角幡 自分を相手に投げ出してしまって、人から人へと自分がモノとなって運ばれていくようなイメージ。高野さんって、漂流者みたいなんですよね。
高野 とはいっても、ただ流されてるんじゃないよ。大きな目的はあるわけだよ。「○○に行きたい」とか「××を知りたい」とか。それだけ伝えて、あとは現地の人にまかせる。そうすると彼らは現地の生活に合った方法で行動するから、そのときに飾らない普段の姿が垣間見えるしね。おれが思いもしなかった事実が発見できたりもする。そういうところが面白い。やり方まで指定してしまうと、自分のイメージの中にあることにしか出会えない。
角幡 僕の場合は、チベットの無人地帯に行ったり北極に行ったりということをしているので、自分の状況をコントロールしていないと遭難してしまうんですよ。だからつねに自分を律して行動しようとするんですけど、高野さんはまったく逆で、コントロール不能なところに自分を持っていってしまっている。あれは僕にはマネできないなと思いますね。
ノンフィクション作家の憂鬱
高野 角幡は『空白の五マイル』(集英社)がいきなり開高健ノンフィクション賞を獲って、その後も名だたるノンフィクション賞を次々に受賞して、順風満帆な作家デビューを果たしたけど、挫折の経験とかないの?
角幡 就職しようと思ったときは、「ああ、おれ、日和ったなあ」という思いはありました。
高野 朝日新聞に入ったとき?
角幡 もともと就職するつもりはまったくなかったんです。探検家になろうと思っていたんですね。でも、高野さんみたいに本を書いた経験があるわけでもなく、形になったものはなにもないわけです。で、大学を卒業してから二年間ぐらい土方みたいなことをやっていたんです。日給一万二千円のアルバイトで金貯めて、チベットに行ったりしていましたが、やっぱり将来の形が見えなかったんですよ。
そのときはただ探検がしたいというだけで、作家とかライターという将来像は描けなかった。だから行き詰まっちゃったんですね。それに、就職活動したことがないというのもちょっと負い目としてあって、要するにただ人生から逃げているだけなんじゃないかと思えてきて、それで就職活動をしたんです。
高野 でもあっさり朝日新聞に入ったんだろ? それ、挫折っていうのか?
角幡 うまくいったという話ですね(笑)。高野さんは将来、食っていけると思ったんですか。
高野 就職する気は初めからなかった。おれの若いころはバブルの余波の時代だったからね。何やっていても飢え死にすることはないだろうという楽観的な考えだった。今にしてみれば、何も考えていないに等しいよね。でも、家賃は一万二千円だったし、金がなければ生活レベルを下げればいいというその一点張り。おれがいちばん金かけてたのはたぶん本だと思うんだけど、それ以外は本当に金使わない。
毎日、書店や古書店めぐりをして、途中でプールに行ったり。一日の日課がそれだけみたいな生活だったよね。プールに行くから銭湯も行く必要がない。銭湯代ってけっこう高いんだよ。プールのほうが安い。それにプールに行くと「今日、おれ、がんばったな」という充実感も得られるし。・・・・・・えーと、なんの話だったっけ(笑)。
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