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第十四話  女傭兵ジルコその2
 戦がなければ傭兵はただのあぶれ者だ。
 本当に戦が近いのならば、それまで糊口をしのぐ程度の蓄えは十分にある。
 しかしバルドの誘いにはおそらく戦争の火種になりうる何かがあるはずだ、とジルコの勘が告げていた。
 是が非にも受けたい美味しい仕事なのだが、傭兵には傭兵の一分がある。
 子供の小遣い銭で使われてやるほどジルコはおひとよしではないつもりだった。

 「月に金貨3枚ではいかがでしょう?」
 「坊やはあたしの腕を知らないからねえ……5枚の値うちはあるつもりさ」
 「いいでしょう、では5枚で。その代わり信頼できる人間をあと数人紹介してください」
 「…………おいおい、本当にいいのかい?」

 ジルコはあまりに簡単に頷いたバルドに思わず聞きかえした。
 こう言ってはなんだがコルネリアスの財政状況は当時ここで戦った傭兵ならば誰でも知っている情報であったからだ。
 それに傭兵としてのジルコには確かに金貨5枚を払うだけの価値があるが、用心棒として短期雇用するのであれば金貨3枚ですら大目で、金貨2枚が妥当なはずであった。

 (――――――この坊や本当に大丈夫か?)

 天才的な軍事指揮官が、なぜか経済には全く無知で味方の足を引っ張ることが往々にして戦場ではある。バルドも武人としてはエリートでも領内の困窮をわからない坊っちゃんなのではないか、とジルコは疑ったのである。

 「問題ありません。その程度はポケットマネーで賄えますので。それと集める仲間は5人程度金貨3枚以内でお願いします。ジルコさんにはその隊長をお願いしますね」

 「あんた、あたしに何をさせようってんだい………」

 間違っても野盗などから身を守る全うな用心棒ではありえない。
 場合によっては傭兵働き以上に危険な任務を、この餓鬼は私に押し付けようとしている。
 だいたい5人も揃えれば月の払いは金貨20枚に達するのだ。
 どう間違っても貧乏伯爵家の長男ごときに払える金額ではありえなかった。

 「このところちょろちょろと覗きが増えてましてね。それも近々乱暴者が押し掛けてくるんじゃないかと思ってるんです」
 「金はその秘密から出るってわけかい?」
 「僕には秘密が多すぎるのでどれとか言えませんが、秘密を守ってくれると儲けやすくなるのは確かですね」

 (―――――ああ、こいつは姉御とは全く別のタイプだが、間違いなく化け物だ)
 
 異形な人間は確実に存在する。
 たとえ優しそうに、人の良さそうに、話しやすそうに見えても中身はまっとうな人間とは異なる人間である。
 おそらくバルドは仲間として信頼できるかもしれない、上司として信用できるかもしれないが根本的な部分で凡人の自分とは違う。
 戦場で幾人かの異形を見てきたジルコにはそれが理解できた。

 「おもしろい!」

 同時にかつて感じたことのない熱い昂りがジルコの全身を貫いた。
 傭兵は現実主義の徒であり、戦場に理想や幻想の入り込む余地はないが、戦うために金以外の理由が欲しい人種でもあった。
 いずれのたれ死にのくだらない人生であっても、戦いに命を賭けるために何らかの理由が欲しい。
 仲間のため、尊敬する指揮官のため、生まれ故郷のため、理由は数あれど傭兵たちはその理由によって戦場を選びそこに命を賭けるのである。
 面白いと思えることは戦場を選ぶに足る十分な理由であった。

 「大将はなかなか面白い目を見せてくれそうだ。せいぜい楽しませてもらうよ」

 言葉使いは変わらないが、坊やが大将になっているあたりジルコなりに気を使っているつもりらしい。
 まさか自分がマゴットの息子に雇われる日がこようとは―――――。
 人生はわからない、だからこそこれほどに面白いのだ!




