第十二話 阻む者たち
バルドの期待を裏切らず、金メッキの細工は飛ぶように売れた。
本物の金細工となれば王国の大貴族や、そうでなければ中小貴族が結婚式などに一生に数度買うことしかできないほどに高価なものだ。
しかしそれが十分の一以下の金額となれば見栄のためにも妻や娘に着飾らせてやりたいというのは人情である。
たちまち貴族たちの間で流通し始めた金細工だが、その深みのありながら派手すぎない繊細な意匠が評判となり、大貴族の間でも欲しがるものが出始めた。
「数を出せば稀少価値が下がる。親方のペースでゆっくり作ってもらって構わないよ?」
「助かりやす。仕事の出来にゃ手を抜けない性質なもので」
ゴートの表情はようやく満足のいく作品を造り出せる悦びに溢れていた。
突如市中に流通するも、その流通量は需要に対してあまりにも少ない「ゴートコレクション」、その卸元であるサバラン商会には謎の細工師ゴートに対して発注を求めようとする商人からの照会が相次いでいたが、サバラン商会会頭セリーナはその要求を頑として拒否した。
「おとといおいで」
素直に紹介などすれば連中が多額の礼金を積んでゴートを引き抜こうという魂胆は見え見えである。それどころか誘拐すらありうるかもしれない。
だが商品価値のもっとも重要な部分を占めるメッキのシステムはバルドの秘匿技術であり、ゴートはこの情報を外部に漏らさないことを鍛冶神マノスに誓っていた。
それでもゴートの正体を求める声は絶えなかったが、彼らが様々な伝手を辿ろうとも金細工師ゴートなる人物は王国のどこにも存在しなかった。
他愛のない民芸品を扱う、無名の職人ならいたのだが。
「バルドが教えてくれた新商品も売れ行きは好調やし………笑いが止まらんでえ……」
たった半年ほどの間にサバラン商会が手にした金額は巨額としか言いようのないものだ。
その取引額は王都の大商会には及ばぬものの地方商会のレベルを完全に超えていた。
しかもそれはまだまだ成長し始めたばかりなのである。
この先どこまで商会が成長するか想像しただけでも空恐ろしい思いがする。
唯一誤算があるとすれば―――――――。
「失礼いたします。会頭様」
ちょこんと頭を下げる茶金の髪の美少女。
その隣にいつもいるはずの少年の姿はない。
「バルドはどないしたん?」
「坊っちゃまは現場の監督でお忙しくていらっしゃいますから」
(うそつけっ!自分が止めてんのやろが!)
と叫びたいのをぐっとこらえてセリーナはにこやかに微笑んだ。
初めて出会ったときから理性ではなく本能が理解していた。
この女は敵である、と―――――。
時は半年ほど前に遡る。
セイルーンを味方に引きずり込んだバルドは今後の連絡役としてセイルーンを連れてサバラン商会を訪れた。
なぜかそのとき、セイルーンが非常にいい笑顔をしていたことを付け加えておく。
「セリーナ、紹介するよ。僕の姉代わりでこれからいろいろと手伝ってもらうことになる侍女のセイルーン。仲良くしてやってね」
「お初にお目にかかります。坊っちゃまともどもよろしくお付き合いくださいませ」
挨拶の間に見え隠れするこちらを値踏みするようなセイルーンの視線にセリーナは彼女が自分の敵であることを確信した。
「ずいぶんと可愛らしい姉代わりやな。こちらこそよろしゅう」
「こちらこそ、さすがは商会の会頭らしい貫禄ぶり、バルド様がお頼りになられるのも納得ですわ」
(意訳)
「まだまだ子供やないか。うちの邪魔するんやないで?」
「冗談顔だけにして。年増の出る幕じゃないのよ?」
二人ともニコニコと愛想よく笑っているのに、バルドは背中に氷柱を入れられたような寒気を抑えることが出来なかったという。
セイルーンとセリーナはお互いの戦力を冷静に分析していた。
なんといっても女性としての成熟度ではセリーナに軍配があがる。くびれたウェストや豊かに実った胸の果実でセイルーンが追いつくのは容易なことではない。
それでなくともセイルーンは同年の友人と比べて肉づきの悪いところがある。そうしたスレンダーな部分に魅力を感じる殿方もいると聞くが肝心のバルドがそれに当てはまるかは未知数であった。
容姿もセリーナが万人が認めるであろう典型的な美女であるのに対して、セイルーンはどこかしら平凡さが残った可愛い系の美少女である。年齢を経て化ける可能性のないではないが、自分にそれほど飛び抜けたものがないことはセイルーンは十分によく承知していた。
対するセリーナも心穏やかではいられない。
何といってもセイルーンの子供のころから一緒に過ごしてきたという親密さは脅威だ。
敵でなければなんとしても協力者に引きこみたいほどである。
それに何といっても年齢が近いというのは大きなハンデであった。
セリーナとバルドの年齢差は実に9歳、バルドが20歳になったとき自分は29歳になっているという事実である。
2歳しか年齢差のないセイルーンはバルドが20歳のとき、女の盛りである22歳、この差を馬鹿にすることはセリーナには出来なかった。
互いの優位と弱点を分析した結果、セリーナは勝負を急ぐことを決め、セイルーンは出来る限り決着を長引かせることを選択した。
こうして連絡役としてセイルーンがセリーナのもとを訪れるのはそうした女の戦いの一環なのであった。
「それで坊っちゃまからなのですが今度は石灰と火山灰を調達して欲しいと」
「はあ?石灰はまだわからんでもないとして、火山灰ってなんや?」
「なんでもローマン・コンクリートに挑戦するのだとか」
相変わらず意味不明の言葉を前準備もなくぶつけてくる男だ、とセリーナは天を仰ぐ。
同時にいったい今度は何をやらかしてくれるのか、という期待感がこみあげてくるのも事実だ。
「来週の末までに馬車一台分用意したるわ。バルドにそう伝えたってや」
「ありがとうございます。必ず申し伝えます」
「これは貸し一つやで」
「残念ですがそれは聞かなかったことに」
くっ……このままやガードが固くてかなわんわ!
