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昨日でストック終了です。
後で時間を見て推敲しますので、とりあえず投下します。
第十六話  警笛
 「本当に来ると思うか?」

 傭兵たちが護衛についてから一週間が経過しようとしていた。
 
 「あの家がこの10年の間に何度国王に開戦を直訴したと思ってるんです?あれほど痛い目に会ったのに3度ですよ?それが指をくわえて見守る?ありえません」
 「俺はあんたのほうがよほどありえないように思えるんだがな」

 呆れたようにジャムカは漏らす。
 確かに傭兵を前に平然と政治を語る10歳児は異様に見えるかもしれない。

 「我がコルネリアス領の警備体制は決して甘くありません。今まで何度も戦火にさらされてきましたからね。ですから連中が接近する手段はただひとつ、少人数で森林地帯にもぐりこむことです」

 イグニスやマゴットも加わった国境偵察中隊から市内の巡検まで、コルネリアス領は豊富な兵力を積極的に活用している。
 それは今までの戦いで一度も奇襲攻撃を受けていないことが雄弁に証明していた。
 つまり大兵力が見つからずにコルネリアス領を通過することは不可能である。
 だが幸いなことにコルネリアス領は領土の半分が森林と丘陵に覆われている。
 特に北部はフェルブル山塊へと続いているため、猟師以外ほとんど立ち入るものはなく少人数が侵入するのはもってこいの地形であろう。
 バルドも十中八九セルヴィーの私兵の侵入は北側からだと睨んでいる。

 「………にしてもまさかこんな芋から砂糖が取れるとはなあ………」

 採集時期を迎えたビートを手に取りミストルは感概深げに眺めた。
 ミストル自身ビートが存在することは知っていた。食用にはむかないと聞いてそれ以上の興味は持たなかったが、もし気づいてさえいれば自分も今頃大金持ちになっていたのではなかったか。

 「いずればれるとは思っています。ばれる前に出来る限り稼がせてもらうつもりですがね」

 ビート自体はそれほど育てるのが難しい作物ではないし、砂糖の精製方法も言っては何だが、一般家庭レベルにすぎない。
 たちまち真似する者が現れて砂糖の価格は急落するに違いなかった。
 むしろ誰にも真似が出来ない金メッキ技術のほうが長期的には利益に貢献するだろう。
 もっともそれを座して待つつもりはバルドにはなかったが。

 「しかし連中を相手にしながら子供たちを守るのは手間だぜ、大将」

 護衛のリーダーを任されているジルコの顔は深刻である。
 要人のように護衛されることに慣れている人物であれば、少なくとも対応に苦慮することはない。彼らは自分の命を守られているということを正しくわきまえている。
 だがそうした意識も経験もない素人を守るというのは精神的に大きな負担だった。

 「…………正直さすがに子供を捕まえるのは最後の手段だと思う。彼らにとって必要なのは人間そのものじゃなくて情報だからね。そうでないというのなら僕が相手になるさ」
 「そこが解せねえ。あんたがいったいどんだけ使えるってんだ?」
 「おいっ!ジャムカ!」

 腕を組んでハスに構えたジャムカがバルドの力量に不審を表明するのをジルコは慌てて止めた。どうもジャムカはいまだにバルドを10歳児と見て甘く見ているが、バルドはあらゆる意味でまともな10歳児ではない。

 ジャムカの言葉が終わるか終らないかのうちに急速にバルドが動いた。
 一瞬のうちに身体強化を終えたバルドが一陣の風となってジャムカに迫る。
 しかし歴戦のジャムカに見え見えの拳打が通用するはずもなかった。
 それでなくともジャムカの対人戦能力は5人のなかでも1、2を争う。彼の態度が大きいのにもそれなりに理由はあるのだ。
 それでもバルドの拳を受け止めるに自らも身体強化を使わなければならなかったことに、ジャムカは内心で冷や汗をかいていた。
 
 「そんな程度かい?」

 しかしそんな動揺はおくびにも出さずジャムカは嗤う。

 「…………それは自分の鎧をみてからいいなよ、ジャムカ」
 「なんだって……?」

 弓士のミランダは見ていた。
 バルドが拳の死角からジャムカに串を放っていたことを。
 ちょうど両者から離れてみていたことで、その決定的瞬間を目撃することが出来たのである。
 恐る恐る下を向いたジャムカの鎧の隙間に、鶏肉を刺していた一本の串が、鎧の下に着込んでいた硬皮に軽く突き刺さっていた。

 「そこの若様は串を投げるのに身体強化を使っていなかった。……わかるわよね?」
 「もう何も言わねえよ。この年齢で暗器を使うとか……金輪際餓鬼だとは考えねえ」

 当たり前である。
 どこの世界に対人戦で暗器を使う子供がいるものか。
 暗器という武器が使われるのは間違いなく互いの命をかけた死合のみであり、決して訓練や通常の勝負で見かけることはない。
 一度見せてしまっては効果のない、その場かぎりの武器であるからだ。
 その武器を容易く扱うこの少年が、どれほどの生死の境を乗り越えてきたのか、ジャムカは考えるのも億劫であった。


