● 「『教授』にしては派手だなー、なんかあるんじゃないかなーって思って色々調べてたんだけど、どうやら、教授の狙いは倫敦の覇権じゃないっぽい」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)にかかると、バロックナイツ・モリアーティの深淵も、でもね。に、なってしまう。 「目的がなんであろうと、教授をどうにかしなくちゃいけないのは変わりない訳です。神秘の警察機構である『ヤード』 の皆さんの飽くなき捜査により、敵本拠地がロンドン・ピカデリーサーカス地下に存在する可能性が高い事を確認しました」 今日は、マル秘だから資料配らない、がんばって覚えてね。と、フォーチュナが酷なことを言う。 「えー、倫敦ですので、万華鏡が使えません。倫敦路線図を持ってきました。ピカデリーサーカスと言うのは――」 四門は、地図の折り目のど真ん中を指した。 「ここ! 倫敦のど真ん中にある広場! ここに一日突っ立ってれば、知ってる人全員に会うみたいな慣用句まである。ここの地下でどんぱちするってことは、しくじったらどうなるかって分かるよね!?」 倫敦炎上なんて新聞は見たくない。 いや、しくじった場合は、雲の上か地面の底でそれを見ることになる。 「敵本拠地の情報を全部つかんだって訳じゃない。つうか、謎な部分が多い。でも、偉い人が色々天秤にかけて話し合った結果、アークとヤードは倫敦派を叩くには素早い攻撃が不可欠であると判断したのだ」 じゃーん。と、効果音を口で言い、場にいたリベリスタの沈黙に四門はこほんと咳払いをした。 「いや、割りと色々事態はあれなんだよ? お姫様の王子様、ヒースローで目撃されてるし」 紫杏様の聖四郎様。と、ルビが振られる。 「これ以上、頭いい人に時間を与えちゃだめなんだよ。つうか、フェイズ4キマイラとか完成・量産とか目も当てられないから」 怪獣大戦争、マジ勘弁と平板に声を出すフォーチュナ。 「こっちとかロンドン市内の守りは、『ヤード』の方で面倒見てくれる手はずになってます。アーク及び『ヤード』の精鋭部隊が、教授の牙城――地下要塞だね――に攻め込みます」 四門は、かばんをひっくり返した。 いつもくれるより高価かつ希少なプレミアムペッキの箱ばかりだ。 「その、なんだ。がんばって。お土産は、ペッキでいいから」 ● オヒョウのフライで油で汚れた指を名残惜しそうにしゃぶりながら、小太りの紳士は報告に耳を傾けていた。 「ああ、ああ、年も明けましたし、そろそろ来る頃だと思っておりました」 独り言のようだが、見るものが見れば、辺りには羽根持ちやら牙持ちやらがうようよしている。 「なるほど、なるほど。『ヤード』 のかわいくないのばかりがこちらに来る。と」 ウィリアムおじさんにカモにされるような若手は戦場から遠ざけられた。 それこそが、ウィリアムおじさんの仕事がうまくいったと言うことだ。 土地勘のある有能な頭数は少ないほどいい。 おじさんの仕事は、ここまでうまい具合に行っている。 「では、君達にがんばってもらわないと、私は困ってしまいますな。皆さんも久しぶりの顔を合わせたところです。不謹慎ながら、君達の成長が、いやはや、楽しみ。楽しみですな」 ナプキンで指と口の周りを綺麗にぬぐい、紳士は立ち上がる。 「いや、医者にも油モノはほどほどにと叱られているんですが。確かに動きが鈍くなると困りますな。かわいい子猫ちゃんを預けられたんですが、盛大に引っかかれかけまして。ズボンのお尻をびりびりと。いや、あれは残念。残念でしたな。気に入りの一着だったのですが――」 おじさんはとても機敏で、めったに怪我などしない。 だから、そのお尻を引っかいた『子猫ちゃん』 は、素晴らしくすばやく、なかなか凶暴で、それはもうきかんぼうなのだ。 ● 「非常に状況があいまいです。向こうのフォーチュナさんが一生懸命情報を送ってくれてますが、みんなが納得できるほどはない。キマイラが出てくる以外の詳細がわかりません」 ツイードの上下、はちきれんばかりのはら、休暇中のサンタクロース。 戦闘映像だ。2012・12・三ツ池公園 と、テロップが入っている。 「ウィリアムおじさん。ナイトクリークだってことは分かってるんだけど、回復請願、戦闘動作同期、殺意の視線も使う、マルチな人」 見た目にだまされちゃだめだよ。と、四門が念を押すほどいい人に見える。 「こないだは、いつの間にかヤードの若手を手中に収めてた。危うくヤード本部への橋頭堡を築かれるとこだった」 そして、そのヤードの若手はノーフェイスに堕ちて死んだ。 「今回、階段室第二階層をこの人物がキマイラつれて通過する時間だけは何とか特定できました。皆さんの仕事は、少なくとも、上を目指すおじさんと配下とキマイラの足止め。階段室の確保。出来れば殲滅」 わかるのは、キマイラは大型が一頭。配下は四人。それと、ウィリアムおじさん。 「フェーズは4だろうね。