日系人社会における「分裂」について

郷 崇倫
2013年12月4日(水)

今回は、誰もが言及したくない話題について、あえて言及したいと思います。その目的は、読者にたいして特定の考え方を押しつけるためではなく、現在進行形で発生している問題の「核心」について一緒に考えてみたいからです。

今年7月、南加のグレンデール市(Glendale)の公園に、韓国系、アルメニア系の働きかけのもと、「慰安婦の少女像」が設けられました。建立の式典には、公民権と戦時補償のための日系人組織(Nikkei for Civil Rights and Redress)から代表のキャシー・マサオカ(Kathy Masaoka)氏らが参加をし、日本政府にたいして慰安婦問題の解決を訴えたほか、下院議員のマイク・ホンダ(Mike Honda)氏がビデオ・レターを通して支持を表明しました。

この出来事にたいして、新一世らを中心とする戦後移民の人々やその家族、在米日本人らは、極めて強い不快感、不満、さらには遺憾の意を表明したほか、グレンデール市と姉妹都市提携を結んでいる東大阪市が姉妹都市の解消を検討しました。さらには、自民党の参議院議員である山谷えり子氏が、政府与党に問題の解決を要求したことが報じられました。

韓国系を中心とした、国際社会を対象にした慰安婦にかんする啓蒙活動は極めて積極的なもので、グレンデール市につづいて、オレンジ郡のブエナ・パーク市(Buena Park)やアーバイン市(Irvine)においても「慰安婦の少女像」を設けようとする計画がもちあがり、在米日本人のみならず、地元の日系人からも多くの反対の声が上がりました。その結果、グレンデール市とは異なり、ブエナ・パーク市における慰安婦像設置計画は、中止に追いこまれました。

在米日本人ジャーナリストの高濱賛(たかはま・たとう)氏によると、この慰安婦像設置に反対の立場をとったのが、海兵隊員として朝鮮戦争に従軍し、日系人朝鮮戦争退役軍人会(Japanese American Korean War Veterans)の会長をつとめる、日系二世のロバート・ミツル・ワダ(Robert Mitsuru Wada)氏でした。

高浜氏の記事では、問題の核心には積極的には触れていなかったものの、ワダ氏にとっては、日系人と日本人の違いが適切に認識されていないアメリカ社会において、日本の戦争犯罪を理由とした、日系人にたいするヘイトクライムやヘイトスピーチを避けたいという重要な意図があったと思われます。アメリカ社会においては、日系人が日本人の戦争犯罪のスケープゴートにされることが少なくありませんでした。

わたしは、日本の戦後処理は日本政府と日本人の不断の努力によって解決する問題であり、日系人がその影響を受けることはあってはならないと思います。そして、日本人が戦争をはじめたことによって辛酸をなめた日系人が、日本の戦争処理問題に関与せざるを得なくなることは、とても残念なことです。わたしは、ひとりの日本人という立場から、日系人の皆様にたいして非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。日本人が過去の戦争犯罪の問題を別の形で対応し、さらには、当事者であるアジア諸国の事情を適切に把握していたならば、このような事態は避けられたのかもしれません。

しかし、わたしがここで着目したいのは、「慰安婦の少女像」をめぐる、日系人社会の「反応」です。先に説明したように、この二つの市では、それぞれのコミュニティが正反対の反応を示しています。

わたしはこのような反応をきき、過去の日系社会が経験した「分裂」を今の日系社会の中にも垣間見たように感じました。戦時下の忠誠登録の問題、退役軍人と徴兵拒否者の複雑な関係、リドレス活動におけるハヤカワ氏(Samuel Ichiye Hayakawa)と市民協会(JACL)の対立、さらには、市民協会とNCJAR(National Council for Japanese-American Redress)の対立など、意見の相違によって日系人社会はしばしば、「分裂」しました。今回は日本の戦争犯罪という、外的要因が原因となった、日系社会の「分裂」といえるでしょう。

今回の問題は、多くの日系人にとって、触れたくないものを、無理やり触れさせられたという本音があると思います。その一方で、マサオカ氏やホンダ氏らのように、反日感情というリスクがあることを理解しながらも、日系人という立場から日本政府や日本人を批判する人々がいます。ホンダ氏に関しては、日本人などからは単なる有権者対策、あるいは、たちの悪い売名行為であるという批判もありますが、手柄欲しさの政治活動といった見方ではなく、アジア系アメリカ人の「連携」が背景にあると、わたしは考えます。

また、マサオカ氏らのとった行動については、安易な日本批判、日本非難ではなく、人道主義という点から、日本人が戦争犯罪の問題に真摯に向きあってほしいという「要望」の表れだと、私は考えます。

多くの日系人が、さまざまな理由でこの問題に向きあっていることは確かです。反日感情への予防に奔走する人々がいる一方で、あえてその問題に触れ、問題の解決のためのヒントを日本人に、日本政府にもたらそうとする人々もいます。慰安婦の問題をめぐる日系人社会の分裂が、今後、どのような影響を日系人社会にもたらすのか、非常に興味深いところです。

 

© 2013 Takamichi Go

 

郷 崇倫 (ごう・たかみち)

2002年にアメリカへ留学。コミュニティカレッジでジーン・ワカツキ・ヒューストン著 『さらばマンザナール(原題:Farewell to Manzanar)』 を読み、日系史に目覚める。その後、カリフォルニア州立大学フラトン校にてエスニックスタディーズを専攻。オーラル・ヒストリーを通して日系アメリカ人史を学んだ。そして、2005年には、日本人として初めて、マンザナー国立史跡の資料館にて実習生として働いた。2007年より、JAリビングレガシーのディレクターをつとめ、数々の日系人のオーラル・ヒストリー・インタビューを行っている。現在は、横浜市立大学に籍を置き、日本における日系史の啓蒙活動や、日本国内でのオーラル・ヒストリーの振興、さらには『日系史と日本史をつなぐ』 研究活動を行っている。

(2010年3月 更新)  

 

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