フォーラム福岡

パブリックアクセス誌フォーラム福岡

海外先進都市に学ぶまちづくりと生態系としての都市

2013年7月31日発行の50号より

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いま、世界的に先進的とみられている都市は、どのようなまちづくりに取り組んでいるのだろうか。グローバル経済が進展して、国境を越えた都市間競争が激しさを増す中、先進都市における開発事例や取り組みなどを取り上げてみた。

海外の先進都市へ視察団を派遣

高架鉄道跡に誕生した空中公園、高速道路の地下道化で誕生した公開緑地、エリアマネジメントでよみがえった有名街区……。福岡市・天神地区のエリアマネジメントを手掛ける『We Love 天神協議会(WLT)』の視察団は5月中旬、まちづくりの先進都市であるニューヨークとボストンを訪れた。

「先進的なまちづくりの仕組みであるBID(Business Improvement District)の制度や民間による公的空間の維持・管理状況を視察するのが目的だった」と、WLT事務局長を務める鴫山一機西日本鉄道天神委員会課長は説明する。


左から)We Love 天神協議会事務局長の鴫山一機西日本鉄道天神委員会課長と同まちづくりディレクターの福田忠昭・LOCAL & DESIGN代表

天神地区の企業や団体、住民、行政などが協働で「人に優しい安全で快適な環境の形成」「地区の価値・集客力の向上」「地方経済の活性化」「生活文化の創造」などを目的にまちづくりを推進するWLTは過去、ブラジル・クリチバ、オーストラリア・パース、韓国・ソウルなどを視察した。

今回の目玉の一つが日本のエリアマネジメントのモデルといわれているBIDだった。

官民連携のまちづくりで有名街区が復活

「BIDとは、自治体がエリア内の全ての不動産所有者からの負担金を税金と一緒に徴収して、まちづくりの認定団体に交付し、エリア内の環境美化や防犯・警備、地域イベント開催、公共施設の維持・管理などの活動をさせていく官民連携制度」と、WLTまちづくりディレクターの福田忠昭・LOCAL & DESIGN代表は解説する。

「自らの地域を自ら改善して、その価値を高める」ことを目的とするBIDは1970年、カナダ・トロント市がブロアーウェストヴィレッジ地区で適用したのが最初だった。以後、アメリカをはじめ、ドイツ、イギリス、ニュージーランド、南アフリカ、ジャマイカ、アルバニア、セルビアなどの国々でも同様の制度が導入され、世界的な広がりをみせる。

BIDの活動内容は、地区内の美化をはじめ、警備や公園などの管理・運営、コミュニティバス運営、都市デザインの規定・適用まで多岐に渡る。日本の公共サービスの水準が格段に高いので想像しにくいが、BID活動の重要課題として清掃・ゴミ収集と安全対策が挙げられることが多い。


ニューヨーク市スモールビジネスサービス局におけるBIDに関する講義(画像提供:WeLove天神協議会)

ニューヨークを代表する繁華街・タイムズスクエアのあるマンハッタン42丁目周辺はかつて、危険なエリアとみなされていた。BID導入などを契機に観光客であふれる魅力的なエリアとして息を吹き返した。また、治安の悪さで有名だったハーレム地区では再開発に合わせて、BIDを導入、今日では文化とビジネスの中心地のひとつとされる。

開発局主導で巨大プロジェクトを完遂

ニューヨークでの視察を終えたWLTのメンバーが次に訪れたのは、高速道路の地下道化やウォーターフロント再開発で注目を集めるボストンだった。

かつて、ボストンは、中心部を走る高速道路が都心とウォーターフロントを分断した上、世界有数の交通混雑を引き起こしていた。このため、15年の歳月と146億ドルの巨額を投じ、高速道路の地下道化と跡地の緑地化、空港への新路線を建設するプロジェクト『ビッグ・ディッグ』に取り組んだ。

プロジェクトの進捗にともなって、沿道で建物の建て替えが進み、街並みを変えた。また、半世紀余りも分断されていた都心と海辺のつながりが復活して、ウォーターフロント再開発に弾みを付けた。


ボストン市での訪問先の一つだったボストン再開発局(BRA)(画像提供:WeLove天神協議会)

これらボストンでの都市開発を一手に取り仕切るのが、ボストン再開発局(BRA、Boston Redevelopment Authority)だ。1957年にボストン市議会とマサチューセッツ州議会で設立されたBRAはボストン市からの予算に頼らず、独自の収益事業で経営する独立採算となっている。

