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第六話   少年のデビュー
 「本日は当家のために足をお運びいただき大変にありがたく思います。ささやかながらこうしてパーティーを催しましたのは、嫡男バルドをご紹介申し上げるためであります。どうかよろしくお付き合いを賜りたい」

 当主イグニスの合図を待ってバルドはバルコニー状になった二階席の舞台に進み出た。

 「………コルネリアス家が一子バルド・コルネリアスと申す者。非才の身なれど武門の名を辱めぬよう一朝ことあらば身命を賭して王国の盾として父とともに領民を守る所存。ご列席の皆様には決して不甲斐なき戦いぶりは見せぬことをお誓い申し上げる」

 ふと気付くと、ポカンと父が間抜けに口を半開きに開けてこちらを見ている。
 しまった。緊張しすぎて左内の口調が表に出てしまったか。
 母マゴットがあからさまに指をさしてこちらを見て笑っているが、母よ息子にその仕打ちはないのではあるまいか?

 「ふん、バルドのくせに生意気っぽい」
 「見習えとは言わんがあれが貴族の正しい姿だぞ、テレサ」
 「僕だって今ならあのくらい出来るのに……」

 テレサのお披露目は彼女が6歳のときだった。
 どうやら思っていた以上に幼なじみが立派に思えてしまったのを認めたくないらしい。
 ぷっくりと頬を膨らませて拗ねているその表情を見て、可愛らしいと埒もないことを思うとともに、マティスは子供の教育において親友に完敗したらしいことを自覚した。
 病弱と思われ、もしかしたら先天的な障害でも持って生まれたのではないかと噂されていたバルドの素晴らしい口上に広間は驚きのどよめきで満たされていた。
 だが参集した貴族たちのほぼすべては、バルドの口上が台本通りであることを疑ってはいなかった。
 いかに責任と自覚を求められる貴族とはいえ、あの口上は9歳の少年が口にすべきものではないように思われたのである。
  
 「なかなかに堂に入っておりましたな」
 「将来が期待できそうですこと」
 「コルネリアス家もこれで一安心でありましょう」

 幸い概ね客人たちの評価は好意的なようであった。
 しかしマティスともう一人の老人はバルドの言葉が決してイグニスの入れ知恵などでないことに気づいている。
 特にラミリーズはバルドがほんの一瞬垣間見せたある種の気に戦慄すら感じていた。
 長年を戦場で生き抜いてきたラミリーズだからこそ気づいたその事実に思わずラミリーズはマゴットを睨みつけていた。
 あの幼い少年に経験させるには早すぎる試練であると思ったためだった。
 すなわち、バルド・コルネリアス少年はすでに殺人を経験している!
 いかに表面上は少年らしくとも、態度に何も変化がなくとも、人が人を殺すときその内面は変化せざるをえない。人とはそういう生き物だ。
 決して愉悦のために殺人を犯す少年には見えないが、少なくともバルド少年の心には生涯消えることのない疵が深く刻まれたはずだった。
 武に生きる以上人を殺すということはどこかで経験しなくてはならない試練であり、人を殺せぬ人間はどんなに優秀な人間であっても武人になってはいけない。ゆえに貴族の一部では死刑の執行を行わせるという習慣があった。
 それにしても9歳の少年にやらせるなどという暴挙は聞いたことがなかった。

 「誓っていうが私はやらせちゃいないよ。あの子がいつ童貞を卒業したかは私も知らないんだ。どうも2年ほど前らしいんだが」

 ラミリーズの視線に気づいたマゴットは肩をすくめて悪戯っぽく笑った。
 2年前というとまだバルドのなかで岡左内と岡雅晴の記憶が混在していた時期である。その間に、おそらくは岡左内の人格が表に出ている状況で命のやり取りに発展する何かがあった、そうマゴットは想像している。
 実際セリーナを助けたときがそれにあたるのだからマゴットの想像は完全に正しかった。

 「仮にも母親なのだから息子がどんな理由で童貞を卒業したかくらいは気にかけておくべきであろうに」

 昔から変わらぬ規格外なマゴットの発言にラミリーズは深々とため息をついた。
 どこの世界に息子が殺人を犯して放置プレイの母親がいるだろう。

 「まあちょいとわけありでね。これでも息子の剣が曇ったかどうかはわかるつもりさ」

 微塵も悪びれずにマゴットは不敵に笑った。
 ままごと遊びならばともかくマゴットの修行は嘘や余裕の入るほど甘いものではない。
 息子が剣をふるったの理由が息子の正義に恥じないものであったこと、そしてその力に溺れず闇に囚われていないことをマゴットはすぐに確信していた。
 もっとも秘密裏にセリーナとの関係は内偵させていたけれど。なかなかどうして放任主義に見えてマゴットもツンデレなのである。

 「………まったく、年寄りには毒な親子だわい………」

 同時に惜しいことだ、とラミリーズは思う。
 コルネリアス家の嫡男に生まれた以上バルドは辺境の一領主に甘んじざるを得ない。
 西部国境では比較的大領のコルネリアス家だが、王国の序列から言えば40位ほどの上流貴族内の中堅であり政治的影響力ではむしろ下位に属するだろう。
 バルドが次男であれば即日でも連れ帰って騎士団で英才教育を施すところだ。

 挨拶が終わったバルドのもとに群がるように小領主たちが押し寄せていく。
 噂と違い将来の期待できる少年であることが明らかとなったバルドは彼らにとって是非縁を結びたい存在であるからだった。

 「是非我が家にお越しください。当家では惣領様と同い年の娘がおりまして……」
 「我が家出入りの商人から貴重な槍を購入いたしましたので是非ご覧をいただきたく…」
 「今度自慢の庭園を見に来られてはいかがでしょうか?」

