■■■■細野晴臣による裏工作の実態を紹介■■■■
売国犯罪妖怪細野晴臣の印象操作、捏造工作を御覧下さい。
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http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1391844693/-100
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1391768015/-100
佐村河内守のゴーストライターだった新垣氏のようなケースはきわめてレア
な物であり、そのような特殊な例を一般化し、これがさも常識であるかのように
印象操作する売国犯罪妖怪
細野晴臣のアホアホぶりはとどまる所を知りません。要するに「おまえは黙って
著作権譲渡し俺のゴーストライターとして安金で奉仕しろよ」というキチガイ
売国奴細野晴臣のゲスな本音が炸裂しているのです。ちなみにこの記事の中に登場
する渋谷慶一朗とかいう無能ミュージシャン。コイツは東京芸大出の坂本龍一の
後輩にあたる人物なのですが、東京芸大出身という肩書きだけで作曲家としては
まったく無能なので坂本龍一からはまともに相手にされず、それでもくだらん見栄を
捨てられないので’’東京芸大卒’’というブランドを誇示して現代音楽、前衛芸術家の
ポーズを取り続けている恥ずかしい人です(笑)オワコンの坂本龍一の金魚の糞として
付きまとい媚び売ってるような手合い。
「根性の悪い奴ほど芸能界では長持ちする」と島田紳介さんが
発言していました。勿論、地道に活動する尊敬すべき芸能人や
ミュージシャンも確かにいますが紳介さんの言葉には真実がある。
売国犯罪妖怪細野晴臣のように腐れ外道・屑犯罪者を見ると
なおさら。坂上忍なんて子役の頃しか見た事ありませんし何度でも
涌いて来る腐れリバイバル・ゲーノー人の典型ですよコイツ。
ゴーストライター新垣氏は真実を告発したことで非常勤講師の職をも失った。
しかも詐欺罪として立件されれば佐村河内守と
一緒に賠償の責務を追う事になる。著作権どころの話では
済まない。儲けをすべて投じても賠償金の返済が追いつかないはず。
そこまで覚悟して事実を告発したのは罪悪感や音楽への忠誠心に他ならない。
にも関わらず「金の為」などとほざく坂上忍のようなアホウがいる。
ゲスの勘ぐりっつーんだよそういうのを。才能も特殊技能も
取り柄が何もない業界の死に損ない、淀みヘドロのような手合いが
DQNにもてはやされ、ドヤ顔で自慢の毒舌とやらを見せつける。
恥ずかしげもなくな。大体、本当の作曲者が著作権の保証や
正当な報酬を求めるのは当たりまえ。それを「金の為」と
ゲスの勘ぐりで切り捨てる坂上忍のような手合いは才能も特殊技能も
何もない業界のヘドロに過ぎない男芸者、男妾に過ぎないから新垣氏の
ような才能や技術を持つ存在を妬んで「ゴーストライターに徹しろ」だの
「金の為」などとほざくのですから。スポンサーやプロデューサーやディレクター
にアナルを捧ることでお仕事をゲットしてるような男妾がよー言うわ。
DQN女子供にウケる毒舌(笑)なんて芸でも何でもない。
劇団ひまわりだかなんだか知らんが日本のTHE芸能界に業界ゴロとして40
年以上くすぶっていて誇れるような技術も何もないっつーことだろ。細野晴臣と同じじゃん。
人間は霞を食っては生きられない。バッハやベートーヴェンやモーツアルトだって
生活があり稼ぎを得る事で創作に向えたのですから。本当の作曲者が相応の権利と
報酬を得る事のどこが悪いのかね。たとえ100%金儲けの為に作曲したのであろうと
無能のオワコンに批判される覚えはねーんだよ。細野晴臣のような収監予備軍の屑犯罪者には
人権すらないわけで無能の屑犯罪者が著作権などと身の程知らずな寝言ほざいてる
んじゃねえよと。
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■五木寛之(作家
ヒロシマは、過去の歴史ではない。二度と過ちを繰り返さないと誓った私たちは、いま現在、再びの悲劇をくり返している
佐村河内守さんの交響曲第一番《HIROSHIMA》は、戦後の最高の鎮魂曲であり、未来への予感をはらんだ交響曲である
これは日本の音楽界が世界に発信する魂の交響曲なのだ
■野本由紀夫 玉川大学教授(音楽学者) HIROSHIMAについて
「言ってみれば1音符たりとも無駄な音は無い」「これは相当に命を削って生み出された音楽」
「初めてこの曲を聴いたときに私は素直に感動した。そして非常に重い曲だと思った」
「1000年ぐらい前の音楽から現代に至るまでの音楽史上の様々な作品を知り尽くしていないと書けない作品」
「言葉で言い表す事自体が非常に薄っぺらになってしまう」「本当に苦悩を極めた人からしか生まれてこない音楽」
■許光俊(音楽評論家、慶応大学教授
もっとも悲劇的な、苦渋に満ちた交響曲を書いた人は誰か?耳が聞こえず孤独に悩んだベートーヴェンだろうか。ペシミストだったチャイコフスキーか
それとも、妻のことで悩んだマーラーか。死の不安に怯えていたショスタコーヴィチか。あるいは…
もちろん世界中に存在するすべての交響曲を聴いたわけではないが、知っている範囲でよいというなら、私の答は決まっている
佐村河内守の交響曲第1番である
■三枝成彰(作曲家・音楽プロデューサー
それまで佐村河内さんのことを全く存じ上げなかった私は、予備知識なしにこの作品を聴いたのだが、大きな衝撃を受けた
まずは曲の素晴らしさに驚き、その後、彼のプロフィールを知ってさらに驚いた
曲のスタイルが新しいか古いかと言われれば、「交響曲第一番」は確かに古いスタイルにのっとって書かれた作品かもしれない
しかし、そんなことは作品の良し悪しとは関係のないことだ
初演の時はテレビなどでも取り上げられたようだし、その前年、彼は曲のタイトルどおりの『交響曲第一番』という自伝を出版されている(講談社刊)
これを読むと、彼のここまでの努力の積み重ねがよく分かる。彼にはどこか、私がめざす音楽と共通するところを感じる
∧_∧ ミ ギャッハッハ
o/⌒( ´∀`)つ
と_)__つノ ☆ バンバン
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