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エレン視点になります。
時系列としては、7~8話にあたります。
第一章 魔女見習いジル[11歳]
幕間 村娘エレンの決意
 あたしの名前はエレン。父さんはここ西の開拓村の村長アロルド・バレージ。だから、あたしの名前も正式には『エレン・バレージ』になる。

 それとこの村の正式な名前も『旧ドミツィアーノ領西部開拓村』というらしい……けれど、誰もそんな長ったらしい言い方はしない。単に『西の村』『西の開拓村』っていうだけだ。ちなみに“ドミツィアーノ”っていうのは昔、この地を治めていた領主の名前だそうだ。

 けれど、いまはそんな領地も貴族も存在しない。開拓村は東西南北、そして中継地を兼ねた宿場町の5箇所があるけれど、すべて国――グラウィオール帝国という大陸の東部地帯を治める大国――の直轄領になっている。
 前の領主がいなくなった理由を聞いても、子供の頃は、「悪い領主さまだったから(ばち)が当たったんだよ」と言葉を濁されるだけで、詳しくは教えてもらえなかった。

 けど少しだけ大きくなった時に周りの話からわかったことは、なんでも、あたしの生まれる20年位前に、その領主が自分の領地を広げるために、あの広大な『闇の森(テネブラエ・ネムス)』に独断で軍隊を送ったのが原因らしい。

 その結果は――言うまでもなく、何千人といた兵士は一夜にして全滅。

 その上、怒り狂った森の主――黄金に輝く竜王――が、地平線の彼方まで轟く咆哮とともに飛び立ち、ほぼ一瞬で領主の住む城と街とを住人ごと消滅させ、さらに出兵に協力した近隣の領主や領民をもことごとく殲滅して、その結果、この地域は瞬く間に草一本生えない焦土と化した。

 さらに収まりきらない怒りの矛先が、帝国本土に向かおうとしたところで、当時すでに引退されていた現皇帝陛下の祖母様――太祖女帝とも国母とも呼ばれる方――が、単身、森の主(実際は魔皇と会談したとか、神帝陛下に直訴したとか、この辺りは噂がバラバラだけど)と話し合って、どうにか最悪の事態は回避させた……けれど、それ以来、太祖様の御姿を見た者はいない。
 きっと、我が身を犠牲にされ国をお守りくださったのだろう……と、いつもこのお話の最後は締め括られる。

 そんなわけでこの辺りの土地と“ドミツィアーノ”の名は、ずっと忌避されていたらしい。

 ただ、「国益を持ち込まない限り『闇の森(テネブラエ・ネムス)』は解放されている」というカーディナルローゼ超帝国(帝国の上に君臨する大陸統一国家)の公式見解があるとかで、いまだに恐れ知らずの冒険者とかは平気で森へ入り込んでいるし、それを当て込んだ棄民の町も森の傍にあって、こちらは特段被害に遭わずに済んでいる。

 そんなことから、一度は焦土と化した土地だけれど、帝国領には変わりない……ということで、数年後におっかなびっくり入植が始まり、どうやら問題がなさそうというわけで、本格的な開拓村が作られ、あたしの住むここ――闇の森(テネブラエ・ネムス)にもっとも近い、西の開拓村も16年前に作られた。ちなみに、開拓村の中でも一番新しくて小さな村だ。

 小さな村だから、村長をしている父さんも、それを補佐する母さんも年中大忙しだ。
 二人いる兄さんは、もう一人前扱いされて朝から畑仕事を手伝ったりしている。

 一番下のあたしは忙しい時に両親のお手伝いや、畑仕事を手伝ったりしているけれど、普段は村の子供達の子守をしている。
 村にはあたしと同年輩の女の子はいないので、大人たちからはチビ達のまとめ役――と言えば聞こえはいいけど、つまり一緒くたに子供扱いされてるってことよね――を仰せつかり、チビ達からはずっと年上のお姉さん――5歳の子供から見たら11歳のあたしは大人だ――として扱われる。

 別に不満があるわけじゃないけど、大人でも子供でもない、どっちつかずの立場はなんか落ち着かない。
 村で唯一の同い年の男の子――ブルーノは、チビ達に兄貴扱いされて有頂天になっているけど、あれは中身が餓鬼なので仕方がない。

