時間割出てたけど、英語が1限の時点で危ない。
金曜はその後2限が無くて3、4限が製図なんけど…。
これはあれか、事実上2限も5限も製図で金曜終日どころかそのまま土日も3連で製図か。
………orz
製図セット買わな。
配信ミュウツーの4つめの技はまさかのエレキボール()でした。
良かったことは今回のことで初めてエレキボールの計算式を知ったこと笑
早速ひかえめCSで努力値振っときました。
エレボはそのうち守るに化けます笑
土橋真二郎の「扉の外」を久々に読んだから、予告通り真面目に感想でも書こうと思う。
土橋真二郎作品の特徴は作品ごとに固有の『ゲーム』を扱った小説であること。
そして何より、その『ゲーム』の内容がクラスメイトなど身近な人間同士が自身の生存のために他者を蹴落としていく心理戦であること。
デビュー作でもある「扉の外」(全3巻)は突然クラス毎にシェルターに幽閉されたとある高校2年生一学年丸ごとが訳もわからぬままクラス、そして自身の存在をかけた『ゲーム』に巻き込まれるっていうあらすじ。
読んでるとわかるけど、普段学校では仲良く接していた登場人物同士が自分が助かるには他人を陥れなきゃいけないっていう状況に追い込まれるとどこまでも冷酷になれる、っていう描写がすごくリアルで怖い。
学級委員とかクラスで中心的な人物が内心では周囲の人間を見下してたり、少しでも全体からはみ出た人が徹底的に攻撃されたり、なんだか現実にもそんなことがあったような気がしてゾッとします。
この作者の他の作品でも、そういった『極限状態に追い込まれた少年・少女の心理描写』っていうものが細密に描かれてます。
※どうせここで紹介されたからって誰も読まないだろうけど、一応こっからはネタバレありなので注意。
「扉の外」では閉じ込められた生徒たちが様々なゲームを通して『上』を目指していくことになります。
1巻の第1ステージでは、他のクラスが自分たちと同じ状況にあると知らされない状態でのチェスのような戦略ゲームがメイン。
敗北したクラスは最低限生存に必要なもの以外の食料の供給が断たれるんけど、そのことや他のクラスの存在に気付いた生徒間の交渉やら抗争やらを中心に描かれてます。
2巻では第1ステージの『上』の存在に気付いた生徒による『ジャンケン』。
3巻では生徒同士がバーチャル空間でより直接的な弾丸のやりとりをすることになり、ラストでは生徒がシェルターに閉じ込められた目的も明らかになります。
特に2巻の『ジャンケン』が秀逸。
ここで全部は書ききれないから簡単に説明する。
まずは数十人の生徒が4つのチームに分けられる。
チーム分けの仕方は読まないとわかりづらいから書かないけど、作中ではゲームスタート時の4つのチームそれぞれの人数は15人(女子生徒のみ)、13人、4人、1人(以上3チームは男子生徒のみ)であった。
この他にゲームへの参加権を持たない生徒1人がおり、ゲームの傍観者(女子生徒)となる。
「傍観者」は施設中央の「鳥籠」に幽閉されているが、他の生徒との接触は可能。
各チームはスタート時ゲームの参加料である通貨を12もっており、ゲームは全部で12回行われる。
通貨はゲーム毎に参加料として1ずつ消費される。
各チームが「グー」「チョキ」「パー」のどの手を出すかはチーム内での多数決で決定される。
チーム内で事前の協議は可能であるが、最終的にどの手を選択するかは個人の判断に委ねられる。
投票はそれぞれの絵柄が描かれたカードによって行われる。
ただしチーム内で誰か一人でも「パー」を選択するとそのチームの手は強制的に「パー」となる。
また、他のチームと情報を交換することも可能ではある。
ゲーム開始時には「グー」と「チョキ」の存在しか明かされておらず、「グー」で相手に勝った場合は相手の通貨を参加料のほかに1だけ自分に移動させることができる。
