ある時は大学で身体動作の研究者。ある時はバンド「かえる目」のボーカリスト。 またある時はえーとパノラマや立体視や絵はがきについてめちゃくちゃ詳しいおっさん! かえるさん=細馬宏通さんの待望の連載です! ( 第1回から読む )
歌のしくみ 第17回 感電する足
そういえばもう17回めだというのに、この連載で肝心なジャンルを一つ取り上げ損ねていたのに気づきました。それは「ロックンロール」。
ロックンロールを取り上げるとしたら誰がいいだろう? プレスリー? アイク・ターナー? ビル・ヘイリー? バディ・ホリー? いくつものビデオクリップを見直すうちに、突然、もうこの人しかいない、とひらめきました。
1965年に彼がベルギーのテレビ番組に出演したビデオを見て、もう断然決めたのです。このビデオの中で彼の足は明らかに、ロックンロールに感電している。どんな風に? まずは見てみましょう。
チャック・ベリーで「メイベリン」
なぜ彼の足の動きが独特なのか。
通常、わたしたちが床を踏んでリズムをとるときは、いつ床を踏みならすかに注意します。たとえばワンツースリーフォーで二回踏みたければ、ワンとスリーで踏みます。
何を当たり前のことを言ってるのかと思われるかもしれませんが、まあ待って下さい。チャックの足の動きで重要なのは、いつ踏むかではなく、いつ足を跳ね上げるか、なのです。
通常わたしたちが歩くときは、片方の足をあげるのとほぼ同時にもう片方の足をあげます。だから、交互に足を踏め、と言われると、多くの人は足を片方ずつあげてしまいます。
しかし、チャックの場合は違います。片方の足が着地し終わったあと、彼の両足はしばらく動くことなく揃うのです。それは彼が次のように足を上下させているからです。4つカウントするので、ちょっと繰り返しやってみて下さい。
1:左着地
2:右跳ね上げ
3:右着地
4:左跳ね上げ
1拍めから2拍め、3拍めから4拍めで、両足が揃うのがおわかりでしょうか。こうすると、チャック・ベリー独特の足の動き、あの、ただの歩行ではない、ビートに感電するような感じが出るわけです。そうか、この感じが、ロックンロールなんだ。
「メイベリン」はどんな切れ目か
○○とは何か、それはいつ始まったか、という問いに答えるのは難しい。
歴史にはいくつもの切れ目があって、いくつもの要素に対して公平であろうとすると、結局どの切れ目も同じように見えてくる。細かく調べれば調べるほど、その切れ目が平坦になってくる。「何が○○か」「いつから始まったか」「どの切れ目が正当か」という問い方には、どうも底なし沼のようなところがあります。
では、もっと違う問い方はできないものか。ミュージシャンでアメリカ音楽史を教えているマイケル・キャンベルは、「アメリカのポピュラー音楽(第四版)」という教科書を、チャック・ベリーの「メイベリン」(1955)から始めているのですが、そこでの彼の問い方はなかなかいかしています。ロックンロールを頭から解説するかわりに、彼は「もしあなたが1955年に「メイベリン」のレコーディング・セッションに立ち会ったとしたら、友達にその興奮をどう電話で伝えるか?」と問うているのです。
この問いのよいところは、「メイベリン」がロックンロールを代表する曲として正当かどうかを問うのではなく、それが「いかなる切れ目だったか」を問うているところです。
キャンベルが考えた1955年5月21日の架空の電話はこんな具合です。
あなた:
チャック・ベリーはボブ・ウィルズのカントリーをリメイクした「アイダ・レッド」ってのを持ってきてたんだ。でも(チェス・レーベルの)チェス兄弟は「アイダ・レッド」って名前が気にくわなかった。で、ベリーは床にあったマスカラの箱を見て「メイベリン」って名前にしたんだ。メイベリンは化粧品会社だけど、歌の中では女の子の名前なんだ、ひでえだろ?
ともだち:
でもチェスってブルースのレーベルじゃなかったっけ? なんでカントリーなんか吹き込んだの?
