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第一章 魔女見習いジル[11歳]
草原の仲直りと花冠の行方
 無駄な抵抗をしようとしたところで、腕白な4人の子供を育てたと言う、百戦錬磨の女将さんの腕前に敵うはずもなく――本気で私の技がすべて無効化されました。なんかイロイロとショックです――あっさりと剥かれて、
「ひええええっ!!」
「いや、綺麗な肌だね~っ、なにかつけてるのかい? 地肌? 大したもんだわ!」

 飾り刺繍が付けられたドロワーズを穿かされ、
「きゃあああああっ!!」
「思った通りいいお尻してるね。安産型だよ」

 有無を言わせずドレスを内側からふっくら膨らませるパニエを着せられ、
「にょおおおおおおっ!?」
「よしよし、ちゃんと専用のパニエがあってよかったよ」

 スカートの下につける三段フリルのペティコートを装着され、
「びょうううううううっ!!!」
「あんた腰の位置が高いねえ。羨ましいこった」

 空色のワンピースを頭から被せられ、
「どへええええええええっ!?!」
「これを着ておくとドレスの袖が映えるってもんさ」

 待ってましたとばかり、雪のように白いフリルとリボンで飾られたドレスを着せられ、
「ういいいいいいいいいっ!!??」
「おや、ちょっとウエストが余ったね。まあ腰のリボンで調節できるけど」

 髪を束ねていたリボンを外され、香油のようなものを掛けられ梳かれ、
「ほげええええええええええっ!?!?!」
「さらさらで癖のない髪だこと、ちゃんと手入れしないと駄目だよっ」

 とどめに薄く化粧をされました。
「どおおおおおおおおおおおっ?!?!?!」
「アンタの場合、化粧はいらないとは思うけど、まあ女の子の嗜みだからね~っ。……にしても、悲鳴のバリエーションって結構あるもんだねー」

 そんなわけで、3時間後……なんで女の身支度って、こんなに掛かるんでしょうね? 不思議です。
 別人のように変貌した私が、鏡の中でげっそりやつれた幽鬼のような顔で、こちらを虚ろに見ていました。

「ほらほら、しゃんとして! せっかくの晴れ姿が台無しだよっ」
「……いえ、もともとパッとしない……」
「じゃあ勿体ないけど、ベールを被って出来上がりだね。まったく、こんなモン被りたがるなんて変わっているねえ。まあ、うちの息子達も同じような年頃には『俺の中の闇が蠢きやがる』とか『封印された左手が疼く』とか寝言ほざいてたけど、一過性の病気なのかねえ」

 あれぇ? なにげに中二病扱いされてませんか、私の設定……?

「それじゃあね。着替えは預かっておくから、祭りを楽しんできな!」
 最後にシースルーのベールと花の飾りのついたブーツを渡され、半ば強引に奥の部屋から放り出されました。

「……こ、これで本当に顔が隠れてるのかしら?」
 なんだかかなりスケスケの気がするのですが……。

 私はなるべくすっぽり顔が隠れるようにベールを深く被り、こそこそと猫背でお店の方へと戻りました。
 気分はほとんど敵地に潜入するダンボール箱の魅力に取り憑かれた工作員です。いえ、実際にこの世界にダンボールがあるのなら頭から被りたいのが本音です。

 なんと言っても普段のワンピースと違って、このふわふわふりふりのドレスは、否が応にも自分の性別を意識させられます。基本的な思考は女の子であるシルティアーナなので、普段はあまり自覚していませんが、その上に上書きされた前世の男の子としての価値観が、こういう場合は女装しているような、気恥ずかしさを訴えるのです。

 いや……まあ……いまは女の子なのは確かなので、そこは割り切るべきでしょうが、そうだとしても、なにしろ私は悪名高き『リビティウム皇国のブタクサ姫』です。いまさらドレス姿で人前に出るとか、これはこれで過去の黒歴史ノートを壇上で朗読するような羞恥プレイです。

「で、でも、考えてみれば一緒の部屋にずっといた女将さんの反応、そんなに悪くもなかったし。ひょっとして、いまの私ってもうブタクサは卒業してるんじゃないかしら……?」

 考えてみれば、シルティアーナ時代には『豚草(ブタクサ)』呼ばわりされた私ですが、そもそもの由来が『リビティウム皇国の蘭花(カトレア)』と謳われた実母クララにちなんだ――亡くなった後も、妬みや八つ当たりも混じってるんでしょうねえ(まあ私が3歳の時に亡くなったらしいので記憶にはありませんし、そもそもがシルティアーナの記憶が曖昧ですが)――ものです。
 才色兼備で優雅だった母に似ない、愚図で愚鈍な娘、まるで豚みたいな醜い姿。
 だから『花』どころか役にも立たない雑草の『ブタクサ』……あれ?