ただし、コントロールは実験状態で不安定。ということは、実戦経験積ませちゃだめってことだよ。改良してくるから」 部屋の隅で電子音。 出てきた紙片を見て、四門は、みんな喜んで。と、言った。 「追加情報来たよ。ウィリアムおじさんが、なじみの紳士服店にどう考えても虎かライオンに引き裂かれたとしか思えないズボンを持ち込んだって。修理不可能なら、同じものをってさ。さすがの人たらしのおじさんも、キマイラたらし込むにはまだ時間が足りないと見えるよ」 今のうちに。と、四門は繰り返した。 一秒遅れれば、一人余計に死ぬ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月10日(月)22:18 |
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● 万華鏡も、大洋を挟んだ先には焦点を結ばないのだ。 「じゃれつく子猫が相手か。ブサ猫ならば可愛いものだが」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)にかかると、改良キマイラもかわいいものにされる。 見開かれることはない瞳は闇を見通し、開かれた五感が都合60段分の狭い階段室で起こる全てを知覚しようと待機している。 「暗いし視界も通らないから、距離が開かないように注意しないとね」 暗視ゴーグルに安全靴。ごく普通の衣類の上からユカタ・ガウンを着てたすきがけしている『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)は、普通にしゃべっている素のときが一番恐ろしい。 「――来たよ」 先んじて階段を下りていった『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)は、全員に注意を促す。 出来る限り、地上から遠いところで戦闘を始めたいリベリスタ達は、それぞれの準備を整える。 細身のボトムにコート。 普通の青年達が、まるで侍従がごとき恭しさでおじさんの周囲を固めている。 ほいさほいさと腹をゆすりながら、階段を上がってくる様子はユーモラスだ。 だが、古い金属製の階段がきしむ音はほとんどしない。 踊り場で休暇中のサンタクロースは機嫌よく笑って見せる。 「おやおや、アークの皆さん。奇遇、奇遇ですな。それに、あれですな。日本でお会いしたことのあるお顔もちらほら。いやいや、お久しぶりです。嬉しいですな。またお会いできて嬉しい。いや、革醒者は死にやすいですからな。なかなか、なかなか」 おじさんの言葉に耳を貸してはいけない。 おじさんはとてもいい人なので、つい、そうですねと言いたくなるから。 そう言い続けていると、きっとおじさんの手で優しく誘われて、自分からそれは気持ちよく地獄の門をくぐってしまう。 (おじさん、か……) ヤードによる調査が深部に至る過程でわかったことだが、虎美が参加したリーズ城の改良キマイラの黒幕は、ウィリアムおじさんだったらしい。 あのキマイラのひどい臭いは、わざわざ記憶からも遮断しなくてはならないほど不愉快極まりないものだった。せっかくの初ロンドンだったのに。 (前回はしてやられたから一勝一敗。ここで勝ち越しておきたいところ。しっかり抑えるよ) あの死んで行ったホーリーメイガスには、傷を癒やしてもらった恩があるのだ。 「ウィリアムおじさん……こーゆーのも懐かしい、っていうのかな。ぜんぜん、会いたくなんてなかったけど」 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は渋い顔で、「ぜんぜん」を強調して発音する。 一昨年末の三ツ池公園戦で、旭は、生きているのが不思議なくらいの手傷を負い、崩界の徒に堕ちても不思議ではないほどの恩寵を磨り潰している。 それもこれも、この幸せを振り撒く大きな袋を持っていそうなおじさんのせいだ。 手厳しいですな。と、階段室の薄闇の中でほっほと笑っている気配がするウィリアムおじさん。 (あのとき逃がしたせいで、また、おじさんの犠牲が出たって聞いた) おじさんは、あまり自分で人を傷つけたりはしない。 怪談で有名な所にお化けみたいなキマイラを放したり、それを捨て駒にして、誰かのやる気を変な方向に煽ったり、煽られた誰かが起こす大惨事に目を細めてみたり、彼の不幸を本気で嘆いて見せたりするのだ。 (そこにかかってるのがわたしの命なら、自業自得。わたしの手に負える。でも、とばっちりを受けるのはいつも他人の命なんだ) ワタシガシンダノハ、オマエガ コイツヲ ニガシタカラダ。 心優しいリベリスタほど、内なる声に責められる。 (今度こそ絶対、失敗できない。もう逃がさないよ) ヤードのフォーチュナが、せめてこの場所を特定してくれたのは、僥倖。 