あなた:
いや、それが実際はぜんぜんカントリーじゃなくてさ…
このやりとりには、いくつもの切れ目が描かれています。どんな切れ目か。そう言われても、ボブ・ウィルズだのチェスだの固有名詞がいっぱいでわかんないよ、という人もいるでしょう。野暮は承知で、ここでちょっと解説を。
チェス・レーベルは、1950年代のリズム&ブルースのレコードを数多く作っていたレーベルです。
1955年、アメリカのレコードの売り上げは三つのチャートで測られていました。一つは主に白人のきくカントリーのチャート。もう一つは主に黒人のきくリズム&ブルースのチャート。そして全米のポップス・チャートです。レコード業界もまた、全米を相手にする大手レコード会社とは別に、黒人のきくリズム&ブルースを専門とする小さなレーベルが存在しました。その一つが、チェス・レーベルです。
チェスが主として扱っていたのは、メンフィスやシカゴに台頭してきた、エレクトリック・ギターを使った新しいブルースです。アイク・ターナーが参加した「ロケット88」(1951)やハウリング・ウルフ、マディ・ウォーターズ、ボ・ディドリーといった、今ではよく知られているミュージシャンたちを、まだ全米に知られていない頃から積極的に扱っていました。
チャック・ベリーはデビュー前、彼のアイドル、マディ・ウォーターズをシカゴにたずね、マディに勧められるままにチェス・レーベルに足を運び、チェス兄弟の関心を引いたのでした。なぜか。
それはチャックが、白人が得意とするヒルビリー(カントリー)をレパートリーにしていたからです。
白人はカントリーをきき、黒人はリズム&ブルースをきく、という従来の単純な構図は1950年代に急速に崩れていきました。その立役者はラジオのDJです。彼らはラジオDJはリズム&ブルースの曲を盛んにかけ、それが白人の若者の好みにも入っていきました。その立役者は、人気DJのアラン・フリードで、彼のかけるレコードは次々とチャートの上位を占めるようになりました。彼は自身のかけるレコードをしばしば「ロックンロール」と呼び、ニューヨークで開かれた「ロックンロール・パーティー」は大盛況を博しました。この呼び名は次第に、リズム&ブルースとカントリーの垣根を越えるさまざまな音楽に使われるようになりました。
ただし、そこにはある種の偏りもありました。重要なのは、多くの場合、影響の方向は、黒人の音楽から白人の音楽だった、という点です。大手のレコード会社は、黒人のコーラス・グループのレパートリーを白人グループに歌い直させて、それをリリースするという手を思いつきました。その結果、リズム&ブルースのチャートで人気の歌が、白人グループによって歌い換えられてポップス・チャートの上位を占める、という現象がしばしば起こりました。
ところが、チャック・ベリーの場合は、違っていました。彼はデビュー前、地元のセントルイスで、白人音楽であるヒルビリー・ソング(カントリー)を得意のレパートリーとしており、「ブラック・ヒルビリー」と呼ばれていました。白人が黒人の真似をするのではなく、黒人が白人の真似をしている。チェス兄弟は、チャックが歌うカントリー風の曲に、何か新しさを感じたようです。
1955年の架空の電話で、ともだちが「でもチェスってブルースのレーベルじゃなかったっけ? なんでカントリーなんか吹き込んだの?」と言ってるのには、こんな背景があったのです。
ウェスタン・スイングと「メイベリン」の違い
では、チャックが得意としていたカントリーのレパートリーとはどのようなものだったのか。ここで、「メイベリン」のもととなったボブ・ウィルズ&テキサス・プレイボーイズの名曲「アイダ・レッド」を見てみましょう。陽気にバイオリンを弾いているのがボブ・ウィルズです。彼がバイオリンを弾くときの足の動きにもちょっと注意して下さい。
ボブが演じているのは、当時のカントリーで流行していた「ウェスタン・スイング」のビートです。テンポもリズムも、「メイベリン」とけっこう共通しているのですが、しかし、確かに何かが違う。この「確かに何かが違う」のがどこなのか、というのが今回の話のテーマです。さ、今回も長いぞ。
ボブ・ウィルズの体のノリは、チャックに比べて、ずいぶんゆったりしていて、ぷかぷか水の上を浮いているようです。なぜか。その秘密は彼の足の踏み出し方にあります。
1:左着地
2:
3:右跳ね上げ
4:(右跳ね上げ)
1:右着地
2:
3:左跳ね上げ
4:(左跳ね上げ)
