診療報酬改定で日本の胃瘻はなくなる:高齢者医療の崩壊が始まる



(医療ジャーナリスト、医学博士:宇野良治)



診療報酬の改定が示され、今回、胃瘻がターゲットとなった。

その要旨を記載する。



1.胃瘻造設術の手術料は10070点から6070点へ大きく減額となる。

2.算定要件が加わった。本人と家族への十分な説明。造設後、他の医療機関へ紹介する場合は嚥下訓練が必須。

3.施設基準が加わった。脳腫瘍以外の疾患での実施件数が年間50件未満。年間50件以上の場合は、嚥下造影または内視鏡下嚥下機能評価を行っている施設で。さらに、経鼻栄養または胃瘻の患者の全体の35%が1年以内に経口摂取が可能になるように回復させている施設。

以上が満たされない場合、算定点数は8割(4856点)

[経過措置]以上は、平成27331日まで、基準を満たすこと。

4.胃瘻造設時嚥下機能評価算定の点数2500点の要件先の胃瘻造設時の算定が出来ること。嚥下造影または内視鏡下嚥下機能検査を行うこと。

5.経口摂取回復者促進加算の点数1850点。施設基準として、専従の言語聴覚士が1名以上配置され、年間35%以上の患者が経口摂取可能になっていること。

6.胃瘻抜去術の点数2000点。



<考察>

1.1件につき4万円の減収で、年間50件施行病院で200万の減収。これにより、病院側がリスクを負って胃瘻を行うことはなくなる。例えは通常のPEG困難例で、腹腔鏡併用PEGなどの先端手技は採算が取れないので、日本からなくなる。

2.言語聴覚士が存在する病院が前提である。年400万以上の給与に見合う件数がなければ、算定をあきらめ、胃瘻をしない施設が増える。

3.施設基準が厳しい。救急病院や超急性期病院ならまだしも、日本で胃瘻を行っている病院は高齢者の患者が多い中小病院なので、35%をクリアするためには回復出来そうな患者のみに胃瘻を行うなどしなければ、施設基準をクリアできない。つまり、機能回復訓練が出来ない認知症、高次脳機能障害患者、パーキンソン病の末期などでは胃瘻をせずに経鼻栄養法が選択される。


<この改訂の背景>
日本の言語聴覚士らは、自らの「摂食・嚥下訓練」によって、それまで食べられなかった人たちの多くが食べられるようになったという報告をしている。そして、多くの割合で経管栄養を離脱できたとしている。このような報告をする施設はそれなりに大きな病院でリハビリスタッフも充実している病院である。
それらの報告を厚労省の担当者が読むと、
「なんだ、ちゃんと嚥下機能を評価して、嚥下訓練を行えば、経管栄養などいらないのか。では、今の日本では、評価も訓練もきちんとしていない病院が多いから、安易に胃瘻をつくって、患者に訓練もしないから寝たきり患者を増やしているに違いない。そうであれば、胃瘻の点数を下げて、評価と訓練をきちんとしている病院だけに点数をつけよう

と、思ってしまったのだろう。その結果が、今回の改定であろう。



<大いなる間違い>

音声言語医学などの専門雑誌に投稿したり、リハビリ学会で発表したりする施設は、(超)急性期病院や比較的大きな総合病院のリハ科である。嚥下訓練の対象者は、昨日まできちんと食べることが出来た人が、急に脳卒中になったり、突然の事故で入院したり、手術のために絶食が続いたなどのように、(極端に言えば)嚥下訓練を積極的に介入しなくても、自然に嚥下が改善したかもしれない対象を含み、さらに訓練の効果が得られやすい対象ばかりなのである。そのようなスタッフは、主に同じ病院に就職してから、ずっとそのままいるか、あるいは同じような施設を転職しているかであり、そうではない老人病院や介護施設の実態を知らない。そのために、彼ら自身も「自分たちがいれば胃瘻なんかいらない」と本気で信じているであろう。しかし、日本で胃瘻になっている老人のほとんどはそのような急性期病院ではなく、介護施設と併用された老人病院にいる患者である。つまり、「訓練したら経口摂取出来て、胃瘻も不要」という研究の対象は、ごく限られた、特殊な、恵まれた対象であり、それら研究には対象選択のバイヤスがあり、「日本における嚥下障害者の嚥下訓練は。。。」など議論できるものではない。

