Listening:<佐村河内守さん楽曲問題>曲、別人作 崩れた虚像
2014年02月07日
「フィクションでした」。名乗り出たゴーストライターは小さな声で、きっぱりと言った。佐村(さむら)河内(ごうち)守さん(50)の作品を実際に作曲してきた桐朋学園大学非常勤講師の新垣(にいがき)隆さん(43)が6日、「(譜面は)書けない」「耳が聞こえないと感じたことは一度もない」と佐村河内さんについて指摘した。「創作に打ち込む現代のベートーベン」という虚像が崩れ落ちた。
東京都内で記者会見に臨んだ新垣さんは冒頭、約200人の報道陣を前に「私は佐村河内さんの共犯者。本当に申し訳ない」と用意したコメントを読み上げ、硬い表情で5秒間頭を下げた。
佐村河内さんの聴力については、「(1996年に)初めて会った時から、普通にやりとりしていた」と説明。新垣さんが自作の曲の一部をテープに録音して渡すと、佐村河内さんがそれにコメントをしていたと明言した。周囲に「耳が聞こえない」と言い出した時は「戸惑った」と振り返った。
佐村河内さんの演奏や作曲の技術についても「(ピアノ演奏は)非常に初歩的な技術のみ」「(譜面は)書けません。彼は実質的にはプロデューサーだった」と指摘した。
ソチ五輪男子フィギュアスケートで高橋大輔選手が使用する「ヴァイオリンのためのソナチネ」は、佐村河内さんが義手のバイオリニストの少女にささげたとされる曲だが、これも代作だった。少女の伴奏者として長く交流のあった新垣さんは「彼女にはぜひあの曲を弾いてほしい。これからも音楽を通じてコミュニケーションを取りたい」と話した。
一方、佐村河内さんの代理人の折本和司弁護士は6日夜、「佐村河内さんは現在精神的に不安定で表に出られない。ファンに謝罪した上、これからどう活動できるか見極めたい。(本人は)葛藤はあったが、代作の公表に踏み出せなかった」と語った。佐村河内さんは高橋選手に対し「大切な時期に申し訳ない」と話しているという。【一條優太、松浦吉剛】
◇佐村河内氏を巡る過去の記事について
毎日新聞は2008年7月以来、佐村河内守氏の活動を紹介する記事約20本を東京本社朝刊や大阪本社夕刊、地方版などに掲載してきました。昨年8月11日朝刊「ストーリー」では、担当記者が2カ月以上をかけ、佐村河内氏と骨肉腫で亡くなった広島の少年との交流や、少年にささげる鎮魂歌を来日した米国の青少年合唱団が歌い上げる様子をつづりました。事実関係にはなお不明な点が残りますが、創作活動に関する佐村河内氏の説明に重大な虚偽があったことは間違いありません。
文化芸術分野では、盗用かどうかのチェックは広く行われています。しかし今回はオリジナル作品のため不自然さに気付かず、別人の作とまでは思いが至りませんでした。
長年、学芸部の取材は芸術性を見極めることにありました。佐村河内氏は、東日本大震災の被災地で「希望のシンフォニー」と呼ばれる「交響曲第1番 HIROSHIMA」や「全ろうの作曲家」であることなどが共感を呼び、社会現象になりました。本紙報道にブームに乗った一面があったことは否めず、遺憾と言わざるを得ません。原点を再確認しつつ、幅広い分野のニュースに取り組む文化報道を模索していきます。【東京本社学芸部長・岸俊光】
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◇佐村河内さんが発表した主な楽曲
※新垣さんは代作と説明している
・交響組曲ライジング・サン
(ゲーム音楽「鬼武者」)
・「交響曲第1番 HIROSHIMA」
=障害児施設で出会った少女に献呈
・「吹奏楽のための小品」
=千葉県柏市立柏高校の吹奏楽部に献呈
・NHK番組テーマ「五木寛之 21世紀・仏教への旅」
・合唱曲「レクイエム ヒロシマ」
=骨肉腫と闘う少年に献呈
・「ヴァイオリンのためのソナチネ」
=腕に障害を抱えつつ演奏家を目指す少女に献呈
・「ピアノのためのレクイエム」
=東日本大震災で母を亡くした少女に献呈