左翼の壊死 - ミネルバの梟、大江健三郎と辺見庸、ノーサイド

ミネルバの梟は夕暮れに飛び立つ。丸山真男は『日本の思想』の中でこう書いている。「一定の歴史的現実がほぼ残りなくみずからを展開し終わったときに哲学はこれを理性的に把握し、概念にまで高めるという(ヘーゲル主義の)立場を継承しながら、同時にこれを逆転させたところに(マルクス主義は)成立した。世界のトータルな自己認識の成立がまさにその世界の没落の証となるというところに、資本制生産の全行程を理論化しようとするマルクスのデモーニッシュなエネルギーの源泉があった」(P.39)。人間主体が概念の力業によって、その対象の構造と運動を正確に捕捉し終えたとき、その対象の没落と終焉が必然化され、弁証法的な止揚の運命を突きつけられる。戦後日本の左翼の壊死。昨年末からの宇都宮健児の選挙の諸過程は、それを概念化し理論化して提示する上で十分な素材を提供していると思われる。結論から言って、宇都宮健児の立候補と一本化拒否は、市民に対する裏切りであり、戦争へ突入しようとする安倍晋三の権力への左側からの幇助と加担の政治的行為だ。左翼は自らそれを選択し、正当化し、その政治を強行し、その錯誤を阻止すべく動いた市民や知識人を乱暴に排除し封殺した。卑劣な脅しをかけて屈服させようとした。<業界左翼>、<東京左翼>、<学閥左翼>の三範疇が広く人口に膾炙されるとき、「左翼の壊死」は確信となり通念となることだろう。

22年前、関廣野の所論に対する中野徹三たちの反論を読んだとき、私は率直に違和感を感じ、窓社が企画する「論争」そのものへの距離感を感じ、積極的に関心を持とうとはしなかった。中野徹三たちが議論の中でアプリオリに言うところの、「マルクス主義の理論家」とか、「左翼の知識人」というものが、一体どこにいるのか、どんな説得力を一般に提供しているのか、市民のために論壇でどんな活躍をしてくれているのか、よく分からない気分だったからである。言葉が全く伝わって来なかった。マルクス主義の研究者たちは、どれもアカデミーの内奥に逼塞し、歴史の重箱を穿る趣味的な研究に没頭し、税金暮らしの余裕の晩年を送り、そして、現実政治に対して何も発言をしようとはしなかった。22年間、右傾化と新自由主義化ばかりが一直線に進む中、現実政治を批判する論客として姿を現さなかった。その代わりに、彼らが何か有効で有意味な理論を開発して、社会科学の作品を世間に提供してくれればよかったが、日本のネグリは一人として登場しなかった。人も育てなかった。理論家がいない。今日、マルクス主義の理論家なるものは、この国では表象として過去の遺物であり、歴史の遠い彼方の存在である。死んでいる。左翼の壊死の前にマルクス主義者の壊死がある。理論も作らない、政治の発言もしない、人も育成しない、そんな知識人があるのか。彼らこそ、まさに税金泥棒と呼ばれるべき存在だろう。

マルクス主義は日本では死亡している。今日、このことを疑う者はいないはずだ。NYSEの暴落でも起これば、2008年のリーマンショック時のように、経済学の分野では一人か二人が息を吹き返し、マスコミや論壇に顔を出し、マルクスの世界恐慌論の予言を紹介する場面があるかもしれないが、少なくとも政治学ではそれはない。マルクス主義の蘇生や復活は絶対にない。死滅している。今回、漠然と思いが浮かんだのは、大江健三郎と辺見庸という問題だった。1月からの一本化論争で、大江健三郎が発言する機会がなかった。鎌田慧と澤地久枝が一本化に奔走する中で、3.11以来、日本の脱原発運動の先頭に立ってきた指導者の大江健三郎が、一本化に賛成とも反対ともコミットすることがなかった。賛成と言わなかったことも残念だし、それ以上に、この重要な問題で口を閉ざし、局外中立に身を置いたことに私は不本意だ。若くて先のある政治家の山本太郎が、ここで沈黙を守るのは仕方ないし、賢明な保身の選択と言える。しかし、79歳で戦争体験のある大江健三郎が、83歳の澤地久枝や99歳のむのたけじの絶叫を聞きながら、無言で通して場を凌ぐということが許されるだろうか。一本化派の市民も、反一本化派の左翼も、大江健三郎の言葉を聞きたかっただろう。結論は中立でもいい、反一本化(宇都宮派)でもいい、結論ではなく、この重大な事件に遭遇した責任的当事者として、大江健三郎の思考と判断を知りたかった。