下記は、藤島式摂取・嚥下グレードである。多くの「成績優秀」の報告では、グレード1が除外されていることからわかるように、嚥下訓練が適応とされるケースにおける「成績優秀」結果なのである。


重症 経口不可】
Gr.1
嚥下困難または不能 嚥下訓練適応なし
Gr.2
基礎的嚥下訓練のみの適応あり
Gr.3
条件が整えば誤嚥は減り、摂食訓練が可能

中等症 経口と代替栄養】
Gr.4
楽しみとしての摂食は可能
Gr.5
一部(1-2食)経口摂取が可能
Gr.6
3食経口摂取が可能だが代替栄養が必要

軽症 経口のみ】
Gr.7
嚥下食で3食とも経口摂取可能
Gr.8
特別嚥下しにくい食品を除き3食経口摂取可能
Gr.9
常食の経口摂取可能臨床的観察と指導を要する
Gr.10
正常の摂食・嚥下能力



たとえて言うならば、成績の悪い生徒に試験を受けさせないで、全国模試を優秀な人だけに受けさせて、「うちの学校の平均偏差値は全国トップクラスです」ということと同じである。

介護保険導入によって日本の多くの高齢者は、介護施設から栄養失調や誤嚥性肺炎で中小病院に搬送されるようになった。そのほとんど全ては、グレード1(せいぜいグレード2)なのである。つまり、多くの胃瘻を必要としている対象は、そもそも「嚥下訓練適応なし」に分類される患者なのである。

実際に、「成績優秀」と報告しているような病院で働いていた言語聴覚士が、中小病院の老人病院に就職したが、



「いくら頑張っても無駄。自分の仕事の意味、自分の存在意義がわからない」



「こんなに訓練の適応外の人ばかりだとは思わなかった」

と言って、中小病院を去ってゆくのを何度かみている。


胃瘻をつくる前に、嚥下機能が評価されていない施設が多いというが、
ほとんどすべての中小病院で胃瘻をつくる場合、咽頭麻酔しなくても、嚥下反射もなく、
喉頭、咽頭に残渣が多く残り、唾液を吸い込んでいるような人なのである。つまり、機能評価するまでもなく、
嚥下できない人に胃瘻を行っているのが現状なのである。


<医療報酬改定による日本の予想される変化>

日本で胃瘻を行う施設が減り、胃瘻を受ける患者も減る。そもそも、改定のねらいはそこにあるのかもしれない。そして、実際の医療現場を知らないデスクワークの人たちの考えでは、医療費も減ると思うであろう。
しかし、現実はそうはいかない。
今回の改正により、比較的安定していた高齢者終末期医療の形態が崩壊する。
ほとんどの老人を対象としている中小病院では胃瘻をしないため、患者は経鼻栄養を受けることになる。胃瘻と経鼻栄養の違いは、誤嚥性肺炎の発生率である。つまり、それまで胃瘻によって発生率が一定に保たれた誤嚥性肺炎が激増するであろう。
誤嚥性肺炎を起こした場合、中心静脈栄養+人工呼吸器+抗菌剤は必須なため、
医療費は増加してゆく
さらに抗菌剤の使用頻度が倍増し、耐性菌も急増する。
胃瘻によってある程度抑制されていた高齢者医療費は、何十倍もかかる肺炎治療医療費に置き換わってゆく。



今回の改定で、高齢者医療費が急増した場合、誰に責任があるのか?
明確にすべきである。

今回の胃瘻の改定は、
これまでの、

効果不明なパワーリハビリ、
基準がおかしいメタボ検診、
副作用を引き起こした子宮頸がんワクチンなどの問題に比しても
桁外れの国亡的な重大な問題である。

また、経鼻チューブ誤挿入による死亡が増え、医療訴訟が増加するのも必至である。