2012-07-10 資金需要の低迷とリフレ政策の間
近年、企業の資金調達コストが下がり続けています。
企業の調達コスト最低、貸出金利1%割れ カネ余りでも投資に慎重 (日経 H24.07.10朝刊)
企業の資金調達コストの低下が止まらない。5月の国内銀行の貸出金利の平均は0.989%となり、1993年の統計開始以来初めて1%を割り込んだ。信用力のある企業が発行する社債の金利も相次ぎ1%を下回った。低金利でも、先行き不透明感から企業は借金して投資することには慎重なためだ。空前の「カネ余り」なのに、実体経済にはお金が行き渡りにくい状態が続いている。
国内銀行の6月の貸出残高は約400兆円。預金残高はこれを約200兆円上回った。預金の伸びが貸出の伸びを上回った結果、この差額は10年間で2倍に拡大した。
乏しい融資先
預金を元手に融資するのが銀行の本業だが、法人向け融資は5月時点で総額262兆円と、ピークの95年当時の7割未満にとどまっている。企業の資金需要が乏しいため銀行の手元に預金が積み上がる「カネ余り」となり、貸出金利がさらに下がる構図だ。
日銀が金融緩和を強化して企業向け融資の基準となる期間2〜3年の市場金利を下げたことも貸出金利が下がった一因だ。日銀は4月末に資金を供給するため購入する国債の償還までの期間を最長2年から3年まで延ばした。これを受け2年物の国債利回りは0.1%近辺まで下がった。
9日にはみずほコーポレート銀行、新生銀行、あおぞら銀行、商工組合中央金庫が大企業向けの貸出金利の指標となる長期プライムレート(最優遇貸出金利)を10日から現行より0.05%下げて年1.25%にすると発表した。水準としては2003年6月と並んで過去最低となった。
足元の国内景気は堅調だが、「日本経済の長期的な成長力が下がるのでは」という不安から企業は借金して大型投資に踏み切る意欲はまだ鈍い。
企業の資金調達コストはかつてないほど下がっているにもかかわらず、銀行からの貸出しは増えないジレンマが続いています。
この状況はどう捉えるべきなのでしょうか。
昨日、ある人のツイートに、青木泰樹という方が最近書かれた論文*1 が面白い、とあったのでみてみました。
経済論理の濫用による政策論議の歪みについて
─ 財政政策と国債問題を中心として ─ 平成24年7月7日 青木 泰樹
(前略)
しかし、インフレ・ターゲット論には致命的な欠陥が二つある。ひとつは、マネタリ
ズムと共通の欠陥である「貨幣の注入経路」が欠如していることである。中央銀行が民
間経済へ貨幣を注入する経路を欠いているために「ヘリコプターマネーの仮定(すなわ
ちヘリコプターで現金をばらまくこと)」をとっている。しかし、カネをばらまいただ
けで景気が浮揚する論拠が明確ではない。後に見るように、カネをばらまいても金融的
流通内にカネが滞留する限り所得の増加は起きない。産業的流通内でカネが使われて初
めて景気は浮揚するのである。第二に、実質金利の低下が投資増に結びつく経路を考え
ているが、先の見えない状態である不況期に若干の金利低下が大幅な投資増に結びつく
とは考えにくい。不況期にリスクをとれるのは中長期的視点から経済運営を考えられる
政府だけなのである。
いずれにせよ、インフレ・ターゲット論は、供給側の経済学にマネタリズムの主張を
重ね合わせた構造をとっているがゆえに問題が残る。すっきりしない。金融政策に依存
するだけで、財政政策の発動に論究できないからである。したがって、そうした論者は
常に奥歯に物が挟まったような言い方しかしない。自らが既にケインズ経済学を捨て去
ってしまっているから、財政発動の必要性を言えば論理矛盾に陥ってしまうからである。
もちろん、主流派経済学者から放逐される危険性も増す。ただし、需要側の立場を取り
