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今月は勝手にLDライナー強化月間ということで、
「F91」、「ダンバイン」に続いて、
93年に発売された「Zガンダム」のLDライナーに掲載された富野インタビューをご紹介します。

このインタビューではインタビュアーを庵野秀明氏がつとめており、
実を言うと「逆襲のシャア友の会」のインタビューと同日に収録されております。

逆襲のシャア友の会 富野インタビュー - シャア専用ブログ@アクシズ


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DIRECTOR INTERVIEW 富野由悠季

インタビュアー/庵野秀明

カミーユのモデルになった女性に惚れ込んでいた、あの頃の僕



庵野:「Zガンダム」の企画というのは、放送の前の年、つまり'84年の2月くらいからスタートしているんですが、その時は「聖戦士ダンバイン」の最終回近く。3月に始まる「重戦機エルガイム」の第1話直前ですよね。普通のTVアニメよりかなり早い段階から準備が始まっていたのは、どうしてですか?

富野:「エルガイム」から「Z」は直結だったの?「エルガイム」の時は番組紹介の特番が入ったけれど、「Z」のときは入らなかったよね。一週も空きがなかった。よくやったよね、信じられない。齢とったんですよね、今じゃ体力も気力もなくなって一年も前から思いつきもしない。その話で重要な事がひとつあって。メモが始まる半年くらい前、「ダンバイン」の放送なかばで(83年秋頃)「ガンダム」はビジネス的には再開するだろうということを予想していたの。何もそんな話は聞かされてなかったんだけれど、「新ガンダム」のプランニングに勝手に入っていったんです。「戦闘メカザブングル」「ダンバイン」と続けて2年やった。その時の周囲の状況を考えると、「ガンダム」が再浮上するだろうし、ビジネスとしてずっと続くだろうと。ロボット物2本やって見当がついたんです。「エルガイム」というのは、「ガンダム」をやる前の半分は捨て駒だったんだけど(笑)。基本的には新しいことをやりたい人なんで上手くいけばいいな…、と思っていた。でも「エルガイム」のシナリオが数本上がった段階で、僕にしては作り過ぎの世界観にしてしまったらしいと気付いて、やはり「ガンダム」に行かざるをえないだろうなと。'84年2月くらいから本気になりはじめた。メモにカミーユ・ビダンという名が出てきたのは6月頃かな。その時点では本気になっていた。翌年の次期企画の話というのは6,7月頃に出るものなんですよ。その時までには企画を固めようと、春の終わり頃から主人公の名前探しを始めていて、彫刻家のロダンの弟子のカミーユ・クローデルの名前に行きついた。あの人の経歴(キャリア)が分かった時点で、カミーユを男の名前に使わせてもらおうと決めたんです。実はカミーユ・クローデルのキャラクターを全部カミーユ・ビダンに引き移した。それが「Zガンダム」という作品にとって半分は不幸なんだけど、「エルガイム」で飛んじゃった気分を自分の中に引き戻すためには、カミーユのようなキャラクターでなければやれなかった。

庵野:カミーユ・クローデルって、その後映画にもなりましたけど、その頃は誰も名前知らない人ですよね。半生を精神病院で過ごした女性(ひと)で。カミーユも最終回で精神をやられちゃいましたが、それもクローデルに影響を受けて?

富野:もちろんです。あの時は「エルガイム」の反動で本能的にクローデルみたいな人をモデルにしたんだけど、今ならうまく説明できる。カミーユ・クローデルにとっての師ロダンの位置づけが、カミーユ・ビダンにとってのZガンダムだってっていう。その構造が僕にとって一番シンプルにとらえられる。クローデルとロダンの関係というのは、愛人関係でありながら、じつはロダンの半分くらいの作品を彼女が作ってたんじゃないかという。でも世間的には、クローデルの作品もロダンが作ったんだと見なされて、失意の中で彼女は精神をやられる。反対にロダンという人はそのおかげで美術史に残っていったわけ。でもひとりの人間として考えると、ロダンが自分ひとりで成立していったかといえば決してそうではない。クローデルみたいな人もいたんじゃないか。と同じように、ガンダムだけで「ガンダム」が出来るわけではない。要するに「表現される人と物の関係」を、クローデルとロダンの関係は象徴的に表しているサンプルだったんです。だからカミーユに惚れこんじゃた。

