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このエピソードにおける美醜の判断基準等に関しましては、『道士リジィオ①』(冴木忍様:富士見ファンタジア文庫)を参考にさせていただきました。
第一章 魔女見習いジル[11歳]
慢心の失敗と妖霊の姫
 私たちの周囲に青い炎の光が踊っています。

 崩れ落ちた廃墟の屋根、朽ちた外灯の先、ひび割れた石畳の縁石。
 無数とも思える光が、音も立てず、熱も出さず、ゆらゆらと揺れ――ふと気が付くと、場所を変え、互いに踊るように、あるいは手招きをするかのように、行ったり来たりを繰り返しています。

 見方によれば、たいそう幻想的で幽玄な光景なのかも知れません。
「きれい……」
 魂を奪われたような表情でエレンが呟きました。こういうところは女の子なのでしょうが、この場では危険な兆候です。

『“死”って奴は、時に甘く、優しく見えるもんさ。心が弱った人間、絶望に取り憑かれた人間が、思わずその手を握ってしまうくらいにね』
 憎憎しげに吐き捨てたレジーナの言葉が、ふと脳裏に甦りました。

「二人ともあまり鬼火ウィル・オー・ウィスプを凝視しないで、心が持って行かれる可能性があるから! それと絶対に結界の外には出ないように気をつけて!」

 私の注意を聞いて、夢から醒めたような表情で顔色を取り戻し、足元の結界杭の位置を確認するエレンとブルーノの二人。

 しばらく私たちの周囲をウロウロと行き交っていた鬼火ウィル・オー・ウィスプですが、こちらが彼らの幻惑に嵌らないことに苛立ったのでしょうか、不意に光の一つが爆発したかのように大きく膨らみ、一つの姿をとりました。

「ドラゴン!!」
 ブルーノの喉から悲鳴のような声があがります。
 翼を広げた四足のドラゴン――青い炎で形作られているので“火蜥蜴(サラマンダー)”というべきなのかも知れません――が咆哮をあげるかのように翼を広げ、燃える瞳で私たちを睨みました。

「「ひっ……!?」」

 射竦められて悲鳴をあげるエレンとブルーノに追い討ちをかけるかのように、その場から飛び立った火蜥蜴(サラマンダー)が、大きく口を開けてこちらへ迫ってきます。

「がうっ!!」

 咄嗟に逃げようとして、お互いに団子状態になって足をもつれさせて転んだ――お陰で結界の外に飛び出す危険は回避できました。ある意味、息がピッタリと言えるでしょう――二人を守るように、正面から火蜥蜴(サラマンダー)に立ち向かった、私の使い魔(ファミリア)天狼(シリウス)〉フィーアの咆哮を受けて、結界の直前で火蜥蜴(サラマンダー)が粉々に砕け散りました。残った僅かばかりの火の粉も結界に阻まれて消滅します。

『犬の吠え声は“魔”を退ける』

 レジーナから教わった魔術の知識が、再び脳裏を瞬きました。
 まあフィーアは正確には天狼(シリウス)ですけれど、霊格からいえばこのような悪霊如きとは比べ物にならない上位の聖獣・神獣の類いです。まだまだ成獣には程遠いとは言え、吠え声でさえ相手を圧倒するのです。

「というか、単なる幻影の見掛け倒しですね。大丈夫、結界の中にいて、私とフィーアがいる限り、たいした力はありませんから」

 地面の上でお互いに絡み合って、抱き合うような姿勢で上体を起こしたエレンとブルーノの二人ですが、私の言葉を聞いて冷静になったらしく、
「どこ触ってんのよ、このタコッ!」
「触りようがねえだろう、このガリ!」
 頬に朱をのぼらせ、お互いにそっぽを向いて立ち上がりました。
 まあいつも通りですね。

 一方、結界の外にいる鬼火ウィル・オー・ウィスプ達は、こちらを驚かそうと死霊の姿や妖怪、モンスターに化けては、襲い掛かるふりをして私たちを結界の外に出そうとしています。
 とは言え逆を言えば結界を越える力がないということですので、そうとわかれば3人とも落ち着いて幻影を遣り過ごすことが、できるようになりました。