「わたしは、あなたを殺す」 (結果的に命を奪う事はよくあるけど、今回は違う) 最後尾に控えている四条・理央(BNE000319)は、情が深く、どちらかといえば防御を旨として戦っている。 しかし、冷静に彼女は決意していた。 目の前で、共に戦っていた者が堕ちていく様を彼女は見た。 ニコニコしながら奈落への背中を押す者の存在を知ってしまった。 そいつを生かしておく限り、自分から喜んで地獄におちていく誰かはどこまでも増え続けるだろう。 革醒者は、時として恐ろしく長寿だ。 「そうね。ウィリアムにはこの世から退場して貰う」 それが、理央が出した答えだった。 「推理小説の犯人って、大体こんな感じの人だよね」 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)的に言えば、すなわち悪だ。 「……厄介なデブは、地下に押し込めておこう」 もっと言えば、地下墓地なら最高だ。 「これは、悲しい。悲しいことですな。かわいらしいお嬢さんたちが殺意を持つなど。人は皆仲良くしなくてはなりません」 上等なハンカチーフを目元に当て、大仰に悲しむおじさんの影から、するりといくつかの影が飛び出した。 「わざわざ海を渡ってきた方々の手を汚させるのは忍びない。さあ、みなさん、ここは、すみやかに通過させていただくことといたしましょう」 最前線『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)と散弾銃がウィリアムおじさん一行を通さない。 「此処を通りたければ……俺を倒すしかないな」 在り来りな言葉で申し訳ないが。と、付け加える喜平の頬に余裕の笑み。 ひじが引かれたのは大きすぎる散弾銃のポンプアクションのためであり、人生で何番目かに言ってみたかった台詞を実践中に吐きおおせたことのガッツポーズではない。決して。 「恐ろしいですな。とても恐ろしい。この子はかわいいのですが甘えん坊でしてな。人懐こくて、よく人にすりつく癖があるのです」 ウィリアムおじさんは、帽子をかぶりなおした。 「皆さん、猫はお好きですかな? いえ、ネコ科の動物全般と言う意味で」 『まるで、虎かライオンに抉られたような』 ととんと、頭の上で音がする。足元、壁。反響する。 ユーヌが舌打ちをした。 「楽しそうだな? 生憎ハイキングは中止だが」 舌から毒を吐き散らす式符使いの手からこぼれる神秘の閃光弾。 ここは、蜘蛛の巣の一部。遠距離爆撃対策はされている。 血も凍らせる発光が辺りを照らす。無差別に。物理的にも神秘的にも閉鎖された階段室という限られた空間内での爆弾は、敵と味方の全てをその威力圏に飲み込む諸刃の刃だ。 「いやはや、見事な閃光弾ですな。逃げを打つ暇もありませなんだ。いや、怖い。怖いですな」 おじさんの前には、パンクロッカー風の若い男がうずくまる。かばったのだ。 「痛かったでしょう。今、癒やして差し上げますぞ」 おじさんは、見た目を裏切ったいい声で回復請願を詠唱する。 若い男の顔に恍惚が浮かぶ。大好きなおじさんが自分の為に歌ってくれるのだ。 打ち震えんばかりの喜び。 「――このおにーさん達、面倒だね。私と同じにおいがするよ」 虎美には分かる。同類だ。皆口元が同じように動いているのが聞こえる。 ウィリアムおじさんのために。ウィリアムおじさんのために。 心に支柱となる存在を持った者は、持たないものよりはるかにしぶとい。 「――それは強敵、だね」 虎美のどん底での粘りを知っている智夫は、そう呟かざるをえなかった。 ● 「ここ、思ったより狭いみたい。みんな、巻き添えにしかねないから、攻撃は単体に絞った方がいいかも」 見える限りの範囲にいるものを対象にした凶事払いを発動させた智夫が言う。 だが、後方にいる何人かはこぼれた。 「後ろは、私がいます!」 理央が、更に強力な邪悪払いを発動させる。 (思ったより、ずっと暗い) それが理央にとっては辛いところだ。 ここは地下。しかも、動力源は蜘蛛の巣が握っている。 階段室についていたであろう灯りはとっくの昔に消されている。 今、仲間たちが特に不自由なく動いているのはそれぞれが暗視やそれに至らないまでも道具を準備してきたからだ。 この局面で、理央が頼れるのは並外れた直感だけしかない。 目を凝らしてもそこには闇が広がるばかり。 一瞬爆ぜる剣戟の灯りを頼りにして詠唱するしかない。 しかし、突入前に欠けた翼の加護が切れた今、階下に降りていった仲間に再び付与するのはほぼ絶望的といってよかった。 寸断された視線は、リベリスタに余計な手間と魔力を要求する。 地の利は、間違いなく蜘蛛の巣に。 「さあ、皆さん。私のそばを離れないように。一段一段確実に上ってまいりましょう。私たちが一階に至るまでに誰も欠けていなければいいのです」 パルクールのように、手すりを飛び越え、ウィリアムおじさんに心酔した青年達より早くそれが来る。 「露払いは、子猫ちゃんがしてくれます。