 そんなわけで、あたしはいつも物足りなかった。
 できれば対等な友達が欲しい。
 何でも話せるような同い年くらいの親友が欲しい――そんな風にいつも心の中で願っていた。そして、その想いに応えるかのように、ある日、不意にあたしの前に一人の女の子があらわれたのだった。



 ◆◇◆◇



「エレン、こちらは森の賢者様のお弟子のジル殿だ。お前と同じ11歳だそうだから、良い友達になれるだろう」

 そう言って父さんから紹介されたのは、頭からローブを被ったすらりと背の高い女の子だった。

『同い年!』その言葉にあたしの目の前が、ぱああっと明るくなった。
 待ち望んでいた相手。ひょっとして友達になってくれるかも知れない!

 あたしはドキドキと期待に高鳴る胸を押さえながら、ジルちゃんに挨拶した。
「はじめましてジル様、エレンと申します」

 ただ相手は『森の賢者様』と父さんをはじめ、近隣の町村長が敬う方(まあ、口さがない連中は『森の魔女』って呼んでるけど)のお弟子さん。あたしはなるべく失礼にならないように精一杯丁寧に頭を下げる。

 するとフードの下から、まるで吟遊詩人の鳴らすハープのような、ビックリするほど澄んだ声が流れてきて、あたしは驚いた。
「はじめまして、ジルです。――ああ、別に『様』とか敬語はいらないわ。普通に話してくれると有難いかな」

 一瞬、聞き惚れかけて……気楽な調子のその内容に、あたしは今度こそ内心で拍手喝采を叫んで、口調を改めてジルへ確認した。
「は、はい……うん! そうよね、お友達だもんね!」
「そうね。お友達になってね」

 それから、あたし達は父さんに促されて村の中を散歩することになった。
「あれはなに?」
「あそこは前は豆畑だったんだけど、土地が痩せたので休ませているの」
「ふーん、毎年同じ畑は使えないの?」
「2~3年経つと、だんだん収穫できる量が少なくなるから、だから毎年休ませて別な畑を耕しているのよ」
「そっか、やっぱり肥料や土地の改良はまだまだなのね」

 歩きながらジルは色々な事を聞いてくる。
 頭の中を引っ繰り返して答える傍ら、あたしもジルに森の生活のこととかを訊いて、それからお互いに知っている御伽噺を話したりして歩いた。

 ジルのお話はどれもビックリするくらい新鮮で、その上とても難しいことを沢山知っていました。あたしも将来の為、といって母さんに勉強を教えて貰ってますが、ぜんぜん敵いません(その代わり、1年が366日あることや、月々の呼び名など、なぜか当然の一般常識がぽっこり抜けてる一面もあったりしてましたが)。もっと勉強しないと! と反省させられました。

 そして、同時に思ったのです、こうして同い年の友達と他愛のない話をできる、まさに夢のような時間を共有できる幸せ――この関係はもはや“親友”といっても過言ではないだろうって!

 と言うことで、あたしとジルは親友となりました。

「ねえ、ところでジルは、なんでずっとフードを被って顔を隠しているの?」

 そこで気になるのは、ジルが最初から顔を隠していることです。
 実は動く度にちらちら覗く、綺麗な顔の線とか、さくらんぼみたいな唇とか、すっと通った鼻筋とか――フードを外せば絶対に凄い美少女に違いない!!という素顔の断片が見えて、もう気になって気になってしかたなかたのよね。

 で、思い切って尋ねてみたんですが、ジルは困ったようにフードに手をやって、
「魔女のしきたりなのよ。一人前になるまでは、みだりに人に顔を見せないことになっているの」
 どことなく後ろめたそうに答えました。

 そういう掟があるのなら仕方ないな。でも、親友なんだからこっそり見せてもらえないかな~、なんて思っていたところへ、同い年でガキ大将気取りのブルーノがやってきて、ジルに難癖をつけて無理やりフードを剥がそうとしました。

 ブルーノは以前、訪ねて来た森の賢者様に悪戯しようとして――この辺りでは「悪い子にしていると森の魔女に豚にされるよ」(「森の魔皇が来て食べられるよ」というのもあります)と、小さい子を叱る時に言い聞かせるのが決まり文句みたいなものですが、他愛のない恰好付けで、勇気があるところを見せようとしたのでしょう――賢者様の癇気に触れて、1週間ほど豚に変えられた恥ずかしい過去があるので、その弟子だと言うジルが気に食わなかったんだと思います。

(なんてことを!!)