 やがて脅しの効果がないと知った悪霊達は、どうやらやり方を変えたようです。
 一瞬の間を置いて、風を切る音が聞こえてきたかと思うと、拳大の石が飛んできました。

「危ない、避けて!」

 飛んできた石が結界を越えて――多少、威力は鈍りましたけれども――咄嗟に躱した私たちの傍に落ちました。当たっていれば怪我をしていたところです。
 続いて、壊れた椅子や額縁、錆びた草刈り鎌などその辺りに転がっていたものが、手当たり次第に飛んできました。

 所謂(いわゆる)騒霊(ポルターガイスト)現象』というやつでしょう。どうやら結界越しの脅しでは無益なことを悟り、相手は直接暴力に訴えかけることにしたようです。

「2人とも気をつけて。当たり所によっては大怪我ですから」

 なるほど確かに、死霊本体は結界を越えることは出来ません。けれど、いったん勢いをつけて投げた物体は慣性に従って、こちらに危害を加えることが可能です。……もっとも、さほど大きなものを動かす力はないようですが。
 とは言え、瓦礫や壊れた家財品が次々に飛んでくるのは閉口しまし、万一刃物や石片が血管などをかすれば、命に関わることもあります。

 私は慎重に周囲を浮遊する、物品を視界に入れて、軽くステップを踏みました。
「……まあ、当たらなければどうということはありませんが」
 結構、初動が見え見えで、一直線にしか飛んでこないので、見てから余裕で躱せますね。

「ふふん、こんな豆鉄砲なら、このへなちょこ盾で充分防げるわ!」
「この、このっ! てめーっ、さり気なく俺を盾にするなっ!」

 それと、ブルーノは飛んできた物を、手にした練習用の剣ですべて打ち返し、エレンはそんな彼の背中にちゃっかり隠れていました。
 この調子なら平気そうです。

 程なくして段々と飛んでくる物の数が少なくなってきました。
 剣を構えるブルーノも、怪訝そうに眉をひそめます。

「なんだ、投げる物がなくなってきたのか?」
「いえ、単純に力を使い果たしたのでしょう。物を動かすのはかなりの魔力を使いますから」

 基本、常時外の魔力を吸収して体内で自分の魔力に変換できる生者と違い、死者の魔力は有限ですから、使い過ぎると消滅するのですよね(それを防ぐために、生きた人間の精気を吸収しようとするわけです)。

「……ってことは、亡霊の方がそろそろ息切れってこと、ジル?」
「まだ、余力を残して隙を伺っている可能性もあるけれど、だいぶ消耗しているのは確かだと思うわ」

 断言はできないまでも、少しだけ見えてきた希望に、精彩を取り戻し、ほっと安堵の表情を浮かべるエレンとブルーノ。

「それと、随分と暗くなってきたから、2人とも火を焚く準備をしてもらえる? 亡霊や悪霊の類いなら、明かりは苦手だと思うから。――“光よ我が(かいな)を照らせ”」
 私自身も動転して、うっかり見過ごしかけていましたが、太陽はほとんど西の空に沈んで、周囲は完全な闇に沈む寸前でした。
「“光芒(ライト)”」

 魔法杖(スタッフ)の先端に魔法の光を灯して、2人が作業しやすくなるようにしました。
 途端――。

 ヒィイイイイイイ――ッ

光芒(ライト)”の光に照らされた鬼火ウィル・オー・ウィスプ達が、風に吹かれたロウソクの火のように、悲鳴をあげて消えたのです。

「「「へっ?!」」」
 あまりの呆気なさに、揃って間の抜けた声をあげてしまいました。

「なんだよ、こんな簡単に消えるのか!」
「凄いっ。さすがはジル!」
「……こんなことなら、最初からこれを試してみればよかったわね」
 喜色満面の2人とは対照的に、どっと疲れた気分で私はため息をつきました。

 と、気が抜けたところで、フィーアが町外れに通じる瓦礫で埋もれた通りに向かって、激しく吠え掛かりました。

「おーい、みんな大丈夫かい?」
「なんか雰囲気が妙だな」

 それに応えるかのように、通りの向こうから騎鳥(エミュー)を連れた、アンディとチャドが戻ってきました。

「何やってるんだお前ら?」
 3人で固まって、各々が魔法杖(スタッフ)や剣を構えている私たちを見て、チャドが呆れたように尋ねます。
「どうしたんだい、キャンプの準備も半端みたいだし?」
 乱雑に地面に投げ出された、薪や食料、地面に刺してある結界杭を見て、首を傾げるアンディ。