 「ああっ!バルド様!」
 「お待ちしておりました!」

 バルドの姿をいち早く発見したマルゴとテュロスが、駆け足で視察に訪れたバルドのもとへ駆け寄ってきた。
 相変わらずその様子は主人にまとわりつく犬を想像させる。
 
 「その大きい女の人だあれ?」
 「これからこの畑を守ってくれる強-い兵隊さんさ」
 「女の人なのに強いなんてまるで奥方様みたいね!」

 マルゴは素直な尊敬の視線をジルコに向ける。
 こうした視線になれないのかジルコは恥ずかしそうに鼻をこすってバルドの袖を引いた。

 「おい、大将!あんた本気でこんな田舎畑の警備をあたしにさせる気か?」
 「まあ、おいおいわかるよ」

 バルドは楽しそうに、ジルコをまるで小動物をいじめて楽しむような目で見つめた。
 戦狂いでありながらあまり世間に擦れきっていないジルコが、どうやらバルドの琴線の触れてはいけないどこかに触れてしまったらしかった。

 「迷彩は進んでいるか?」
 「はい、すでに外縁部はクローバーを植え、さらに内部にもカブとジャガイモを混ぜて簡単には判断しづらいように作付しております」
 「よそ者からの干渉は?」
 「今のところ特には。旅の人間が一部金細工師や砂糖の農場を聞いて回っているようですが、ここは子供の遊び場ですからね」
 「手に余る場合はいつでも連絡しろ」


 さすがにすべての耕地に作付できるほどビートは集まらなかったために、迷彩がわりと地味回復のための牧草や救荒作物であるジャガイモを植えているのである。
 もちろんその副産物として家畜導入も始まっており、山羊と牛が農場では子供の圧倒的人気を集めていた。
 
 テュロスはバルドの想像以上に頼りになる子供たちのまとめ役だ。
 今やバルドの考えを先読みすることすらあり、将来の側近に登用するのはもはや確定という逸材である。
 この農場は建前は子供の遊び場、将来的な農作業の実践場ということになっている。
 もちろん大半の家庭はそれが建前であることを知っているが、子供とはいえ実入りが馬鹿にならないので、傍観を決め込んでいるのがほとんどだった。
 さらに残念ながらコルネリアス領は城下町でさえそれほど人口が多いとは言えず、まして周辺の農村部では旅人すら碌に接触したことのない人間がほとんどである。
 常備軍を多めに編成しているコルネリアス領では平時では街の巡回が兵士の業務だ。
 兵士も地元出身がほとんどなので街の住人はほとんど顔見知りである。そのためすこぶるコルネリアス領の治安はよく、問題を起こす人間はほとんど外部の人間であった。
 当然兵士の警戒は外部の人間に向かうことになる。
 そんな状況でスパイを行うことがどれだけ難しいか、想像に余りある。
 しかもバルドやセリーナが情報の流出を限定したり、偽情報を混ぜ込んだりしているため、王都の大商会を始めとして諸外国からまで注目されはじめたコルネリアス領の謎は現在もなお謎に包まれたままなのである。
 なんといっても最終的な砂糖の精製に関してはテュロスやマルゴのほか家族ごと伯爵家と付き合いのある選抜されたメンバーだけが秘密のうちに行っているので、働いている大部分の子供はある意味本気で遊び気分で働いていた。

 「バルド様!お芋さんこんなに大きくなったよ!」
 「いつになったら食べられるの?」
 「食べごろになったらお給金をいっしょに渡すから楽しみに待っておいで」
 「やった――――――!」

 くるくると踊るうれしそうな子供たちに目を細めつつ、バルドはジルコを農場の隅に申し訳程度に建てられた小屋へと案内した。
 殺風景で机と椅子以外に何も置かれていないそこで、鼻を鳴らしてどっかりとジルコは座り込む。その瞳は場合によってはただじゃおかないという、怒りと不満に彩られていた。

