<佐村河内さん曲>作られた「物語」
毎日新聞 2月5日(水)20時59分配信
佐村河内(さむらごうち)守さん(50)の名で発表された「交響曲第1番 HIROSHIMA」は社会現象を起こしただけに、「代作」発覚の余波は大きい。クラシック曲が異例のヒットを飛ばした背景には、「売る側」「聴く側」「報じる側」の事情が複雑に絡んでいた。
【ゴーストライターは音楽家の新垣隆さん 6日謝罪会見】
同曲は、2003年に完成し、08年の初演を機に作曲家の三枝成彰さんらが高く評価。東日本大震災直後の2011年4月に録音されたCDで、広く聴かれるようになった。特に被災地で「希望のシンフォニー」と呼ばれ、愛好されていた。一方、13年3月のNHKスペシャル「魂の旋律〜音を失った作曲家〜」をはじめ、テレビや新聞も再三、佐村河内さんを「現代のベートーベン」などと紹介し、ブームを巻き起こした。
「HIROSHIMA」のCDブックレットに解説を寄せた音楽評論家の長木誠司さんは「強引な『ストーリー』をまとわせないと、無名の作曲家を世に出すことは難しい時代。発売後の過熱ぶりには、私もへきえきした」と明かす。「私たちは肥大化した『ストーリー』に、踊り、踊らされてしまった。誰もが『音楽ではないもの』を聴いていたとも言え、実に現代的な事件」とみる。また、同CD録音時に指揮を務めた大友直人さんの関係者は「楽譜を見て素晴らしい作品と思ったので演奏した。別人の作でも、楽譜に記されたことは変わらない」と話す。
音楽家の新垣隆さんは代作は「18年間にわたって」行ってきたと明かした。その間、メディア側も気づかなかった。
NHKによると佐村河内さんの企画は12年ごろ、フリーのテレビディレクターが持ち込んだ。しかし今月2日、代作との情報が寄せられ、4日に本人に確認したところ、事実を認めたという。NHKは5日のニュース番組で「取材や制作の過程で、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした」と謝罪した。
◇本紙も記事掲載
毎日新聞では08年7月、広島市で佐村河内さんの交響曲の披露が決まったと、広島版で報じたのが初出。その後、大阪本社版夕刊芸能面や、東京本社朝刊などでインタビューを交えた記事を掲載した。
昨年8月11日掲載の大型ルポ「ストーリー」では、佐村河内さんは自身の創作について「頭の中で鳴った音を五線譜にはき出す作業」などと語っていた。
最終更新:2月5日(水)23時41分