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創憲会議編の「新憲法草案」批判 (第三回) 2007.08.20   

拓殖大学政経学部教授 高久 泰文 (たかく・やすぶみ)氏

 
<略歴>
昭和16年生まれ
昭和42年東京大学法学部卒業後参議院法制局に奉職。
参議院法制局課長、法制主幹、第三部長を経て退官、現在に至る。
主著『日本国憲法七つの欠陥の七倍の欠陥』(共栄書房)
共著『こんな憲法にいつまで我慢できますか』(明成社)

<編集部注>
今回は逐条批判編の二回目となります。草案そのものは(第一回)に掲載しておりますので、それをご覧になりながら本稿をお読みいただければと存じます。

 逐 条 批 判 編
 
   第三十二条について
 本条は、憲法にはない新設の規定である。ところで、本草案第三十一条第一項では「財産権」という条文の「見出し」でもって、「財産権は、これを保障する。」と規定し、第三十二条では「知的財産権」と言う条文の「見出し」で「知的財産権の保護は、国の責務である。」と規定しており、このように「財産権」と「知的財産権」とを区別して、しかもその規定の表現を変えているのはどういう理由によるものなのであろうか。これは、「財産権」が国等の「公用収用」の対象となるのに対して、「知的財産権」がそのような対象とはならないということからなのであろうか。
 
   第三十三条について
 本条は、憲法第二十二条をほぼ継承したものである。特に第一項及び第二項とも規定内容が「何人も」という主語で始まっているが、この「何人も」という表現は「日本国籍の有無を問わない」という意味なのであろうか。このような疑問の所以は、現に、憲法の基本的人権規定の解釈において、「国民は」とか「日本国民は」という表現に対して、「何人も」という表現の場合には「日本国籍の無い者をも含む意味である」と解する説があるからである。そして、この解釈に対しては、憲法第二十二条第二項は「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」と規定しており、この説からは、例えば、フランス人がフランスの国籍を離脱する自由及び権利を日本国憲法第二十二条第二項が保障するというようなおよそ途方もないことを定めたこととなるわけであり、この説の批判されるところなのである。この点、本草案の起案者はどう考えているのであろうか。
 
   第三十四条について
 本条は、憲法第三十二条を引き写したものであるが、格別の問題はない。
 
   第三十五条について
 本条は、憲法第四十条を「引き写した」ものであり、このため憲法第四十条の規定を巡る問題点について何等の立法的解決を見ないままに、その不都合さを引き継ぐこととなり、立法政策的に大いに問題のあるところである。
 
 要するに憲法第四十条は「無罪」という概念と「無実、無辜ないしは濡れ衣」という概念とを混同した疑いが濃厚なのである。この「無罪」を刑事補償の対象としたことから生ずる最大の「不都合」は、責任無能力者の行為、例えば「殺人」行為が刑事裁判の結果「責任無能力による無罪」と言う確定判決を得た場合には、その裁判等のために責任無能力者の身体を拘束した期間に応じて「刑事補償金」を支払わなければならない事態に至るときである。これが、当該事件の被害者を始めとする広く国民一般の常識に反し、一般国民の感情を害することとなり、正に「泥棒に追い銭」の観を呈すると批判される所以なわけである。このような事案は、実際に起こっているのであり、この憲法第四十条及びそれを承けた刑事補償法の「刑事補償制度」の立法政策的不合理性が指摘されているのであるが、このような現実に対しては何等の立法的解決も払わずに、本改正草案第三十五条はいとも簡単に憲法第四十条を「引き写した」たために、以上の問題を依然として引きずることとなるわけである。
 
   第三十六条について
 本条は憲法第十六条の規定を引き写したものである。ここでは請願事項の主なものを例示的に列挙したものであるが、「法律、命令または規則の制定、廃止または改正」を請願事項の例示として挙げているのであるならば「法律」よりも形式的効力の上位にある最高法規である「憲法の制定、廃止または改正」を請願事項として、先ずは掲げるべきではなかろうか。
 