はい、バイオリンを弾くボブの歩行の速さは、チャックの1/2であることがわかります。しかも、ボブは多くの場合、3拍目で足を上げて、次の1拍目で着地します。つまり、歩行のビート自体もゆっくりなのです。そして足はチャックのようにぴょんぴょん跳ね上がらず、すいすいと前後する。
一方、ギターを弾くチャック・ベリーのリズム感は、明らかにボブ・ウィルズとは違っている。それはタイトルにも表れています。
チャックの自伝には、彼がチェス・レーベルに曲を持ってきたときは、原曲の「アイラ・レッド」をもじって「アイダ・メイ」という名前にしていた、とあります。それは彼が8歳のときに読んだ絵本に出てきた牛の名前からとったらしい。真偽のほどはともかく、「アイダ・レッド」も「アイダ・メイ」も、それくらい田舎っぽく響いたということです。
女性の名前を「メイベリン」にした結果、それはおしゃれになった以上の効果をもたらしました。というのも「アイダ・メイ」や「アイダ・レッド」は二つの単語であるのに対して「メイベリン」は一つだからです。一つの固有名詞が「メイ~ベ・リーン」と、ねじるように歌われることで、時空が歪むような奇妙な言語感覚が生まれる。これはボブ・ウィルズの歌にはないものです。しかも、チャックは、中盤になると「メイベリ~ン」と語頭を詰めて歌いますが、これも元曲の「アイダ・レッド」にはないすばやさです。
さて、この辺で、マイケル・キャンベルの創作した(1955年のレコーディング・セッションにいたかもしれない)「あなた」の語りの続きを見てみましょう。
あなた:
まずひでえギターのリフから始まったね。おかしな音で、カントリーとかジャズより、っていうかブルースよりもエッジがきいてる…そこからリズム・セクションとマラカスが加わって、それだけなんだ。ホンキートンクの2ビートで、そこはカントリーなんだけど、バックビートはもっとへんで、ベースのビートをぶっとばしちゃってるんだ。
「メイベリン」を初めてきいた人がぶっ飛ぶのは、まず冒頭のギターのリフ(一節)が、いったい何拍目から始まっているのかさっぱりわからない点です。何度レコードできいても、カウントがとれない。とれないままにリズムが始まっている。
実際には、冒頭のリフはカウントなしでいきなり1.5拍目から入っています。スリーフォーもワンも告げられずに数えられるわけがありません。この、正確かつ予測不能リフがきき手の体に予告なしに切り込んでくるとき、「エッジがきいてる」感じがします。
ボブ・ウィルズが歌っているのは、暖炉の燃える部屋にいるすてきな娘、アイダ・レッドのことですが、「カーチェイスのことばっか」というチャックの語りはどんな内容なんでしょうか。
メイベリン なぜまっすぐになれない?
おおメイベリン なぜまっすぐになれない?
油断したなら振り出し元の道
おいら モタるぜ丘めがけ
そこにメイベリン乗ったGM社製
キャデラック強引こんな広い道路
追い越せやしないおれさまのフォード
キャデラックずいぶんぶっと飛ばしてない?
ほらどすんどすんと はしたない
中産階級の若者に車が浸透していった1950年代らしく、原作とはうってかわって、戸外で車をぶっとばして女を追いかけている男の話。女はキャデラックで男はフォード。「モタる motorvated」という造語や 「どすんどすん bumper to bumper」といった擬音の使い方も「アイダ・レッド」にはないセンスです。
そして、チャック・ベリーはことばを拍と拍との間でシンコペーションとして弾ませます。たとえば、「メイベリーン」ということばの直後に現れる「Why can’t you be true (どうしてまっすぐでいられないんだ)」という問いかけは、「Why」も「can’t 」も「you」も拍の裏で跳ねる。そして「true」は拍の頭。このリズムの鮮やかな変化によって、trueではないシンコペーションの躍動と、trueの奇妙な落ち着きとが対比されます。trueからぐんぐん外れて跳ねていく彼女の走り。途中からは「メイベリン」という問いかけすらもシンコペーションしてしまう。早口でまくしたてられる途中の歌詞も、語尾がいちいち裏拍にシンコペーション。それは聞く者が自分でも唱えてみたくなる跳ね方であり、歌い方でした。