「亡霊に襲われたんです。お二人の方はなんともなかったのでしょうか?」
「亡霊……?」
「いや、俺たちの方は特になんともなかったぞ……しかし、亡霊なんて本当か? サボってただけじゃないのか?」

 綺麗さっぱり怪しい気配の消えた周囲の閑散とした様子を見回して、半信半疑の表情で顔を見合わせるアンディとチャドの2人。

「あのなーっ、俺たちは死ぬ気で戦ってたんだぞ!」
「そうよっ。ジルがいなかったらどうなっていたと思うの!」

 どうにも疑り深い大人二人の態度に腹を立てて、年少組二人が競うように彼らの元へ詰め寄り、猛然と抗議を始めました。
 辟易した様子でそれを(なだ)めるアンディとチャドの様子に苦笑して、私は散らばった荷物を片付けようと、踵を返しかけた――ところで、相変わらずフィーアが同じ方向を向いて、牙を剥き出しにしているのを見て、ハッとして再度振り返りました。

(これだけ暗くなっているのに、どうしてあの二人は角燈(ランタン)を点さずに来たの?!)

 そして、私はそれに気が付いたのです。
 私が灯した光芒(ライト)の光に照らされながらも、地面に影を落とさないアンディとチャド、そして2人が連れた無機質な目をした騎鳥(エミュー)達に。

「――エレン、ブルーノ! そいつらから離れてっ! 結界の中に戻って!!」

 私の切羽詰った叫びを聞いて、「え?」と振り返る2人。
 その瞬間、アンディとチャド2人の顔が鋳物のように固まり――私の方を向いて、ニヤリとまったく同じ表情、同じタイミングで嗤いました。

「うわああっ!?」
「ひっ! いやああ!!」
 同時に、足元の地面から白い手が出てきて、エレンとブルーノの足首を掴みかかりました。
 見れば、結界を囲むように白い骨の手が地面から生え、風にそよぐ枯れ草のように、ゆらゆらと不気味に蠢いています。

「……さすがに、これはなかなかエグイ光景ね……」
 魔法だの魔物だと妖精だのが普通にある世界とは言え、こういう生理的嫌悪を招く光景は苦手です。

 エレン達もそれは同じなのか、蒼白な顔で必死に逃げようとしていますが、足首に絡みついた腕は十重二十重の拘束となり、子供の力では身動きもままならず、またブルーノが持っていた練習用の剣で果断に叩いていますが、びくともしません。

『動くな……そこの術者。動けばこの子供の精気を全て吸い尽くす』
 アンディとチャド――いえ、この2人の姿を模している何かが、まったく同じトーン、タイミングで同時に口を開きました。

「女……?」
 その聞き覚えのない声での脅しに、私の眉根が寄ります。

 その呟きに反応したのでしょうか、アンディとチャドの姿がぐにゃりと歪み、しばし闇が蠢いていたかと思うと、その中から真っ白い――デスマスクのような――仮面が浮き出てきて、それに付随するように長いボサボサの黒髪が広がり、さらに古びた黒くて重そうなドレスを着た首から下が現れました。ドレスには、よく見ると薔薇の花を模したらしい刺繍が施されていました。

『我が名はヒューバータ。その美貌と魔力で知らぬ者とてない、名高き“薔薇姫”とは我のことよ!!』
 傲然と名乗りを上げる自称『薔薇姫』。

 ……えー、まあ、ひたすら鬱陶しい衣装とか自称有名人の名乗りとか中二病臭い綽名とか、正直お近づきになりたくない奇人の類いにしか思えませんけれど、結界越しにさえ肌に感じられる妖気の強さは本物です。先ほどまでの悪霊とは一線を画す存在。これは……。

