GPIFは株式に60兆円配分を、債券は4割以下に-伊藤隆敏教授 (3)
2月17日(ブルームバーグ):公的・準公的資金の運用・リスク管理を見直す政府の有識者会議で座長を務めた伊藤隆敏東京大学大学院教授は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF )は運用資産の半分を内外の株式に投じ、主要国並みに年5%程度の収益率を目指すのが望ましいとみている。
伊藤教授(63)は14日のインタビューで、厚生年金と国民年金の積立金124兆円を運用する世界最大の年金基金であるGPIFは「内外債券は合計35-40%に抑えるのが妥当だ」と主張。日本銀行が2%の物価目標を達成するために巨額の国債買い入れを進めているうちに、国債を「2年程度で早く減らすべきだ」と語った。株式を24%、債券を71%と定めている基本ポートフォリオに関しては、年央までに見直すべきだと言う。
公的年金制度全体の収支計算によって決まるGPIFの目標運用利回りは年平均4.1%。基本ポートフォリオはGPIF自身がガバナンス(企業統治)改革を進めた上で決めるのが理想だが、「主要国で公的な性格が強くガバナンスがしっかりした年金基金が手本になる」と伊藤教授は述べた。カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)やオランダ、スウェーデン、カナダの年金基金も「当初は債券に偏っていたが株式やオルタナティブ(代替資産)投資などを試行錯誤しながら増やしてきた」と指摘。GPIFは「多分20年遅れている」と言う。
伊藤教授は、GPIFの運用見通しについて、「ポートフォリオの組み方にもよるが、海外並みのリターンは目指せる。10年程度の平均で4-5%は可能ではないか」と分析。日銀が2%の物価目標を達成すれば「国債利回りは3%前後、株式では5%程度の収益は見込める」と説明した。ブルームバーグのデータによると、日本国債の投資収益 は過去1年間で2.8%。TOPIX は配当再投資分を含め26%となっている。
株式52%・債券29%が平均GPIFの資産構成比率を規定する「基本ポートフォリオ」によれば、国内債が60%、国内株が12%、外国債が11%、外国株式が12%となっている。昨年6月に2006年度の同法人設立から初めて変更するまではそれぞれ67%、11%、8%、9%だったが、国内債を引き下げ、他の3資産を増やした。9月末の実績は、国内債が58.03%、国内株が16.29%、外国債が10.13%、外国株式が13.49%だった。
コンサルタント会社タワーズ・ワトソン の調査によると、国内年金基金の資産残高の伸びは、2013年までの過去10年間で年0.9%と、主要13カ国の中で最低となっているほか、平均7.7%を大きく下回る。昨年の世界の年金基金の資産構成比率は、債券が34%から29%に減り、株式が47%から52%に増えた。日本は債券が51%で株式が40%と、年金の市場規模が大きい7カ国で、債券の割合が最も高かった。米国は債券が23%で株式が57%だった。
遅くとも6月に伊藤教授は、GPIFも「株式は50%で内外おおむね半分ずつ、オルタナは10%程度」が妥当だと述べた。政府が5年に1度行う公的年金制度の財政検証の公表は3月とみられるため、基本ポートフォリオの変更は「4-5月、遅くとも6月にはやるべきだ」と主張した。
GPIFの三谷隆博理事長は昨年12月のインタビューで、財政検証が3月には出る上、来年10月に予定される厚生年金と各共済年金の統合を視野に、厚生労働省の有識者会議が今年3-4月に積立金の運用指針をまとめると説明。これを受けてGPIFなどが資産配分のモデルを作り、各年金基金が独自の運用方針を定める段取りだと語った。
約200兆円に及ぶ公的・準公的資金の運用・リスク管理を見直す政府の有識者会議は昨年11月に公表した報告書で、政府・日銀が経済の活性化と2%インフレを目指す中、GPIFは国内債に偏っている資産構成を見直す必要があると提言。REIT(不動産投資信託)や不動産、インフラ、プライベートエクイティ(PE)、商品など新たなリスク資産、物価連動債への投資を検討課題に挙げた。
厚労省によると、GPIFは今年4月以降に物価連動債を購入する方針。同省は公的な機関投資家との共同によるインフラ投資を検討しているとGPIFから報告を受けたことも明らかにした。
売るなら「今でしょ」安倍晋三首相は先月23日、スイスの世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で基調講演し、「GPIFはポートフォリオの見直しを始め、フォワード・ルッキングな改革を行う」と訴えた。三谷理事長はダボスでのインタビューで、インフレ率の高まりを背景に日本国債の値上がり余地が非常に限られる中、GPIFは国債を買い増さず、保有分が満期を迎えたら内外株式や外債への投資を検討すると語った。
