【「失われた20年」がたった1年で全快しないことに怒る人たち】と【製造業に寄生していることを忘れた人たち】では、規制や日本語の障壁のおかげで国際競争から守られている第三次産業エリートが、日本経済再生の障害になっていることを指摘しましたが、その典型的な記事が掲載されていました。
【ドイツ連銀総裁の「失われた20年」分析】に示したように、日本のデフレ不況の原因は「円高+賃下げ」です。なので、再生の処方箋は「円高是正+賃上げ」になります。円高是正は政府・日本銀行の仕事ですが、民間の賃上げについては「要請」するしかありません。
しかし、この記事の筆者は、
市場経済の中で国際競争している大企業に対して、総理(国)が企業に賃上げを求める感覚が筆者には理解できない。経団連などに属する日本の大企業は、中国のように政府が統制する国有企業ではないはずだ。
原則として賃金は、個別企業の労使が、その企業の置かれた経営環境や将来展望などを議論しながら決めていくものである。
と、要請そのものを否定していますが、市場任せで解決する状況ではないからこそ、政府の介入が必要とされているのです。特殊な状況には特殊な解決法が必要なことを理解していないようです。
このようなミクロ的視野狭窄が、マクロの混迷を招いたことは、脇田成が分かりやすく説明しています。
中央集権的な賃金設定が完全ならば「協調の失敗」が克服されることを示している。
実際,賃金設定をバラバラに行うことは大きな弊害をもたらす。
市場メカニズムを働かせる企業ガバナンスの役割は株式市場ばかりでなく、公共財的な春闘も担っているといえよう。
個別企業の労使の論理でいえば、低賃上げや資金余剰は企業防衛のために望ましい。しかしマクロ経済全体でいえば非効率な資源配分であるといえる。このような非効率性を打破することが、個別労使の利害を超えた労使交渉が春闘に求められているのではないだろうか。
人件費の変動化を合理的ともしていますが、
…賃金が上がり過ぎると、雇用自体が維持できなくなる可能性もある。安易なベアは将来に禍根を残しかねない。だから、業績に応じて配分を変動させやすい柔軟性のある賞与で働きに報いることが合理的と言えるのではないか。
このロジックの危険性については【「人件費の変動費化」が日本経済悪化の一因】で考察しています。
大企業の賃上げが望ましくない根拠もいくつか挙げていますが、
また中小下請け企業の業績が上向き、それが賃金にも反映できるように、利益を下請けにも還元していくべきでもある。下請けを甘やかすという意味ではない。
賃上げ余力のある大企業が賃上げしなければ、いつまでたっても賃上げは全産業に波及しません。
- 賃金はなぜ上がらないのか (脇田成HP)
さらに日本のかなりの部分の中小企業と大企業は下請関係を通じて、ヒエラルキーを構成しています。後述する春闘はこのヒエラルキーを使って、上部から下部に賃金上昇が波及してゆきます。逆に下請から賃金を上げれば、そんなに余裕があるなら納入品の価格を下げろと言われかねません。そこで賃金上昇は大企業から中小への流れが自然ではあるのですが、一方で比較的恵まれた状況にある大企業が賃上げを先行するルートは、政治的心理的にはなかなか抵抗のあるところでしょう。
脇田のような真の専門家ではなく、井上のような素人考えに基づく処方箋を与えられてきたのだから、日本経済が回復しなかったことは何ら不思議ではありません。
- 作者: 脇田成
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