 

 ふと会話の途切れたバルドたちに耳に、姦しい少女たちの何か言い争うような声が風下から届いた。

 「うちは頼まれた試作品を食べてもらおうと持ってきただけや!邪魔するなや!」
 「わざわざ貴女が食べさせる必要なないでしょう?」
 「客の反応は自分の目で見んと、落ち着かんさかいな」
 「その割には他の客はロロナさんに任せきりですよね?」

 (意訳)
 「はようバルドに会いたいんや!邪魔するなや!」
 「バルド坊っちゃまに女狐はこれ以上近づけさせません!」

 セリーナを押しとどめようとするセイルーンと、それを無視して進もうとするセリーナ。
 遠目にも均整のとれた美少女が、じゃれるように互いの身体を入れ替えながら近づいていた。
 
 「どうしたセリーナ?」
 「ああ!バルドええところに!この間頼まれてたもん、出来たでえ」
 「くっ……阻止できませんでしたか」

 バルドの姿を認めたセリーナは花のように笑い、対するセイルーンは悔しそうに唇をゆがめた。

 「これや!めっちゃうまそうやろ!」

 そう言ってセリーナが取り出して見せたのはこんがりとした焼き目から甘そうな香りの立ち上る、金色のスポンジが食欲をそそる長方形の焼き菓子であった。
 雅晴の記憶では定番のスイーツである。
 比較的作り方も簡単で、かつ根強い人気を誇る菓子―――――カステラであった。
 養蜂の技術が確立していないため蜂蜜はまだまだ貴重だが、少量の蜂蜜に卵と強力粉に砂糖があれば作ることが出来る。
 紅茶やカカオを練り込むことで独自の風味を付け加えることもできる汎用性があり、ごてごてした生クリームの苦手な雅晴は、シンプルなカステラが大好きだった。
 久しぶりにそのカステラの姿を認めたバルドはうれしそうに微笑んだ。

 「うまく焼けたね。思ったより料理がうまいんだねセリーナ」
 「これくらい任せや!」

 (よっしゃ!これは年上の良さをアピール出来たでえ!)

 控えめにガッツポーズをとるセリーナを見たセイルーンはがっくりと肩を落とした。
 (ううっ………失敗です……私も料理を教えてもらいたいのですが…)
 コルネリアス家に雇われた侍女であるセイルーンは、職場の縄張りの関係上、なかなか料理長に料理を教えてもらうというわけにはいかないのである。
 飯マズは伯爵家の嫡男であるバルドにとって気にすべき問題ではないが、女としてのプライドがセイルーンに敗北感を与えるのだった。

 「それは新しい食べ物なのかい?」

 鼻息も荒くジルコがカステラを覗きこむ。
 バルドの試作する様々な食材の虜になっているジルコは何をおいてもまずそこに反応しないわけにはいかないのである。

 「今度売り出す予定のカステラっていいます。まずは皆さんにも一口ずつ試食していただきましょうか………」

 腰にさしたナイフでカステラを切り分けると受け取ったジルコたちは期待に胸を膨らませて口に入れ、そこで固まった。

 「う、うますぎりゅあああああああ!」

 もはや何語をしゃべっているのかもわからない叫びをあげているのはジルコである。
 ミランダも頬に手をやってうっとりと魂を外に飛ばしていた。
 男連中は女性陣ほどではないが、その上品な甘みとしっとりしたスポンジの触感に一様に驚きの表情を浮かべていた。

 「もうこの大将には驚くだけ馬鹿を見るな………」

 完全に兜を脱いだのか、ジャムカは初めてバルドを大将と呼んだ。
 遥か遠い過去の記憶を思い出して郷愁に浸っていたバルドだが、久しぶりのカステラの感触を楽しむとセリーナに向き直って頭を下げた。

 「おいしかったよ。ありがとう」
 「えへへ……こっちこそ作った甲斐があったでえ」
 「せっかく来てもらったのに悪いんだけど……」

 バルドは滅多に二人には見せない厳しい顔つきで言った。

 「ここ一週間ほどは農場に近づかないでもらえるかな?ちょっと危ないことになりそうなんだ……」
 「ええっ?それはどういうことですか?」

 バルドの侍女として常に傍にいることを任じたセイルーンが抗議の声をあげる。
 滅多な理由では絶対に容認できる話ではない。

 「…………野犬が大量に山から下りてくるかもしれない。僕は彼らと退治に向かう予定なんだ」
 「何も坊っちゃまが出られなくとも………」
 「そうだよ!街の衛兵に頼んでもいいじゃないか!」
 「野犬を逃がさないためには人を選ぶ必要があるのさ」

 まだ不満そうな二人だが、それでも戦闘の分野で自分たちが門外漢であることは自覚していた。

 「絶対に無茶しないでくださいね?」
 「早くうちの店に顔出してや?」
 「それは却下します」
 「なんでやねん!?」

 途端に再びいがみ合う二人にジルコは愉快気な視線を投げかけた。

 「愛されとるなあ、大将」




 ―――――――刹那、北側の森から甲高い笛の音が鳴り響いた。
高見梁川の心象世界


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