妖霊(スペクター)ですわね……」
 それもかなり性質(たち)の悪そうな。

『左様。(わらわ)は長くこの地に封印されていた。妾の美貌に嫉妬した男女の逆恨みによってな。だがいつしか封印は緩み、地上へ出る機会を窺っていたところへ、半日ほど前に強力な魔力波動(バイブレーション)を受けて、ついに封印を破ることに成功したのだ! とは言え、長き封印により妾も消耗した、貴様らには妾の滋養となってもらうぞ。ほほほっ、喜ぶが良い、この美貌で知られた妾のエサとして果てるのだからな』

 その告白を聞いて、私は被っていたフードの下できつく唇を噛み締めました。半日ほど前の強力な魔力波動(バイブレーション)というのは、間違いなく私が使った『魔力探査(フォース・ソナー)』でしょう。

 つまり、こうなった原因は全て私にあります。

 大丈夫だろうと思って安易に『魔力探査(フォース・ソナー)』を使い、悪霊を呼び寄せ封印されていた妖霊(スペクター)を解放してしまい。
 その段階でさらに詳しく、地下の反応を精査していれば何かが封印されていたかもしれないものを、転移門(テレポーター)を探すことにばかりかまけて、注意しないで見過ごしてしまった。
 そして、悪霊の脅威を低く見て、もう終わったと油断して、ろくに確認もしないでむざむざ2人が結界を越えるのを見過ごし、人質にされてしまった。

 これはすべて私の慢心からきた油断です。
 魔術に慣れたから、ここらへんは安全そうだからと、安易に考えて……その結果、友人であるエレンとブルーノの2人を危険な目にあわせたしまった。一切の責めは私にあるでしょう。

 と、滔滔と語るヒューバータのすぐ傍で、囚われたままのブルーノが威勢よく叫びました。
「うるせえーっ。薔薇姫だか、ヒューなんとかだか知らねーけど、さっさと俺達を離せ!!」

 と、機嫌よく肩を震わせていたヒューバータが、ピタリと動きを止めると、どことなく憮然とした態度で、仮面越しに私達一人一人の顔を眺めました。
『知らぬじゃと? 妾は薔薇姫、ヒューバータであるぞ。当然、聞いたことくらいはあるであろう、あの歴史に名高い美姫である薔薇姫とはこの我であるぞ』

「知るかっ!」と再び叫んだブルーノは無視して、その視線が私とエレンの方を向いた気がしました。
「………」
「………」
 なんとなく返す言葉を失って、反射的にエレンと目を見合わせながら、一通りレジーナから聞いた過去の有名人や、通り名を持つ御令嬢の名前などを記憶から検索しましたけれど、ヒューバータなんて名前は聞いたこともありません。
 エレンも必死に思い出そうとしているようですが、結果は同じく記憶にないようです。

「……ごめん、知らない」
「……申し訳ありませんが、存じません」

 しかたないので正直に白状すると、仮面の下でヒューバータのこめかみが、盛大に引き攣り――見えないけど、わかるものですね――わなわなと肩を振るわせ始めました。

『知らない……知らないだと? お主等、子供とは言えかの有名な薔薇姫の名と、輝く美貌で轟かせたヒューバータの名前を知らぬ、と……そう申したのか!?』

 大仰に嘆き、憤慨するヒューバータ。なんというか、妖霊(スペクター)とかなんとかを差し引いても、知り合いにはなりたくない人種です。

『許せぬぞ、その無知蒙昧! この妾の美しさを知らぬとは、許しがたい!』
「はん! さっきから美人だ美人だって自分で言ってるけど、仮面で隠してるってことはホントは、すげーブスなんじゃないのか?」
『な……なんじゃと……』
「あー、そうよね。隠しておいて、自称で言われてもねえ。怪しいわよね」
『………』

 お子様二人の憎まれ口を、無言のまま震えて聞いていたヒューバータの手が不意に伸び、止める間もなく2人の首筋を掴みました。

「わっ――」
「きゃ――」
 ほとんど一瞬で顔色を真っ白にして、その場に崩れ落ちる2人。

「エレン! ブルーノ!?」
『ふん、多少は精気を残してある。この場で全て吸い尽くしてしまいたいところであるが、まだまだ精気が足りぬからの。町外れに居た男ども同様、何度か吸えるよう生かしておいてあるわ』

