初めての事件取材…王将社長射殺事件の取材現場で感じた�猗麁�常�瓩鉢猗鷯鐚鵜�
昨年１２月１９日早朝、王将フードサービスの社長だった大東隆行さん（７２）が、京都市山科区の本社前で何者かに射殺された。
３５歳になって金属加工の業界紙から転職し、念願だった新聞記者として働き始めた私は、入社３週間足らずでこの大事件に遭遇し、現場班の一員として取材に携わることになった。初めての事件取材で感じた「非日常」と「非常識」。それでもなお伝えたいこととは何なのか。自問自答が続く。（吉国在）
■現実の重み
辺りはまだ暗闇に包まれていた。２月２日午前５時３０分。事件当日と同じく雨だった。レインコートを着た新聞配達員の姿以外、車や人の通りはほとんどない。
事件当日の１２月１９日、大東さんは、この時間帯にこのルートを通って自宅から王将本社へ車で向かったはずだ。冬至を間近に控え、周辺はもっと暗かったかもしれない。取材で何度も確かめた通勤経路をもう１度、車で確かめた。
事件現場となった本社前の駐車場まで、わずか６分ほど。何度も右折左折を繰り返し、工場脇や川沿いの細い路地を通る。
突然、バックミラーに後続車のライトが映ったのを見て、鳥肌が立った。この道を通り、あの駐車場に着いた直後、大東さんは何者かに撃ち殺されたのだ。その現実の重みを、鈍い痛みのようにみぞおちで感じた。
■ペンとそろばん
３５歳になって念願の新聞記者になった私は、昨年１２月に産経新聞に入社し、京都総局で記者生活を始めたばかりだ。
それまでは、溶接などの金属加工を専門にする業界紙で働いていた。同じ記者といっても取材や記事を書くだけでなく、広告の営業や、時には本を販売することもあった。古株の記者からは「手にはペンとそろばんを両方持たなあかんねや」と教え込まれてきた。
そんな私が、新聞記者になって初めて遭遇した事件が、東証１部上場の企業トップが会社の前で拳銃で撃たれるという大事件だった。いつも「そろばん」を手にしている必要はないが、事件取材の現実は甘くはなかった。
■事件が起きた日
事件が起きたその日、現場は、異様な雰囲気に包まれていた。
警察の現場検証が続く中、空撮のための報道機関のヘリがエンジン音を響かせて上空を何度も旋回していた。規制線の周辺には、多くの記者やカメラマン、テレビのリポーターがたむろし、本社近くの幹線道路は渋滞、クラクションの音が鳴り響いていた。
「デスクから突っ込まれてやんなっちゃうわ、ハハ」。携帯電話で話す新聞記者とおぼしき女性の甲高い声と、事件の重大さがなかなか結びつかない。
事件が呼び起こした興奮状態のなか、取材現場は「非日常」と「非常識」で混沌（こんとん）としていた。
■遺族の慟哭（どうこく）
「何度も同じ話を聞かれて正直迷惑してます」。各社入り乱れての取材に、うんざりした周辺住民からは、インターフォン越しに厳しい言葉を浴びることも少なくなかった。
それでも、話を聞き、聞いた話をつなげていかないことには取材は進まない。「申し訳ありません」「申し訳ありません」…。自分自身の非常識をのみ込むようにして、呼び鈴を鳴らし続けた。
そんななか、「ここ使ったらええやん。寒いのにほんまご苦労さんやなぁ」。手も足も凍り付いて現場で立ち尽くしていた私を気遣ってか、パソコンを広げるために自宅の一角を使わせてくれた住民がいた。
「ほんまええ人やった。あんな卑怯（ひきょう）なやり方、許されへん」。素朴な思い出話に大東さんの人柄が浮かんだ。
１２月２２日に営まれた大東さんの通夜では遺族のむせび泣く声を聞いた。
経験の浅い私に人の生死が関わった取材をする資格があるのか。わき起こる根本的な疑問にうろたえながら、じっと耳をすましているしかなかった。
■最後の足跡
せめて大東さんの最後の足跡を正確にたどりたい。
大東さんの自宅から勤務先まで、通勤ルートを調べる作業に取りかかかった。自宅から会社まで直線で１キロ足らずだが、道は複雑でいくつかの通勤経路が考えられた。もしかしたら、犯人もそのルートのどこかで、下見を繰り返していたかもしれない。
幾通りものルートを繰り返し歩き、住民の話を聞いた。事件当日は社有車のベンツで通勤していた大東さんだが、周辺で話を聞いてみると、時には自転車で、畑の間の小道を通って会社に向かっていたこともあったという。
そして、どこでも住民たちと気軽にあいさつを交わす、飾らない大東さんの姿が目撃されていた。
わずかな取材を通じて知り得た人生。もちろんそれは、その人のごく一部に過ぎない。それでいてなお、人の生死に関わる記事を日々書いていく新聞記者とは、つくづく業の深い職業だと思う。
けれど、それでも人がどのように生きたのか私は知りたい。そして、それを記事にしたい。
犯人はまだ捕まっていない。事件に関心を寄せる人からの情報提供が、検挙の大きなカギを握ることもあるはずだ。事件は今も続いている。