「SFが読みたい!」 2013年版のブックガイドがヒドイ
頓挫しちゃった「想像力の文学」シリーズが別冊を出した時にも似たようなことを言いましたし、最近の「SFが読みたい!」 に関しては、毎度毎度同じようなこと言うのも良くないかと思って内輪でちょっと愚痴るだけにしてましたが……やっぱり今年は言わざるを得ないか。「SFが読みたい!」 2013年版のブックガイドがヒドイ。
誤解を招く表現や、この原稿のためにあのインタビューとこのインタビューだけ読んだのかなあ、という内容が散見されるし、何より、独自論とか論者の個性を主張する詩的な表現とか、ブックガイドには要らないでしょ? そもそもブックガイドは何のためにあるのか。読者に情報を提供するためでは? 特にひどいと思ったのは、菅浩江さんについて、まるで推理作家協会賞を取ったらさっさとSFを捨てて一般誌に鞍替えしたと受け取れるように書いてあること。あれは出版社側の商売上の事情だと聞いてますが……?
私について書いてあることもヒドイなあ 経歴はWikiの一番間違ってる部分を丸写しだし、そももそもキャプテン・フューチャー・シリーズをオールタイム・ベストとして挙げたのは、確かハヤカワSF文庫30周年記念の場で、ハヤカワSF文庫のベストとして挙げたんではなかったかと記憶している。キャプテン・フューチャー・シリーズ全巻なんて、そりゃハヤカワSF文庫じゃなきゃ実現しなかったよね、スゴイよ、という意味で挙げたのは、あの場ではみんな分かったんだけどなあ。その文脈を無視して些末な情報をもとに独自論を開陳して、読者の便宜を図っていない、提供すべき情報を提供していない、って、どんなブックガイドだ。そんなことより、『時間はだれも待ってくれない』に言及しないとブックガイドとしての意味をなさないのでは。「歴史の転換点」という発想もおかしい。「○○年に誰が政権を取った」とか「××年に何が発明された」みたいな試験用暗記項目は「歴史」じゃないでしょうに。その「○○年に誰が政権を取った」を描けば「歴史の転換点を描く」、そうじゃなきゃ「歴史の転換点を描かない」っていう発想なのかな……? だとしても、そんなものは作家を説明する手掛かりにはならないのでは。論者は歴史にも高野史緒にもまったく興味がないのかもしれないけど、ブックガイドという場でこんな独自論を読者に提供する意味が分からない。
独自論を開陳したがるのはSF評論賞出身者が多いようですね。どうもクリティーク(評論)とエセー(随筆・試論)の区別がついてないのかなあ、という印象。ブックガイドはあえて分類するなら前者のカテゴリに属するものなのでは。少なくとも、書き手の個性を発揮する場ではないと思う。
早川がSF評論賞出身者に活動の場を与えたいのは分かるのよ。でも、こんな起用のし方では、SF論のレベルも落とすし、受賞者たちのためにもならないのでは。ちゃんとブックガイドとしての用を成す文章が書ける人だけ起用して欲しい。おお、これはちゃんとしてる、と思うとベテランの大野万紀さんだったりする。「活躍の場を与える」ことを目的化しないで、ふさわしい人選をお願いしたい。独自論は試論という形で書かせてあげればよいのでは(「評論」ではなく)。SF評論賞の現状って、新人にダメ出しも歌唱指導もしないまま「とりあえずテレビ出ちゃって~。キャラ売って~。ホラうちの事務所のコたちって活躍してるでしょ?」ってするのと同じじゃないだろうか。それで潰れていく人材は捨てて、また新人発掘すればいいんだし、って。SF評論賞も、早川も、受賞者に対するもっと適正な扱いってないものかなあ。長い目で見て受賞者のためを思えば、厳しくリジェクトするのも必要ではなかろうか。
21世紀になってからの早川書房は、古典の名作SFに萌えイラストの表紙をつけたり(さすがにやめたけど)、「想像力の文学」とか、無意味にファンタスチカを分割する愚策を取ったり(さすがにやめたけど)、不可解な動きをすることが増えてきた気がする。これをどのように受け止めたらいいのか、私の中ではまだ解決がついていない。
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>>少なくとも、書き手の個性を発揮する場ではないと思う。
同意です。
ヒドイですか?そうですか、 (;´д`)トホホ…
このテのSFのガイドブック的なものって「SFが読みたい! 」くらいしか無いですよね?
