※だいちゃん(∀)の作品ではありません。拾い物です。
君はどんな囲碁をやってるんだい? 九路盤? ふ~ん、それはクラスのみんながやってるの? 違う……ということは、それを君がやらなかったとしても仲間はずれになることはないんだね。そうか。
さてその囲碁だけど、なんでそれを親が買ってくれたかわかる?もちろん君が買ってくれって頼んだのもあると思うけど、実はそれさえ与えて君にやらせておけば親が楽できるからなんだよ。それをやってる間、君は誰ともしゃべらないだろう。黙ってひたすら囲碁をやってるだけだ。親としては君の相手をして一緒に遊ばなくてもいいし、しゃべりさえしなくてもいい。つまりね、囲碁を子供にやらせるってことは、「親が君の相手をしたくない、めんどくさい」ってことなんだよ。だって楽だもん。それってどう思う?悲しくないかな?
あとさ、僕がよく見かける光景だけど、4人家族がレストランに食事に来てるのに、2人兄弟の子供は席について下を向いてずっと黙って囲碁してるんだよ。ひどい時は両親ともケータイをいじって囲碁したりしてる。こんな光景みっともなさ過ぎて見てられないよ。こんなの家族と言えるかい?あと図書館の広いスペースで数人の中学生があつまって囲碁してる。周りの幼稚園や小学校低学年の子達が不思議そうに見てたよ。大人から見たら正直な話、バカ丸出しにしか見えないよ。あとは良い天気の公園で集まって囲碁とかね。どれくらいバカに見えてるか、ちょっと君の想像を超えてるくらいだ。
さてなんで君が囲碁をやるのか。……そうか、強くなったらうれしい。お父さんにもほめてもらえる。うん、それで?囲碁の中で強くなって、それで?君は何を得たの?答えはゼロ、なんにも得ていない。仕事を頑張ったらお金がもらえるけど、それもない。勉強でもスポーツでもないので、一つでも漢字を覚える(つまりもっといろんな本が読めるようになるってことだ)、計算ができるようになる、サッカーがうまくなる、もちろんどれもない。ゼロ。君の未来の何にもつながっていないんだ。なるほど、それはわかるんだね。
ということは君が囲碁に使っている時間はすべてゴミだということだ。ほら、床に落ちてるホコリとかゴミがあるだろ。これと同じ。全てゴミとして君は時間を捨てている。もちろんね、生きていて無駄なことなんてたくさんあるよ。いくら頑張ってもむくわれないことなんてね。でもさ、最初からゴミだってわかってることをやる必要はないんじゃないかな。
ちなみに親がよく言うでしょ、「囲碁する時間があったら勉強しなさい」「良い天気なのに囲碁なんかしてないで外で遊びなさい」。あれは間違ってるね。勉強しなさいって漠然と言われても困るよね。宿題するか、それも終わってるんなら具体的に何か親がやることを与えるとか、一緒に何かに取り組むとかしないと子供だって何をして良いかわからないよ。宿題をやってないならそれはやらないといけないね(笑)。あといきなり外で遊べっていわれても、約束もしてなかったら一緒に遊ぶ友達も見つからないだろうし、ただ外にぼーっといたって面白いわけがない。だから親が「一緒にサッカーしよう」とか「自転車でどこそこまで行ってみようぜ」とか何か面白そうなことを一緒にやらないとダメだよね。
そういう努力もしないでただ漠然と「勉強しろ」「外で遊べ」とか言うのは親の怠慢、つまりなまけてるってこと。もし君がね、(囲碁よりも面白いことなんてないし)と思ってるんだったら、それは非常にもったいないことだけど、君が悪いんじゃない。それは親が悪いんだ。これはハッキリしてる。だってまだ8歳なのにさ、世の中に囲碁の他にどんな面白いことがあるかなんて自分でわかるわけないよ。親なら君より何十年も生きてるんだ。たくさん面白いワクワクするようなことを知ってる。それも君に教えもせずに囲碁をやめろというのはまぁちょっと無理があるかな、って僕でも思うよ。家に帰ったら親に聞いてごらんよ、「ねぇ囲碁より面白いことって何? 教えてよ」ってね。ちなみに僕はいくらでも教えてあげられるけどね。