「なら直接取り立てに行くことも考えんとな」
「わが身の全力をあげて阻止いたします」
二人の女の戦いはこうしてその熱さを増していくのだが、同時に一人の男を助ける同士であるという立場を外さないのはさすがというほかあるまい。
「気に入らん」
吐き捨てるようにそう呟いたのはハウレリア王国でコルネリアス領と相対する東部の雄セルヴィー侯爵である。
過日の戦役において最も大きな損害を出したのがこのセルヴィー侯爵家だった。
イグニスとマゴットという化け物としか言いようのない二人を相手にして実に4倍以上という戦力を用意しながら敗退して、多大な損害を被ったばかりか王国内での面目も失った。
当然復讐の準備には余念がなく、コルネリアス領での動向には常に敏感にならざるをえなかったのである。
「戦だけが取り柄だった馬鹿が今さら治世に目覚めたとでもいうのか?」
「いえ、コルネリアス領の発展に伯爵が介在した様子はありません。すべてはサバラン商会という一介の小さな商会が突然力をつけ始めたのが発端です」
「その商会、我が領に引き入れることは出来ぬか?」
「…………かの商会の調達網が把握できません。おそらくは難しいかと………」
サバラン商会の現在の主力商品は砂糖である。これがサトウキビから精製されたものではないという評判で、実際に風味が異なるのだが、その製法は依然として謎のままであった。
どうやら領内で栽培されている芋がその原料らしいのだが、何の芋なのか、それをどう精製するのかすべては謎に包まれていたのである。
さらに近年ハウレリア王国でも評判となったゴート製の金細工、大貴族しか持てないと思われた豪華な金細工がわずか金貨10枚程度で手に入るとあって欲しがるものが後を絶たないという。
残念なことにひと月に十数点しか販売しないため、手に入れたもののなかには五倍以上の値段で転売するものすらいるほどだ。
近頃はマヨネーズなる調味料まで開発したと聞く。
このままコルネリアス領が発展すれば、ただえさえ厄介な相手に経済的裏付けまで与えてしまう。いや、場合によっては逆にこちらが侵攻されるということも……。
「このままコルネリアス領が発展しては我が悲願の達成は難しい………全く忌々しい軍人崩れが!」
もともとコルネリアス家は戦場での功績で成り上がった軍人の家系である。
代々優秀な軍人を輩出したことで男爵から出世を続け、ついに国境の要、コルネリアス伯爵領を任せられるにいたった。
このコルネリアス伯爵領だが、王都への最短距離であるのみならず背後に穀倉地帯を抱え、さらにコルネリアス領を突破すれば王都まで目立った防御施設が存在しないために幾度にもわたって攻撃の対象となっていた。
これが北部や南部であればモルガン山脈やトレド川が天然の大きな障壁となっている。
また公爵家や侯爵家などの比較的動員兵力の大きい貴族が壁となっており、自然とハウレリア王国の攻撃の目はコルネリアス家に向いてしまうのだった。
経済的に困窮しているコルネリアス家は動員兵力も少ないため、王都からの援軍が到着するまえに陥とすことが出来るかが、もっとも重要なポイントであったのだがその前提条件が覆るとすればそれはハウレリア王国の戦略方針すら揺るがしかねなかった。
「手段は選ばん。なんとしてもからくりを掴め。場合によっては強硬手段も構わぬ」
「御意」
長年侯爵の腹心を務めるドルンはうやうやしく頭を下げてその命を受けた。
彼にとってもこのところのコルネリアス領の発展は予想の領域を超えている。
間違いなく情報にない何らかの異分子の存在があるはずだった。
その存在をつきとめずして有効な対策を講じることは不可能だろう。
「………やはり裏を覗くほかはないか」
非合法な強行偵察。
そのために政治的リスクを背負うことになろうとも、ここで座してコルネリアス領の発展を見過ごすという選択肢はセルヴィー侯爵家にはないのだ。
高見梁川の心象世界
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