 慌てて止めようとするよりも早く、その手を逆に掴んだジルが、まるで魔法みたいにブルーノを放り投げました。ブルーノは将来、冒険者になるなんて言って自警団で訓練してもらっていて、いまじゃ大人と変わらないくらいの腕前がある……なんて、普段から吹聴してたんだけど、それを雑巾みたいに放り投げたのです。

 それを見て、取り巻きの男の子達は一斉に逃げ出し、あたしは喝采を叫んでジルに近寄りました。
 その時――放り投げられたブルーノの手が、偶然ジルのベールに触れて、半分苦し紛れの意趣返しでそれを引き摺り下ろし――結果、ジルの素顔がその場で明らかになったのです。

「「「あっ!!」」」

 同時に驚愕の声が漏れました。
 それは――
 だって顕わになったジルの素顔は、想像していた『可愛い』とか、『綺麗』だとか……そんな次元じゃなかったから。

 真っ白なミルクにほんのりと薔薇色を溶かしたような肌はすべすべで、うっすら桜色に染まった長い金髪はお日様の光を反射してキラキラ輝き、潤んだ大きな翡翠色の瞳は神秘的な輝きを放って、冒しがたい気品と周囲を圧倒する存在感を放っています。

 目の前にあっても、まるでこの世のものではないような、物語か神話の中から抜け出してきたような、見ているだけで気が遠くなるほどの美貌でした。

 すべての造作が夢のように綺麗な……まるで神様が作った精巧な人形のよう。

(お姫様だ……っ!)

 御伽噺のお姫様、それが物語の中からそっくり抜け出して、まさに目の前にいるのです。

 慌てた様子でフードを被り直したジルは、呆然とするあたしとブルーノに向かって、泣きそうな声で、
「お願い、このことは誰にも言わないで!」
 そう叫ぶように訴えると、背中を向けて小走りに逃げていきました。

 追い駆けないといけない! ジルとこのままお別れしちゃいけないっ!!
 衝撃の覚めやらぬまま、あたしはジルを追って駆け出しました。

 初めてできた親友だから。
 そして何よりこの出会いは奇跡だから。

 大げさな言い方をすれば、今日、あたしはあたしの“運命”に出会ったのです。

 この出会いを逃してはならない! あたしの人生が彼女との出会いで変わる!!
 ただの思い込みかも知れません。あるいはそれは“一目惚れ”だったのかも知れません。

 でも、半ば本能的にそう感じたあたしは小さくなろうとしたジルの背中に、どうにか追い付く事ができたのです。

「ちょっ、ちょっと待ってジル!」
「エレン……?」

 驚きと当惑が半分半分の様子で、ジルが振り返った。
「大丈夫! あたしは絶対に黙ってるから。ブルーノが喋りそうになったら張り倒してみせるから!」

 どうしてあんな綺麗な素顔を隠しているのか。本当はジルが何者なのかはわからないけれど、知られたくなかったのは確かです。だからあたしは、胸を叩いてジルの両手を握り締めて宣言しました。

「本当に……?」

 フードの下から細い声で、おずおずと確認するジル。
 ああん、心細げな態度が可愛過ぎ! あたしのほうが背が低いけど、このまま抱き締めて持って帰りたいくらい!

「勿論よ。親友の為だもん」
 躊躇なくあたしは頷き、ちょっとだけ本音を漏らします。
「それに、二人だけの秘密にしていたほうが、絶対に素敵だと思うし」

“二人きりの秘密”――なんて甘美な響き! もうこれは親友の域を超えたわっ!!

