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米専門機関による中国海軍の現状評価

前記事と同じく、米中経済安全保障検討委員会において、今度は海軍の専門分析機関である米海軍情報局(ONI)のJesse L. Karotkin上級研究員が中国海軍の現状を評価しています。

[PDF] TRENDS IN CHINA’S NAVAL MODERNIZATION US CHINA ECONOMIC AND SECURITY REVIEW COMMISSION TESTIMONY, Hearing: China’s Military Modernization and its Implications for the United States, January 30, 2014.


中国空軍と第二砲兵の評価と同じく、中国海軍の概観を把握しやすい内容で、これまた入門編として優れたテキストです。現在の中国海軍を知る際の基礎用語が並んでいる感じですね^^ 型番や年月日などに多少の間違いがありますが、趣旨が変わるほどのものではないと思います。この報告書から始めて、より詳細な情報を『世界の艦船』とか『漢和防務評論』などで調べてみるのも良いかもしれません。

「報告書」なんて聞くと、難しくてとっつきにくいイメージもありますが、本報告書のように入門書として使えるものもあります。短い報告書ですので、是非一読してみてはいかがでしょうか。お時間のない方は拙稿で^^

◇ ◇ ◇


中国海軍(PLAN)は、主要水上艦約77隻、潜水艦60隻以上、中・大型揚陸艦55隻、小型ミサイル艇85隻などによって構成されている。

旧型艦が急速に退役し、大型かつ多用途、そして先進兵器・センサーを搭載した艦に替わっている。2013年だけを見ても、50隻を超える海軍艦が建造され、進水し、就役した。2014年も似たような数字が見込まれている。こうした能力のほとんどが、地域において米軍事力が介入してくることに対する抑止や阻止を狙ったものである。

PLANは3つの段階的軍事力近代化構想を持っている
  • ~2010年:堅実・強化な基礎を築く
  • ~2020年:著しい発展を遂げる
  • ~21世紀中頃:信息化戦争(informationized wars:情報環境下の戦争)に勝利することができる
現在、PLANは対潜戦(ASW)や統合作戦などいくつかの重要分野で課題に直面しているが、強力な基礎を築きあげ、よりプロフェッショナルな軍となりつつある。


多任務戦力
  • 先進型防空能力と長距離攻撃能力を持つ「052D型旅洋III級駆逐艦」の就役が、PLAN近代化の象徴。
  • また、対艦巡航ミサイル(ASCM)を配備するなど、対水上艦戦力(ASuW)の進歩も著しい。
  • 向上したC4ISRによる支援能力も拡大している。
  • 対空戦(AAW)での能力向上も、外洋作戦の拡大に寄与している。
  • 対潜戦(ASW)における進展はあまり芳しくない。中国のASW戦力は、水上プラットフォームに極端に傾斜している。
  • MAD(磁気探知機)ブームが取り付けられた「Y-8対潜哨戒機」も登場しており、次の10年で中国はより強力なASW戦力を得るだろう。
  • 「晋級原潜(SSBN)」が2014年に抑止パトロールを開始する予定。
  • 建造中と見られる「095型巡航ミサイル原潜(SSGN)」は対地攻撃能力を持つ。
  • 将来型潜水艦と水上艦に搭載される対地巡航ミサイル(LACM)は、グアムを含む地域の米軍基地に対する攻撃力を増す。
  • 空母「遼寧」と艦載機による戦力が、完全に作戦能力を持つのはまだ数年先だが、中国の海軍航空戦力にとって新たな時代となる。2020年までには、限定的な防空任務において空母艦載機が艦隊の支援を果たし得るだろう。


水上戦力2014年初頭現在、PLANが保有する近代艦(注:本報告書内での”modern”の定義は、報告書参照)は以下の通り;駆逐艦 27隻(近代艦は17隻)、フリゲート 48隻(近代艦は31隻)、新型コルベット 10隻、近代化ミサイル哨戒艇 85隻、揚陸艦 56隻、機雷船艇 42隻、主要補給艦 50+隻、補給・支援船艇 400隻。

