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第一章 魔女見習いジル[11歳]
帝都からの手紙と財宝の地図
 私の背丈を遥かに越えたわわに実った菜園のトウモロコシと、庭全体を覆い尽くさんばかりに蔓を伸ばして、あちこちに転がる大きな南瓜に如雨露(じょうろ)で水をかけながら、私はその成長具合に満足して目を細めました。

「やっぱり、発酵肥料と鶏糞を混ぜただけあって成長が違うわね。初めての年にしては上出来じゃないかしら」

 苦労して開発に成功した発酵肥料と、ダンさんの牧場で貰ってきた鶏糞(全高2メートルで牙の生えた魔鳥のようなあれを、はたして“鶏”と言って良いものかどうか私は判断に迷いますが)を混ぜた土で、トウモロコシと南瓜を育てたところ、現在までの成長速度や茎や蔓の太さも非常に順調で、村の畑で生っているモノよりずっと立派に思えます。

「将来的には品種改良もやってみたいわね。それか陸稲(おかぼ)じゃなくて、連作障害のなくて収穫率も高い水稲にした方が良いと思うんだけど、さすがにそこまで詳しい知識はないし、仮にやるとなれば治水の問題が絡んでくるでしょうから、一個人どころかこんな僻村では無理があるわね」

 品種改良だけでも多分、何年がかりとかの話になると思うので、さすがに今日明日どうにかなる話ではありませんが、聞いたところによると、ここでも何年かに1回は冷害の年とかがあるそうなので、最低でも冷害に強い種を保存しておいて、掛け合わせるくらいのことはしてみたいところです。

 ちなみにそうした凶作の年には、前もって備蓄しておいた食糧の配布や、緊急時の国からの援助とかもあるそうなので――正直、貴族や役人は民衆を弾圧するものだと、変な先入観があったのですが、少なくともこの国(グラウィオール帝国)は思ったより公正な社会なようですね――いまのところ餓死者が出たとか奴隷に身売りしたとか、そういう悲惨な状況になったことはないとのことです(あくまで西の開拓村のお話ですが)。

 そんな感じで、朝の仕事を一通り終えた私は、そろそろ収穫しようかどうか悩みながら、如雨露などを物置小屋に仕舞い、エプロンからいつもの黒のローブに着替えて、小屋の周りを見渡しました。

「――さて、と。今日は久々に開拓村へ買い出しに行く日なんだけど、マーヤもフィーアもどこへ行ったのかしら?」

 最初の頃はマーヤは距離感を計りかねて、フィーアは巨大なマーヤを警戒して距離を置いていましたが、最近はすっかり打ち解けて、気が付くと二匹揃っていなくなることが多いです。

 そんな時はどこで何をしているのかフィーアに訊いてみると、
『遊んだ~っ。美味しいもの食べた! おっきいの!』
 というようなニュアンスの反応が返って来ます。

 多分マーヤが森の中で縄張りの監視がてら、獲物の獲り方とか教えてあげているのでしょう。最近はフィーアも外食(?)が増えてきています。
 ちなみに外食の中身については、
『むしー!!』
 と自動車ほどもあるダンゴ虫のイメージが添付されてきてからは、あえて聞かないようにしていますが……。身体に悪いものは食べさせてないと信じてますよマーヤ。

 とは言え、今日は前もって出かけることを教えていたので、フィーアはともかくマーヤはその辺りに待機しているかと思っていたのですが、謹厳なマーヤにしては珍しいこともあるものです。

「マーヤ? フィーア? いないの?」

 魔法杖(スタッフ)を手にとって、すっかり準備を整えた私が、森に向かって呼び掛けると、遠くからマーヤの遠吠えが聞こえてきて、待つほどなく黒い影――『黒暴猫(クァル)』という巨大な黒猫のようなレジーナの使い魔――マーヤがほとんど音もなく森の中から現れました。

 その背中に乗っていた秋田犬ほどの大きさをした金色の毛並みの魔獣――私の使い魔で『天狼(シリウス)』――フィーアが、パタパタを背中の翼を羽ばたかせながら、私の胸元へ飛び込んできました。

『ただいまーっ!』
 抱き止めたフィーアから、そんな感情が流れ込んできます。
「おかえりなさい、フィーア。どこに行っていたの?」

『ん~~っ、さんぽ?』
「お散歩ですか。なにか変わったことがあったの?」
 こちらはマーヤに問い掛けましたが、無言のままこちらを見返すだけです。
 特に問題がなかったのか、私には言えない行動だったのか……ちょっと判断がつきかねますが、どちらにしても、私としては無問題と判断するしかないところです。

