います」
「差別はいけません。家では我が子にそう教えます。でも、ピアスと金髪は例外なく全員不良です。15年一緒に過ごして、人格を良く把握している息子がピアスをしても、不良レッテルを貼ります。」
「自分は何もしませんが、ボランティアをする人は文句を言わず、見返りを求めず、自己犠牲に殉じて下さい。私は感謝もしませんし、文句を言うだけですが、ボランティアが文句を言ったり、途中で放棄することは無責任なので許されません。」
「こういう日本人批判記事は辞めてください!すぐに消して謝罪してください!みんな憤慨していますよ!常識というものがないのですか?、と言いますが、憤慨しているのは私だけです。常識ではなく、私の個人的な不快感です。」
「私の不快感はみんなの不快感です。私に不快なことはルールやマナーで禁止されていますなんていうのは自己中心的ですが、他人に注意をしたり批判するときの主語はいつも『みんな』『マナー』『常識』です。」
「日本では水道水も飲めるし、四季もあるし、気候も穏やかだし、治安はいいし、メシも上手いし、日本ほど生活しやすい国は無いと信じています。海外に行ったことないけど。」
「暗黙の了解として存在するルールや認識でも、それを公式に認めたり、はっきりと口に出しちゃう人ってどうかと思う」
「A社の従業員が業務改善のためにA社の欠点を挙げた場合、尊厳を傷つける行為でもなければ、「A社特殊論」でもなく、他社を引き合いに出す必要もありません。A社を日本人と置き換えたらと、「外国も」「日本人批判」と、話を逸らします」
・・・・・日本を誇りに思いたいから、日本が好きだからこそ、好きな日本に完璧でいて欲しいという感情がある人って沢山いると思います。それは未熟な考えかもしれないけど、大切な考えではないでしょうか?
もちろん、日本人全員が上記に当てはまると考えていません。全体論ではなく一般論です。「これまでもこれからも全てのカラスは黒い」ではなく「一般的にカラスは黒い」です。私は、日本が好きです。好きですが、割り切れない気持ちもあります。それは恋人や所属組織との関係として、誰でもが持っている感情でしょう。好きだけど直して欲しいところもある。
また、私がしていることは、「日本人」批判をしているのではなく、「日本人一般に見られる思想・行動」の指摘です。「日本人」批判と、「日本人一般に見られる思想・行動」の指摘の違いは、後者の場合思想や行動の主体が日本人でなくていいし、日本人がその思想や行動を捨てたら、主語は日本人ではなくなります。また、私は「批判」行為そのものを否定していません。批判無くして文明の進歩はありません。ただ、「若者批判はやめろ」と言いながら、一方で「ゆとりは・・」と批判するのは明確なダブルスタンダードだと思うのです。