大江健三郎は、知識人としての責務を引き受けて、ここで言葉を発するべきだっただろう。どんな発言をし、どんな立場に立ったとしても、必ず非難と罵倒の攻撃のみが返ってきて、苦痛と屈辱だけが残る結果になったに違いない。けれども、知識人はそこで態度を示し、責任を果たさないといけない。今回の問題は、単に脱原発にとってだけでなく、それだけ大きな歴史的転換点だった。最近、辺見庸は、戦後左翼の欺瞞を口汚く罵る中で、大江健三郎の名前を挙げて指弾していた。私は、このことを不快に感じ、記事でも指摘していたのだが、今回、<業界左翼>、<東京左翼>、<学閥左翼>と、心の中にあった言葉を書き並べ、柱にして地面に打ち立て、3本の柱の上に視座を設定して眺めると、見方が逆転して辺見庸に接近していることに気がついた。大江健三郎は、どうすれば脱原発を果たせると思っているのだろうか。毎回、「さようなら原発」の集会の演壇でスピーチをしながら、この国で脱原発をするのはいつで、それはどんな政治だと考えているのだろう。もし、宇都宮健児と同じく、「一回や二回の選挙じゃできない」「何十年も運動を続けることが大事」という考え方を持っているのなら、脱原発運動の指導者を任せることはできない。市民運動を党派の道具にすることは、知識人が率先して阻止すべきことである。ちなみに、鎌田慧は、零細工場の見習工や印刷工から早大一文の露文。澤地久枝は、旧制高女を出て出版社で働きながら早大二文に入り卒。学歴が違う。

今回の都知事選は、1978年の京都府知事選以来の政治の事件で、大きな歴史的転換点となるものだと書いた。そうしたら、Yahoo知恵袋で、誰かが、「1978年の京都府知事選は2014年の都知事選に匹敵するほどの歴史のターニングポイントと言われているが、具体的にはどの様な選挙だったのか」と質問を上げていて、それを見つけて苦笑してしまった。本当に重大な歴史というものは、表で大きな声では語られないのである。どれほど言論の自由がある民主主義の国であっても、言うに言えない政治史の傷跡はあるのだ。それを憚らずに言挙げしたら、現在の社会が根底から揺らぐ事態になりかねない。現在の社会が成り立って平衡しているところの秘密が解き明かされ、現在の社会が、昔からずっと続いてきた自然で盤石な社会の延長であるというフィクションが崩れてしまう。右(東軍)も左(西軍)も、古傷が疼く。喩えて言えば、純朴におおらかに大地で暮らしている北海道の人々に、アイヌとの過去の裏面史を突きつけるようなものだ。だから、今回の都知事選も、時間の流れの中で埋もれ、土を被され、なるべく掘り返されず、検証や意味づけをしないように、つまり一人一人が忘却に努めることになるだろう。この政治戦で、少なくない者が傷ついたはずで、さらに傷つく事件が続くだろう。傷つけば傷つくほど、人はそれを忘れようとするのである。ノーサイドだと言うのだ。今後、都知事選については、ノーサイド主義が跋扈し、総括はするなという圧力が左翼の<業界>を覆うだろう。

何となれば、真摯に正面から総括に及べば、<業界>が壊れてしまうからである。左翼の<業界>に寄生している者たちには、それはメシの食い上げであり、したがって、ノーサイドを喧伝して割れた皿にガムテープを貼るしかないのだ。1978年の京都府知事選は激戦の死闘だった。春の都大路に全国から若い左右の兵隊が結集し、壮絶な市街戦が繰り広げられた。当時、全国の大学で勢力を台頭させていた勝共連合(原理研)が、そして、その後の日本の選挙で最も強大な軍事力となる創価学会が、右の両陣営(林田:山田)で屈強の歩兵部隊を構成した。釜座城は落城、西軍の兵は散り散りになって逃亡する。あのとき、23歳で東大生だった志位和夫も、27歳の若林義春も、おそらく二等兵として出陣していたに違いない。兵嚢を担ぎ、東京発大垣行きの夜行列車に乗って、西の戦場で這いずり回った経験を持っているはずだ。宮本顕治は、あの一戦に必勝で臨み、勝利を収めて態勢を立て直す所存だった。その勢いで翌1979年の東京と大阪でも連勝し、当時の政界と労働界で進行中だったところの、いわゆる「右翼的再編」に歯止めをかける思惑だった。1978年の京都府知事選が関ヶ原であったということは、その政治を目撃し、その前後の政治史を記憶している者なら、誰でも明瞭に頷くことのできる歴史的事実だろう。そして、短い行数ながら、ここまで書けば、その歴史がどうして大きく語られることがないのか、歴史的転換点という位置づけを正史で与えられないのか、そのことも了解してもらえるだろう。歴史は勝者が書くものなのだ。

今回の都知事選は凄絶な内ゲバだった。36年前の1978年の京都府知事選も、基本的に内ゲバの政治事件である。内ゲバと厳しい敗北。敗北が、次の政治の条件を作る。



by yoniumuhibi | 2014-02-18 23:30 | Trackback | Comments(1)
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Commented by pp at 2014-02-18 18:04 x
今回の都知事選で、脱原発という争点が左翼勢力にがんじがらめになってしまったような気がします。

脱原発を本気で成し遂げるためには、イデオロギーや所得階層にとらわれない、幅広い支持が無ければ無理です。3・11後ににわかに言われ始めた「脱原発に右も左もない」の実践が必要です。

しかし都知事選における細川・小泉氏への宇都宮サイドの攻撃が表すように、今後左翼以外で脱原発を掲げても、「お前たちの脱原発は認められない」と、おそらく攻撃の対象になる。

世に倦む日々さんがツイッターで仰っていた、「新自由主義者の脱原発」も、経済合理性の観点からは大いにあり得る(実際古賀氏などは脱原発)のですが、左翼勢力は彼らを認めないでしょう。

このままでは脱原発が左翼の所有物、おもちゃに堕ちてしまいますよ。
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