「公・民・学」連携のアーバンデザインセンター

今回のWLT視察では、アメリカ建築家協会(AIA)のニューヨーク支部が運営する建築センター(Center for Architecture)や同ボストン支部であるBSA(Boston Society of Architects)が手掛ける『BSA Space』を訪問した。同施設は建築家にとって社会活動の場であり、開発プロジェクトの情報発信・共有、さらに市民や子ど向けワークショップやデザイン学習を行う場でもある。

近年、市民参画・地域主導型のまちづくり活動が活発する中、まちづくりの目指すべき目標を共有し、新たな方策を考えていく取り組みが注目される。


日本初のアーバンデザインセンターである柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)の外観

このような背景を踏まえ、ヨーロッパをはじめ、世界の主要都市にあるアーバンデザインセンターについて、「『公(行政・NPO)』『民(市民・企業)』『学(大学・学生・専門家)』が連携し、都市開発の情報発信・共有、プロモーション活動、市民向け啓蒙活動、まちづくり、人材育成、計画調整を手掛ける都市を創造する拠点」と、柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)のセンター長を務める出口敦・東京大学大学院教授は説く。

時代と共に進化するまちづくり組織の形態


UDCK内には周辺地域の模型とともにワークショップができるスペースを備える

アーバンデザインセンターに代表される、まちづくりや都市開発の組織的な担い手を見てみると、大きく3つの世代に分かれて、進化している。

1970年代、タテ割りの役所内において、建築関係部署や道路・公園などの土木関係部署、都市計画部署などのヨコの調整を行うために都市デザイン室などの名称で誕生した行政組織が第1世代だ。

その後、行政がヒトやカネを出して、市民活動を支援していく外郭団体として発足した『〇〇〇まちづくりセンター』などが第2世代であり、日本国内に140~150カ所あるといわれる。

これらに対して、公・民・学連携で運営されるUDCKなど、行政や民間企業、大学、地域でヒトやカネ、空間を出し合いながら、行政から独立して運営するのが第3世代となる。ヨーロッパやアメリカにおいても同様の傾向がみられる。

都市開発と財政問題との因果関係

「都市開発が、行政の財政問題と直結する傾向が世界的にみられる。自治体の税収システムは各国によって違いはあるものの、住民税、事業法人税、固定資産税の3つが基本といえる。このうち人口の伸び悩みで住民税が期待できない中、法人事業税と固定資産税をいかに伸ばすかが重要な課題になる」と、WLT視察団の団長を務めた出口教授は解説する。

従来、郊外での大規模な住宅開発は人口増加による住民税の増収策とも解釈できる。しかし、社会動態の変化で人口の伸び悩みや減少がみられる今日では、都心開発による資産価値の向上や企業、イノベーションセンターなどの誘致に積極的だ。これらは、法人事業税と固定資産税の増収につながる取り組みであり、「この点が、都市開発のミッションになるという理解が世界的に浸透しつつある」(出口教授)。


日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介・日本政策投資銀行特任顧問

シンガポールにみる戦略的な都市開発

「国際ハブというが、シンガポールは東アジアの中心である日・中・韓・台から5時間以上かかる不便な場所」と、日本総合研究所主席研究員を務める藻谷浩介・日本政策投資銀行特任顧問は指摘する。2009年4月から1年間、家族とシンガポールに滞在した藻谷さんは、「立地条件上、取り得る選択肢が少ないことを自覚し、世界一になり得る分野に選択と集中を行い、世界から人材を呼び込んできた」と、シンガポールの戦略性について語る。


マリーナベイ・サンズは世界最大のカジノを中心とした一大複合リゾート(画像提供:九州経済調査協会)

建国50年足らずのシンガポールは、淡路島と同じ広さながら、約500万人が暮らす(画像提供:九州経済調査協会)

上半身がライオンで下半身が魚であるマーライオンは島内に5体ある(画像提供:九州経済調査協会)

国際会議の誘致に向けてシンガポールは、熱帯果実・ドリアンに似せたコンベンションホールを核に高級ホテルやショッピングセンター群などを開発して、積極的なシティセールスを仕掛けた結果、都市別開催件数で世界5位(2010年)に食い込む。次に打ち出したカジノ誘致は外資を活用して、カジノ付きの大型リゾートを2カ所開業した。その一カ所はユニバーサルスタジオを併設し、もう一カ所は市街地を一望できるプール付き空中庭園や蓮の花を模した奇抜な劇場などで世界的な話題を呼んだ。

