探検家・角幡唯介さんインタビュー(3)生きている経験がほしい

 ――自然の中で生きている実感が得られる、ということですか。

 「そういってもいいです。ジョーゼフ・キャンベルというアメリカの神話学者は、人間が本当に求めているのは、生きている意味ではなく、『生きているという経験』だと書いていますが、その通りだと思います。インターネットの発達で体を使い、知るという経験が減りました。無意識に、多くの人が『生きている経験がほしい』と感じているのでは。それが体を使っての富士登山やマラソンブームの一因ではないかと思っています」

 ――角幡さんの場合、なぜ通常の登山やマラソンで収まらないのですか。

 「やはり、チベットの峡谷のツアンポーの体験が大きいですね。けがをしたら死ぬという環境で日間、1人で山の中をはいずり回り、なんとか死なずに帰る事ができました。今は、もう一歩、自然の中に進み、戻ってきたいと思っています。もう何も書かなくてもいいと思う本を一度は書いてみたいと思います」

 ――だんだんと、活動がエスカレートしていくと危険ではありませんか。

 「自然に入り込めば入り込んだ分、危険になっていくというのはあるのですが、危険を求めているというより、今は、本当の自然を体験したいという気持ちが強いですね。そのうち、思うように体が動かなくなる年齢が来ると思います。その前に、やっておきたいという気持ちもあります。しかし装備によって快適性を増したり、やり方を変えたりすれば、探検は続けていけるので、それはそれでいいんですけどね」

 ――チベットではどんな体験をしたのですか。

 「明日が見えない世界というんですかね。まったくゴールが見えなくて、今日の活動が無事に終われば感謝、感謝で、たき火を起こして寝るという生活です。1日が淡々と成立していて、その1日も明日とつながっていないという。今という時間がその場だけで独立していて、時間と環境が解け合っている。そんな世界です」

 ――今回の北極は、そうした体験を求めているのですね。

 「いってみないと分からないですね。北極はツアンポーのような地形的な危険はありません。GPSがなくて、自分の居場所が分からなくなるとか、村から離れて進んでいいのか戻ったほうがいいのか、判断が難しくなることはあると思います。凍傷になって動けなくなったり、ホッキョクグマに襲われたりする恐れはあります。コンロが壊れたら氷を解かして水も作れなくなる。村から3001キロも離れていたらそれで終わりです」

 ――著作はどんな人に読んでもらいたいですか。

 「それはないんですよ。だれに読んでもらいたいとか、そういう視点は全くありません。結局、自己表現なんですよ。自分の活動を知ってもらいたい、しかも自分が面白いと思うものを書きたい。なぜ自己表現をしたいのか聞かれても分かりませんね。音楽を作っている人、絵を描いている人と同じです。探検して、それを面白い作品にしたい。そういう気持ちです」

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
 1976年、北海道生まれ。早大卒。同大探検部OB。元朝日新聞記者。2011年に「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」で大宅壮一ノンフィクション賞など受賞。最新作は、北極で19世紀の英国探検隊の行方を追った「アグルーカの行方」。

2012年12月1日 読売新聞)

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