   第三十七条について
 本条は、憲法第十七条の規定を引き写したものである。その点については格別の問題はないのであるが、ここで「何人も」とあり、このように「何人も」とある場合にはこの権利は日本国籍を有しない者についても保障される権利であるとする説に立つ場合には、国家賠償法(昭和二十二年法律第百二十五号)第六条が「相互保証」を規定していることは同法同条が憲法第十七条に矛盾抵触するのではないかという疑問に至るのである。また、外国人に憲法第三章に規定する「基本的人権の保障」が認められるのか否かという点についての最高裁判所の判決である「権利性質説」に立つ場合においても同様の疑問がある。
 
 このような事情はあるが、この草案の起草者はこの点についてどのように考えているのであろうか。
 
   第三十八条について
 本条は、憲法第十五条を引き写したものであるが、格別に問題とするところはない。
 
   第三十九条について
 本条は、憲法第二十四条を承継したものであるが、新たに二項を追加している。全体として格別に問題とするところはない。
 
   第四十条について
 本条第一項及び第二項は、憲法第二十五条を引き写したものであるが、新たに第三項を設けたことが画期的である。憲法第二十五条の規定の性格については、プログラム説、抽象的権利説及び具体的権利説が提唱されており、本草案第三項は「第一項の権利は、これを具体化する法律の規定に従ってのみ、裁判所にその救済を求めることができる。」と規定することにより従来からの疑義を立法的に解決しようとしている点で大いに評価できるものである。
 
   第四十一条について
 本条第一項及び第二項は、憲法第二十六条を引き写したものであるが、その点については格別問題とする点はない。第三項は「国は、公教育の大綱を作成及び実施する責任を負う。」と規定している新設規定であるが、ここで「公教育」と言う用語をもう少し具体的に表現すべきではなかろうか。
 
   第四十二条について
 本条第一項、第三項及び第四項は、憲法第二十七条を引き写したものであり、第二項は新設の規定である。ここで、憲法第二十七条第三項を引き写した本草案第四十二条第四項は「児童は、これを酷使してはならない。」という規定は現在のわが国においてどのような意義があるのかを検討してみる必要があると思われる。
 
 児童を酷使するということは現在でも発展途上国には多く見受けられる事態であるが、かっての産業革命前後の近代国家の一時期においては、児童酷使の歴史的事実からこのような「児童酷使を禁止する規定」の必要性があったことは十分に理解するところである。我が国においても明治維新以後の近代国家の黎明期においては、児童ばかりではなく広く労働者一般が「日本の労働事情」や「女工哀史」などに記述されているように劣悪な労働条件の下に酷使されて来た事実は我々のよく知るところである。そして、現在においては「年少労働者、女子労働者に対する労働上の酷使」に対しては相当な保護の措置が採られている(注1)のであり、この件について、憲法上に規定することの意義が、もはやそれほど重要なものなのであろうか。むしろ、このような「児童酷使」を謳うことよりも、今日の社会の実態を直視するならば、幼児、児童、女性、老齢者、身体障害者及び精神障害者等のいわゆる社会的弱者に対する放置、虐待、暴力沙汰が日常茶飯事に繰り返されていることの方に思いを巡らすべきではなかろうか。
 
 この点に関して本年5月16日付け読売新聞朝刊によれば「・・・顕著なのは児童虐待の増加だ。1990年度に全国で1万1631件だった虐待相談の対応件数は2005年度には3万4451件と約3倍になった。政府が統計をとり始めた1990年度以降増え続けており、「虐待に対する世間の意識が上がり通報が増えたこともあるが、養育力の低い家庭が増えたことも一因と厚労省は見ている。こうした結果、小子化で子どもの総人口が減るなかで、児童養護施設などで暮らす要保護児の数は年々増加。1995年には子どもの757人1人の割合だった要保護児童は、2004年には551人に1人の割合になった。」と報じている。
 