う〜ん困ったもんだ。
でもSFガイドブックは必要だなぁ。
PABLO UCHIDAさんの表紙イラストに788円払うつもりで買いますです。
投稿: ゲン | 2013年2月10日 (日) 14:59
同書には昨年の物故者であるブラッドベリ、マキャフリイ、ストルガツキイについての紹介文も収録されているのですが、ブックガイド、作家紹介り文章としてはこちらが「正解」であろうかと思います。
私は、評者が作家について何を言うかはコントロールできないし、作家は評者に向かって「オマエはオレの作品を読む資格はない。言及するな」と言うことはできないという立場を取っています。しかしこれはブックガイドですんで、読者に必要な情報より評者の独自論を優先するのは容認できません。
去年末、ランキングがらみでミステリのムック本や特集にはたいへんお世話になりまして、例年以上にあちこち精読して、ミステリには手練れのレビュアーがいっぱいいるなあ、と改めて感心したので、なおさら「SFが読みたい!」のこういう状態が気になるのかもしれません。
投稿: ふみお | 2013年2月10日 (日) 17:03
まだ中身を見てないので、なんとも言えませんが、ブックガイドや作家紹介の担当者は私の書いていたころは編集部の指定でした。私はこの作家ならくわしいぞ、みたいな人にはあまりあたらず、代表作を一から読み直さなければならない作家さんを紹介しなければならない場合もありました。
書き手にも責任はあると思いますが、書き手に本や作家紹介を割り振る編集者の見識も問われる場だと思います。
それにしても、ウィキペディアの引用というのはよくない。ちゃんと著作を読んで、そこに書かれている作家紹介や本人の「あとがき」などを読みこんで書くべきでしょう。
とはいえ、私もかつて思い入れのある作家さんにあたった時はつい筆がすべって私見を書き加えたりしてしまったので、かんたんに批判はできませんが。
時数、締め切り、もろもろある上に力量を試される、あれは書き手にとっては労多くして報われぬ仕事であるなあと、かつて書き手の常連であった私は思うのでありますね。
投稿: 喜多哲士 | 2013年2月10日 (日) 23:37
確かに「ブックガイド」っていう性格上、高野先生の紹介にキャプテンフューチャー持ち出すのは、(ベストに選んだ意図を抜きにしても)あまりに無理筋ですよねえ。もっと皆に読んでもらいたいと思っている身としても悲しいです。
それはそれとして「ベストSF」10位おめでとうございます。
投稿: けいりん | 2013年2月11日 (月) 00:05
いままであまり読んでなかった作家をほぼゼロから理解してブックガイドを書くというのは、多分私にはむりぽい仕事ですね。でも、私は評論家じゃなくて作家だし~(<ヲイ!)。割り振りする編集サイドも、評論のプロと見込まれて振られた側も、内輪感覚じゃなく、ジャンル外の初見の読者も視野に入れてブックガイドを作っていただきたいところです。少なくともコレを読んで「高野史緒ってなんかすごそう! 読んでみたい!」と思う人はいない……。でも、菅さんに関する誤解を招く記述はもっとヒドイ。もちろん菅さんを知っている人は書き方のほうが悪いのはすぐに分かりますが、知らない人が読んだら、そうか、この人って、SFファンダムとかSF作家のポジションとかを踏み台にしてメジャーな一般文芸にのしあがってきた人か、と思いかねません。
キャプテン・フューチャーはもちろん大好きですよん。でも作家論の切り口にするには史料批判に欠けるかなあ。作家本人の意識とは別に、無意識的に表現されてしまった内面を探ってゆくのは確かに評論家の仕事ですが、一次史料という足元を固めた上で論じなきゃ。経験の長い編集サイドがある程度厳しくリジェクトする姿勢が必要じゃないかと思います。小説だったら掲載までに何回も編集者からあれこれ言われるのに、評論はノーチェックなのかなあ。
