リスクを判断することに関するメアリ・ダグラスの指摘
『危険とは多種多様なものであり、それはあらゆるところに偏在している。もし個人がそれらの危険すべてに気を配っていたら、どんな行動もとれなくなってしまうだろう。不安とは、それらの危険からある種の選択をすることでなければならないのである。われわれは、リスクとはタブーに似ているという考えを利用した。リスクに関する議論は倫理的にも政治的にも激烈な感情を伴う。あるリスクを名指しすることは、その発生源を告発することでもある。どんな危険が脅威なのか、どんな危険なら無視してもいいのかという選択は、危険を告発する人々がどんな行動を止めさせようとしているのかで決まる。危険なスポーツ、日光浴、道路の横断が告発された例はない。名指しされる危険は、原子力や化学薬品から生まれる事故に――要するに、巨大産業や政府に――関わることだった。その後の研究で、危険に対する態度が社会のなかでどのように分布しているかを知る最も優れた指標は、告発者がどんな政治的団体に所属しているかだということが分かった。』(メアリ・ダグラス「汚穢と禁忌」P26)
文化人類学の名著として名高いメアリ・ダグラス「汚穢と禁忌」の2002年ラウトリッジ・クラシックス版への序から。「汚穢と禁忌」が書かれたのは一九六六年で、ダグラスは「汚染への恐怖が間もなく政界を支配するようになるとは考えてもみなかった」という。環境汚染問題の登場とともに一九七〇年代にリスク分析という学問分野が登場し、政治的意味を持ったリスク概念について客観性を損なうことなく整理するためにダグラスらによって人類学のアプローチが利用された。
『われわれは、リスクの概念が個人の心理によってではなく共有する文化によって左右されることを示したのである』(ダグラスP26)
急激にリスク社会としての姿を顕わにしつつある日本社会において、次々名指しされるリスクに踊らされずに、リスクそのものを問うだけでなく「危険を告発する人々がどんな行動を止めさせようとしているのか」に目を向けることの重要性は強く認識しておきたい。
だが、リスクが政治性を帯び、共有される文化に左右されざるを得ないのだとしたら、リスクを判断するという行為はどこかシーシュポスの神話や賽の河原のような、終わりの無い作業のイメージが浮かぶなぁ。信頼と諦めの狭間を彷徨うしかないのだろうか。リスク論の入門書でも読めばまったく違う視点が見えてくるのかもしれないが、とりあえずリスクということについて無知な状態から、目から鱗が落ちたということのメモ。そのうちベックは読むことにしよう。
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