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第八話   老将軍との手合わせその2
 「せりゃああああああああ!」

 バルドは怒号した。
 これから攻撃すると言わんばかりの絶叫だが、命のやりとりで相手に気をのまれないためには有益な手段である。何より岡左内の記憶がその効果を何よりも雄弁に物語っていた。
 受けとめるラミリーズもバルドの裂ぱくの気合いには驚愕を通り越して畏れすら抱いていた。間違いなく戦場を知るものの叫びである。
 自らの死は論ずるに足らず、ただ敵を屠る決意によって敵に気を飲むことを知る死人と化した戦士のみが発することのできる咆哮だった。
 技術がどうあれ、この叫びを発することのできる兵士が手強くあなどれないことをラミリーズは経験的に承知していた。
 ただでさえ小さいバルドの身体が地を這うように低く沈みこみ、さらに沈む力を利用した最速の斬撃が放たれる。
 しかしいくら優れた斬撃でもそれは歴戦の将ラミリーズに見せるにはあまりに素直すぎた。
 
 (なかなかよい一撃だが……いや、これほどの一撃を9歳で習得しただけでも十分に恐ろしいことか?)

 配下のなかにこれほどの攻撃が出来る騎士がどれほどいることか。
 だがやはり内心ではマゴットをして自分を超える才能の持ち主と言わせるバルドの実力を過大評価していたのだろうとラミリーズは感じた。
 そして低空を侵入するバルドの剣を肘をたたんで造作もなく打ち返す。

 「何っ?」

 利き足であり右足がにわかに大地に吸い込まれるのを感じてラミリーズともあろうものが不覚にも慌てた。

 (しまった!土魔法か!)

 身体強化と見せかけてバルドは斬撃と同時に土魔法を発動させていたのだ。
 これが火炎や水弾のような魔法であればラミリーズのような魔法剣士であれば解除は容易い。だからバルドは解除のできない大地に、剣を媒介とした崩落を即時発動させたのだろう。 
 ラミリーズの右足元だけを柔らかな砂に変換するだけなら無詠唱での発動が可能だ。
 咄嗟に左足でバランスをとろうとするが、すでに左足には剣を打ち払われたバルドがその力を利用して半回転しつつ小さな腕を伸ばしていた。
 そして巻きこむように左足のひざ裏を絡め体重を乗せる。
 組打術膝搦め――――戦国時代白兵戦において相手を組み伏せ、その首をとるために発達した徹底した実戦主義の無刀闘術である。
 現代戦と違い乱戦になりやすく、また手柄とするには相手の首をとらなければならなかった戦国時代を生き抜いてきた岡左内は当然のことその術の練達であった。
 ラミリーズが本気で身体強化をすればこらえきれないことはなかったかもしれないが、ラミリーズはこの期に及んで身体強化をするのは恥であると感じた。
 ぐらりとラミリーズの腰が揺れ、ズシンという大きな音とともに老将は仰向けに大地に倒れ伏したのだった。
 


 「参った!参った!まさかこれほどとはな!」
 「いや、将軍に身体強化さえ使わせることが出来ませんでした。まだまだ未熟です」

 かろうじて奇襲は成功したが二度と通じることはないだろう。
 あの最後の斬撃の瞬間、将軍がこちらを侮ってくれなければまずバルドの攻撃は通じなかったはずだ。
 もっともその事実を完全に把握していることはラミリーズのバルドに対する評価を高めこそすれ低くすることなどありえなかった。