  • 先進型ASCMの開発も、PLANのASuW戦力向上に寄与している。
  • 駆逐艦とフリゲートのうち、65%が近代化しており、2020年までに85%に達すると見られる。
  • PLANには「YJ-8A対艦ミサイル」の派生型が多く存在する。
  • 052C旅洋II級駆逐艦:6隻建造。YJ-62ASCMやHHQ-9艦対空ミサイル
  • 052D旅洋III級駆逐艦:射程延長型HHQ-9。新型垂直発射式発射システムにASCMを搭載する。
  • 054A型江凱II級フリゲート:15+隻。HHQ-16搭載。PLANのワークホース。
  • ターゲッティングやキューイングのための超水平線ターゲッティング(OTH-T)能力の向上のための投資も行われている。


沿岸防衛戦力
  • 紅稗級ミサイル艇:60隻。ウェーブピアサー船型の双胴船(カタマラン)で高速。ステルス性も考慮されている。YJ-8A ASCM搭載。主に排他的経済水域(EEZ)で運用される。
  • ジャンダオ級コルベット(056型?):1,500トン。2012年に建造開始した新型艦。76.2mm単装砲、30mm単装機関砲、12.7mm重機関銃、YJ-8×4、短魚雷、ヘリコプター甲板を備える。南シナ海や東シナ海の領域警備用。沿岸警備や海賊対処任務には適任だが、外洋で大規模戦闘を行うには兵装が不十分。少なくとも10隻が就役中で、さらに30隻以上建造され、旧型の江滬I級フリゲイトを更新していく。


揚陸艦戦力
  • 071型玉昭級ドック型揚陸艦:2万トン。国産軍用艦としては最大。アデン湾における海賊対処任務に派遣された。4隻の玉義級エアクッション揚陸艇、ヘリコプター×4機を搭載可能。
    • ドック型揚陸艦(LPD)への投資は、PLANの遠征軍指向や超水平線揚陸能力の意図の現れである。同時に、人道支援/災害救助(HA/DR)活動や海賊対処任務といった多用途に対して柔軟に対応できるプラットフォームとしても位置付けられる。対照的に、2006年以降、戦車揚陸艦(LST/LSM)の建造はすべて中止された。
    • 海賊対処、HA/DR、調査航海、親善寄港など様々な任務に従事し、活動範囲が拡大するにつれ、補給艦(AOR)の充実も必要となっている。
    • 2013年に2隻の福池級補給艦が新たに就役した。AORの数はすべてあわせて7隻。
    • 他にも、潜水艦救難艦、病院船、離島などへの輸送艦、調査艦などが新たに就役している。


空母
  • 2012年9月に中国初の空母「遼寧」が就役。同年11月には艦載機J-15の発着が確認された。
  • 遼寧は米空母「ニミッツ」級と比べると、戦力投射能力はかなり劣る。
  • E-2Cのような早期警戒機(AEW)を保有していない点も問題。
  • 遼寧の主な役割は、人員の訓練や習熟度向上に置かれている
  • 艦載機「J-15フライング・シャーク」は、ロシアの「Su-33フランカーD」に酷似している。
    • J-15のアビオニクスの多くは国産で、兵装は「J-11Bフランカー」と同じPL-8やPL-12を搭載。現在、6機のプロトタイプがテストされており、少なくとも1機の複座型J-15訓練機が確認されている。
  • 中国は空母のサイズとスキージャンプ式であることによって生まれる固有の限界を認識している。公式な情報はないものの、次期空母にはカタパルトを搭載するのではないかと推測されている。