あなたたちは、私の大事な甥っ子みたいなものですからな。怪我などしてはいけません。いけませんよ」 「そうは行かない!」 準備していた破壊神の加護は消し飛んだが、そのくらいで喜平はへこたれない。 「みんな、俺に近づかないでてくれるとうれしいかな!」 味方の被害は少ない方がいい。と嘯く男は、確信犯だ。 うっかりはない。巻き込んでも仕方ないと思っているのだ。 狭い階段室でありえない小器用さで取り回される巨大な散弾銃は、銃火を噴く代わりに烈風を巻き起こす。 「誰よ。動物好きに悪い人が居ないとか言ってたの……」 『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)が毒づいた。 動物とお話できる英国紳士かもしれない。 もっともそれは間違った俗説だ。大抵、世界の黒幕と言う名の悪い人の膝にはモフモフした猫が乗っているものだし、あきれるほど大きなドーベルマンを飼っていたりするのだ。 そもそも。 体中から突き出た巨大な鋏をしゃきしゃきいわせているサーベルタイガーが、動物の範疇に入ればの話だ。 鼻先にまで飛んできた獣に向けて、無詠唱で放たれる黒鎖。 詠唱要らずの号は、伊達ではない。 それをばつばつと鋏の刃が割れるのも厭わず断ち切っていく。 「あり得ないんだけど!?」 毒やによる変調は見受けられない。ただ、だらだらと形容しがたい色の体液を流している。 対神秘戦闘に長け、BSに強い。 「――絶対者」 咆哮。 ぶくぶくと体表面が動いて、黒鎖によって負わされた傷が再生していく。 うごめく傷口の中、他の獣や人間や得体の知れない機械が見え隠れする。 何人たりとも、我を侵すことあたわず。 ふんふんとキマイラは鼻を鳴らしている。 闇の中。体温で温まった香水は道標だ。 すぐそこにいる、脅威。 「子猫ちゃん、遊んでますね?」 下から楽しげなウィリアムおじさんの声。 「いやはや、反抗的。反抗的ですな。それでこそ英国製。素体を色々大英博物館から失敬してきた甲斐があります」 制御が不完全と言う話は聞いていたが、当のおじさんはまったく気にしていないようだ。 「基本素体が猫ですからな。獲物をもてあそぶ習性があるんですよ。ああ、上の方のお嬢さん方はちょうどいい感じですな。そこで、じゃれているといい」 ウィリアムおじさんは、楽しそうに自分の前方に陣取る三人のフォロアーを見る。 「機械仕掛けのお人形さんは、どうにも性に合いませんのでね。私はあなた達三人の方が大事ですよ」 途端に、三人が高揚したのが分かる。 ウィリアムおじさんは敵の足を引っ張るのもうまいが、味方を高揚させるのが真骨頂だ。 「だからって、放置も出来ないだろう?」 キマイラの前に立つロアン。 「君に、僕の毒が効かないのは残念だけど」 美貌の神父の唇に笑みが浮かび、わずかな光源を跳ね返す三日月の軌跡がきらめきを添える。 「死に至る刻印は有効だろう?」 化け物、とっととくたばれ。神父は、どこまでも容赦ない。 「やれやれ。子猫ちゃん。傷が治らなくなる前に、おじさんの目の届くところにいらっしゃい」 それさえ気をつけていれば、何をしていても構いませんよ。 ● リベリスタ達は、最初にこの狂信的な若者達から片付けようと考えていた。 彼らの回復担当から潰していこうと。 しかし、若者達は、こつこつと地道に執拗に最前線――喜平や旭を潰しにかかる。 千里の道も一歩から。 障害として立ちはだかるアークのリベリスタを一人一人叩き潰しながら階段を一歩一歩上がる算段なのだ。 教授の命の元、遠大な策謀の糸を編むことに慣れた者たちには、たった60段の階段を一段ずつ上ることなど、苦でもなんでもない。 彼らは攻撃と、何よりウィリアムおじさんの防護を第一としていた。 「ふん。ノイズしか吐かない豚から離れられないなんて、どこのガキだ」 ユーヌは、想定していたより閃光弾の効果が限定できないと分かるや否や、毒舌を駆使して、青年たちの攻撃を自分に集中させるように攻撃に切り替える。 腕を組んだまま、文字通り上から目線の最低限の動きで避け、致命傷は回避する。 「痛烈。痛烈ですな。心が抉れます。ですが、お嬢さん。あなたはそれでお体がもちますか?」 ユーヌは前線に置くには軽装、かつか弱い。 その肉体は、駆け出しの革醒者と大差ない。 積み上げた戦闘経験があるものの、痛打がくれば、消し飛ぶ。 後衛にいる嶺と理央とシィンは、子猫ちゃんに進路を阻まれ、ユーヌを視界に収めることができない。 ユーヌを癒すことができるのは、智夫だけ。 そして、智夫が唱えられるのは全体回復請願。回復量と受ける傷の大きさから考えればジリ貧だ。 「ユーヌさん、上がってきて下さい!」 視界に入ってくれさえすれば、優秀な回復陣もユーヌの傷をすべてふさぐことはたやすい。 子猫の相手はロアンがしている。 本来ならば前に出たいところだが、縦横無尽に跳ね回るサーベルタイガーについていける者が他にいない。 