「――なんかもう前提条件が崩れているんじゃないかしら? アーパーだった当時と違って、一応は前世の並程度のオツムはあるわけだし、身体のほうもぽっちゃりとは言え見られないほど太っているわけじゃないし……そこまで卑下することもないんじゃ?」

 少し自己評価を上方修正しても良いのかも知れませんね。
 まあ調子こくほどずば抜けた美人ってわけじゃないけど、見ただけで顔を背けるほどの醜女(しこめ)ってわけでもないんじゃないかな。実際、女将さんも平気で3時間同じ部屋に居たわけだし。

「うん、少しは自信を持っていきましょう。日々の努力のお陰で十人並みの容姿にはなった、と!」

 そう思ってあえて背筋を伸ばして、堂々とエレンたちが店番をしている筈の雑貨屋の店頭へと顔を出しました。

「エレン――あら?」
 誰も居ません。フィーアの姿も見えないところを見ると、ちょっと席を外した……って感じではないですね。待ちくたびれて遊びにでも行ったんでしょうか?

「えーと……」
 取りあえず魔力感知で探ろうとしましたが……駄目ですね。人が多いところだと、反応がゴチャゴチャして見分けがつきません。

 困ったな、と道の真ん中で佇んでいると、不意に横手から、「あっ!!」という男の子の驚愕の声が放たれました。
 見れば先日私のベールを引っ剥がそうとした男の子が、またもや年下の子供達を連れてやって来たところです。

 一応素顔は隠していますが、今日は半透明(シースルー)のベールですし、桜色がかった腰まである金髪も流していますので、どうやら一目で私だとわかったらしく(まあ、成り行きとは言え前回素顔を見られてますから)、道路のど真ん中でまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直しています。

(……やっぱりこのベール、機能してないんじゃないかしら?)

 そして相手のあからさまな挙動不審な態度は、やはり私の素顔に問題があるのでは、と再度疑念を抱かせるには充分なものでした。

 一方、少年(名前は忘れました)が連れている男の子達は、私が魔女の弟子だとわからないみたいで、好奇と興味に彩られた瞳でこちらを見ては、ひそひそとお互いに囁き合っています。
「誰だあれ?」「お姫様……?」「おひめさまだー」「お客さんか?」「すげーっ」

 よく聞こえませんけれど、前回のような否定的な雰囲気はありませんね。
 どちらかと言えば珍獣を見ているような感じです。居心地の悪さを感じているところへ、やっと再起動したらしい少年が、勇を決して――怒っているのか顔が真っ赤です――前に出てきました。

「おいっ、お前!」
「ジルよ」
「――へっ?」
「私の名前。『お前』じゃないわ」
「お、おう。ジル……ジルか」
「で、何か用かしら、えーと……」
「ブルーノだ」
 なぜか胸を張って、どことなく誇らしげに、半分ホッとした様子で自己紹介をするブルーノ。

「あ、ぼくイアン!」「ぼくカーター!」「ぼくはケンタ!」「ウィル!」「チャーリーだよ!」
「ちょっと待て、お前ら。俺が話してるんだ、少し黙ってろ!」

 身を乗り出すようにして、元気に挨拶をする男の子達を両手で押し留めようとするブルーノ。
 その様子に思わず、口元からくすくすと笑いが漏れてしまいました。

「あ! 笑った!」
「お姫様、お祭りに来たの?」
「ブルーノ兄ちゃんとお知り合いなの?」

 その無邪気な様子に、私の中にあったわだかまりが、綺麗に拭い去られました。
 それにしても同じような恰好でも、黒だと「魔女」で白だと「お姫様」なんですから、子供らしい発想ですね。

「いいから黙ってろよ、お前ら! あと、こいつ……じゃなくて、ジルはお姫様じゃなくて」
「えーっ、お姫様だよ!」
『ねーっ!!』
「あーっ、うるせーっ。おい、ジル! エレンが東の草原で呼んでたぞっ」

 ぶっきら棒に言われましたけれど――当然、私としては首を捻るしかありません。
「東の草原ってどこ?」
「えーと……くそっ、面倒くせーっ。ついてこい!」

 くしゃくしゃと茶色い髪を掻いたブルーノは、そう言って私の返事も待たずに歩き始め、一瞬躊躇しましたが、周りを取り巻く男の子達に先導される形で、私もその後に続きました。