潜水艦戦力
  • 攻撃型原潜×5、戦略ミサイル原潜×4、通常動力型×53。
  • 2015年までに、全潜水艦の70%が近代化される予定。
  • 2020年までに、通常動力型の75%、攻撃型原潜の100%が近代化される予定
  • 現在、ほとんどが通常動力艦であり、曳航ソナーはないが、長射程ASCMを装備している。
  • 2020年までに、ほとんどの通常/原子力潜水艦に先進型長射程ASCMが搭載される
  • 原子力潜水艦戦力は小さく、対潜戦や対地攻撃には適さず、ISR任務に従事している。
  • 非大気依存推進攻撃潜水艦(SSP)「元級」が、中国の最新型通常動力潜水艦である。8隻運用中。さらに12隻以上建造予定と見られる。
    • 元級の戦闘力は宋級SSと似ているものの、非大気依存推進(AIP)システムを導入し、さらにキロ級SSから静粛性技術を取り入れているとされる。
  • 残りの通常動力艦は、宋級、明級、キロ級SS。このうち、明級と旧型キロ級4隻はASCM発射能力がない。
  • 12隻のうち8隻のキロ級(636M型)は、ASCM「SS-N-27シズラー」を搭載。
  • 原潜戦力は2002、2003年に商級がそれぞれ1隻ずつ就役。10年のブランクを経て、4隻の改良型商級の建造を再開。この6隻の商級が、旧型艦である漢級を更新する予定。
  • また、静粛性を増し、対地攻撃能力を持つ「095型SSN」を開発中と見られる。
  • 中国の第二撃能力を担うのが、「晋級戦略ミサイル原潜(SSBN)」。
    • 射程7,400kmの「JL-2潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)」を搭載し、ハワイ、アラスカ、米本土西部を攻撃範囲に収める。3隻配備中だが、十分な運用体制にはない
    • 晋級は5隻建造されると伝えられており、数が揃えば、平時の継続的なプレゼンスが維持できるようになるかもしれない。
  • 従来、中国の潜水艦による戦略パトロールは低調で、年に5、6回だった。2008年以降、増加傾向にあり、12回程度行われるようになっている。
  • これは、潜水艦運用における習熟度が向上していることを示唆している。


海軍航空隊海軍の活動範囲が広がるにつれて、海軍航空隊(PLANAF)の能力と役割も拡大している。

<ヘリコプター>
主要ヘリは3種類:Z-9、Z-8、ヘリックス(Ka-28)。
  • Z-9C(直昇9C)対潜ヘリコプター:国産KLC-1レーダーおよび曳航ソナー、磁気探知装置、そして1~2本のA244対潜魚雷を搭載。海賊対処任務時に12.7mm重機関銃ポッドを搭載しているのが確認されている。
    • 僚艦とデータリンクし、YJ-83対艦巡航ミサイルの中間誘導におけるターゲッティング・ノードを担う。
    • 現在、約20機運用中。Z-9DはTL-10対艦ミサイルを2発搭載と見られている。
  • Z-8:フランスの「SA-321シュペル・フルロン」を購入し、リバースエンジニアリングした機体。様々な用途に用いられており、主に捜索救難(SAR)、部隊輸送、兵站支援などに従事する。Z-8の早期警戒(AEW)型が空母「遼寧」とともに運用されているのが確認されている。
  • Ka-28ヘリックス:主にASW任務に用いられる。
  • Ka-31ヘリックス:2010年に早期警戒ヘリコプターとして購入調印。

<固定翼機>
  • 2002(注:2003?)年、24機のSu-30MK2を購入。これが中国で初めての第4世代機となる。
  • PLANAFが運用する ‘国産’ 第4世代機は、「J-10A」と「J-11B
  • 対艦攻撃は旧ソ連製「Tu-16」のライセンス生産機である「H-6」が担ってきた。
  • PLANAFは30機あまりのH-6を今なお運用中である(注:海軍型は、H-6D → H-6Gへと更新中)。
  • 複座型戦闘攻撃機「JH-7」も、3つの艦隊の少なくとも5つの連隊にわたって配備されている。
  • PLANAFには、洋上偵察機(MPA)、早期警戒機(AEW)、偵察機もある。
  • Y-8は、旧ソ連の「An-12輸送機」をデッド・コピーした機体で、洋上偵察型、洋上哨戒型、早期警戒型、輸送型等々、様々な派生型が生産されている。
  • 2012年頃から、インターネット上にMADを備えた海軍の対潜哨戒型と見られるY-8の写真が現れた。


まとめPLANは、ブルーウォーター・ネイビーとしての基礎を築くと同時に、“複雑な電磁環境(complex electromagnetic environment)”における地域作戦能力を強化している。次の十年には沿岸海軍から世界中で多様な任務を遂行し得る海軍へと変貌するだろう。

PLANの近代化ペースを考えると、台湾との軍事力格差は中国有利なまま広がるばかりである。また、東シナ海や南シナ海の海洋権益を守ることは、海軍の主要任務であり続けるだろう。

nonreal
防衛・軍事問題を読み解く際の入門書的ブログ。

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