 「崩落をあのように使うとは、こちらのほうこそ修行が足りん」


 魔法を戦闘に取り入れておきながら先入観に囚われていたことをラミリーズは恥じる。
 魔法は確かに便利ではあるが、魔法士が火球や氷槍で戦場の華であった時代は遠い過去の話であった。
 その原因はまず魔法というものが世界の理をゆがめるものであり、操者から離れると同時に著しく減衰するためである。
 操者の手を離れた魔力は距離に比例して減衰するため戦場で攻撃手段となりうる魔法士は相当に強い魔力を保有していなくてはならない。当然そんな魔法士の数はひどく限られてしまうことになる。
 もうひとつ、魔法の効力を解除する解除魔法キャンセラーが普及したためだ。
 本来世界の理を歪めている魔法を解除する術式であるためコストパフォーマンスがよく、1の魔力で3~5の魔法を解除すると言われている。
 また初歩の術式であるため魔力をあまり保有していない一般兵士も容易に使うことができこれにより急速に攻撃魔法はすたれてしまったのである。
 これに代わって台頭したのが身体強化を筆頭とする体内強化魔法である。
 人間はある程度魔力を生まれ持っており体内を循環する魔力は外からの魔力的干渉から身体を保護する機能を持っているため、体内には解除魔法が浸透しにくいという特徴があったことでこの魔法は爆発的に普及した。
 王国騎士団においても身体強化の魔法の習得は必須であり、限られた魔法をいかに早く、そしてどの部分を強化するかということに努力の大半が費やされることになる。
 銀光マゴットの名で戦場の華になったマゴットは反射神経とその筋肉への伝達を効率的に強化することにかけては天才だった。
 しかしこうした神経系統まで強化するためには本人の稀少なセンスが絶対に必要だった。
 下手に伝達系を強化して処理しきれずに身体不随になった例も決して少なくはないのである。
 そのため一般兵士は膂力やスタミナの強化に終わることがほとんどであった。
 今や放出型の魔法は宮廷魔法士のような突出した才能を持つものと、単純な便利さから生活魔法として細々と使われるのみであるというのが現状だった。

 だがバルドの使用した魔法はこうした放出型の魔法の復権を促すものだ。
 攻撃力が弱いというだけで省みられなかった魔法だが、むしろその可能性は無限大であると言っていいかもしれない。
 もっともそれをものにするためにはバルドのように優れたセンスが必要となるだろうが。
 ―――残念だが軍で一般化するためにはまずは研究から始めなくてはなるまい。
 
 「命拾いしたね、バルド」
 「ありがたく存じます!母上!」

 た、助かった…………。
 バルドは両手をついて座り込みたい脱力をかろうじて耐えた。
 どうやら明日以降もお日様を拝める生活は確保されたようだった。

 半眼でバルドを脅迫しているようにしか見えないマゴットだが、実はバルドの成長に目を細めているのである。不幸にもマゴットをよく知るラミリーズでさえまさかマゴットがそんなことを考えているとは思わなかったのはマゴットの日ごろの行いのせいなのだろうか。
 
 「だがまだ甘いよ。膝の裏をとったのは褒めてやってもいいがせっかくそこまで行ったなら金的を狙わなきゃね」

 …………日ごろの行いのせいだろう、間違いなく。

 それにしても、とラミリーズは思う。
 最初はマゴットの息子だから仕様がないと納得していた部分があったがそれでは説明がつかない部分が多すぎる。
 圧倒的に優勢なラミリーズに向かってきたあのバルドの裂ぱくの気合いは戦場を知るもののそれだ。夜会でバルドが殺人経験があることを察しただけでも十分に驚愕すべき話であったが、バルドが戦場経験があるなど考えられることではない。
 いや、マゴットが国境の小競り合いに身分を隠して息子ともども参加したという可能性も全く否定できないわけではないが………さすがにそこまで彼女が非常識ではないことを信じたい。
 そしてあの魔法に関する技量……明らかにマゴットが習得している加速とは異なる技法である。もしもあれを独自に考え出したのならバルドの才能は確かにマゴットをしのぐものと言わねばなるまい。
 不安定ながら平和である今はよいかもしれないが、もしも再び戦乱が王国を襲うなら、バルドという少年は伯爵家にとどまらず王国の軍事を左右する存在になるかもしれない。
 ラミリーズは嘆息とともにバルドの将来に思いをめぐらさずにはいられなかった。
 同時にこの少年を日々鍛えることもできるマゴットをうらやましくも思う。
 武人にとって雄敵とめぐりあうことと同じくらい、才能ある弟子を育てることは甘美な愉悦であるからだった。

高見梁川の心象世界


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