 ◆◇◆◇



 草原と言うよりも草の生えた広場で、7~8人程の女の子達――だいたい5歳くらいから8歳くらいの年齢でしょうか。年長の子はさらに小さな1~2歳の乳幼児の子守をしています――と一緒に、せっせと花を集めていたエレンは、顔を上げて私の姿を確認すると、目を見開き、頬を上気させて、堪えきれない想いを吐き出すかのように、口元に両手を当てて、そっと細い息を漏らしました。

「……ジル、綺麗」
「ありがとう、エレン。馬子にも衣装ってところかしらね」

 エレンのことだからもっと盛り上がるのかと思ったのですが、案外静かなものです。

(まあ、結局こんなものよね……)
 調子でも悪いのか、潤んだ瞳で胸の辺りを押さえているエレンの様子を見て、私も少しだけのぼせ上がった気持ちが落ち着きました。

「おひめさまだー」「きれー」「おしろからきたのかな?」「ドレスだー」「絵本の通りね」「あれって本物の真珠かな?」

 一方、女の子たちの方はドレスが気になるのか、食い入るような目で見ています。
 細かいドレスの作りや真珠の飾りとかが気になっている様子は、さすがに小さくても女の子ですね。

「こんにちは、ところで、みんなは何をしているの?」
 まあ手にした赤や白の花を見れば予想はつきますが。

「『赤の花冠(ルーベルフロース)』を作ってるのよ。――あ、ごめんね、ジル。途中でみんなに見つかって、さすがに子供ばっかりで草原に行かせるわけにはいかなかったから。一応、女将さんには声は掛けて来たんだけど、ジルは忙しそうだったから……」
「ううん、構わないわ。ところで、フィーアは」

 確認するまでもなく、元気な声とともに首といわず頭といわず羽や尻尾にまで、色とりどりの花で飾られたフィーアが、女の子達の輪の中から飛び出してきました。

「あら、フィーア、もてもてね。可愛いわよ」
 抱き締めて頬ずり……ああ、癒されます。疲労困憊した心の栄養補給ですね。

 成り行きで付いて来たブルーノが、フィーアを指差して目を丸くしました。
「うわっ、なんだその犬?! 羽根が生えてるぞっ、魔物か!?」
「あら、ブルーノ。あんた居たの?」
 それを冷めた目で見据えるエレンの一言を皮切りに、しばらく二人の罵詈雑言の応酬が続きます。

 そんな年長者の口喧嘩を前にして、同じく付いて来た男の子達も、先にいた女の子達も特に動じた様子もない――どころか、何かわかってます的視線で見守っている――ところを見ると、案外年中同じような遣り取りをしているのかも知れません、この二人は。

 お互いにボキャブラリーを使い果たして、荒い息を吐きながら睨み合っていた二人ですが、ふとエレンが私の存在を目の端に入れたところで、眉をしかめてブルーノへ詰め寄りました。

「そういえば、あんた。ジルに謝るって言ってたけど、もう謝ったの?!」
「うっ……!」

 言葉に詰まったブルーノの様子から答えを導き出したのでしょう。エレンがぐいぐいと追求の矢を撃ちまくります。

「――してないんだ。なーによ口ばっかじゃない。男らしくないわね~。悪いと思ってないんじゃないの、本当は?」
「そ、そんなことはねえ、けど、ちょっとタイミングが……」
「はっ! じゃあ見ててあげるから、この場で謝ったらいいじゃない。ほら」

 どうせそんな度胸もないでしょう、と言わんばかりの蔑みをたっぷり含んだエレンの口調と、興味津々と見守る子供達の好奇の視線。
 ぐるりと周囲を見回し、完全に逃げ場がないことを確認したブルーノは、追い詰められた目で私を真正面から見つめました。

「あの、別にそれほど嫌なら謝ることないというか……男の子のプライドとか、わかるので、私はもう気にしてないし、口にしなくても伝わるものもあるので」
 思わず宥めるようにフォローを入れました。
「……あー、ジル、そこで器の違いを見せると、いよいよもってブルーノの逃げ場がなくなるから、やめたほうがいいと思うんだけど」
「はい?」

 そこで、切羽詰った顔のブルーノが、据わった目付きで大きく息を吸い込んで――大きく一言。
「ジルっ! こ、この間のことは……わ、わ、わ、忘れて、もう一度勝負しろっ!!」