「それじゃあ、マーヤ。私たちは村に行ってくるから、レジーナをお願いね。なるべく早く帰るつもりだけれど……」

 そう言うとマーヤは申し訳なさそうな顔で、私の身体に首筋を擦り付けて――安全の為のマーキングでしょう――森一杯に轟くような声で、一声鳴いて、周囲を威嚇しました。

 これでまず行きは安全でしょう。中小の魔獣や妖魔・妖怪の類いはこれでしばらくは、この辺りに近寄らないでしょうから。

「ありがとう、マーヤ。それじゃあ、行って来るわね」
 足元に降りたフィーアが、悠々とした足取りで私を先導して歩き始めたので、付いて歩きながら、ふと背後を振り返ると、マーヤがじっと小屋の前に座ってこちらを眺めていました。

 なにか勘に触れるものでもあるのでしょうか? 最近、マーヤはなにかを警戒するような様子で、小屋の周辺をウロウロしてあまり離れたがりません。

 それでも心配げな顔で見送るマーヤの姿が見えなくなる前に、私は右手に持った魔法杖(スタッフ)を持ち上げて見せました。

「大丈夫よ。最近『収納(クローズ)』の魔術も覚えたことだし、訓練がてら歩くのはいつものことなんだから」

 ちなみに『収納(クローズ)』の魔術というのは、『空』属性の魔術で、以前にレジーナが買い出しに行く際に持っていた、見た目の数倍の重さと大きさのものが入れられる魔具(マジックアイテム)の袋を、魔術で代用したようなものです。
 感覚的には、魔術で空間に『穴』を開けて(術者以外には見えないようです)、そこにポイポイ物を入れるだけ。出す時には入れた物を思い浮かべれば、勝手に吐き出されます。いまのところ大きさに制限はありませんが、総重量は100キルグーラ程度が限度です。まあ、慣れれば今後容量は増えるようですが、取りあえず買い出しに行く分には充分でしょう。

 ちなみに私の体感だと、1キルグーラが1キログラムに当たり、1000グーラが1キルグーラになります。
 ついでに距離に関しては、1メルトがほぼ1メートルで、100セルメルトが1メルトに当たり、1000メルトが1キルメルトになるようです。

 なお、最近は道に慣れたのと日々のトレーニングのお陰で、村まで3時間も掛からずに着くようになりました。問題がなければ3時頃には帰れる筈です。

 そんなわけで、私とフィーアは、気楽な調子で開拓村に向かいました。



 ◆◇◆◇



「とりゃあーっ!!」
 気合いもろとも、ブルーノが飛び込んできました。
 木剣は右手一本で握って、しかも柄の端の方を握ってリーチを確保しています。
 体格差を活かしての遠距離からの飛び込み突きで、勢いのある良い攻めですが、少々動きが直線的で粗雑過ぎです。

「ふう……はっ!」
 剣先が届く瞬間、身を屈め、伸ばされたブルーノの腕の下を掻い潜るようにして、懐へ滑り込むのと同時に、びしっ!と音を立てて私の木剣の一撃が、脇腹に叩き込まれました。

「か……ぐぅ……っ!」
 顔をしかめて脇腹を押さえるブルーノ。それでもまだ剣は離さず、身を低くしたまま、お返しとばかり私の胴を狙って、突き上げるように切っ先が向かってきます。
 それを横に払おうとして、意外な膂力に完全に流しきれず、私は一歩後ろに下がりました。

「せやぁ!!」
 それを好機と捉えたのでしょう、ブルーノは身体全体で圧し掛かるようにして、気合を込めた一撃を繰り出してきます。

「く――っ!」
 その圧力に屈したかのように、私はさらにもう半歩、左足だけを引いて、木剣を打ち合わせました。

 木剣同士が交差し、鍔迫り合いの体勢になりました――一見して膠着状態――ですが、いまや単純な力比べでは、私はブルーノに勝てません。
 そのことがブルーノにもわかっているのでしょう。その瞬間、勝利を確信したその顔が突然、すとん、と下に落ちました。