 児童虐待については既に「児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)」第二十八条が「保護者の児童虐待等の場合の措置」、第三十四条が「児童保護のための禁止行為」などを規定しており、さらに「児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年法律第八十二号)」の成立を見たわけであるが、前述の読売新聞の報道のように「児童虐待」は増加の一途を辿っているのである。このような「虐待」は児童ばかりではなく、前述のように廣く社会的弱者に行われており、やはりそれが増加傾向にあるのである。
 
 従って、このような社会の実態に対処するためには「児童」を含めた社会的弱者にこそ、その保護についての規定が憲法上に設けられるべきなのであり、憲法第二十七条第三項及びそれを引き写した本改正草案第四十二条第四項の「児童は、これを酷使してはならない。」という規定は、いかにも時代遅れの「間延びした規定」のように思われてならない。
 
 かくして、本項は、「児童その他の社会的弱者は、あらゆる虐待から守られなければならない。」と規定すべきである(注2)
 
(注1) 憲法第二十七条第三項を承けて、労働基準法には第五十六条の「年少者の使用禁止」、第六十一条の「十八歳未満の者の深夜業の禁止」、第六十二条の「十八歳未満の者の危険有害業務の就業制限」、第六十三条の「十八歳未満の者の坑内労働禁止」等の規定が設けられている。
(注2) この点、法律の方が社会の実態に即応しており、平成17年には、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成十七年法律第百二十四号)」の制定、公布がなされている。
 
   第四十三条について
 本条は、憲法第二十八条の規定を引き写したものである。憲法第二十八条では「勤労者」に対して労働三権を保障しているのであるが、その労働三権を保障されている「勤労者」には「公務員」は含まれるのか否かということは従前から問題となって来ているのであり、そのことは憲法第二十八条を引き写した本改正草案第四十三条についても問題となわけである。この点について最高裁判所の判決は、公務員も憲法第二十八条に規定する「公務員」に含まれるが公務員の地位の特殊性から同条に規定する「労働三権」が法律により制限されることがあってもその法律は憲法違反ではない旨を判示している。しかし、法律の規定によれば、自衛隊員、消防職員、監獄職員、海上保安庁職員、警察官には労働三権のすべてが否定されているのであり、こうなると、これらの公務員は「勤労者」に含まれるということの意義はないのと同様であり、この点を含めて、憲法改正の機会において「公務員と労働基本権の保障」の関係についての立法的解決を図るべきではなかろうか。
 
   第四十四条について
 本条は憲法には見られない新設規定である。しかし、この「環境権」と称する権利については我が国の「公害防止、環境保全」の諸対策が深化する中で種々の公害対策立法、環境保全立法が制定され、これらの法律の実施に伴って我々の生活環境の維持改善が為されてきたことは否定できないわけである。そしてこの場合の公害立法ないしは環境立法の憲法上の根拠を求めるとするならば、第十三条ないしは第二十五条であると一般的に解されている。
 