あとさ囲碁をやってて頭が良くなるとかいう話もあるけど、あれはおかしいよ。ぼーっと寝てるよりは良くなるのかもしれないけど、親や先生、友達と一緒に自分で考えたり話したりしながら授業を聞いたり本を読んだり……そんなことと同じくらい頭を使ってると思う? ありえないよね。これは僕の意見だけど、囲碁をやってる間は君の脳は非常に危険なことになってると思うんだよね。例えばね、目の前に石があるでしょ、これを繋げたらパシパシぴしゃーんって楽しそうな音が出て、ぴかぴかのきれいな石を並べられる。それがジャラジャラっときて、囲んだら君はそれをもらえる。この石がたくさん集まると他の人がすごいねってほめてくれる。石を集めるのはとっても簡単だ、だって目の前の陣地を囲うだけだもん。これって猿でもできるよね。
もう何が言いたいわかると思うけど、実はこれと囲碁、僕は同じだと思う。決められた順序で目を押して、陣地が強くなって、お父さんにほめてもらう。君はどのときにどう石を押せば良いか、もうわかってる。当たってるでしょ?だから何も考えていない。ただ決まったとおりに押すだけ。これとさっき話した勉強とか、同じように頭を使ってるとは僕にはとうてい思えないわけだ。
あと囲碁が悪いのは小さくて持ち運べることだ。君はやろうと思えばトイレの中でだって、布団の中でだってできる。「もう寝るね~」と親に言ってから部屋に入り、あとは寝たふりして好きなだけ囲碁ができる。これは僕の考えではものすごく危ないことだ。昔は和室の碁盤にならべないとできない囲碁しかなかった。だから親に隠れてやることはできなかった。でも今は違う。今の君はそこまでやりたいとは思わないかもしれないけど、もっと面白い囲碁に出会ってしまったらいくらでもやりたいと思うかもしれない。実際にそこまでなっている子供なんて世の中にはたくさんいるわけだ。そうなるとね、もう囲碁以外の全てのことがめんどうな、余計で邪魔なモノにしか思えなくなるんだよ。
「朝起きて囲碁してたのに何で学校行かなくちゃいけないんだよ、くそ、学校に持って行ったら怒られるし……めんどくせ~な~」「あ~算数とか国語とかほんっっと、どうでもいいよ。早く帰って囲碁したいな~。なんでみんなこんなしょうもないことやってるんだろ……バカなんじゃないかな」「早く夏休みにならないかな~……そうしたら毎日朝から晩まで囲碁できるのに」「あ~、お母さんどっかにでかけないかな。そうしたらうるさいこと言われずに家でゆっくり囲碁できるのに」「もうお腹痛いことにして学校休もうかな、そうしたら……」まぁこんな感じ。これがまともな子供の生活だと言えるかい?目を背けたくなるほどひどいありさまだ。君はならないって?まぁ今はね。でもこのまま囲碁やってたらこんな感じになる可能性は十分あるよ。それくらい危険なシロモノだということはわかってほしいんだよね。
「囲碁は1日30分だけ!」とか決まりをつくってる話はよく聞くけど、あれは意味ないね。だってさ、親だってそんなことを子供に言うわりには30分ストップウォッチで計ったりしないでしょ。言うだけ言ってあとは放置。これじゃぁ子供が守るわけないよね。だって面白いことやってるんだから。止められなかったらずっとやりたいでしょ。棋譜が必要だったりしてね、25分で棋譜ができた。あと5分余ってる、もったいない。もうちょっとやるか……次に棋譜できるのは20分後なのでもちろん30分の決まりはオーバー。でももうお母さんは見ていない。まぁいいや、やっちゃえ。……どうせこんなところでしょ。自分も昔壊されるまで囲碁やってたことがあるからわかるんだよ。時間で決めるなんて無理。とにかく好きにやらせるか捨てるか、2つに1つしかないよ。
僕が言いたいのはね、囲碁をやめて勉強しろって言ってるんじゃないんだよ。世の中には囲碁なんかより面白いことが死ぬほどたくさんあって、そのことを君に知って欲しいだけなんだよ。僕はゲームが死ぬほど面白いと思ってるんだけど、別に君にゲームをやって欲しいというわけじゃない。それぞれの大人が自分で「面白い!」と思ってることを1つずつ君に教えてあげるべきじゃないかなって思うんだよね。その中で君は自分の好きなものを見つければいい。囲碁を完全にやめられなくてもそれは仕方ないけど、とにかく今僕が話したことをわかった上でやって欲しいんだよね。どうする?やめる?おお、それはいい選択だね。
先日の男の子との話はおおむねこんな感じでした。誰かの参考になればさいわいです。ちなみに勉強と仕事の話ですが、「勉強しないとロクな大人にならない」とかそういうことは子供に一切言ってはいけません。そんなのはまったく事実じゃないし、偏見に満ちているエゴそのもの。勉強した方が幸せになれると言い切れる人がいたら、ちょっとおかしいです。そもそもそんなことを言われても子供が勉強しようと思うことは絶対にありません。