 「機嫌悪そうですね?」 
 「期待していたら仕事場が餓鬼の遊び場だったんだ!まさか見たままだとは言わねえだろうな!」
 「もちろん見たままとは言いませんよ。何せこの農場では砂糖を生産していますからね」
 「なん…………だと…………」

 無造作に紡がれたバルドの言葉にジルコはそれをどう解釈してよいか混乱した。
 常識的にいって砂糖は南方のサトウキビから生産される甘味料で、マウリシア王国では生産することのできない産物である。
 見たところ農場でサトウキビを栽培していた形跡はない。だとするならば、農場で栽培していたいくつかの産物のどれかが砂糖の原料になるということか。

 「そう、今王国どころか大陸中がやっきになって新たな砂糖の製法を探り出そうとしています。もっとも利に聡い商人がほとんどですが」

 この半年間、バルドとセリーナは情報の秘匿と偏向のためにとても大きな努力を払ってきた。
 砂糖以外にもマヨネーズやオセロといった遊戯品も出荷し目くらましに使ってもきた。
 しかしすべての焦点がこのコルネリアス領にあるということまではどうにも隠しようがない。
 なんの観光資源もないコルネリアス領を訪れる旅人が、例年の倍に達しているという事実がすべてを物語っていると言えよう。
 そうした努力にもかかわらずバルドが握る秘密は、コルネリアス領という地理的特色にも助けられて今なお守り続けられている。
 商人ならば交渉や仲介で利を得ることも出来ようが、そんな手段も時間も持ち合わせていない勢力が存在した。

 「情報を探ろうとしてもなかなか核心に辿りつけない。果してそんなとき、コルネリアス家が発展することを望まぬものはどんな手段をとるでしょうか?」

 種が割れれば対策をとることも出来よう。
 しかし内実が不明のままという状態は、むしろ知っている状態よりも恐ろしい。
 まして砂糖や産物に関わりなくコルネリアス家と敵対している勢力は特にそうだ。

 「ハウレリア王国が手を出してくるってのかい?」
 「セルヴィー侯爵家がそろそろしびれを切らす可能性は高いと思いますね」

 やれやれ、見込み違いどころかとんだ貧乏くじを引かされたようだ。

 「つまりはあたしにハウレリア王国の不正規戦部隊を相手にしろってんだね?」
 「おそらく人数は1ダースは超えないと思いますが………黙って指を咥えていられるほどセルヴィー侯爵はおひとよしではありませんよ?戦場に膠着があれば引くことよりも打破することを選ぶお人です。ジルコさんならよくおわかりでしょう?」
 「まあ、うちらの間では山豚セルヴィーって呼んだもんさ」
 
 あの戦役で、持久戦を嫌ったセルヴィー侯爵軍は積極的な攻勢に出ることで有名だった。
 防御効果の高いコルネリアス領で、持久戦は損害を増やすだけというのがその理由である。連日の猛攻にコルネリアス軍も大きな消耗を強いられあわやという場面もみられたが、結局均衡を崩したのはセルヴィー侯爵軍の増援ではなく、銀光マゴットの突撃であったのである。
 攻勢限界点を最悪の形で撃退される形となったセルヴィー侯爵軍が数えるのも嫌になるほどの犠牲を払って敗走した。
 この敗退がきっかけとなって両国間が和平に動くことになったのはよく知られた話である。

 「調べてわからぬものは奪うしかない。おそらく、野盗にみせかけて略奪と誘拐を行うでしょうね。この僕のお膝元で」

 バルドの言葉から発せられた確かな殺気を確認して、ジルコは自分の勘が間違っていなかったことを知った。

 「こりゃ昔なじみに急いで声をかける必要がありそうだね………ところで、大将は戦力に勘定して構わないのかい?」
 「あたりまえでしょう?僕の上前を撥ねようとするやつは、たとえ王様でも容赦しません」


高見梁川の心象世界


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