 憎憎しげなヒューバータの声に、安堵と絶望とが去来しました。

(アンディとチャドの2人もヒューバータ(こいつ)の餌食になっていたのね。幸いまだ死んではいないらしいけど)

 あの2人の姿に化けて現れたことから、おそらくはすでに接触済みとは思っていましたけれども――いつの間にか、連れていた騎鳥(エミュー)は亡者の群れに変わっています――これで、孤軍奮闘せざるを得ないことが確実となりました。

『本来であえば、あのような不細工な男や、この程度の品も教養もない小娘の精気など、妾の口には合わないのだが……まあ止むを得まい。我慢してやろう』

 勝手な言い草にさすがに腹に据えかねて、口から文句が出ました。
「あのねえ、さっきから聞いていれば『顔』『顔』『顔』って、顔ばっかりだけど、人間の価値が全て『顔』で決まるものではないでしょう? 私の師匠は言っていましたよ、『美しい顔っていうのは人格や経験、年月によって作られる。たかだか皮一枚で美醜やら、人間の価値やら決められない』って」

『馬鹿を申すな、そのようなことは綺麗ごとじゃ! おなごの価値は顔が全てに決まっておる! 事実、世間を見て見るが良い、美女は男女の区別なく優遇され得をし、醜い者は……常に蔑まれ、馬鹿にされ、損をするではないか!』

 憎悪に震えるヒューバータの声に、私はふと既視感を覚えました。
 これは、私がレジーナから同じ台詞を言われた時に感じた心の感想ではないでしょうか? こうして美醜に拘る彼女の姿は、そっくり私自身を鏡に映したものではないのでしょうか?

 そう思ったところで、ヒューバータの正体――美醜に拘り、醜い者の悲哀を代弁する理由――に私は気が付いたのです。

「そう……そういうことなのね、ヒューバータ。エレンとブルーノの言ったことは図星だったのね。だから、貴女はそんな仮面で素顔を隠して……」
『違うっ!! 妾は美しい! 貴様ら如き俗物には見せるのが勿体ないからこそ』

 必死に否定するヒューバータ。
 その姿は滑稽で、そして身につまされる哀しいものでした。

「ヒューバータ、外見が全てではないと思うわよ」
『黙れ! 貴様になにがわかる!』
「……私も貴女と同じ。その醜さから疎まれ、馬鹿にされ、最後には身内に殺されようとしました」
『――ッ! 嘘を申すな!』
「……嘘だったらどんなに良かったことか。『リビティウム皇国のブタクサ姫』これが私につけられた綽名ですよ」
『………』

 猛烈な勢いで悪意の波動を放っていた、ヒューバータの感情が少しだけ和らぎました。

「正直、いまだに容姿に関しては悔しいと思いますし、こんな醜い姿に生まれたことを嘆いたこともあります。ですが、地位も財産も失ったこんな私を、容姿なんて関係なく友達だと言ってくれる人がいます」

 私の視線を受けて、ヒューバータちらりと自分の足元に転がる二人の子供を見ました。

「ブタクサでも花が咲くって励ましてくれるへそ曲がりの師匠もいます。大切なモノは顔なんか関係なく得られるのですよ」
『大切なモノ……』

 静かに呟いたヒューバータを励ますため、私は被っていたフードを脱いで、自分の(多少は改善されたとは言え)醜い素顔を晒しました。

『……ッ!!!』
 その途端、息を飲んで俯くヒューバータ。

 無言で震えるその姿に、私は内心どうやら説得が成功したみたいね……と判断して、ほっと胸を撫で下ろしかけました。
 その瞬間――

『……き……』
 ヒューバータの口元からかすれ声が漏れ――。

「き?」

『貴様だけは許さん――っ!! その顔を潰して殺す――っっっ!!!』

 全身を震わす怨嗟の声と、血走った眼、凄まじい怨念がその全身から噴出したのでした。

「えええええええっ!! なんで――?!?」

 予想外の事態に混乱する私に向かって、地面から醜悪な悪霊が生み出され、ぞろぞろと向かってくるのでした。
結論:ジルが悪い。

12/20 誤字訂正しました。
×悪霊の脅威を引く見て→○悪霊の脅威を低く見て


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