僕がこの男の子に言ったのは……「世の中には本当にありとあらゆる仕事がある。それぞれ人や社会の役にたっている。その仕事して働くことでお金をもらう。もちろんお金をもらわないと人間はご飯も食べられないし、服も買えない、寝るところすらない。だから君もいずれ働かないといけない。
ちなみに働いてもらえるお金の多い少ないは払う人が決めることであって、仕事の良い悪いとか上か下かとか一切関係ない。もしたくさんお金をもらいたいと思うならそういう仕事を見つけて頑張ってなったらいいし、そうでないなら何の問題もない。そして君が将来なれるはずの仕事は世の中に100の仕事の種類があるとして95は頑張ればなれる。残り5はどれだけ頑張ってもなれないかもしれないもの。
例えばマラソン選手、大食い選手、F1ドライバー……どれも日本で5番とか10番以内になれないと仕事としてお金はもらえない。そういう特殊な仕事の人は世の中にそう何人も必要ないからだ。例えばレストランのコックさんとF1ドライバー、どっちが世の中にたくさん必要か、言わなくてもわかるでしょ? そういう特殊な仕事につくには神様から与えられた才能が必要だ。もちろんなれないと言ってるんじゃない、死ぬほど頑張ってもなれない可能性が大きいというだけだ。
でも逆に残り95の仕事にはどれでもなれる。選びたい放題だ。君が好きな仕事について働いて、それで人の役に立って感謝され、お金をもらい、そのお金でご飯を食べる、自分の子供にオモチャや服を買ってあげる・・・これが仕事だ。
でも選んだらどんな職業にでもなれるわけではない。中には勉強しないとなれない仕事もたくさんある。多分そういう仕事の方が多いかもしれない。もちろん勉強がほとんどいらない仕事もたくさんあるのは確かだ。でもそのことが今君が勉強しなくてもいい理由になるかな?
例えば今から全く勉強せずに高校も行かずに10年たったとしよう。
君は18歳になっている。この時に急に「良いな」と思ってなりたくなってもなれない仕事がある。学校の先生、無理。警察官、無理。消防士、無理。パイロット、無理。医者、無理。弁護士、無理。研究者、無理。・・・まぁこんな感じ。
僕が言いたいのは、8歳の時にはなれるはずだった95の職業のうち、たった10年で50か60の職業にもうつけなくなっているという事実。いくら泣いてもわめいても無理。「僕は高校も行ってないんだけど先生にならせてください!」と叫んだところで、多分誰一人として話すら聞いてくれないだろう。無視。だって無理なんだもの。
例えば先生になるには大学で先生になるための専門の勉強を4年間しないといけない。そのあとに試験もある。これに合格しないと先生にはなれない。もちろん大学に入るためには高校で3年間勉強する必要がある。そうしないと大学での勉強がさっぱりわからなくて話にならないからだ。自分が勉強してない人に勉強教えて欲しいと思う人なんているかな? いないよね。
様々な職業になれない理由はたいていこんな感じ。わかる?だから今のうちから勉強しないで可能性を少しずつだけど確実に、ローソクの火を1本1本吹き消すようになくしていく必要があるのかなってこと。勉強しないってことはそういうことなんだよ。
8歳には少し難しかったもしれませんが、ほぼ理解してくれたようです。でも「なぜ勉強をする必要があるのか」の答えとしてはこれでも不十分で、本当は勉強することでいかに人生が豊かに楽しくなるかをわかってもらわないといけない。それには短時間の話では無理で、いろいろな生活の実体験や星の話や地球の話や世界の話や動物の話や……そういうところと様々にリンクさせながら、
「勉強してたらこんな面白いことも考えられる、見つけられる」
という実感を子供に得てもらわなければならない。これは親や先生以外にはほとんどできないことです。もちろん子供だけでは逆立ちしても無理。大人がそこまで手をとって導いてやらなければいけないと思っています。まぁ今の小学校教育は想像以上にしっかりしてるので、小学校の先生もかなり頼りにしてますけどね。長くなりましたが、以上です。
※だいちゃん(∀)の作品ではありません。拾い物です。