「なああ?!」
 咄嗟に状況が掴めず、目を白黒させるブルーノの頭部へ、充分手加減をした私の剣が吸い込まれました。

 種を明かせばなんてことはありません、足です。
 前に出てきたブルーノの右足を、私は自分の右足で引っ掛けるようにして、手前に払ったのです。

「いででえで――っ!!」
 さすがに今度は我慢できなかったようで、自分の木剣を手放したブルーノが、草原の上で頭を押さえて転げ回り、息を飲んでこの稽古の様子を見ていたエレンが、歓声を上げて私に抱きついてきました。

「やったーっ。さすがはジル! 今度も1回も当てさせなかったわね! ――まあ、ジルに傷ひとつでも付けたら許しちゃ置けないけど。それにしても……毎回、突っ込むしか能がないわね、ブルーノ」

 たっぷりと嫌味を含んだエレンの言葉に、ようやく上半身を起こしたブルーノが、涙目で抗議します。

「うるせーっ! 足を使うなんて反則だろう、正々堂々勝負しろ!」
「そう言われても。私の剣術は実戦を想定してるから、使えるものは何でも使うし、できる工夫はなんでもするのが当たり前なんだけれど」
「そーいうことよ。あんた冒険者になるのが夢なんでしょう? 魔物や妖魔相手に『訓練と違う!』って言うわけ?」

 エレンの正論にブルーノは悔しげに黙り込みました。
 とは言えこの木剣を使った稽古――いえ、ブルーノ曰く「勝負」ですね――を始めてから3ヶ月余り。毎回、女の子に良い様に負けていては、男の子としては面白くはないでしょう。

 それに確かに形の上では私が毎回勝ってはいますが、段々とお互いの力の差が縮まってきているのも確かです。

「まあ、確かに猪突猛進なのは変わらないけれど、始めた頃に比べればずいぶんと上達しているわよ。この調子で頑張れば、近いうちに一本入れられるかも知れないわね」

 そもそもこれを始めた頃は拮抗していた腕力が、先ほどのように捌ききれない程、差がついてしまいましたからね。成長期の男女の違いを差し引いても――これは私にとってちょっと不満な要因ですが――長足の進歩と言えるでしょう。いまのところ技と経験とで私が圧倒していますが、今後の成長率を考えれば、将来的には脅威かもしれませんね。……まあ、私もそうそう負けるつもりはありませんが。

「そ、そうか、待ってろよ。すぐに追いついてみせるからな!」

 私の言葉に多少なりとも体面を保てたらしいブルーノが、その場から起き上がり、いつもの元気を取り戻して自信満々に言い放ちました。

「あんた、いっつもそればっかりよね。そういえば、前にジルに勝負で負けたら『凄い場所を教える』とか言ってたけど、それも教えてないし」
「あんな勝負は無効だ! いつも変な小技使いやがって!」
「負け犬の遠吠えは惨めよね。実は口からでまかせなんじゃないの?」
「そんな訳あるかっ! だけどあれは男だけの秘密の場所だから、女にはそう簡単には教えないんだ」

 エレンのからかい混じりの追求に、ムキになって反発するブルーノ。
 う~~ん、男の子だけの秘密基地とか、ちょっと心惹かれるフレーズですね。女の子をしている今は、そういうのを共有できないのが残念です。

 そんな二人のいつもの遣り取りを横目に、お座りの体勢で、ずっと私を見守っていたフィーアが、パタパタを背中の翼を羽ばたかせながら、私の足元へ擦り寄ってきました。

「お待たせ、フィーア。さぁ、そろそろ買い出しの続きに行きましょう」

 思い起こせば、門をくぐったところでブルーノに出会ったのが運の付き。
 いつものように勝負を挑まれ、噂を聞いてエレンが飛んでくるまで、小一時間過ごしてしまいました。別段これが無駄な時間とは言いませんが、早く戻るとマーヤとも約束している手前、これから大急ぎで買い出しに回らなければなりませんから、自然と気持ちも焦ります。

 屈み込んで金色のタテガミを指で梳いてあげてから、私はいつもの順番で村を回るため、立ち上がりました。
 その気配に気が付いたエレンが、口喧嘩を中断して、少々慌て気味に顔をこちらに向けます。

「あっ、待って、ジル。今日は賢者様とジル宛に帝都から郵便が着ているから、うちに寄っていくよう、父さんから伝言を預かっているの!」
「手紙? 私にも??」
 なんでしょう? レジーナ宛はともかく、帝都から私宛で手紙が着ているのなんて……あっ!