子猫と呼ばれたサーベルタイガーの体中から生えている鋏がじょきじょきと不快な音を立てる。 五感の全てを駆使して、キマイラの隙を突き、ユーヌは回復陣の視界内に駆け上がる。 「もう少し上まで!」 神秘を完全な闇に通すには、戦闘補助具ではいささか心もとない。 「くっ」 ユーヌが攻撃有効範囲から消えたことで、フォロワーズは目の前の敵に専念できる。 「まずは、こちらの方からですかな。おや、お怪我をなさっている? いけません、いけませんな。本調子でないのに無理をされては。命あってのものだねですぞ」 おじさんは笑っている。 なのに、その目は、喜平の首の付け根を凍りつかせるほど冷たい。 それは透明な殺意。 視線だけで、人は殺せる。 ● 「ほー、怖い怖い!」 ウィリアムおじさんは、ハンプティ・ダンプティとは違う生き物らしい。 階段の手すりの上で、器用にバランスをとっている。 革醒者にとって、足場は階段だけではなかった。狭い階段室の天井も手すりも壁も、すべてが足を置き、手をつき、銃弾を跳ね返す為の道具だった。 仮初に背に付けられた翼は、宙を飛ぶためではなく急場の推進エンジンと方向指示器だった。 死角に作る気糸の罠が、サーベルタイガーを捕獲する。 と、同時に仕込まれた鋏が気糸を切り刻み、体内から突き出した注射器がサーベルタイガーの肉に薬を注入するのだ。 自己完結。猛獣使いではないおじさんのためにあつらえたようなキマイラだ。 「あー、もうっ! 狭いっ!」 セレアが一声上げる。 例え、凶事が定着することはなくとも、セレアの黒鎖はキマイラの体を確実に締め上げその体力をごっそりと絞り上げる。 床に落ちた体液の多さがその証だ。 見たものだけが影響せしめる神秘の制約により、期待より遥かに狭い領域に押し込められた一撃に歯の根を鳴らすことになる。 それはまた、範囲攻撃をする者にとっても同じだ。 狭い階段、固まっている敵。そこに範囲で攻撃しようとするものが複数いれば、間違い巻く味方を巻き込み、それがいやで退くならば、そこに敵がするりと潜り込んでくる。 踊り場で足を止めている智夫は上と下の様子に頭を悩ませていた。 回復役全員でエリアを分担するプランだったが、進行時に後衛に固まりすぎたのと、イニシアチブを向こうに取られたせいで移動にも自由を事欠く有様だ。 大砲だけでは戦えない。 仲間を巻き込みたくはない。だが、敵は巻き込みたい。 喜平の烈風に、旭の肌が割られる。 傷つける覚悟も、傷つけられる覚悟もしてきた。 「後でまとめて謝るから!」 覚悟を決めた旭の手甲から紅蓮の炎が吹き上がる。 仲間を巻き込んでもお前を倒す。 その所業を、鬼と言うなら言えばいい。 ● 遅々として進まない侵攻に、智夫は、既視感に襲われていた。 何でこんなに動かないのか。 おじさんのそばには、必ず誰かがいる。 おじさんは悠然と回復請願詠唱を唱えているのだ。 そう言えば、おととしもそうだった。 ウィリアムおじさんは、戦闘不能の少し前あたりまで非戦闘員を酷使して、リベリスタを苦しめたのだ。 回復持ちのフォロワーは、いない。おそらく。 それは、おじさんの役目だ。そもそも、ずっと回復し続けていれば、少なくともおじさんが一番最後まで残るのだ。 怖いのは、戦闘行動が出来ないようにされることだけで、それはフォロワーズが代わりに受けてくれる。 智夫は、ウィリアムおじさんと目があった。 「いかがですかな、私の回復請願は? なんと、中級を覚えたのですよ!」 おじさんは、少し胸を張る。と言っても、腹を突き出しているようにしか見えないが。 「いやはや、日本ではそれはもう肝を冷やしましてな。せっかく命を下さった四人に申し訳ないので、それはもう。舌やほっぺたの裏を噛みながら練習をいたしました。精進は、生き残ったものの義務ですからな」 智夫と旭の眦が、きっと上がった。 「あんた、あの人達がどうなったか、わかって言ってるの!?」 旭が叫ぶ。 おじさんの言うことに耳を貸してはいけない。分かっている。だが、叫ばずにいられるか? 「いや、悲しい。楽団の二枚舌のお嬢さんに殺されて、死体はいいように使われて。結局はアークにやられてしまったそうですな。悲しい。とても悲しいですな」 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、ハンカチで色々ぬぐう。 「皆さんは、彼らを守ろうとしてくれたって言うじゃありませんか。お二人はそれで大怪我なさったとか? 彼らに代わってお礼を言わなくては」 彼らの内二人は、仙台で旭が焼いた。 残りは、三高平で智夫やユーヌが迎撃した。 「――ノイズだ」 ユーヌが言い捨てた。 はらわたが煮えくり返る。 「焼き捨てる」 旭は端的に言い放った。 「あんたなんか、ここで灰になればいい」 ● 暗がりの中でも、熱気は分かるのだ。 理央は、階下の旭と呼吸を合わせようとしていた。 