>それはそれとして「ベストSF」10位おめでとうございます。
ありがとうございます。ミステリでさんざん投票していただいたので、「SFが読みたい!」じゃランクインしないだろうと思ってました。ありがたいことです。
投稿: ふみお | 2013年2月11日 (月) 23:33
コラムのSF漫画・SF映画・SFアニメも酷い・・・というか筆者が好きな作品並べているだけだからな~。
投稿: JJJ | 2013年3月 7日 (木) 23:01
線引きは難しいですよね。万人受けしたものばっかり取り上げればいいかというと、それはそれでなんだかな~ですしねえ。
投稿: ふみお | 2013年3月 8日 (金) 00:01
高野史緒さま
ご無沙汰しております、岡和田晃と申します。第5回日本SF評論賞優秀賞を受賞し、評論活動を行なっている者です。いつも愉しくブログを拝見させていただいております。新しい短篇集が出るということで、とても愉しみです。
今回の記事、興味深く拝見いたしました。
状況や内容等は異なれども、私も幾度も、商業誌やWebで自らの仕事について、どうみても無理筋なことを(しかも批判的文脈で)書かれてきました。
それゆえ、お気持ちのほど、深くお察しいたします。
ただ、当該企画に参加しておらず、かつ、日本SF評論賞出身である身といたしましては、率直に申し上げて今回の記事により迷惑(風評被害)を被っており、抗議させていただきます。
と申しますのも、日本SF評論賞出身者の誰が『SFが読みたい! 2013』に参加しているのか、Web上では判別がつかない状態だからです。差し出がましい申し出になってしまいますが、とかくウェブ上では裏取りを欠いた風評が拡散しやすいものであることをご勘案のうえで、ご批判をいただけますよう、お願い申し上げます。
(個人的なやり取りのほうがよいということでしたら、本コメントを削除し、メール等でご連絡ください)
投稿: 岡和田晃 | 2013年3月12日 (火) 14:02
私もこの件についてはネット上でしか発言する機会がないのですよ。だから自分の責任領域である自分のブログで発言したまでです。それ以外に方法がないので。それで「風評被害」と言うのだったら、じゃ、どうすればいいんですか? 意見など言わずに黙っていろということでしょうか?
当該書籍の執筆者リストをここに貼ってくださっても構いませんよ。
「ネット上の風評被害」については私のほうがベテランです(笑)。ま、ひどい目に遭い続けてますよ。でも、誰もが口をつぐまなければならない世界になっちゃうよりはマシだと思っています。
この件についてのやり取りは、第三者のチェックが可能な当欄のほうがよいかと思います。
投稿: ふみお | 2013年3月12日 (火) 23:08
高野史緒さま
お忙しいなか、お返事をいただきまして、どうもありがとうございました。
私の書き方が悪いためか、誤解を招く部分があったかもしれず、大変恐れ入りますが、補足を兼ねて、再度コメントをさせていただきます。意図をはっきりさせるため言葉が強くなる部分もありますが、どうぞご海容いただけましたら幸いです。
>私もこの件についてはネット上でしか発言する機会がないのですよ。だから自分の責任領域である自分のブログで発言したまでです。それ以外に方法がないので。
そもそも、私は高野さまに「ブログで批判をするな」と申し上げているわけではありません。問題だと思われることは、ご自分の判断で、ご自由にご批判なさればよいと思います。
>それで「風評被害」と言うのだったら、じゃ、どうすればいいんですか? 意見など言わずに黙っていろということでしょうか?
