アダルティなマンガ家が描く、至高の愛の物語「四谷区花園町」
「表現する喜び、信念をつらぬく厳しさ。誰かとめぐり逢う奇跡、愛しぬくことの尊さ。これは魂の物語です。」(こうの史代)
「素晴らしい 青春漫画の王道だ! “エロ”はどんな時代にも生きる勇気を与えてくれる。映画にしたいと思った」(行定勲)
個人的な話だが、一度だけファンレターを書いたことがある。
正確に言うなら、サイトの掲示板に「感動しました」といった内容を書きこんだというべきか。管理人は高浜寛。オトナでエロティックな恋愛物語の優れた描き手で、ヨーロッパなどで高い評価を得ているマンガ家だ。“乱闘、銃撃、爆破”と、偏差値低めなアクション小説を書いている私にとっては、登場人物のリアリティ、会話のうまさ、官能的な味わいは衝撃的ですらあった。鼻水たらしたボンクラ中学生が、びっとしたオトナの女性に、ひとめぼれした……というような感じだろうか。もう7~8年前の話である。
その高浜寛(男っぽいペンネームだが女性)の新刊『四谷区花園町』(竹書房)を読んだ。昭和初期の色町・四谷区花園町(現在の新宿二丁目あたり)が舞台。エロ風俗雑誌「性ノ扉」のライター・三宅と、デッサン教室でヌードモデルをしていた混血の娘・アキの出会い。ふたりの恋模様を綴ったラブストーリーである。やがて戦争の影がひたひたと迫り、表現の自由はもちろんのこと、ふたりの関係にも影響を及ぼしていく。マンガ家のこうの史代と、映画監督の行定勲がオビに推薦文を寄せているが、抑圧と偏見にさらされながらも、力強く生きようとする人間讃歌の物語だ。
思えば作者は今回に限らず、デビュー当時から一貫して愛しぬくことに、殊更こだわっていたと思う。2001年に「ガロ」で掲載された「最後の女たち」(『イエローバックス』に収録)は、手厳しそうな画商の老婆と、スダレ頭なうだつのあがらない老画家の、何十年にもわたる秘めた愛を取り上げた短編だった。04年に刊行された『泡日』は、特別養護老人ホームを舞台に、OLから認知症を患った老人まで、複数の人間たちの複雑な恋愛事情を重層的に綴っている。
また傑作短編集『凪渡り 及びその他の短編』では、愛し続けることに疲れた男女の黄昏時を見事に描写。10年に刊行された『トゥー・エスプレッソ』は、いくつもの賞を獲得して有名になったフランス人マンガ家(厄年を迎えてスランプ中)が、売れる前に雨降るパリで一晩だけゆきずりの関係を持った日本人女性を思い出し、女性が残したメモを手がかりに愛知県の片田舎の町へと向かう物語だった。数十年もの時を超えた愛と、読者を驚かせるラストが印象的だった。
本作品は、時代が激変する昭和初期から戦時中とあって、理不尽な苦難が待ち受ける。しかし、それゆえにふたりの愛と自由の瞬間は、鮮烈でまぶしく、そして美しい(たいへんエロティックでもある)。高浜寛による新境地にして、集大成ともいえる作品だと思う。
1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計24万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウ
トサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計34万部突破中。
ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。
深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。