「なんでそうなるか――っ!!」

 激怒したエレンが、問答無用でブルーノを張り倒しました。

「いてーな! 何するんだ、この暴力女っ!!」
「あんたみたいなノータリンよりはマシよ!」

 再び仁義なき言い争いが勃発しかけたので、「はい、そこまで」割って入った私は、エレンを押さえてブルーノに向き合いました。

「勝負するのはいいんだけれど、さすがに今日のこの恰好で勝負はできないから、後日、改めてするってことで、一時休戦ってことにしない?」
「お、おう。わかった、今度は負けねーぞ」

 虚勢を張るブルーノの態度に先日のルークの姿が重なり、思わず微笑が漏れそうになるのを我慢して、私は真面目な顔で右手を差し出しました。

「じゃあ、一時休戦、仲直りの握手ね」
「え……」

 当惑した顔で私の手を凝視していたブルーノですが、慌てて自分の右掌をズボンに擦り付け汚れを落とすと、おずおずとした手つきで握り返してきました。

「はい、仲直り完了」

 2~3度振って手を離して、なぜか呆然としているブルーノに宣言したところで、したり顔のエレンが彼の耳に囁きかけました。

「……良かったわね、ブルーノ」
「うるせえ!」
 またもや茹蛸みたいに真っ赤になって怒鳴るブルーノ。
 見るたびに顔が赤いですけれども、この若さで高血圧とかではないかと、少々心配になってきました。



 ◆◇◆◇



 その後、エレンに教えてもらって花冠を編んで……最初はやりやすいように、その辺りに普通に生えているシロツメクサのような白い草で編んだところ、なぜか男の子も女の子も揃って欲しがりましたので、エレンにも協力してもらって、練習のはずが人数分の量産を行うはめになりました。

 で、編んでいる間、特に男の子達が暇そうでしたので、簡単に遊べる『石蹴り』とか『猫とネズミ』『影踏み』などを教えてあげたところ、かなり好評で(どうやら遊びといっても、この辺りでは鬼ごっこくらいしか知らなかったようです)男女とも一緒くたになって、草原に歓声がこだましました。

 ちなみにブルーノは子供達の監視役ですね。
 なぜか、時々私たちが花冠を編んでいる姿をウロウロ眺めては、物欲しげな目をしていましたけれど。

 そんな感じで夕方近くになって、どうにか全員分の白の花冠を編み終え、私も女の子達からお返しの花冠を山ほどもらいました。

「ほら、ブルーノ。特別にあんたにも、あたしたちから『赤の花冠(ルーベルフロース)』をあげるわ。勿論、白だけどね。感謝しなさいよ」
「ふ、ふん。と、ところで、その……赤い奴は誰にやるんだ?」

 2つの白い花冠を被ったブルーノの視線が、私とエレンが持っている赤い花冠に注がれています。

「あたしは父さんと兄さん達によ」
「わたしはレジーナとマーヤに」
 まあ、本来は男女で交換するものらしいですけれど、感謝の気持ちということで、贈ることにしたのです。まあ、受け取ってもらえるかどうかは不明ですけれど。

「ふ、ふ~ん」
 どことなくホッとした様子で、ブルーノがそっぽを向きました。

「――さて、それそろ戻らないと」
 随分と傾いてきた太陽を見て、私はみんなにお別れの挨拶をしました。

『え~~っ、帰っちゃうの!?』
「そっか、残念だけど、遅くなるとマズイもんね」
「そういうこと。また来るので、今度はじっくりお話しましょう」
「うん!」
「俺との約束も忘れるなよな。もしも俺に勝ったら、凄い秘密の場所を教えてやるからな!」
「あら、愉しみだわ」

 名残惜しげに引き止める子供達に手を振って、私はフィーアと二人で着替えるために雑貨屋へと戻ります。

「お姫様の時間は終了ね。また、ブタクサな魔女に戻らないとね」
「みゅうみゅう!」
 お花で飾り立てられたフィーアが、同意するように尻尾を振って付いて来ます。

「あと、戻ったら師匠(レジーナ)にお礼を言わないと」
 まあ、多分知らん振りして惚けるんでしょうけれど。

 それから不満そうに鼻を鳴らしながら、つまらない表情で『赤の花冠(ルーベルフロース)』を受け取る、その様子まで想像できました。

「ふふふふっ」
 自然と口元がほころびます。

 どこからかお祭りを楽しむ村人の歓呼の声と音楽とが聞こえてきました。その陽気な雰囲気にあてられ、弾む足取りのまま、私は家路へと着くのでした。
プロットでは、雑貨屋を出たところであの人+お付の銀髪侍女+花の女神と遭遇して、
「うわっ、凄い美女たち。とても敵わないわ、比べたらホント私なんて・・・」
という場面を想定してましたけれど、没にしました。


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