「意見など言わずに黙っていろということでしょうか?」というご質問にお答えすることが、当方の回答になると思います。
私は「意見を言わずに黙っていろ」などとは一言も申し上げておりません。批判をするのであれば、無関係の者に迷惑がかからないような形にするのが当たり前ではないのか、ということを申し上げている次第です。
高野史緒さまの本記事は、当該ブックガイドの執筆者にSF評論賞受賞者の誰が入っているのかをまったく不明瞭にしたままで「独自論を開陳したがるのはSF評論賞出身者が多い」などとされており、率直に申し上げて、記事に無関係なSF評論賞出身者である私は大変迷惑を被っております。
>当該書籍の執筆者リストをここに貼ってくださっても構いませんよ。
お申し出をいただいたにもかかわらず申し訳ありませんが、それは私の役目ではございません。なぜならば、無関係の者に迷惑がかかるような表現を行なわれたのは、高野史緒さまご自身だからです。
>「ネット上の風評被害」については私のほうがベテランです(笑)。ま、ひどい目に遭い続けてますよ。でも、誰もが口をつぐまなければならない世界になっちゃうよりはマシだと思っています。
言葉が足りなかったようで申し訳ありません。むろん高野史緒さまが受けた「ネット上の風評被害」については、ご心労のほどをお察しいたします。しかしながら、当方は“高野史緒さまと私のどちらが「ネット上の風評被害」が上か”ということを競い合っているのでは、まったくございません。繰り返しになりますが、批判をするのであれば、無関係の者を巻き込まないような表現で批判をしていただきたい、ということをお願い申し上げている次第です。
>この件についてのやり取りは、第三者のチェックが可能な当欄のほうがよいかと思います。
了解いたしました。
投稿: 岡和田晃 | 2013年3月13日 (水) 01:12
>私は「意見を言わずに黙っていろ」などとは一言も申し上げておりません。批判をするのであれば、無関係の者に迷惑がかからないような形にするのが当たり前ではないのか、ということを申し上げている次第です。
結局、「誰がどう迷惑をこうむるかを完璧に予想できないくせにネットに書き込んだのが落ち度だ」ということですよね。どこまで予想しなきゃならないんですか? そもそも、「SF関係は、どうせ誤解して風聞を流すバカばっかりに違いない」という前提で書かなきゃならなくなりますよね? 私は読者をそのようにとらえてはおりません。
かつてある野球解説者が、「大リーグに行ってなかなか活躍できない選手の中には、ロッカールームで大リーガーの体つきを見てコンプレックスを抱き、競技に不必要な見てくれの筋肉をつけてしまう例がある」と言いました。野球に詳しい人はここで「ああ、あの選手とか、この選手のことだな」と理解し、私程度の者は「そういや大リーグに行ってから妙にムキムキ系になった人もいたなあ(名前は出てこない)」となるわけですよね。解説者の予想はここまでだろうと思います。しかし世の中には「だから大リーグに行った奴らはみんなダメなんだよ」という結論になっちゃう人もいる。解説者は、この「バカ」を予測し、上記の発言をするべきではなかったのでしょうか。
それとも、個々の選手の名前をあげつらい、「この選手はこの時期から胸周りが太くなってスイングがダメになった」等、名前と事例を全部上げないといけないでしょうか。ここに言及されなかった選手は「ダメ選手認定」を免れたということになりかねないので、一人残らず挙げないといけないですよね。
私も「この欄のここがダメ。この人はどういう経歴。だからこの経歴の人はダメ」と全部あげつらわなければいけないということでしょうか。それが個人のブログに求められることでしょうか。というか、メディアが全国紙の記事だろうと、権威のある文芸誌だろうと、フツウに私のような書き方をしてると思うんですが。岡和田さんにとっては私が「一人一人をあげつらう」をやったほうが好都合なのでしょうけれど、岡和田さんの都合のために私が犠牲になる義務はありません。私が言いたいのは「当該書籍とその執筆者の『傾向』に問題を感じる」という程度のことです。
いずれにせよ、これはしょせん 個人のブロクです。岡和田さんも反論を書き込みました。皆が読みます。それでいいのではないでしょうか。岡和田さん独自のブログ等にエントリがありましたら、リンクしてくださって結構です。岡和田さんも、「こいつとこいつはダメ。だけど俺はやつらとはこう違う」というのでしたら、お書きになればよいかと思います。
*タイプミスのご指摘がありましたので訂正しました。内容は変えていません。
投稿: ふみお | 2013年3月13日 (水) 16:09
今考えたんですが、岡和田さんの論理でいくと、「イタリアの万年筆は見た目はステキだけと、ニブに当たり外れがあるよね~」とか、「大阪のおばちゃんはヒョウ柄の服着てる人多いよね~」とか、「このバレエ団はちょっともっさり系なのよねえ。そういやボリショイの出身者多めか~」とかも言ったらいけないということになりませんか?