 公害防止立法ないしは環境保全立法と総称される法律群数多く制定されており、それらを公布の順に掲げると以下のようである。
 
○ 建築物用地下水の採取の規制に関する法律(昭和三十七年法律第百号)
○ 環境事業団法(昭和四十年法律第九十五号)
○ 公害対策基本法(昭和四十二年法律第百三十二号)
○ 公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(昭和四十二年法律第百十号)
○ 大気汚染防止法(昭和四十三年法律第九十七号)
○ 騒音規制法(昭和四十三年法律第九十八号)
○ 公害紛争処理法(昭和四十五年法律第百八号)
○ 公害防止事業費事業者負担法(昭和四十五年法律第百三十三号)
○ 海洋汚染防止及び海上災害の防止に関する法律(昭和四十五年法律第百三十六号)
○ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和四十五年法律第百三十七号)
○ 水質汚濁防止法(昭和四十五年法律第百三十八号)
○ 農用地の土壌の汚染防止に関する法律(昭和四十五年法律第百三十九号)
○ 人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(昭和四十五年法律第百四十二号)
○ 公害の防止に関する事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(昭和四十六年法律第七十号)
○ 悪臭防止法(昭和四十六年法律第九十一号)
○ 特定工場における公害防止組織の整備に関する法律(昭和四十六年法律第百七号)
○ 公害等調整委員会設置法(昭和四十七年法律第五十二号)
○ 自然環境保全法(昭和四十七年法律第八十五号)
○ 金属鉱業等鉱害対策特別措置法(昭和四十八年法律第二十六号)
○ 瀬戸内海環境保全特別措置法(昭和四十八年法律第百十号)
○ 公害健康被害の補償等に関する法律(昭和四十八年法律第百十一号)
○ 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(昭和四十八年法律第百十七号)
○ 防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律(昭和四十九年法律第百一号)
○ 船舶油濁損害賠償保障法(昭和五十年法律第九十五号)
○ 振動規制法(昭和五十一年法律第六十四号)
○ 特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法(昭和五十三年法律第二十六号)
○ 水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法(昭和五十三年法律第百四号)
○ エネルギー使用の合理化に関する法律(昭和五十四年法律第四十九号)
○ 広域臨海環境整備センター法(昭和五十六年法律第七十六号)
○ 浄化槽法(昭和五十八年法律第四十三号)
○ 湖沼水質保全特別措置法(昭和五十九年法律第六十一号)
○ 特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律(昭和六十三年法律第五十三号)
○ スパイクタイヤ粉じんの発生の防止に関する法律(平成二年法律第五十五号)
○ 自動車から排出される窒素酸化物及び粒子状物質の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法(平成四年法律第七十号)
○ 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(平成四年法律第七十五号)
○ 環境基本法(平成五年法律第九十一号)
○ 水道原水水質保全事業の実施の促進に関する法律(平成六年法律第八号)
○ 容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律(平成七年法律第百十二号)
○ 環境影響評価法(平成九年法律第八十一号)
○ 特定家庭用機器再商品化法(平成十年法律第九十七号)
○ 地球温暖化対策の推進に関する法律(平成十年法律第百十七号)
○ 特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(平成十一年法律第八十六号)
○ ダイオキシン類対策特別措置法(平成十一年法律第百五号)
○ 資源の有効な利用の促進に関する法律(平成十二年法律第四十八号)
○ 環境型社会形成推進基本法(平成十二年法律第百十号)
○ 食品循環資源の再利用等の促進に関する法律(平成十二年法律第百十六号)
○ 特定製品に係るフロン類の回収及び破壊の実施の確保等に関する法律(平成十三年法律第六十四号)
○ ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法(平成十三年法律第六十五号)
○ 土壌汚染対策法(平成十四年法律第五十三号)
○ 使用済自動車の再資源化に関する法律(平成十四年法律第八十七号)
○ 有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律(平成十四年法律第百二十号)
○ 第二種特定製品が搭載されている自動車の整備の際のフロン類の回収及び運搬に関する基準を定める省令(平成十六年経済産業省・国土交通省・環境省令第一号)
 
 以上に掲げた法令のうち、公害基本法(昭和四十二年法律第百三十二号)は、環境基本法(平成五年法律第九十一号)によって廃止されたが、その内容の相当な部分は環境基本法に取り入れられたことによって、公害基本法は発展的な解消を見たわけである。
 
 かくして、以上のような幾多の公害防止立法及びこれを承継した環境保全立法の制定とその運用のこれまでの実態に鑑みるならば、本改正草案第四十四条は現行憲法には見られない新設の規定ではあるが、「創設的規定」というものではなく、これまでの、そして又現在の公害防止及び環境保全の現状、実態を追認したものであり、種々の環境保全立法(これまでの「公害防止立法」をも含めて)の憲法上の根拠を提供するものということができるのである。
 
   第四十五条について
 本条は、憲法三十条を承継したものであるが、憲法第三十条は「国民は」と「納税義務者」を規定しているのに対して、本改正草案では、この納税義務者を「何人も」と規定していることが大きく異なる点である。現在の国際化した社会においては、各国の納税義務者はその国の国民だけとは限らないのであり、このことは、日本国においても例外ではなく、現に日本国で活動する外国の会社企業に対する課税が行われている。このような実態に鑑みるならば、納税義務者を「日本国民」に限るいわれはなく、従って、納税義務者を「何人も」と規定した本改正草案は実態を追認した規定である。
 