伊藤教授は、今ならGPIFが保有国債を売却しても「市場に大きなインパクトがあるとは思えない。売るなら『今でしょ』だ」と指摘。物価目標が達成されて「日本版テーパリング」(量的緩和の縮小)が始まると「時すでに遅し」となる恐れがあると述べた。
黒田東彦総裁が率いる日銀は2%の物価目標を2年程度で達成するため、月7兆円程度の長期国債を買い入れる「量的・質的金融緩和」を昨年4月に導入。日銀が供給する通貨量を示すマネタリーベース や長期国債の保有額を2年で倍増する。購入規模は今年度の国債発行総額170.5兆円の約半分に及ぶ。
国債偏重はリスク大日本経済は安倍内閣の経済活性化策を受け、円安・株高 と景気回復が進むにつれて、消費者物価 の上昇が加速。しかし、長期金利の指標となる新発10年物国債利回り は0.59%と世界最低にとどまる。黒田総裁は13日の衆院予算委員会で、量的・質的緩和は金利上昇圧力をかなり抑制していると答弁した。
厚労省の社会保障審議会年金資金運用分科会で委員を務めた内海孚元財務官は3日のインタビューで、GPIFが国債中心の資産運用を続けると、将来の年金収入を歴史的な低水準で固定し、国民に機会損失をもたらす恐れがあると指摘。運用方針の早急な見直しが必要だと主張した。
厚労省は13日、公的年金の積立金運用などを議論する専門委員会で出た主要な意見を公表。国債のみによる運用は一般的にはリスク抑制的とされるが、リスク管理の大原則である分散投資という観点からは「リスクが非常に大きい運用だ」と指摘した。過去のようなデフレ・低金利が今後も続くとは考えにくいとも言及。物価や賃金が上がれば年金支払額は連動して増えるが、金利上昇が債券価格の下落をもたらすため「結果的に損失を被る可能性が高い」との認識も示した。
有効フロンティア同省大臣官房の森浩太郎参事官(資金運用担当)は先月16日、ブルームバーグ・ニュースに対し「有識者会議の報告書は貴重な提言だ」と評価。12月5日の閣議決定などに従って「年金財政の観点からもデフレ脱却を踏まえた経済における年金運用について、GPIFとともに着実・迅速に検討・実施をしていきたい」とした。
伊藤教授は、GPIFに国債並みのリスクしか認めずに年4.1%の収益を求めるのには無理があると言う。資産配分の組み合わせによるリスクと期待収益率の関係を示す「有効フロンティア」を考慮すると、定めるのは「リスクかリターンのいずれかにすべきだ」と強調。本来はリスク量を定めてリターンには最善の努力を求めるのが適切だが、年金財政の事情から目標運用利回りを決めざるを得ない以上、リスクについてはGPIFの判断に任せざるを得ないとの見解を示した。
運用成績については「最低10年か20年単位」で検証すべきだと主張した。「近視眼的な政治家に任せると、損失が生じては底値で売り、上昇を後追いして高値づかみする羽目になりかねず、全く儲からない」と指摘。国民の資産を預かる公的年金は「だから、政治からの独立が必要だ」と説明した。
政府の有識者会議による報告書は、高度な運用を支える専門家の採用や合議制による意思決定などGPIFの抜本的な組織改革も訴えた。伊藤教授は昨年12月24日の閣議決定で職員数や給与水準の弾力化、運用委員会で複数の常勤委員の配置などが認められたと指摘。「報告書で想定した5-10名規模の理事会を立ち上げるには法律改正が必要だ。今秋には法案を成立させ、来年4月から新組織に移行すべきだ」と主張した。
自民党の塩崎恭久政調会長代理(元官房長官)は先月21日のインタビューで、GPIFの改革は「組織を早く変えないと本当にやれない」と述べ、今通常国会で議員立法による法案提出を検討していると表明。昨年12月の自民党の日本経済再生本部・金融調査会合同会議では、事務局長の山本幸三衆院議員が厚労省任せにせず、党主導で法案成立を目指す考えを示していた。
シティグループの年金部門責任者チャールズ・ミラード氏(ニューヨーク在勤)は、世界の主要な年金は運用資産の半分以上を国内外の株式やプライベートエクイティ(PE、未公開株)、不動産、インフラ投資などに振り向けていると述べた。1兆ドルもの運用資産を抱えるGPIFの分散投資には「数十年単位の時間がかかるが、推進していく価値がある」と指摘。GPIFの国民に対する支払いも「運用資産と同様、何十年にもわたるからだ」と説明した。
伊藤教授は、GPIFの改革は今のところ「工程表通りに進んでいる」と評価。今後も「気を緩めずに工程表に沿って、さらに前に進んで欲しい」と語った。
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更新日時: 2014/02/17 11:49 JST