自民党憲法改正案(6)

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残りは細かい話。

案75条は国務大臣の不訴追特権について定めたものであるが、現75条但書の「これがため、訴追の権利は、害されない。」という(確かに多少わかりにくい)部分を「国務大臣でなくなった後に、公訴を提起することを妨げない。」と改めているところ、これは意味が不明確になっている。つまり現行条文は不訴追特権によって訴追権が不利益を受けてはいけないので、在任期間中は公訴時効が停止すると解されている。被疑者の国外逃亡の場合などと同じ扱い。

ところが改正案ではこの趣旨が明確でない。公訴提起を「妨げない」だけであるから、在任中も公訴時効が進行し、退任時にまだ公訴権が残っていれば(不訴追特権が消滅したので当然に)訴追可能だが、消滅していれば訴追できないとも読める。改正案でわざわざバグの種をこしらえた可能性が高い。

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案65条で、行政権について「この憲法に特別の定めのある場合を除き」という文言を導入した趣旨もよくわからない。該当する可能性があるのは会計検査院(行政権に属するが、内閣に対して「独立の地位」(会計検査院法1条)にある)だが、関連する案90条にはそれに対応する文言が存在しないので、いらない文章をうっかりツッコんだのではないかとの疑義がある。

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司法権についても細かくいじっている。裁判官の報酬減額を「一般の公務員の例による場合」には認めるという点(案79条5項・案80条2項)は現状の追認であるのでさして問題なく、最高裁判所裁判官の国民審査について現79条2項の任命後初および10年経過後初の総選挙の際に行なうという規定を「法律の定めるところにより」(案79条2項)と変えている点も、趣旨不明だが(1) 現在も任命時年齢と定年の関係で10年経過後の審査はほぼ例がなく(1963年を最後に過去6例のみ)、(2) そもそも国民審査制度自体がろくに機能していないので、わりとどうでもいい。

報酬減額について「分限又は懲戒による場合」に認めるとした点は議論の対象になるだろうが、現行規定では(1) 裁判官弾劾法に基づき国会議員による弾劾裁判で罷免、(2) 裁判官分限法に基づき、司法府内で構成する分限裁判により「回復の困難な心身の故障のために職務を執ることができない」と判断されて免官、(3) 同じく「戒告又は一万円以下の過料」という懲戒処分しか選択の余地がなく、一般職国家公務員と比較すると分限処分としての降任・休職、懲戒処分としての停職・減給を欠くという状態にある。

もちろんこれは裁判官の身分を一般公務員に比して強く守るためではあるのだが、(1) 処分の弾力性が低く、一定水準を超えた問題に対しては罷免するしかない点、(2) 職務上の問題に対し、報酬を減らすのではなく別途カネを取り上げるという多少不思議な構成になっているという問題が指摘できる。これを直したいという話だとすれば理解はできるが、分限法の内容によってはもちろん悪用される可能性もある。

同様に、案77条2項で最高裁判所の訴訟規則に従う義務の対象を現77条2項の「検察官」から「検察官、弁護士その他の裁判に関わる者」に拡大している点、案80条1項において下級裁判所裁判官の任期を現行の「十年」から「法律の定める任期」に改めている点には一応注意が必要だろう。前者は、たとえば訴状の記載内容などについては訴訟規則によって定められているところ、現在これを遵守する法的義務があるのは裁判所職員と検察官のみであると解され、しかし現実問題として当該規則を守っていないと職員が受理してくれないので弁護士や当事者も間接的に守ることになるとされているものを、その範囲まで含めて直接的な義務に転換しようとするもの。副作用があるかと聞かれるとよくわからないが、一応そういうことになる。後者も、ここを何故変えたいのかという趣旨がよくわからないので賛否は保留するが、一般的には司法権の独立に悪影響を与える要素であり、警戒が必要だろう。

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ちなみにこのあたりの話だが、自民党のQ&Aではまったく触れられていないし、自民党案を批判する人たちもほとんど触れていない。たとえば自由法曹団の「自民党憲法改正草案に反対する意見書」(2012年8月)でも「進言」の件には一応言及されているが立法実例との関係は触れられていないし、それ以外の論点はすべてスルー。あれだな、君らどっちも法律学きらいだな?

以上のような次第で、内包されている理念や政策提案の是非を論じる以前にとにかく法律としてのロジックがなっていないというのが私の評価である。いやもちろん現行日本国憲法も急ごしらえのものであって相当量の立法過誤が含まれているわけであるが(このことはだいぶ以前に書いた)、せっかく作り直そうというのに問題を悪化させてどうする。「東海の小島の磯の白砂に」調の美文をひねくっている暇があればロジックの方をちゃんと議論しろと、そう思うわけであった。

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随分、長い間ブログの更新がないので、多分、次回の更新のときに触れられると思いますが、今日(4月14日)の朝日の社説と編集委員の方のコラムに対する大屋先生のご意見が知りたいです。
社説は、砂川事件の最高裁判決に際しての田中耕太郎長官の発言に対する批判ですが、そこまで言ったら、占領下、進駐軍の顔色を伺って(というか、進駐軍のご承認を頂いて)作成された憲法って何なの?という話にならないのかな?というのが私の率直な感想でした。
司法権の独立って言いながら、その司法権の独立の根拠となる憲法自体があれなのに。。。って。(そういえば、大津事件というのもありました)。
あと、編集委員のコラムは、蓮ほう議員の「2番じゃだめですか」という発言について、「だが意外と知られていないことがある」、と言って紹介しているコラムです。思わず、「だってちゃんと報道されてないんだもん」って突っ込みたくなりました。自分達がちゃんと報道しておかなくて、「だが意外と知られていないことがある」って言われてもね。そりゃ、一介の平記者が書くならさておき、編集員様にそういわれてもね。このようなコラムで書くぐらい大事なことなら、きちんと国民に分かるように報道するのが新聞の役目だと思うのですが。報道の自由って何なんでしょうか?

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