   第四十六条について
 本条は、憲法には見られない新設の規定である。憲法では第九十九条で「公務員の憲法尊重擁護義務」を規定しているが、ここに「日本国民」が規定されておらず、この点については、憲法とは本来、「国家」に対して向けられた法規範であるから敢えて「国民」について「憲法尊重擁護義務」を規定しなかったという説明がなされている。しかし、それでは国民には「憲法尊重擁護義務」はないのかというとそうではなく、主権者である国民には当然のこととして「憲法尊重擁護義務」はあるとするのが一般的な解釈である。そうであるならば、この新設の規定は格別に新しいことを創設したわけではなく、言わば「確認規定」ということである。「憲法」以外の法規範の「遵守の義務」も当然のことを(確認的に)規定したものである。
 
   第四十七条について
 本条は、憲法にはない新設の規定である。しかし、これは創設的規定というよりも当然の「国民の責務」を規定したものであり、やはり「注意的規定」ないしは「確認的規定」である。もっとも、「すべて国民は、国の安全と独立とを守る責務を負う。」という規定をこの「第二章」に配置したことは若干の考慮を要するのではないか。なぜならば、このような表現における「国民の責務」は極めて抽象的であり、「国の安全と独立を守る責務」として、国民は具体的にどのような内容及び程度の「責務」を負うのかが明確でない。
 
 第四十七条の設けられている位置である第二章は「権利および義務」が設けられている「章」であり、そこでは具体的に国民の「権利及び義務」を規定しているのであるから、これらの諸規定との整合性を図るべく、より具体的な内容をもった「国の安全と独立を守る責務」を規定することが望まれるのである。もっとも、憲法上にこの「責務」を具体的に明文化することが必ずしも適切ではないと考えられ、むしろ本条は「すべて国民は、国の安全と独立を守るべく法律に定める責務を負うものとする。」と規定すべきではなかろうか。
 
   第四十八条について
 本条は、憲法にはない新設の規定であり、しかも「創設的規定」というべきものである。もっとも、本条の規定する「行政監察官」は「国会が任命」し、その活動が「国会が委任」するものという点で疑問が残るのである。なぜならば、この改正草案も「三権分立」の統治機構を想定しているわけであるから、そうなると、国会(立法権)と「内閣」(行政権)との均衡を崩すおそれがあるからである。もし仮に憲法下での「行政監察官」の制度を設けるのであれば、「国会」に所属せざるを得ない場合であるが、その場合にも「三権分立」の統治機構であることから、この「行政監察官」の権限にはかなりの制限がなされざるを得ないのであるが、憲法改正によって「行政監察官」を設けるのであれば、その権限等を強化するとともに会計監査の権限が内閣(行政権)から独立である憲法上の機関としての「会計検査院」に認められているのと同様に、行政監査の権限を内閣から独立の、例えば「行政監察院」というようなものとし、これを憲法上に規定して、そこに所属する「行政監察官」が本条に規定する権限を行使することとし、その権限の行使には(本条第二項のような「国会の委任を受けて」ではなく)、行政監察官独自の判断でなし得ることとすべきである。
 
