コラム:スイス国民投票が問いかけた「EUの未来」
[10日 ロイター] - John Lloyd
スイスで移民数を制限するかどうかを問う国民投票が実施され、賛成が反対を上回り可決された。今後、欧州連合(EU)加盟国からの移民も制限されることになる。この結果は、躍進する反移民派と反EU政党には喜びを、EU関係者たちには打撃を、また各国の中道派には警告を与えることになろう。
欧州では移民問題に関するコンセンサスは以前からもろく、そして今、粉々に打ち砕かれた。
国民投票の結果は、賛成が50.3%と僅差だった。とはいえ、ここは国民の声が最も重要な国、スイスだ。この結果を受け、移民流入を厳しく規制するため、政府は3年以内に移民数の上限を決めなくてはならない。現在、年間の移民流入数は差し引き7万人前後で、人口800万人に占める外国人の割合は23─27%と、欧州内ではルクセンブルクに次いで2番目に高い。
右派の国民党が主導した今回の国民投票。賛成票を投じたスイスの有権者たちは、人種差別や外国人嫌いは否定している。その代わり、賃金押し下げ圧力や人口の過密問題を移民反対の理由に挙げている。
一方、移民数の制限により、ネスレやシンドラーなど世界で成功を収めている同国の企業が、欧州全土から集まる最も優秀な人材を雇えなくなることを懸念する声も聞かれる。
ある意味、スイスは弱い国だ。政府は小さく、海外で名前が知られた政治家も数少ない。だが別の意味では、強い国とも言える。国民投票は国民国家であることの表れであるとともに、他のどの国よりも影響力を発揮する直接民主制の一例でもある。
国民投票の結果はスイスにとって重要であるばかりか、スイスで良い仕事を探し求めてきた近隣諸国の市民にとっても大きな意味を持つ。だが最も重要なのは、スイス国民が自分たちの領土について主権の行使を貫いたことだ。
今回の結果により、欧州が政治的混乱のさなかにあり、その混乱が長期化する恐れのあることがますます顕著となった。EUは加盟国に対し、財政的、経済的、政治的手段をEU本部に委譲することを求めてきた。最近では、ユーロ危機に効果的に対処するため、欧州中央銀行(ECB)への銀行監督一元化を進めている。だが現在、大半が無名な政治家によって不透明に運営されている中央集権的体制への逆風は、あらゆる国家で感じ取れる。
スイスの国民投票は、人の自由な移動という欧州で最も神経に障る問題を問うものだった。欧州では、比較的貧しい中東欧諸国から裕福な北西欧諸国への大規模な人の移動が見られる。加えて、アフリカや中東からも、紛争と貧困を逃れて移民たちが欧州にやって来る。
他のどんな問題よりも、移民問題は、欧州のエリート層と中間層や労働者層を分断する要因となる。
フランスの政治哲学者であるピエール・マナン氏は、最近執筆した一連のエッセーのなかで、現在の欧州における混乱は、「国民国家」と「欧州国家」で差が広がっていることにあると指摘。欧州の政治家は1つの欧州を形成する責任を負うが、その過程で反対する者すべてを反動主義者と疑ってかかったとし、「ユーロ危機という途方もないプレッシャーのなか、このようなプロセスが続けば、代議制から無言のおきてが支配する体制へと回帰することになる」と警鐘を鳴らす。
カナダ自由党の前党首で、現在はハーバード大学ケネディスクールの教授を務めるマイケル・イグナティエフ氏は、さらにリベラルな見方をしている。「われわれが気付かない程度に、主権は空洞化し、またそのせいで民主主義も失われつつある。主権と民主主義は切り離せない。民主主義は手段でもテクニックでもない。生き方であり、愛国心や平等の精神、公正さといった価値であり、今ある暮らしに感謝の気持ちを生み出すもの」だと書いている。
スイスの有権者は「主権と民主主義は切り離せない」というイグナティエフ氏の言葉に従って行動した。自分たちの小さな国には外国人が多過ぎると主張することで、通説に異を唱えるために民主主義と主権を結び付けた。今回の結果は、この先何年も欧州を混乱に陥らせることになるだろう。
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