投稿: ふみお | 2013年3月13日 (水) 16:40
高野史緒さま
お忙しいなか、ご丁寧なお付き合い、および応答をありがとうございます。
ご意見をいただいたうえで、考え方で違っている部分がよくわかりました。改めて御礼申し上げます。色々とご質問をいただいておりますので、今回のコメントは主にそれらへの回答となります。また今回の件について、当方からはこれが最後のコメントとさせていただきたく思います。
>結局、「誰がどう迷惑をこうむるかを完璧に予想できないくせにネットに書き込んだのが落ち度だ」ということですよね。
大変遺憾ながら、そのようなことを申し上げているわけではございません。
>どこまで予想しなきゃならないんですか? そもそも、「SF関係は、どうせ誤解して風聞を流すバカばっかりに違いない」という前提で書かなきゃならなくなりますよね? 私は読者をそのようにとらえてはおりません。
高野さまは「SF評論賞受賞者」の多くに対し、「どうもクリティーク(評論)とエセー(随筆・試論)の区別がついてないのかなあ、という印象」としたうえで、「ブックガイドはあえて分類するなら前者のカテゴリに属するものなのでは」とし、「ちゃんとブックガイドとしての用を成す文章」を求めておられます。
「区別」の是非についての私見の提示は控えさせていただきますが、そのうえで、ご指摘の要諦は、いやしくもプロの物書きであるならば、要求される文章の性質を正しく理解したうえで、その性質に適合するような文章を書くべきだということと理解しております。ならば、批判を行なう際に必要な要件も、「要求される文章の性質を正しく理解したうえで、その性質に適合するような文章を書く」という意味では同じでありましょう。
批判文にも作法というものがございます。実存を賭けて批判文を書くのであればなおさら、どのような対象のいかなる部分に問題点があるのかということを、可能な限り明快な形で鋭く文章に落としこむ必要がございましょう。これは「この欄のここがダメ。この人はどういう経歴。だからこの経歴の人はダメ」と言えということでは、まったくございません。また、ウェブログであろうが、著名文芸誌であろうが、つまらぬあてこすりに終わらない優れた批判文は必ずそうした作法を遵守しているものです。そのうえで申し上げれば……。
>岡和田さんにとっては私が「一人一人をあげつらう」をやったほうが好都合なのでしょうけれど、岡和田さんの都合のために私が犠牲になる義務はありません。
ここで「私が犠牲」という表現をなさることには強く疑問を感じます。
また、野球解説者の例、イタリアの万年筆の例、大阪のおばちゃんの例、バレエ団の例などを出していただいておりますが、いずれの例も当事者性を欠いており、私見を提示するとかえって議論の焦点がずれてしまいますから、回答は控えさせていただきます。
■
私から今回のケースで例を挙げるとしたら、次のようなものです。
私事で恐縮でありますが、10年前、学生だった私は、『ムジカ・マキーナ』という優れた小説を読み、たいそう感動いたしました。その時の感動は、私が文筆仕事を行なううえでこのうえない財産、批評における判断基準、重要な初期衝動となっております。『ムジカ・マキーナ』を拝読し、何よりも驚かされたのは、その世界構築が見事なことです。それまで、圧倒的な情報量をもって世界構築を行なう作品は知っておりましたし、ボードリヤール流の認識論的シミュレーションと戦術論的シミュレーションを両立させた世界構築を行なう作品も読んだことがありました。