もう1つ、前回、急いで入稿した中で「あまちゃん」に言及しておきました。最近テレビから発信して国民的な広がりを見せた劇伴(ドラマの伴奏音楽)の例として、ある意味安心して挙げられるものとして選びました。
「あまちゃん」の音楽は大友良英さんというミュージシャンが担当しています。この大友さんが、新垣隆君と並んで作品を委嘱される、アヴァンギャルドの即興演奏家であるのを、テレビを視聴されるどれくらいの方がご存じでしょうか?
ここに、作曲家の高橋悠治さんたちが演奏する「糸」というグループのCDのリンクを張っておきましょう。この中に、作品を委嘱された作曲家として大友さんのお名前も新垣君の名も並んでいるのが分かると思います。
新垣君は「あまちゃん」の作曲家と並んで、新作を委嘱される、第一線のアーチストであることを、念頭に置いてください。彼は本来、おかしなアマチュアのゴーストライターなどさせられるような音楽家ではありません。
同時に、大友良英さんが、新垣君が自分の名で発表する「本流」の作品と並んで新作を委嘱される、前衛のフィールドで長年評価の高いミュージシャンであることも、お分かりいただけると思います。
私はこういう30年来の大友さんの活動の方が好きだし、そちらでは多くの刺激を受けてきました。たぶん大友さんは即興演奏やノイズミュージックの作品と「あまちゃん」の音楽を区別するような話し方はしないと思います。ジャンルの持つ柔軟性があるでしょう。
私もまた、テレビや商用の音楽だからといって、値引きをするようなことは一切しません。仕事は注文をいただいてするものですが、あらゆる可能性を念頭に私の方からも施主さんにボールを投げ返し、納得のいくものを作ります。
前衛のミュージシャンでもある大友良英さんは、多くの方がテレビで親しんだ範囲をはるかに超えて、多くの可能性を持った素晴らしいアーチストです。
いまから27年前、私は武満徹監修の季刊誌「ミュージック・トゥデイ・クオータリー」の創刊に参加して、当時はまだ20代だった大友さんを、巻上公一さんやジョン・ゾーンなどと共にフォーカスして取り上げたことがあります。
当時の大友さんはかなり先鋭的な意識を持った即興演奏のギタリストで、端的に言えば、作曲家・新垣隆君が自分の名前で展開する作品群にも通じる、鋭い切れ味を持つ前衛でした。
一昨年の大河ドラマが(やはり同門の先輩である)独自の活動で知られる作曲家・吉松隆さんの起用で、「NHKのドラマも最近なかなか頑張ってるな」と思っていたところ、朝の連ドラで大友良英とあり、期待しました。
実際のオンエアは、私たちのようにこの仕事をする人間としては安心して見ていられる作りでもっと冒険してくれてもよいのに、と思ったのは正直なところです。私は、敬意や愛情を感じない音楽には基本、言及しません。
例えば「偽ベートーべン」は名を記す気にもなりませんし、率直に記しますが日本のクラシック周りには代作の商慣習があり、ずっとそれを繰り返す人々の名もここに記したくありません。
大友さんには次に手がける劇伴、もっと刺激的な仕事をしてほしいなと思います。また、当然ながら、新垣君にも、こんなことでめげないで彼本来の音楽で大いに頑張ってほしいし、私自身も彼が落ち着いたら小さなものからと思いますが仕事を頼むつもりです。
当然ながら彼自身が自分の名で展開する音楽を依頼します。そういうエールの気持ちを含め、同じCDにカップリングされている大友さんと新垣君の例を挙げさせてもらいました。
新垣君が巻き込まれていく経緯
あれは確か1990年頃だったと思います。現在私の研究室がある東京都文京区内のキャンパスの目の前にあるキリスト教会で「冬の劇場」と銘打つ、若い作曲家グループの同人演奏会シリーズが開かれました。
ゲストをフィーチャーしており、作曲家・ピアニストの高橋悠治さんも参加しておられたこの「冬の劇場」の中心メンバーとして、当時は20歳前後だったと思いますが、新垣隆君を知り、音楽家・作曲家としての能力と資質も合わせて認識しました。
新垣君の「本流」の仕事は、米国のアーチストであるジョン・ケージやアルゼンチンの作曲家マウリシオ・カーゲルなどに影響を受けたと思える、偶然性やシアトリカルな要素にも開かれたアナーキーなユーモアを伴う独特のものです。
即興演奏やノイズミュージシャンとしての大友良英さんとの近親性は、同じCDにカップリングの例で先ほどお話ししました。新垣君の師匠・中川俊郎さんなど先輩作曲家の影響も大きいでしょう。
さて週刊文春2月13日号の記事では「不協和音」「現代音楽」などと、何となく皆がイメージしやすそうなストーリーが書かれていましたが、新垣君本来の仕事のいくつかは、すでに音楽とは理解されず、不条理演劇のように見る人があるかもしれない。そこで観客席から少なからず笑いが出ることもあったりします。
ほとんど「非音楽的」「反音楽的」と言うべき音楽のアナーキスト、新垣隆君は、古典的な音楽の書法、ピアノの演奏、ソルフェージュなど音楽全体の基礎に、彼が勤務する桐朋学園大学の全歴史の中でもたぶん数番目に入る、超優秀な能力を持っています。