庵野:当時の談話で「僕には今の若い子たちがみんなカミーユみたいに見える」と語ってらっしゃったんですが。

富野:それは感じていた。ロダンの時代だったら鬱病になって、それが高進していって病院に入れられてしまうという人も少なからずいたわけだろうけど、今の時代はある部分それが風俗になることもままあるわけです。価値観や生活様式が変わったことによって、かつての異端児視されていたものが、TOKYOという状況の中では風俗になっちゃってる部分が目につく。ものすごく分かりにくい例で恐縮だけれど、例えばコンビニのおにぎり、僕にはおにぎりの味がしないんです。でも今の子にはそれがおいしいという……。味覚という不変に見えるような感覚でさえ、30年前と今では絶対に違う。それと同じで、以前は異常と感じられていたものが普通の感覚の中にまで忍び込んでいる。それの良い悪いはわかりません。でも「Z」を作っていたころに感じたのは、カミーユみたいな少年が多くなって、オジサンにとってそれは好ましい現象に思えなかったのね。でもこれは自分の中で過去になった作品だからいえるんだけど、風俗で変わるものは、長い目で見ると大した問題じゃないんじゃないかってこと。結局その人のメンタルな部分がどういう育ち方から生まれてきたのかが重要なんで、風俗で変わる部分なんて大した問題じゃない気がしてきたね、最近は。

庵野:今では「Z」を見ていた中高生が社会人になっていますからね。

富野:作り方は意識してないんだけれど、やはり作品てその時代をモロに映しているな。作品ていうのは、作っているときは自分の意思や好みでコントロールできているような気がするんです。ところが7,8年のサイクルで見ると、やせても枯れても「あの当時のもの」ってわかるんだよね。全否定したにしろ不肯定したにしろその時代の反応だから、作品の中に全部時代が残っちゃうのね。口惜しいねえ、名作にならない。名作っていうのは時代を越えるものだから。

庵野:今放映している「Vガンダム」の主人公ウッソは、すごく素直な子に描かれていますが、監督の少年観に変化があったんですか?

富野:違って見えるんじゃないですよね。何を作るときもそうなんだけど、時代に引っ張られたくないと思ってる。子育てを終わった大人になった今なら理想的な子供……こうあってほしいという子供像をきちんと描けるんじゃないかと思ったのね。子供という部分に限っていうとウッソみたいにあって欲しい、と思う部分は作品の中に上手く出ている。問題なのは、そんな理想的な子供が今出てくる環境があるのか?と問うてみると、そんな子は絶対に生まれない世の中になってるんだよね。だからウッソが自立してくれるかは保証の限りではない。だから「Vガン」の最終回はファンタジーにしておかないと、ウッソが死んじゃう。ファンタジーにしきっています。それも7,8年後に見ると「富野はVガンでやっぱりあの当時のこと描いてたんだよね」と、みなさん言ってくれるんじゃないかなぁ。「バブルがはじけて、みんながイジケはじめた大人の世界を、ウッソという子と対比させて描こうとしたけど、結局どっちつかずになっちゃったね」と言われることが、今から想像つく(笑)。「Z」のころは日本中が夢見心地の時代だったからカミーユを描けた。「ロボット物であんな終わらせ方しちゃいけないよ」「うん、知ってる。だからやったんだよ。1本くらいそういう作品があってもいいだろう!」って言えたのよ。でも今年から来年はもう言えないのよ。ずっと不況が続いて世の中全体が暗いんだから。今カミーユが出てきたらたまらんぜ(笑)。だからウッソは「なんでもかんでも生き抜け!」っていう話にしている。

庵野:いやあ「Vガン」はいいですよ!

富野:作品を通してシリアスにものを考えるっていうのは僕の中では「Z」で全て終わってますね。じゃあなぜ「逆襲のシャア」を作ったのかというと、「Z」の企画が決まった時点で「この先シャアとアムロに決着をつけるまでの2,3ほんのシリーズがやらなきゃいけないだろう…と気づいたからなのね。だから「Z」は途中でシャアを引っ込めたの。

庵野:難儀ですね。この間、本放送以来久しぶりに「Z」を数話見たんです。僕も監督を体験したから分かるようになったんですが、かなり混乱がみえるんですよ。特に後半ハマーンを出してしまった時には、この先どうまとめるかと。

富野:まとまらないでしょう(笑)。

庵野:当時はカミーユという主人公がどうしても分からなかった。見直した時におぼろげながらわかったんですが、「あ、主人公なんだけど、この人は傍観者の役目も持ってるな」と。それに加えて、さらにそれを傍観しているシロッコというひとも出てきて、シャアはクワトロ大尉を演じ、アムロは7年間の情けない自分を恥じて、全員が混乱のさなかにいる(笑)。そんな中でアムロやシャアは、カミーユの中に昔の自分をみているんですね。よく同じ過ちを繰り返す描写を入れているんですが、「愚行というのは繰り返さざるをえない」というのを描こうとしてやったんですか?