しかし、『ムジカ・マキーナ』のように、普仏戦争後のヨーロッパの狂騒的な混乱状況に「「ポスト・ピープルズ・チャーター・パンク」「インダストリアル・レボリューション・ヘヴィー・メタル」を入れ込むような大胆不敵な思考実験には、はじめて出逢いました。ブルックナー・ファンの私は、ブルックナー教授のオルガン・バトルに至る怒涛の展開には驚かされました。総じて言えば、『ムジカ・マキーナ』というテクストに触れることで、単に小説技法として優れているのみならず、「史実」とされるものを愚直に追いかけるよりも、いっそう明瞭に、時代精神の本質を理解できたように思えたからです。「究極の音楽」という、とかく表現が難しい問題を、多角的・立体的に扱うことで、ナルシシズムに終わらずまとめ上げる膂力も素晴らしいと思いました。その後も、『ヴァスラフ』や『架空の王国』『アイオーン』など、さまざまな作品から新しい刺激をいただいて参りました。以上が前提となる背景です。
さて、仮に私がチェックしている媒体で、プロの物書きが「ファンタジーノベル大賞で受賞に至らなかった最終候補作の多くは駄作だ」と書き捨てていたとします。それに気づけば、私は「『ムジカ・マキーナ』があるじゃないか!」と、その書き手に届く場所で抗議します。念のため申し上げれば、私は自分を『ムジカ・マキーナ』になぞらえようというのでは、まったくありません。当該テクストから多大な恩恵を受けた当事者としての痛みを感じるに違いないということ、また、加えて言えば、このレベルで乱暴なプロの批評が跋扈する状況があれば、それに批評家として応答する義務を感じるだろうと思い、それを示すためにこの例を出しました。
投稿: 岡和田晃 | 2013年3月14日 (木) 02:36
,ネットの書き込みに一喜一憂し過ぎでは? 私は個人のブログに「印象」や「感想」を述べただけだと何度言えば分かるのでしょうか。個人をあげつらって論争するほどのこととは思っていない。「当該書籍にこのような感想を抱いた。この方面の人に対しては個人的にこういう印象を持つ機会が多い。彼らの能力を無駄にしないため、先人は起用のし方、導き方を考えたほうがいいのではないか」というだけの話だと、ホントに、何回言ったら分かるんだろう。
>また、野球解説者の例、イタリアの万年筆の例、大阪のおばちゃんの例、バレエ団の例などを出していただいておりますが、いずれの例も当事者性を欠いており、私見を提示するとかえって議論の焦点がずれてしまいますから、回答は控えさせていただきます。
ここでいう「当事者性」って何のことでしょうか? 作家や評論家に直接関係ない話だから関係ないということでしょうか? 問題の構造は同じだということが理解できればそれでいいのですが。「自分に関わりのあることか否か」ではなく、「問題の構造」に目を向けてください。
何度も言いますけど、私がここに書いたのは。「当該書籍にこのような感想を抱いた。この方面の人に対しては個人的にこういう印象を持つ機会が多い。彼らの能力を無駄にしないため、先人は起用のし方、導き方を考えたほうがいいのではないか」というだけの話です。そこから「風評被害」が発生したというのなら、それはそういう「風評」を流した人たちの問題でしょう? そんな「独自解釈」は想定しておりませんし、私の責任外です。私に突っかかられても持ち上げられても、私は何もしませんよ。
投稿: ふみお | 2013年3月14日 (木) 11:19
高野史緒さま
先般の書き込みで最後にさせていただきたく思いましたが、いくつか「?」付きでの質問ともとれるコメント、および誤解をいただいているところがあるように思いますので、僭越ながらその点を中心に、ご回答させていただきます。たびたびの無礼をご寛恕下さい。