   第四十九条について
 本条は、三権分立の統治機構のうちの「立法権」を「国会」に属せしめたわけであるが、これは現行憲法と全く同じである。しかし、本条に相当する憲法第四十一条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。」と規定しており、このことについては、特に「国権の最高機関であって」の箇所については解釈の分かれるところで問題なのである(注)が、本改正草案ではこの箇所を削ったことは適切な立法措置である。次に、「国の唯一の立法機関である。」の箇所は、憲法上にいくつかの例外が設けられており、例えば、第五十八条第二項では各議院の「規則制定権」、第七十三条第六号では内閣の「政令制定権」、第七十七条では最高裁判所等の「規則制定権」、第九十四条では地方自治体の「条例制定権」及び第九十五条では「地方自治特別法」が規定されている。この点は本改正草案でも同様であり、「国会」以外の国家機関に「法規範」制定権が規定されている(例えば、第六十七条第二項、第八十二条第二項第六号、第八十九条第一項、第九十七項、第百一条や予備第百十三条)。したがって、このような例外を規定していることとの整合性を考えるならば、現行憲法のように国会を「国の唯一の立法機関である」という例外を認めないような表現をしないで、今回、「立法権は国会に属する。」と規定したことは実に適切な表現である。
 
(注)
通説は、「政治的美称説」であり、この説は、国会は主権者である国民から直接選出された国民の代表者で構成する国家機関であることから、三権分立の国家機関のうちでも、他の国家機関より最も尊重されるべき国家機関であることを称した表現であるとされている。従って、「国権の最高機関」ということには何等法的な意味はないとされている。
 
   第五十条について
 本条は、憲法第四十二条とほぼ同文の規定であり、「二院制」を採用するという立法政策であり、格別の問題はない。
 
   第五十一条について
 本条は、憲法第四十三条とほぼ同文の規定であり、格別の問題はない。
 
   第五十二条について
 本条は、憲法第四十四条とほぼ同文である。問題は、現行憲法第十四条第一項と同法第四十四条が同趣旨の「法の下の平等」についてその具体的例示を挙げて規定している点であり、この両条文は無用な重複ではなかろうか。先ず、第十四条第一項は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定している。
 
  一方、第四十四条は「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律で定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない。」と規定している。このように両者共に「法の下の平等」について規定しており、第十四条第一項はその規定の位置から見て「法の下の平等」の総論的規定ということができるのである。そうであるならば、この規定は、当然のこととして第四十四条で「両議院の議員及びその選挙人の資格について法律で規定する」場合にも適用されるわけであり、そうなると、第四十四条但し書きの部分は同じことを謳っているわけだから無用な重複ではなかろうか。
 
 もっとも、第十四条第一項と第四十四条但し書きに掲げられた例示の事項は、全く同じというものではなく、後者には「教育、財産又は収入」が追加されている点では相違があると言える。しかし、「法の下の平等」の見地から差別してはならないとされる事項の具体的な例示に相違があること自体には格別な意義があるのではなく、「法の下の平等」について重複して規定することが無用なわけなのである。従って、第四十四条は但し書きの部分は削るべきであり、このことは憲法第四十四条をほぼ引き写した本改正草案第五十二条の「但し書き」も削るべきなのである。
 
   第五十三条について
 本条は、憲法第四十五条を引き写したものであるが、格別の問題はない。
 
   第五十四条について
 本条は、憲法第四十六条を引き写したものであるが、格別の問題はない。
 
   第五十五条について
 本条第一項は、憲法には直接明文の見あたらない新設の規定である。
 
 第二項は、憲法第四十七条の規定の引き写しである。ここでは「選挙区、投票の方法その他両議院の選挙に関する事項」を「法律」に委任しているのであるが、このように両議院の選挙に関する事項を「法律」に委任していることは、これは立法政策的に必ずしも適切ではないと思われる。例えば、現行憲法の下において参議院が衆議院のカーボンコピーであると批判される原因の一つに、両議院の議員の「選挙区」ないしは「選出方法」に格別の相違がないからである。従って、同質の国会議員が各議院の構成員となるために、制度上第二院である参議院が第一院である衆議院の「カーボンコピー」的な存在になることは避けられないものがあるわけである。現行憲法の下においてこの「カーボンコピー」解消のために、「法律」(例えば公職選挙法等)の次元でもって「選挙区」ないしは「議員選出方法」の工夫が試みられるのであるが、しかしこれは、憲法第十四条等に規定する「法の下の平等」規定との抵触を回避する考慮を払わなければならないために、これらの工夫には大きな限界があるわけである。例えば、参議院を専ら「職能代表制」とする案がよく提唱されるのであるが、これはどのような「職能」を参議院議員の選出基盤とするか、またその各選出基盤に参議院議員の定数をどのように配分するのか等について「法律」の次元で規定することはどうしても「法の下の平等」規定との矛盾抵触が避けられず、立法技術的に無理があるのである。
 