「グー」で引き分けた場合には両チームが通貨を1得ることができ、参加料と合わせて±0。
「チョキ」で引き分けた場合には通貨の移動はなく、参加料だけが消費される。
ここまでだとお互いが「グー」を出し続ければ何事もなく12回のゲームが終了してしまうことがわかると思う。
作中でもこの状態で数回のゲームが行われたが、ここで初めて「パー」の存在が明らかになる。
しかもここまで『ジャンケン』と書いてきたが、作中ではこのゲームが『ジャンケン』であることすら生徒たちには知らされていなかった。
すなわち、これが『ジャンケン』だと気付けない生徒は後から登場した「パー」が最強の手であるかのように錯覚してしまうことになる。
しかし当然このゲームが『ジャンケン』であることは直ちに生徒たちの理解するところとなる。
更には「パー」で相手に勝った場合、それまでのゲームの開催数分の人数が敗北チームからランダムに選出され、それに選ばれた生徒はその後シェルター内で能動的に食料を得ることが困難になるというペナルティーが存在すること、「パー」のカードはシェルター内に3枚しか存在しないことが明らかになり、これが混乱の元凶となる。
限られた「パー」のカードを誰が所持しているかで生徒は互いに疑心暗鬼に陥る。
食料供給のストップを恐れた生徒たちは「チョキ」を提示することとなるが、これでは参加料として通貨が消費されていく。
通貨が0となった後は通貨の代わりに「パー」に敗北した場合と同様のペナルティーが課せられることもわかったが、「パー」の所在がわからない生徒たちは「チョキ」を提示し続け、徒に通貨が消費されていってしまう。
当然「グー」に敗北して通貨の消費が早まることにもなるが、「パー」への敗北による即時的な被害を恐れる生徒たちはお互いを信用できずに「チョキ」の提示を繰り替えしてしまう。
ゲーム序盤で「パー」のカードを使用したチームの残り人数が0となってその「パー」のカードは使用不能となったが、残る2枚のうちの1枚を「傍観者」が所持していることが判明。
そのカードの処遇を巡って生徒たちはお互いを直接に攻撃するようになり………
1つのチームが女子生徒のみで構成されていること、そして「傍観者」が女子生徒であることもポイント。
「鳥籠」の中で衆目に晒される「傍観者」に取り入ろうとする男子生徒と女子生徒との対立が深まることにつながった。
とまぁ長々と設定説明したけど、誰もが知ってる『ジャンケン』を少し捻って敗北に対するペナルティーを用意するだけでここまで複雑な心理戦になるってのが単純にすごい。
更にラストでこのゲームの真の「勝利条件」が明らかになったときはもう鳥肌モノ。
その「勝利条件」を理解したうえでもう一度読み返すと、なんでもない台詞や行動がすべて結末へと収束していくのがわかってこれまた鳥肌で二度おいしい。
作中では「グー」が天使、「チョキ」が人間、「パー」が悪魔で表現されており、それぞれ「信頼・協調」、「疑心・裏切り」、「抑止力」の象徴となっていて、これまたこの作者が描く人間同士のやり取りやゲームの設定とマッチしてます。
「扉の外」でのペナルティーは「食糧配給の停止」だったけど、「殺戮ゲームの館」や「ラプンツェルの翼」、「生贄のジレンマ」といった他の作品ではペナルティーはそのままずばり「死」。
しかもこの三作品とも大量に死人が出ます。
「ラプンツェルの翼」は一応ハッピーエンドで終わるけど、他の二つはとっても後味悪い結末が待っているので、もし読んでみようと思ってる人がいたら一応注意。
なんだか重ためな話になっちゃったから、笑える動画でも見てって笑
あのマリオが「Wii版ゴールデンアイ」に参戦したらこうなった↓
マリオが人撃って「HAHAHA~!!」とか言ってます笑