 序列40位とはいえ、そこは大貴族内でのこと。小貴族にとってコルネリアス家は十分すぎるほど魅力的な大家である。しかも傭兵のマゴットを正妻に据える貴族としては破格な家でもある。大貴族的には外聞が悪いが小貴族にとっては娘を正妻に娶ってもらえるかもしれない優良物件なのだ。

 「すまんがそこをどいてくれないか?」
 「ええい!今はそれどころでは……こ、これはブラッドフォード家のお嬢様……」
 「久しぶりの親友との会話だ。ここは譲ってもらえるかい?」
 「は、はい………」

 子爵家の令嬢の真っ向から反対するわけにもいかず、バルドに群がっていた貴族たちはしぶしぶその場をテレサに明け渡したのだった。

 「ふう、これで一息つけるな。ありがとうテレサ」
 「ちょっと会わない間にまたえらそうになったじゃないか、バルド」
 「えらそうって………そんな心算はないんだがな…」

 言葉自体は皮肉気だが、楽しそうに二人は顔を見合せて笑った。
 テレサとバルドが初めて会ったのはバルドがまだ三重人格に悩まされていた6歳のころに遡る。
 バルドの1歳年長にあたるテレサはその日父マティスに連れられて先の戦役の英雄、王国最強の番などと噂されるイグニスとマゴットに会うのを楽しみにしていた。
 コルネリアス家には年下の少年がいると聞かされていたが少々気難しい人物なので出来れば仲良くしてやって欲しいと言われていても正直テレサは失望しか感じなかった。
 英雄の子供が人格障害と言われては幻想に水を差すのも甚だしいではないか。
 しかしその不満もマゴットとバルドの訓練を見るまでのことだった。

 「どうした?休んでいれば死ぬぞ?」
 『……まったくなんちゅうおかんや』

 矢継ぎ早に繰り出されるマゴットの槍を少年は謎の言葉とともに紙一重で避わしていく。
 どれも一瞬でも判断を誤れば即死に繋がりかねない神速の連撃、銀光マゴットの名は決して誇張などではなかった。テレサの見るかぎりその速度は父マティスのそれを上回っているように思われたのである。それではそれを避わし続けるこの少年は何者なのだろうか?

 「そうだ!槍を相手に引くのは自殺行為だ!避ける道は前だけにあると知れ!」
 『おいおい、無理ゲーすぎんだろ!チートよこせや!』
 
 まだ魔法もつかえないであろうに小さな身体ひとつでじわじわと間合いを詰めていく少年に容赦なく槍先がふりかかる。
 ようやく懐に飛び込めそうな間合いに近づいたかと思うと、これまで縦の動きしかなかった槍がまるで小枝のように横に薙がれて少年の身体を吹き飛ばした。

 「よし、今日はここまで!」

 満足そうに微笑むマゴットに少年はぶるぶると痙攣しながら親指を立てて見せた。

 たまたまそんな光景を目撃したテレサは男勝りと言われ、弟より武の才能があるとちやほやされて高くなった鼻をへし折られた気分だった。
 同時にバルドという少年に興味を抱いた。
 テレサにとって武芸に長けた同年代の友人を持つ機会は初めてだったのである。

 ――――――面白い。彼に出来て僕に出来ないという法はなかろう。

 以来テレサはバルドにとって唯一といって良い同じ貴族同士の友人となった。
 もっともマティスの期待に反してあくまでも友人の範疇を超えはしなかったが。
 というのも――――――。


 「やあセイルーン。しばらく会わない間にまた綺麗になったね。まだ僕のところに来てくれる決心はつかないのかい?」
 「お言葉はかたじけなくいただきますが私はずっとバルド坊っちゃまの侍女ですので」
 「つれないな………ならせめて今夜は僕とひと時の逢瀬を楽しもうじゃないか」 
 「お戯れを―――――」

 優雅な仕草でセイルーンは頭を下げると、そそくさとバルドの影に隠れた。
 盾にされた格好のバルドではあるが、こればっかりはセイルーンの味方をしないわけにはいかない。

 「僕の可愛い姉を盗らないでくれるかな?」
 「可愛っ………」

 茶金色の髪に顔を隠すようにしてセイルーンは赤く染まった顔を俯かせた。
 そんなセイルーンの様子をテレサは大仰に両手を広げて賞賛した。

 「照れた顔もまるで女神も恥じらう美しさだ。バルドなんかにはもったいない!」

 要するにこのテレサ、同性愛気質の非常に強い女性であった。
 セイルーンを欲望の赴くままに抱き寄せようと、ずいと進み出るテレサをセイルーンはバルドを盾にして必死で避ける。
 バルドを挟んでひどく間抜けな攻防が展開されていた。

 「ふふふ………そんなつれないところもとても魅力的さ」
 「ふぇぇ…バルド坊ちゃま!助けてくださいぃ!」




 「……まだ治っていなかったのか?マティス」
 「なんとかお前の息子に引きとってもらえんかなぁ」
 「さすがに今のままは問題があると思うぞ」

 怪しい趣味を持った貴族がいないわけではないが、傭兵を娶ったコルネリアス家同様同性愛者が世間で揶揄されているのも事実であり、それ以上にテレサがバルドに性的魅力を感じていないのならば結婚は躊躇するのが親心というものであろう。


 「…………まったく、立派に育ったバルド君がうらやましいよ」

 果して無事育ったと言えるかどうか。
 バルドの隠された本性をイグニスとマティスが知るまでにはまだしばらくの時間が必要であった。

高見梁川の心象世界


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