旭の腕から炎があふれている間は、視界が効く。 ぎりぎりの線で、リベリスタの仮初の翼は維持され、後衛陣を取り巻く空気は優しさを留めている。 しかし、その刹那の時間では仲間たちの負傷状況を把握し、適切な回復請願を詠唱するには至らない。 跳梁跋扈し、ごく気まぐれに攻撃をしてくるキマイラの力量を把握することさえ困難だ。 「なんなんですか、もう! ちょろちょろと!」 フィアキィの生み出す火炎弾の雨が、壁にキマイラを叩きつける。 しかし、燃え上がりもせず、がしゅがしゅとはさみを鳴らす。 「みなさん、ほんとうにお会いできてうれしいですよ。そちらの方とそちらの方、日本でお会いしましたな」 ウィリアムおじさんの口は、油が回っているかのように良く回る。 智夫と旭。 「そちらとそちらは、リーズ城で」 智夫とユーヌと虎美。 「そちらとそちらの方は、ヤードの近くで」 智夫と虎美と理央とシィン。 「いや、皆さん、何度も何度も私と接触を持とうとしてくださって。本当に、またお会いできて光栄。光栄ですな」 ウィリアムおじさんの言葉を聞いてはいけない。 それは戦場での話だ。いや、そもそもウィリアムおじさんはリーズ城にもヤード近くにもいなかったではないか。 会ってない。会ってなどいない。 少なくとも、自分は会っていない。 でも、他の誰かは? 爆音で掻き消える言葉の呪縛。 ウィリアムおじさんの言葉を聞いてはいけない。 「口や態度で人を操る名手――なら、言葉や態度で状況を変えようとしてもおかしくないからね!」 理央は、周囲と自分に言い聞かせるように言う。 「あいつの言うことはみんなデタラメだよ!」 ほんのわずかだけ揺らいで去った疑心暗鬼が、みんなからも去りますように。 吹き上がる炎を点し火として、唇に乗せる請願詠唱に祈りを込めた。 ● 「――というか、そんなの聞いてる余裕ないから!」 理央に答える喜平の声から余裕が失せている。 狂信者ほど手に負えない。殴っても殴っても、とどまることを知らない。 傷が増える。恩寵は磨り潰す。 「私に必要なのは、お兄ちゃんが囁く愛の言葉。それだけで十分だもん!」 虎美はおじさんに懐柔され難い。ユーヌも然り。 彼女らの心臓は、とっくに握られているので。 喜平をぎりぎり掠めて、銃弾がおじさんの口の中から納棺をぶち抜く絶対致死の精密さで射出される。 フォロアーはおじさんを突き飛ばし、代わりに血の華を咲かせる。 「おお、ヴィクター! アンソニー! かわいそうに!」 おじさんが朗々と回復詠唱を唱える。 「黙れおっさん! そして死ね!」 二挺拳銃は通常の銃より酷使されている。 恐ろしいまでの操作速度で次弾を装填され、バレルの中で神秘を上乗せされた魔弾に生まれ変わる。 地面の底で、流星をぶち抜け! 近接銃撃、腹の底に響く銃声、硝煙の臭い。 ずたぼろになるべきおじさんの前に、フォロワーズの一人が仁王立ちになっていた。 「――おじさん、お怪我はありませんか」 「ええ、ええ、アンソニー。私はどこも。傷一つありはしませんとも」 ウィリアムおじさんは優しい。死に際に、自分の為に死のうとしてくれる相手を裏切りはしない。 最期まで、その相手が望んだウィリアムおじさんでいてくれる。 「なら、良かった」 革醒者なら、気配で分かる。 アンソニーと呼ばれたフォロワーズは、堕ちていた。 近々、正気を失い、人としての形を失い、ただただ世界を崩壊させるだけの存在になる。 その速度は千差万別。 「私は、あなたがノーフェイスになっても大好きですよ。アンソニー」 「とても、嬉しいです。そう言ってくれるのは、おじさんだけです。俺が正気でいられるうちに、リベリスタをたくさん殺さなくちゃ」 見開かれた目、ブランと下げられた手が剣と一体化しようとしている。ぶくぶくとふくれあがる筋肉。 「喜平さん、避けて!」 最前線で、喜平はよく戦い抜いた。 すでに、恩寵は使った後だった。 長大な散弾銃が階段に落ち、大きな大きな音を立てた。 「――僕の前で死ぬとか、赦さないから」 ロアンが壁を蹴って落ちてきて、ヴィクターと呼ばれたフォロワーズの止めの刃をかち上げた。 ● ヴィクターとロアンを階下に残し、少しずつ、少しずつおじさんが階段を登ってくる。 ユーヌの拳銃の魔力で吹き飛ばされても、おじさんかフォロワーズがじりじりと段数を稼いでくる。 「旭さん、下がって!」 「おじさんは、逃がしたらだめなんだよ!」 大きな大きな赤い炎が、おじさんとフォロワーズを呑み込む。 それは無差別な炎。 敵味方の区別なく、見える見えないの関係もなく、空間を丸ごと埋め尽くす。 「いや、これは熱い! 熱いですな! こう熱いと、やせてしまいますな!」 おじさんのおどけた笑い声がする。 「階段の上まで焼けちゃいますよ!」 階上まで上がる火柱。喜平への止めを阻止しているロアンも、かなりの火傷をこうむっていた。 シィンのフィアキィであるスプラウトとブロッサムが忙しく飛び回り、リベリスタの傷を癒やす。 