シンガポールで大型開発が容易なのは土地の8割が国有で、国が地権者として推進できる点が大きい。その結果、メリハリのある都市計画を実現している。国有地の開発は通常、99年の定期借地権を開発者と結ぶ。その際に用途規制や景観規制、転貸制限などを契約条件に盛り込める。東京23区と同じ広さに500万人が住むが、住居や諸施設を高層化し、島内に広大な公園や自然保護区を確保している。

「当地で暮らした日本人は、帰国後も一家で遊びに戻ってくる率が高い。安全で、緑あふれ、職住近接の生活が忘れ難いからだ。気楽でゆとりある都市型生活自体が、国際観光資源になっている」と振り返る藻谷さん自身、その後も一家で現地へ足を運ぶ。

逆転の発想とブランド力を生かすバルセロナ


千葉大学大学院 岡部明子教授

「一言でいえば、バルセロナに住んだ経験がある人は、家族で定期的に訪れたくなるまち」と、現地に滞在してオリンピック施設の設計を手掛けた岡部明子・千葉大学大学院工学研究科教授は目を細める。

バルセロナは古来、地中海の貿易都市として栄え、産業革命後は繊維産業が盛んだった。19世紀末から20世紀初めにかけて、ガウディやピカソらが活躍し、文化芸術都市として花開く。その後、フランコ独裁下の停滞期を経て、1992年にオリンピックを開催した。オリンピック開幕に向けて進めた都市改造では、衰退した沿岸工業地帯などを再開発して、遅れていた都市機能を一気に整備した。


ガウディ没後100周年の2026年完成を目標に建築が進むサグラダ・ファミリア

〝地中海圏の首都〟といわれるバルセロナは港湾貿易都市として、2000年以上の歴史をもつ

バルセロナは、都市再生に際して、「部分から全体へ」「質から量へ」「難しいところから始める」と、従来の常識を覆した手法で臨み、後に『バルセロナ・モデル』として、高い評価を得た。

今日、創造都市の産業集積モデルといわれる『22@』はは荒廃した工業地帯の再開発で誕生した。当初はIT産業の誘致に乗り出したが期待したほど成果がなかった。このため、情報文化創造産業に広げて、都心に近い職住近接エリアとして大々的なシティセールスを仕掛けて集積を図った。「軌道修正しながら、やり続けて成功した面が強い。そして、『バルセロナ』というブランド力は大きかった」と岡部教授はみる。

可能性が広がる都市生態系という見方

都市開発の手法や考え方が大きく変わっていく中、都市そのものへの見方にも変化がみられる

「近代科学の発想では複雑系を単純化して、メカニズムを解明することで問題への対策を考えた。しかし、複雑なことを本質とする都市を単純化すると、その本質を見落としてしまう」と、岡部教授は、従来の欧米型都市計画の発想に対して一石を投じる。

都市におけるスラムの自己組織化を研究する岡部教授が打ち出すのが《生態系としてみた都市》、つまり『都市生態系』だ。都市生態系は自然保護や環境保全などを対象とした《都市のなかの生態系》とは異なる。都市が内的メカニズムだけでなく、外的変化に部分から柔軟に対応して全体的な秩序をつくり上げる実態に、自然界の生態系との共通点を見出す。

都市をひとつの〝森〟に見立てると、ヒト、モノ、カネ、情報などを組み込む社会システムや経済システム、交通システム、情報システムなどが、自然界の循環や食物連鎖などにも似た複雑な絡み合いをみせながら共生している。

「西洋的発想と異なる、新たな都市計画の視点として都市を生態系とする考え方も有効ではないか。生態系である都市において、住民が集うスポットなどがいわば針治療やツボ療法となり、東洋医学的な施策を施すことで都市の可能性は広がる」とみる岡部教授は、《人間社会の自己組織化》を切り口に持続可能な都市生態系という〝密林〟に挑む。

まちの魅力向上で高まる資産価値・地域力・財力

今日、世界の先進都市は、複雑な要素が絡み合った〝生態系〟に対して、行政単体でなく、市民や民間、大学・専門家などと連携しながら、まちづくりや都市開発に取り組む。

そして、世界的に注目される都市開発では、ボストンのBRAやブラジル・クリチバのクリチバ都市計画研究所やシンガポールのシンガポール都市開発公社など、行政から大きな権限を委ねられた独立機関が主導的な役割を果たす。これらがトップダウンで取り組む一方、BIDに代表されるボトムアップの活動も意欲的に取り入れる傾向がみられる。

一連の活動を通じて都市の魅力や価値が高まれば、地域に経済効果や資産価値の向上がもたらされ、住民の幸福度も高まり、さらに財政効果も期待できる。(近藤益弘)

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※当ページの内容は、2013年7月31日発行の50号に掲載されたものです。

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