富野:その描写に関しては、はっきりした理論立てはありません。だから整理されてないし、混乱に見える。「じつはこういう意味が隠されているから、お前らこう考えろ」と言いたいんだけど、それは嘘(笑)。カミーユについては、初期設定については正しいんだけど、僕に問題があった。心の中の内省的な問題を繰り返し提示していって自閉症になる過程をよくわかっていなかった。カミーユを描く時、シャアやアムロのような「本来その劇的空間の中に入ってきてはいけないような人物」を入れることによって描こうとして、心理的プロセスを追えなかった。劇作者として自閉症になっていくプロセスが分かっていなかったのが、わかりにくさのもう一つの原因ですね。やはり僕はTV屋だから、芸人根性的に徹した作り方のほうが性に合ってるし、上手いらしい。カミーユ・ビダンは、僕にとって荷の重いキャラクターだったのは確かです。

庵野:背負ってるものが重すぎますよね。もうひとつ、フォウ・ムラサメというキャラクターは反対に上手くいってると思うんです。彼女はどこから生まれたんですか?

富野:今のカミーユの話と連動してるの。カミーユをフォウみたいにシンプルに、「自閉症の坊や」として描きたかったんでしょう。今はもうフォウについては感覚的にしか覚えてないんだけど、とても好きなのよ。ひとつ今にして分かったことがあるの。フォウ・ムラサメをやっちゃったから、カミーユは上手くいかなかったんだね(笑)。彼女に吸われたんだ、というのを今思い出した。

庵野:2人とも結局、根は同じですよね。

富野:フォウは表現はシンプルな設定にしているはずなんだけど、そうじゃないんですよ。カミーユ・クローデルをモデルにしたキャラクター作りを、フォウとカミーユの部分に全部集約したの。肉付きのある確固たるキャラクターになっている。あの頃、講談社でノベライズをしていたんだけど、5冊で完結した時に編集者に言われたことがあるの。「フォウ・ムラサメの部分は圧巻でしたから、いいです」って。その時は単純に喜んだけど、よく考えたら後は何もなかったんだなって(笑)。やっぱり「Z」はこれだけだった。何のために5冊も空いたんだ、2冊でよかったったガックリきた思い出がある。その年の徳間書店のアニメグランプリで女のコのキャラクターで1位を取ったしね。出番が少ないのにね。それはもう計算じゃないのよね。だから混乱の部分も、フォウの上手くいってる部分も、全部計算じゃないんですよ。でもフォウの後はカミーユ、バラバラになっちゃったけどね。

庵野:アニメーションはそれくらいあった方がいいですよ。フォウの前までは、カミーユ、小さいことにこだわってましたよね。そのあとは、シャアとアムロの役目まで全部背負っちゃったから。

富野:あれまぁ、かわいそうね。やっぱり。

庵野:それにハマーンとシロッコまで来ましたからね、4人分背負っちゃった。20話以降、カミーユは急に忙しくなりますからね。

富野:ハハハッ。そんなのは予定してなかったものね。そりゃ気の毒だった。そりゃ最終回で、少しは休みたくなった気持ちも、分かるような気がするよね。

(1993年11月26日 上井草にて)



庵野氏の発言の中にカミーユは傍観者的なものがありましたが、
これはまさに劇場版ZガンダムのカミーユがTV版以上に担っていた役割でした。
物事をフラットにあるがままに見ることが出来る。
それこそが劇場版Zにおいて再設定された「ニュータイプ」の定義であり、
だからこそ劇場版のカミーユは健やかなエンディングを迎えることができたのです。

富野がこの発言を覚えていたとは思えませんが、
庵野氏の指摘があらたな「ニュータイプ」の定義を示唆していた……

とかいっちゃうのは飛躍し過ぎですね。





フォウは「カミーユのララァ」ではない!
「新訳」への架け橋
富野VS庵野
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  • 北関東在住のおっさん。
    富野信者、富野研究家ではありません。ただの富野資料蒐集癖。
    アルバトロスのZ級映画が大好物。
    ご連絡はdameganoあっとgmail.com(あっとは記号に直してください)までお願いします。

    このブログでは「富野作品論」のような難しいものは扱っておりません。それらをお求めの方のご期待に沿えることは難しいのでリンク先の各サイトを参照なさることをお勧めいたします。

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