このシンコペーションが極度に詰まっているのがソロです。ボブの場合もチャックの場合も、ソロになるとベースが上下になってスイングし始めるのですが、ボブのバイオリンは華麗なメロディを奏でるのに対し、チャックのギターにはまとまったメロディはほとんどない。リフ(メロディの断片)ということばは、チャックのギターを表すのにはとても便利です。T-ボーン・ウォーカーやマディ・ウォーターズに電撃的影響を受けたであろうプレイで、一つの音程を弾いているだけにもかかわらず、それがあたかも冒頭の1.5拍を再現するように裏の拍へ裏の拍へと食い込みながら歪まされていく。それは、聞き惚れてしまうギターというよりは、歪ませてみたくなるギター、自分でもやってみたくなるギターでした。
そして、「あなた」が語っているように、「アイダ・レッド」と「メイベリン」の最大の違いは、2拍めと4拍めの強さ、すなわち「バックビート」にあります。「メイベリン」ではここでドラムがスネアをばんばん強めに叩くので、「アイダ・レッド」の流れるようなビートではなく、車が「どすんどすん」バウンドするようなせわしないビートになります。
チャックとボブの足の動きの違いは、このバックビートが原因でしょう。ボブには足を上げさせるようなバックビートがない。一方、チャックはバックビートがどんと鳴るごとにぴょんぴょん足を動かすので、あたかも、バックビートによって地面に電気が走って、チャックの足を跳ね上げているように見えるのです。
以上、チャックの「メイベリン」がいかにボブの「アイダ・レッド」と違うかを、こまごまとみていきました。こうして列挙していくとわかるように、一つ一つの要素を拾い上げていくと、チャックの曲は、必ずしもボブの曲を全く塗り替えているわけでなく、むしろ小さな改変をあちこちで行っているのだということがわかります。にもかかわらず(だからこそ)、全体をきくと「確かに何かが違う」。
そして、両者の違いは単にテクニックやことば上の違いにとどまらず、体のノリの違い、すなわち足の運びとなって表れる。チャックの曲は、カントリーの影響を受けながら、マディ・ウォーターズのエレクトリック・ギターの影響も受けているし、曲は12小節のブルース進行を単位としている。つまりはカントリーでもブルースでもあったのですが、しかし、単にその二つの混合でもなかった。その新しさは、両者の違いバックビートに揺れる彼の足さばきに、端的に現れているのです。
やがて世界中に、チャック・ベリーの歌い方を真似、ギターを真似をする人々が現れるようになりました。そして、チャック・ベリーといえば、なんといっても「ダック・ウォーク」。彼の曲をコピーする人は、歌やギターのみならず、必ずと言っていいほどあの独特の「ダック・ウォーク」を真似します。
ではここで問題。ダック・ウォークをするときに上がっているのはどちらの足でしょう?
実は正解は、二つあります。
一つは「左足」。「ジョニー・B・グッド」の間奏などでチャックがしばしば披露するダック・ウォークは、右足の膝を曲げ、左足を伸ばして、とんとんと前に進むものです。
もう一つの正解は、「どちらも上がらない」。実は、彼のダック・ウォークにはもう一つあります。それは、両膝を曲げ、足を着地させたまま、ギターを抱えてすり足で前に進むというものです。どんな動きかちょっと見てみましょうか。1956年のチャック・ベリーで「You Can’t Catch Me」。冒頭で彼を紹介しているのはアラン・フリード。最後の十数秒にご注目を。
はい、確かに両足をすってます。首も前後していて、まさしくダック・ウォークです。
このすり足のダック・ウォーク、一見すると簡単なようですが、実際にやってみると、なかなかチャックのようにはいきません。たいていの人は、単純に右足と左足を交互に出そうとして、片方が着地した瞬間にもう片方を出すのですが、それではチャック独特のあの間合いが出ません。
すり足のダック・ウォークをかっこよくきめるには、いつ着地するかだけでなく、「いつ足を出し始めるか」に注意する必要があります。よく見ると、チャックのダック・ウォークでは、わずかですが両足がぴたっと止まっている時間があります。なぜか。4ビートを刻むとき、彼は裏拍で足を出して表拍で着地します。つまり、こうです。
1:右止まる
2:左出す
3:左止まる
4:右出す
やってみるとわかりますが、このやり方だと、1拍めから2拍め、3拍めから4拍めで両足がぴたっと止まります。この静止のおかげで、あの独特の間抜けなダックっぽさが出る。
そしてここまで読んだ方は、この一見地味なダックウォークが、実はあの感電するように足を跳ね上げるときのチャックの足と同じリズムだということに気づかれたことでしょう。
アヒルの足裏は、ひっそりと感電しているのです。