それも、中衛までのこと。 喜平、旭、ロアンへの回復は、智夫に掛かっているが、専門職でない以上副次域を出ない。 後衛が階下のフォロワーズに攻撃しようとするには手すりから身を乗り出すしかなく、しかし間欠泉のように下から炎が吹き上がってくるのだ。 「いけませんな。そこでかわいいお嬢さん方に通せんぼされていては、困ってしまいますな。子猫ちゃん、そろそろいかがです。いい匂いがするものがなんなのか、知りたくなったのではありませんか?」 キマイラの思考を読もうと努力していたシィンの目が見開かれる。 獣に機械にアンデッドで注ぎはがれた化け物に、一貫した思考はなかった。 どろどろに溶けた不気味な沼からぼこぼこと湧き出すあぶくのような散漫な意思決定。 「来ますよ!」 子猫ちゃんは、気まぐれにおじさんの言うことを聴いてあげることにしたようだった。 体中についた刃物がいっせいに蠢動し始める。 それらの全てが、後衛にいた四人に向けて振るわれた。 キマイラの通過は一瞬。 流されたキマイラのオイル交じりの体液の上から、リベリスタの血液が流れ落ちる。 「一発で倒れるほど、やわじゃないわよ……っ!」 セレアは、景気よく恩寵をすりつぶす。負けるのは大嫌いなのだ。 「こいつ……何も考えてない……」 シィンの導き出した結論はそれだ。 通り魔と一緒だ。破壊衝動の浮き沈みにたまたま引っかかった者を攻撃するだけ。 まったく規則性はなく、継続性も、戦術もなく。 それでも、フェーズ4なのだ。あまりにも強力ゆえに。 「そうですな。ですが、子猫ちゃんは一度始めると今度はなかなかやめてくれません。困ったものです」 おじさんは、闇の向こうで笑っているようだった。 「さて。若いのばかり働かせてはいけませんな。時々はおじさんもときどきは威厳を見せなくてはいけません。いや、骨が折れます。骨が折れますな」 おじさんの手に、棘つきのナックルがはめられていた。 こと、ここに至るまで、おじさんが武器を手にしたところを見たものはいなかった。 「なら、そのまま全身骨折して死んでしまえ」 リベリスタの傷は、避けようのなかった味方の巻き添えもかなり含まれる。 それでも、ユーヌはまだかろうじて立っていた。 すでに恩寵は潰している。 「いや、お嬢さんには困ってしまいますな。かわいい甥っ子たちをこれ以上いじめられるのも忍びない。まずはお嬢さんからと言うことで、よろしいですかな」 そう言うおじさんに、これでもかと銃弾が叩き込まれる。 虎美としては業腹だが、ユーヌに死なれては困るのだ。 今死なれては、最愛の兄の永遠の女の座を掻っ攫われしまう。 ウィリアムおじさんのにこやかな笑顔は変わらない。血まみれになっても。 ただ、動きが変わった。 おじさんが階段を駆け上がる。 おじさんのナックルの刺が、虎美とユーヌと智夫をえぐって血花を咲かせる。 暗闇の中の階下は、色ではなく鉄の臭いが知らせた。 蓄積されたダメージに、虎美と智夫の意識が遠のく。 「おや、お嬢さんにはまともに当たらなかった。年はとりたくないものですな」 ユーヌが残された。暗闇の中。 階下では、ロアンと旭がフォロワーズと戦っている。 階上では、セレアとシィンと嶺と理央がキマイラに抵抗している。 おじさんは笑った。深く、深く。 「では、もう一度。何度でも。あなたが立てなくなるまで。どんなに後ろに吹き飛ばされても、私はへこたれません。へこたれませんとも。私のかわいい甥っ子たちをいじめてくれたお礼をしなくてはなりません」 殺意の視線。 抵抗をごっそり削り取る、それでも、ユーヌの舌に取り付いた悪魔は健在だ。 「くたばれ。可及的速やかに」 ● 気がついたときは、巨大な牙が目の前に迫っていた。 シィンの目が見開かれる。 げきべきごきと音がして、自分の首の骨が折れた音だと後から知れた。 キマイラは、散々壁に自分をたたきつけたシィンを覚えていたわけではなく、一番小さく柔らかそうだったから、かぶりついたのだと知れる。 したしたと広がる赤い水溜りに、髪が浸っていくのを感じる。 もう、動けそうになかった。 背後に去っていく気配に、フィアキィに最後のお願いをする。 「みんなを癒して」 ピンクと緑のフィアキィは、シィンの意識が途切れるまで癒しの粉を辺りに撒き続けた。 もちろん、シィンの命を今世に繋ぎ止めておく努力を惜しむことはなかった。 ● アンソニーと呼ばれたフォロワーズが燃えている。その肩を食いちぎる勢いで、旭は牙を突きたてた。 「――おじさん、いっちゃったよ」 あなたも捨て駒なんじゃないの。 Uncle William has gone. 旭は、そう言った。肩で息をしている。もう、限界だ。 「構うもんか。お前らを道連れに出来れば、それが俺のおじさんへのお礼だ」 フォロワーズのロンドンなまりのきつい英語は、旭には聞き取ることが出来なかった。 