「……これからも私とお友達でいてくれるのかしら?」
「ええ、もう大親友よ!」
 あたしは『大』を強調して言い切りました。

 その途端、感極まったジルがあたしを抱き締めてくれ――うおおおっ、柔らかい! すげー良い匂い! うわーっ、おっぱいでかっ!!――あたしは至福の時間を過ごしたのです。



 ◆◇◆◇



『親愛なるジルちゃんへ』

 あの出来事から数日後、この雨の中、これからジルのいる賢者様の庵を訪ねるという行商人が、村長である父さんを訪ねてきたので、話が終わったところで、ついでに手紙をジルに届けてもらうことを頼んでみました。

 最初は胡散臭い相手と思ったんだけど、「なんかそれっぽい理由があった方が、あの偏屈婆さん相手の言い訳になるんで、こっちも助かりますわ」と、相手も快諾してくれて、その上、手紙にする紙(なんかの広告)まで貰えたので、大急ぎでその場で手紙を書き始めた。

 何を書こう。とりあえず近況と……そうだ! 『赤の花冠(ルーベルフロース)』のお祭りにかこつけて、遊びに来るよう誘ってみよう!
 あとは……一応、気になってるだろうからブルーノの馬鹿のことも書かないと。
 あの馬鹿、あれからことあるごとにジルのこと聞いてきて、態度が見え見えなのよ! だけどお生憎様、ジルはあたしのものだから、あんたなんかには渡さないから。

「いや~っ、友達はいいもんですな。ジルちゃんっていうのは、魔女の婆さんの身内ですか? 前は居なかったと思うんですけど?」
「ジルは賢者様の弟子よ。だけど本当はお姫様なの」
 どうせ信じないだろうと思って、あたしはジルを見て直感的に感じたままを口に出した。

「ほほう。なるほどなるほど。魔女のところにいるお姫様ですか。それはきっと、悪い継母に殺されそうになって逃げ出したんやけど、途中で追っ手に捕まりそうになって、良い魔女に魔法で姿を変えてもらって、こっそり魔女の庵に住んでるんでしょうな」

 子供相手だと思っているのか、訳知り顔で行商人が相槌を打ってきた。

「うん。そうね、そうに違いないわ。いつか魔法で悪い継母をやっつけて、お姫様の姿に戻るのよ!」
 御伽噺みたいだけど、喋っている間にそれが本当のことみたいに思えてきた。

「ははあ、そうしてお姫様は森から出て、王子様とお城に行くんですな」

 頷いた行商人の言葉を聞いて、ふと、あたしの背中に冷たいものが走る。
 もし、お姫様に戻ったジルがここから出て行ったら、あたしはどうすればいいんだろう?! どうやって追い駆ければいいんだろう!?

「……お姫様と一緒に行くのは王子様じゃないと駄目なの? 村娘じゃ付いていけないの?」
 あたしは手紙を書く手を止めて、行商人の細い目を見た。

 彼はう~んと首を捻って、「まあ、侍女にでもなれば付いて行けるんと違いますか?」と答えた。

 侍女。
 ジルがお姫様なら、あたしが侍女になってずっと傍に居ればいいんだ!

「まあ、その為にはいまのうちから教養とマナーを身に着けといた方がいいでしょうな。あと、なんか特技でもあれば最高ですけど」

 行商人の男の言葉に頷いて、あたしは手紙の続きを書き始めた。
 あたしは自分の運命に出会った。
 だから今度はその運命と歩むために、自分で頑張らないといけないんだから。
案外、下心満載のエレンでした。
この後、祭りでのジルのお姫様モードを見て、完全にとりこになりました。
反応が薄かったのは、興奮し過ぎて、心臓が止まりかけてたのが真相です。

それとレジーナがブルーノに使ったのは幻影魔術ですので、本当に変身したわけではありません(見た目も手触りも騙されるレベルなので、まず気が付きませんが)。

12/16 脱字がありましたので修正しました。ご指摘ありがとうございます。
×まるでこの世のもではないような→○まるでこの世のものではないような

ブルーノが変えられた動物の設定を変更しました。
蛙→豚

1/16 誤字の修正をしました。
×一瞬、聞き惚れてかけ→○一瞬、聞き惚れかけて


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