キャロライン・ケネディ駐日米国大使が1月、インターネット上で批判し、物議をかもした太地町のイルカ追い込み漁(※)。欧米の環境保護、動物愛護団体から非難され続け、映画『ザ・コーヴ』ではセンセーショナルに取り上げられた。「太地のイルカ漁は合法で昔から受け継がれてきた伝統ある産業。事実を調べずに反対すべきでない」。そう指摘するのは、映像ジャーナリストで和歌山大学特任助教のサイモン・ワーンさんだ。和歌山に移住し、捕鯨の歴史を研究、イルカ漁の真実を欧米に向け伝えている。
太地の捕鯨 偏見正し文化保存
母国、オーストラリアを拠点にフリージャーナリストとして活動していたサイモンさん。タスマニアの森林破壊など世界の環境問題を伝える映像を作っていた。
捕鯨に関心を持ったのは2008年。欧米の海洋環境保護団体に誘われ南極で日本の調査捕鯨船を取材するチームにカメラマンとして加わったのがきっかけだった。撮影した番組は「ホエールウォーズ(鯨戦争)」。反捕鯨を訴える内容だった。
5週間の撮影で、保護団体の映像製作に疑問を感じた。「日本の捕鯨は悪でない。自分の目で見た真実を伝えたい」。ジャーナリストのプライドが許さなかった。「鯨戦争」はアメリカでテレビ界の名誉と言われるエミー賞の候補に選ばれたが、第1シリーズでチームを降りた。同年、捕鯨文化を徹底的に調査しようと古式捕鯨発祥の地、太地町を訪れた。
以降、拠点を和歌山に移し研究を続ける。漁師や船大工、役場職員を取材、県内外の寺社や博物館、ペリーが捕鯨船の補給基地として開港を迫った下田まで赴き、史料を集めた。捕鯨と国際関係を専門にする大学教授とも連携する。
「捕鯨は太地で連綿と受け継がれてきた技術。油を取って捨てるようなことはせず、必要数だけを捕り、全ての部位を使い無駄にしない。太地の捕鯨こそ、環境に配慮した持続可能な漁」と話す。
1月、和大の講座の中でアメリカのサリズベリー大学の学生を太地へ案内した。くじらの博物館や供養碑、神社、捕鯨の史跡を訪れ、研究した歴史と文化を説明した。
参加した学生のメリッサ・リネハンさんは「史跡を歩き、太地の伝統を肌で感じた。反捕鯨の外国人はたくさんいるけど、偏った情報に惑わされないでほしい」。タイラー・トレイナーさんは「話を聞き、太地の捕鯨は自然を敬い、豊かな文化遺産を築いていると分かった。ただ太地だけを責めず、世界中が一緒になって考えなければいけない」と感想を寄せた。
サイモンさんは「本当に生命を守るとは、センセーショナルな映像を作って流すことでない。生き物に感謝して生かされていることに感謝すること。太地にはそういう文化が伝わっている」。
現在、太地に残る捕鯨船や石造りの堤防を復元しようと調査を進めている。目標は、太地の捕鯨文化を産業遺産として世界遺産に推薦すること。「今なお残る物から歴史的背景を学び、事実が分かれば人の心は変わる。時間をかけて、世界へ広めたい」
※イルカ追い込み漁…小型鯨類のイルカを岸に追い込み捕獲する漁で捕鯨の一種。全国では現在太地町のみで、県知事の許可のもと行っている。
写真=太地町の梶取埼灯台で両手を広げ説明するサイモンさん |