 しかし、憲法においてこのような「職能」を規定し、その規定された「職能」に対して参議院議員の定数を配分することにするならば、仮に、その「職能」の特定、さらにはその「職能」に配分された定数には厳密には平等原則にもとることがあるとしても、それは「法の下の平等」の憲法上の例外として許容されるから問題は生じないわけである。
 
 あるいは、例えば日本国の領域を8乃至10くらいに大別して、つまり、「道州制」として、これを参議院議員の選出基盤とすること考えられる。そして、参議院議員はこの「道州」の代表ということとし、各道州は一律に同数の参議院議員の定数とするわけである。これは、アメリカの上院議員の選出基盤が各州であり、その州は人口の多少にかかわらず二名であることと同様の制度である。現行憲法の下において、法律でもってこのような「道州制」とその各道州の参議院議員の定数がすべて同数であるという制度を規定することは、結局はその道州の人口の多少により、一票の価値に相違を来すこととなるわけであり、やはり憲法第十四条第一項(法の下の平等)に矛盾抵触する虞があるわけであるから、やはり、憲法自体にこのような参議院議員の選出方法の制度を規定することが必要なわけである。
 
 以上のような点からするならば、本改正草案第五十五条第二項は、憲法第四十七条を唯引き写しただけのものとも言い得よう。
 
   第五十六条について
 本条は、憲法第四十八条を承継したものであるが、両院制を採用している以上はこのような兼職禁止は当然のことであり、格別に問題とするところはない。
 
   第五十七条について
 本条は、憲法第四十九条を承継したものである。このようにして国会議員には「国庫から相当額の歳費を受ける。」とあり、また、憲法七十九条第六項及び第八十条第二項では最高裁判所の裁判官及び下級裁判所の裁判官は「すべて定期に相当額の報酬を受ける」と規定している。これに対して、内閣を構成する「国務大臣」については「歳費」とか「報酬」について一切規定していないのは均衡を失するとの批判も起こり得る。
 
   第五十八条について
 本条は、憲法第五十条の規定を引き写したものであるが、憲法第五十四条第二項但し書きで規定する「緊急集会」の開かれている期日の場合の参議院議員の議員活動を保障するための不逮捕特権についても憲法に明文で規定すべきではなかろうか。この点については、国会法(昭和二十二年法律第七十九号)第百条第一項は「参議院の緊急集会中、参議院の議員は、院外における現行犯の場合を除いては、参議院の許諾がなければ逮捕されない。」として、憲法第五十四条但し書きと同様の規定が設けられている。この「参議院の緊急集会」は衆議院が解散されてしまっている場合で本来「国会」で議決すべき緊急の案件が生じた場合には暫定的に「参議院」が「国会」の代行をしてその緊急案件を議決するというものである。そこで、この場合の参議院議員の議会活動を行政権からの不当な圧力から防衛するために「国会の会期中の議員の不逮捕特権」と同じように、「参議院の緊急集会の期間中の参議院議員の不逮捕特権」をも、法律ではなくて憲法に明文の規定を設けるべきではなかろうか。この点、本改正草案第五十八条は、唯単に憲法第五十条の規定を引き写しただけであり、物足りない印象を受ける。
 
   第五十九条について
 本条は、憲法第五十一条の規定を引き写したものであるが、格別の問題はない。
 
   第六十条について
 本条は、憲法第五十二条を引き写したものであるが、格別の問題はない。
 
   第六十一条について
 本条は、憲法第五十三条を承継したものであるが、憲法の規定と異なって、臨時会の招集決定権者が「内閣」ではなくて「内閣総理大臣」であること、各議院の総議員の四分の一以上の要求があったときの臨時会の招集決定をしなければならない国家機関も「内閣」ではなくて「内閣総理大臣」としている。これは、「第四章 執行権」(第七十五条以下)との関係では整合性を有するわけである。要するに「執行権(行政権)」が現行憲法と異なり、「内閣」に在るのではなく、「内閣総理大臣」に在るとすることから、臨時会を招集するか否かの決定をする権限は「内閣総理大臣」となるわけである。
 