入れ、すなわち拡張的財政政策との合わせ技(ポリシー・ミックス)を使えば利点が発
揮される可能性がある。(以下略)
青木氏はケインズ論者のようで、どちらかといえばリフレ政策には批判的なので、そこは割り引いて読んで良いと思います。
ただ、インフレターゲット+量的緩和だけで、インフレ期待によりデフレを脱却、という考え方は、「致命的」は言い過ぎかもしれませんが、冒頭の日経記事とも通じるところがあり、私シェイブテイルも疑問におもっているところです。
青木氏はヘリマネ政策とは金融機関に潤沢にマネーを積み上げる政策という意味に使っているようです。
そう捉えて読んだ場合、「カネをばらまいても金融的流通内にカネが滞留する限り所得の増加は起きない。産業的流通内でカネが使われて初めて景気は浮揚するのである。」という青木氏の主張は説得力があるように思います。
量的緩和政策が効きにくいのは日銀が敢えて残存期間の短い国債に限って買うため、という説があります。 しかし、もし残存期間の長い長期国債を日銀が買った場合にも、日銀当座預金として積み上がるのは同じマネーなので、その元が残存期間の短い国債だろうが残存期間の長い国債だろうが、期間的に量的緩和策自身がある程度の長期間続くとすれば、日銀が購入する国債の残存期間と量的緩和の効果には差がないように思えるのですがいかがでしょう。
産業へのマネーの経路(出口)なしに「インフレ目標と量的緩和によって、によってデフレ下の企業や家計が投資や消費を拡大するだろう」、というのはデフレ下で資金を借りる企業や家計の立場にたっても、資金を貸す側の金融機関の立場に立ってももうひとつ説得性に欠けるシナリオのように思えます。
シント 2012/07/10 17:31 う〜ん、青木氏のインフレターゲットへの批判は、インフレターゲットへの誤解もありますね。
>平成24年3月5日 行政監視委員会 参考人質疑応答
http://www.youtube.com/watch?v=02BImHtJaAY
18分20秒から岩田規久男先生の、インフレターゲット論への誤解を解く話をされています。
インフレターゲットと国土強靭化でデフレ脱却と、安心して経済活動をできる基盤ができますね。
shavetail1 2012/07/10 17:39 青木氏は確かに誤解して「青木氏の思うリフレ」「青木氏の思うインフレターゲット」批判をしていることは事実と思います。
まぁ、それで「ケインズ論者のようで、どちらかといえばリフレ政策には批判的なので、そこは割り引いて読んで良い」と書いたわけです。
日本では系統の異なる経済学者同士がディベートをするといったことが当たり前になっておらず、勘違いしていればそのまま勘違いということは往々にしてあるように思います。
それにもかかわらず、”、彼等は自らの主張の論拠となる学説が何であるかを表明することなく、「経済学によれば」とか「経済学を知る者にとっては自明であるが」といった枕詞を自説の前に添えてしまう”ということがよくあり、経済学者自身が「ま、経済学者ってお山の大将だから」と自嘲気味にいうことになるんでしょうかね。
shavetail1 2012/07/10 19:24 ただ、リフレ政策を専ら研究している専門家でない限り、それを完全に理解していないのは当たり前とも言えるでしょう。
現在主流のリフレ政策、インフレ目標+量的緩和(日銀による何らかの資産購入)にはマネーの民間非金融部門への出口がないという指摘は当を得ていて、この点の補強をすれば、リフレ政策が単なる日銀批判という不当な評価を覆すことができるという思いで青木氏の説を考えてみました。
hat_24ckg 2012/07/11 00:21 日銀の国債買い入れ増量による、政府財政支出を通じた市場へのマネー供給という経路はどうなのでしょうか?
