大森政輔・元内閣法制局長官インタビュー
――小沢一郎氏が1997年の国会で当時の橋本首相に「憲法解釈の変更か」と迫った時、自ら手を挙げて答弁を補足し、後に「越権」との批判も浴びました。あの行動にためらいはなかったのですか。
「総理が憲法上問題の残る答弁をしたら、補正する努力をするのは法制局長官の職責。そのために首相の後ろに座っていたのですから。あのまま黙っていて、『湾岸危機の時と防衛協力指針の検討の時で、憲法解釈は変わった』と認めたままになっていたら、それこそ大変だ。まったくためらいはなかったし、むしろ義務の履行のつもりで答弁に立った」
――その小沢氏が主導した今の法制局長官の国会答弁禁止をどう見ますか。
「弊害ばかりで、いいところは一つもない。まず、法律解釈をめぐる国会論議が非常に低調になり、きめの粗い議論にとどまってしまう。国会中継を見る限り、非常にお粗末な場面を目にします。さらに、今まで国会論議などを通じて確立してきた見解が政治家の一存で変えられる可能性が生じる。現実には、社会的・政治的に大問題となるので簡単には実現しないでしょうが、『しようと思えばできる』すき間ができることは問題だ」
――鳩山内閣では枝野氏が、新内閣では仙谷氏が法令解釈を担当しています。
「甚だ疑問だ。政治家自らが省庁間の(法律面の)意見調整に当たるのでは、適切な対応は期待できない。法曹資格を持った人であっても同様だ。法律問題の適切な処理には、個別の問題だけでなく、周辺問題、さらには法律問題全般を熟知していることが必要だ。自分の在任中にそのような事態になれば、辞任していたかもしれない。もっとも辞めただけでは事態の解決にはならないが……」
――法制局の役割をどう考えますか。
「『創造と抑制』の二つの側面がある。内閣の直属の補佐機関として、法令案の審査を通じて、政府が展開しようとする施策のための法的枠組みを作るのは価値創造の作用。他方、政策の展開はすべて憲法の枠内で行わなければならず、抵触するおそれがある場合には、憎まれ役かもしれないが、内閣に対して躊躇(ちゅうちょ)なく意見を述べる職責があり、これは抑制的機能だ。その時々の社会情勢によっては抑制的な側面が目立つ時もある」
――最高裁判所に最終的な憲法解釈権があるなかで、法制局がなぜそこまで憲法判断にかかわる必要があるのですか。
「(憲法裁判所ではない)司法機関が憲法判断をする現行憲法制度の限界として、最高裁は憲法判断に消極的だ。仮に、最高裁の事後審査により違憲判断が下された場合には、事柄によっては著しい混乱と損害を生じさせることになる。このような事態を避けるために、事前の検討機関としての内閣法制局の職責があるのでしょう」
(文中敬称略)
おおもり・まさすけ
1937年生まれ。京都大法学部卒。大阪地裁判事、法務省民事局参事官などを経て、内閣法制局へ。96年から99年まで長官。現在は弁護士として活動。選択的夫婦別姓法案推進の運動にもかかわる。