 次に、議院からの臨時会招集の要求があったときは「内閣総理大臣は、二十日以内にその決定をしなければならない。」というように「臨時会召集を決定するのに期限を定めた」点は、現行憲法にはないものである。ここで「二十日以内にその決定をしなければならない」ということの意味であるが、これは、(1)臨時会招集の要求があった日から二十日以内に臨時会を招集することを決定すればよいのであり、その臨時会の招集日自体は格別に臨時会招集要求のあった日から二十日以内である必要はない、というのか、(2)臨時会招集の要求があった日から二十日以内に臨時会を招集することを決定すると同時にその臨時会の招集日も臨時会招集要求のあった日から二十日以内でなければならないのか、この点が明白ではない。
 
   第六十二条について
 本条の規定は、憲法にはない新設の規定である。先ず第一項は「衆議院議員総選挙および参議院議員通常選挙の後に国会が召集されたときはすみやかに両院の合同委員会を選出しなければならない。」と規定し、第三項は「合同委員会は、国に緊急の必要が生じかつ国会を召集することができない場合に国会の権能を行使する。」と規定し、次の第六十三条第二項を併せて見るに、要するに「合同委員会の集会」とは、憲法第五十四条第二項但し書きの「緊急集会」に代わるものであることが伺えるのである。
 
 もっとも、憲法の規定する「参議院の緊急集会」とこの「合同委員会」とが、後者は全くそのまま「緊急集会」に代替するものであるかというと、そうでもないようであり、緊急集会は、衆議院が解散されて後の衆議院が存在しない間に「緊急の必要が生じた場合」であるのに対して、合同委員会は、それよりも広いように思われる。なぜならば、本改正草案第六十二条第二項は「国に緊急の必要が生じ、かつ国会を召集することができない場合」と規定してあるからである。つまり、この「国に緊急の必要が生じ、かつ国会を召集することができない場合」とは広く、衆議院が解散中である場合をも包含すると解することができるからである。このようにして「緊急集会」と重複する以外の場合、例えば、衆議院は存在するが、国会閉会の間であって、緊急性が大であるが「臨時会(臨時国会)」を召集する暇がない場合には、より機動性のあるこの「合同委員会」の招集を求めて、それが国会の活動を代行するということであると考えられる。そしてこの合同委員会は、その構成員(委員)の選出が、(1)衆議院解散による衆議院議員総選挙後、・参議院議員の三年毎の半数改選のための通常選挙の後には国会の召集によりその構成員の選出(改選)することによってなされるものであるから、緊急事態の発生毎に構成されるわけではないことから「常設の機関」である。
 
 以上のように、この「合同委員会」は憲法の規定する「参議院の緊急集会」よりも遙かに緊急事態に適切に対処できる「国会の代替機関」であるということができるわけである。
 
   第六十三条について
 本条第一項は、憲法第五十四条第一項を引き写したものであるが、格別の問題はない。同条第二項は、前述のように憲法第五十四条第二項及び第三項に規定する「参議院の緊急集会」に代わる「合同委員会の集会」を求めるべき場合を規定したものである。
 
   第六十四条について
 本条は、憲法第五十五条を引き写した規定であるが、格別の問題はない。
 
   第六十五条について
 本条は、憲法第五十六条の規定を引き写したものであるが、格別の問題はない。

   第六十六条について
 本条は、憲法第五十七条を引き写したのであるが、格別の問題はない。
 
   第六十七条について
 本条は、憲法第五十八条を引き写したものであるが、格別の問題はない。
 
以下次号以降に続く。
 
 
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