 首を捻りかけた私の脳裏で、数ヶ月前に1度出会ったきりの天使のような美少年――ルーク(ルーカス)の「手紙を書きます」と言っていた言葉が弾けました。

「あっ、もしかしたらルークからの手紙かも!」
「ルーク……って誰? 男の子の名前みたいだけど」

 ルークを知らないエレンが微妙な……好奇心と不安とがない混ぜの表情で尋ねてきました。なぜかブルーノも神妙な顔で聞き耳を立てています。

「え……」
 困りました。ルークのことはレジーナのプライバシーにも関わることなので、軽率に話す訳にはいきません。
「えーと、ルークは私と同い年のお友達で、帝都の騎士様の子なの。……金髪で青い目をした、王子様みたいな男の子かな」

 とても曖昧な言い方になってしまい。仕方ないので最後は冗談めかして、そう締め括りました。

「王子様……!!」
 ところが、なぜかエレンは目を見開いて、その場で放心するほどのショックを受け、ブルーノは一転して不機嫌な顔で黙り込んでしまいました。

「ど、どうしたの二人とも?」

 尋ねましたが二人とも無言のままです。
 結局、私が買い出しを終えて、村長さんから手紙――案の定、エイルマー氏と息子のルーク君からのものでした――を受け取るまで、そのままなのでした。



 ◆◇◆◇



「ささ、こちらになります。これが賢者様宛の書状が3部に……こちらが、ジル殿宛のものです」
「ありがとうございます、村長さん」

 遠い地に住む友人からの手紙を受け取り、思わず微笑がこぼれます。
 そんな私の顔をフードの下から覗き込むように見て、エレンは思い詰めた表情で、(すが)るように問い掛けてきました。

「ねえ、ジルはどこにもいかないよね? ここにいるんだよね?」
「――? 行かないわ、行くところもないし、レジーナに追い出されるまでは、ずっとここに居るつもりよ」

 その途端、エレンの顔にほっと安堵の表情が広がりました。

「おい、ジル。今度来たらお前にだけ、こっそり秘密の財宝のある場所を教えてやる。だから、その……忘れるなよな」
 と、なぜかずっと付いて来ていたブルーノが、真剣な表情でそんなことを言ってきました。

「財宝? 何よそれ、馬鹿みたい」
 一足先に復活したエレンに鼻で笑われ、「嘘なもんか!」と、いきり立ったブルーノは、シャツの下――首にぶら下げていた巾着袋を引き摺り出し、中からくしゃくしゃになった古い地図を出して広げました。

「昔の廃墟跡で見つけたんだ、ここに四角いマークと矢印があるだろう。宝箱に違いないって!」
「はあ、そんなのあんたの思い込みじゃないの? 第一、これ古過ぎて昔の町とか街道とか、全然いまと違うから、見当もつかないし」
「大体はわかる! ほらこの岩とか、南の荒地にあるあれだろう? そうすると、意外と近いところにあるんだ」

 興奮した様子で説明するブルーノとは対照的に、エレンは冷めた様子で『財宝の地図』とやらを眺めます。
 まあ、確かに見た感じ、旅人が単に目標地点をメモしただけに見えますね。

「でも、ひょっとすると、なにか実際にあるかも知れませんからね。行ってみるのも良いかも」
 苦笑しながらも、私は一言口添えしました。
 男の子というのは、冒険に憧れるものなのですよ。

「そうだろう! やっぱりジルはわかってるな。どっかの男女とは大違いだ!」
「男女って誰よ!?」
 男女ならここに居るんですけどねー。
「へんっ。鏡を見ろよ!」
「なんですって、この豚男! また賢者様の呪いで豚になればいいのに!」
 ブタクサならここにもいるんですけどねー。

 先ほどまでの意気消沈ぶりが嘘のように、いつもの調子で口喧嘩を始めたエレンとブルーノの二人を眺めながら、また帰りが遅くなりそうだなー、と思って私は天を仰ぎました。

 そんな私を慰めるように、フィーアが飛び付いてきて、ぺろぺろ口元をなめてくれました。
12/22 誤字脱字の訂正をしました。

×初めての年にしては上出来じゃないから→○初めての年にしては上出来じゃないかしら

1/16 文言の修正をしました。
×「なんですって、この豚男! また魔女の呪いで豚になればいいのに!」
  ↓
○「なんですって、この豚男! また賢者様の呪いで豚になればいいのに!」

1/16 度量衡について追加しました。
100セルメルト=1メルト
1000メルト=1キルメルト

1000グーラ=1キルグーラ


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