「他の奴がなんと言おうと、おじさんくらい俺に良くしてくれた人はいないんだ」 どむっと旭は腹に衝撃を受けた。 まっすぐ突き込まれた剣。まがまがしい瘴気。旭から受けた痛みをそのままお返しされた。 ずたずたになった外傷に、はらわたをかき回されて、膝が折れる。 アンソニーの背をばくりとロアンの鋼の糸が裂く。 「出血大サービスだ、回復とかさせてやらないよ」 「いや、さすがに。もう死ぬな」 良かった。と、ノーフェイスは呟いた。 「気が狂って、おじさんを手にかけるなんてことにならなくて良かった」 アンソニーは息を吸い込む。 「子猫ちゃん! 俺を食ってくれ! 俺はまだ、おじさんと一緒にいたいんだ!」 子猫ちゃんは、リベリスタの血肉をむさぼるのをやめて、階下に向けて階段を蹴った。 シィンに意識があったなら、子猫ちゃんにとっては、ささやかなおやつの意味しかなかったと告げただろう。 だが、アンソニーにとっては、それは捧げものだった。 自分が食われることで、子猫ちゃんがもっとよくおじさんの言うことを聞くようになりますように。 どこか、呪いにも似ていた。 ● 前衛・中衛は、ほぼ崩壊。 後衛はキマイラに蹂躙されていた。 リベリスタの全滅は時間の問題だった。 「なんてことを、アンソニー! いけませんよ、子猫ちゃん!」 なのに、おじさんは、せっかくここまで登った階段を駆け下りた。 だが、子猫ちゃんのお食事は止まらない。 アンソニーがとうに事切れているのは火を見るより明らかだった。 おじさんが下についたときには、もう半分は食われていた。 旭と喜平を背後に守り、ヴィクターと対峙していたロアンに、おじさんは一瞥をくれる。 「――失せなさい。あなた方に費やす時間が惜しい。私は、ここでアンソニーにお別れをしなくてはいけません」 おじさんは、いつになく早口だった。 「とっとと来た道を戻りなさい。早くしないと、子猫ちゃんが食べ終わりますよ。そうしたら、もう私は止まりません。私と子猫ちゃん達で追い上げていきます。何人死んでも知りませんよ」 おじさんの顔から表情が消えていた。 目には怒りと悲しみがこみ上げていた。 かろうじて動ける者から、リベリスタは階上を目指す。 そうせざるをえなかった。死ななければ、次がある。 ● 階下から声がする。 「ああ、悲しい。悲しいですな。大事に育てた子が死んでいくのは。終え、アンソニー。お前は子猫ちゃんの中で生きているのですね」 ウィリアムおじさんが泣いている。ずびずびと鼻を鳴らし、ハンカチで盛大に鼻をかむ。 「そうだ、子猫ちゃん。名前をあげましょう。今から、お前はトォニィですよ。」 すれ違いざま、フォロワーズの恍惚とした表情にリベリスタは気づく。 完全に勝てる戦闘もこうやって投げ捨てて、死を悼んでくれる。 だから、ウィリアムおじさんは愛されているのだ。 だから、おじさんは今日も生き残ってしまうのだ。 必要なだけの勝ちは、きっちり上等なジャケットのポケットに詰め込んで。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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■メイン参加者■ | |||
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■状態:無傷 | ||
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■状態:重傷 | ||
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■状態:重傷 | ||
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■状態:無傷 | ||
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■状態:重傷 | ||
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■状態:無傷 | ||
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■状態:無傷 | ||
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■状態:無傷 | ||
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■状態:重傷 | ||
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■状態:重傷 | ||
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