shavetail1 2012/07/11 08:02 hat_24ckgさま
「日銀が国債を買い入れ、政府が財政支出をする。」で日銀から政府を介して民間非金融部門にマネーを流すルートができる、ということで筋の通ったリフレ政策だと思います。 欲を言えば両者がアコードにより成り立っており別々の政策をたまたま同時にやっているのではないこと、また、デフレ脱却が見通せるまでは続けることといったアナウンス効果があれば更にインフレ期待に働きかけることができるのではと思います。
yaguraman 2012/07/12 14:59 http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_eco_bank-japankashidashizandaka
地域別の銀行の貸出の伸びの推移です。
震災後の動きをみるとなかなかおもしろいです。
「資金需要があれば銀行貸出も伸びる」という一面もあるようです
関西は出遅れていますね。企業が逃げ出してるのも影響している
のでしょうか。
私は大規模財政出動には必ずしも賛成ではないですが、やや積極
財政ぐらいのスタンスで超超金融緩和を続けたら言いのではない
のかな、と思っています。
shavetail1 2012/07/12 17:02 yaguraman さま
面白い資料を教えていただきありがとうございます。
復興需要があってもなおかつ関西では貸出しが減っているんですね。
私は財政出動というものに対してはニュートラルな考え方をしています。ただ、デフレ脱却のスターターとい意味ではかつてないほどの大規模財政出動を日銀または政府紙幣財源で実施するのはかなり有力手段と思っています。
リフレ派の少なからぬ人たちが財政出動に消極的なことについて
もうひとつ腑に落ちないでいます。
yasu 2012/07/12 23:30 shavetail1様
たまたま当サイトへまいりました。
ここで拙論文を取り上げて頂いた青木と申します。
話題にして頂き、有り難うございます。
さらに、シント様より有益なご指摘を頂戴し勉強になりました。
ただ、私のインフレターゲット批判の根幹はそれが外生的貨幣供給論に立脚したものであることに起因するものです(拙著「経済学とは何だろうか」参照)。
引用されている発表論文は時間制約もあり、かいつまんだ内容であるために誤解を生じたのかもしれません。
岩田先生のインフレターゲット論の趣旨は参考人招致の動画にて下記の如く理解いたしました。
岩田先生は、かつて「岩田・翁論争」にて外生的貨幣供給論を展開されておりましたから、そこから離れることはできないと推察されます。
?「データよりマネタリーベースが増加すると期待インフレ率が上がることが実証されている」。
?「実質金利の上昇は、企業の設備投資意欲を強め、投資増をもたらし、結果的に円安へ向かう」。
?「しかし、現況は企業がカネ余りのため、期待インフレ率の上昇は銀行の貸し出し増には直結しない」。
?銀行の貸し出し増は3年後くらい先であることがデータより明らかである。
岩田先生はデータを見ろという。
何処のデータなのでしょうか。
2002年から2006年にかけての量的緩和時のデータなのでしょうか。
岩田先生の立脚する外生的貨幣供給論で「3年のラグをもってベースマネーが民間金融機関の融資増によるマネーストックの増大をもたらす」ことは如何に説明されているのでありましょうか。
外生的貨幣供給論という純粋理論に、カネ余りといった現実的要因をどのように組み込んでいるのでしょうか。
さらに言えば、経済理論と現実経済の関係をどのように考えておられるのでしょうか。
何の説明もないので、私にはよくわかりません。
それゆえ、私の思う(?)「インフレターゲット論」しか考えが「及ばなかったのであります。
また、勉強したいと思います。
失礼いたしました。
追記:一応、私はケインジアンではなく、シュンペートリアン(現代版)です。
shavetail1 2012/07/12 23:56 yasuさま、というより青木先生
拙い議論をしております弊ブログにお越しいただきありがとうございます。
私もデフレ脱却による景気回復を願うものということで広義リフレ派?のひとりですが、狭義リフレ派の岩田先生の仰ること、例えばシントさまが指摘されたビデオの当該部分には違和感を覚えるものです。 私はマイルドインフレを前提に構築された経済学の中には、デフレでは機能しない部分があるようにおもっています。貨幣数量説もそのひとつで、デフレで資金を借りられない企業から見て、なぜ日銀当座預金残高が増えれば資金が借りやすくなるのか、説明は難しいところでしょう。 株高のルートを通じて、と言われても株高で儲かる人から資金繰りに悩む経営者までがどうつながるのか見えにくい。 ただ、藤井聡先生や三橋氏など金融政策と財政政策を同時発動してデフレを脱却するべき、という論者は最近どんどん増加しているようで、以前のようにデフレへの処方箋として金融政策こそが正しい、いや財政政策こそが正しい、といった不毛な議論は減りつつあるように思います。
shavetail1 2012/07/13 00:03 yasuさま
ちゃんと調べずにケインジアンと書いて申し訳ありません。
ところで、abz2010氏のブログにコメントを書いている方もyasu氏ですがあれも青木先生ですか?