>ネットの書き込みに一喜一憂し過ぎでは? 私は個人のブログに「印象」や「感想」を述べただけだと何度言えば分かるのでしょうか。個人をあげつらって論争するほどのこととは思っていない。
この点、了解いたしました。「私もこの件についてはネット上でしか発言する機会がないのですよ。だから自分の責任領域である自分のブログで発言したまでです。それ以外に方法がないので。」ということでしたので、場所こそおっしゃるような「個人のブログ」なれども、高野さまは不当な評価として与えられた「印象」や「感想」に対して実存を賭した批判文を書かれていたものとつい早合点しておりました。そのようなものではなく、もっと軽くて浅いものだったのですね。
>「当該書籍にこのような感想を抱いた。この方面の人に対しては個人的にこういう印象を持つ機会が多い。彼らの能力を無駄にしないため、先人は起用のし方、導き方を考えたほうがいいのではないか」というだけの話だと、ホントに、何回言ったら分かるんだろう。
そのような意図をお持ちで、それ以外に特に含みがない、ということも了解いたしました。
>ここでいう「当事者性」って何のことでしょうか? 作家や評論家に直接関係ない話だから関係ないということでしょうか?
このような単純化はできるだけしたくなかったのですが、仮に立場を入れ替えてご自分が同じ内容のことを言われたとしたら、高野さまにしてもたいそう問題を感じたであろう、そして例示するにしても、そのような文脈にかすらないような例は無意味であろう、というのが当方が言わんとした主旨です。
>問題の構造は同じだということが理解できればそれでいいのですが。「自分に関わりのあることか否か」ではなく、「問題の構造」に目を向けてください。
「問題の構造」を指摘されたのだということは理解しております。しかし、私はそうした「構造」で解決する事態だとは思っていません。むしろ「当事者性」について、想像力が不足していたことが今回の原因であり、それにかすらないような例については応答する必要は感じないというのが当方の理解でした。
>そこから「風評被害」が発生したというのなら、それはそういう「風評」を流した人たちの問題でしょう?
むろん「風評」を流した人たちについては、すでに対応いたしております。
>そんな「独自解釈」は想定しておりませんし、私の責任外です。私に突っかかられても持ち上げられても、私は何もしませんよ。
ごく単純に言えば、高野さまは「独自解釈」だとおっしゃっておられますが、私としては「解釈の揺れ幅の多い文章が、招くべくして招いた解釈」だと考えております。そもそもご自身や作品について書かれたことがろくに調査されていないことを批判されていたのに、「SF評論賞」についての発言を「印象」や「感想」だと主張されるのは非常に不可解ではありますが、このあたりの議論は平行線のようですので、これ以上踏み込むつもりはありません。
また、『ムジカ・マキーナ』についての記述は、不当に持ち上げているつもりはございません。当方がその作品についてどう思っているか、ということを前提として述べたにすぎず、それを書かなければ当方の提示した例が成立しえなかったからです。なぜあのようなまだるっこしい例を出したかといえば、自分に責任のとれる言説のみを提示するという、私なりの「倫理」があるからです。
また、当方は抗議は行ないましたが、これまで具体的に何かをしてほしいとは申し上げておらず、正直言えばそれを期待してもおりません。ただ、当方が被った被害の発火源はどこにあったのかということについて当方の主張は、いち当事者としてお伝えしておくべきと愚考した次第です。
むろん、それらが「突っかかり」に見えたということは、まこと当方の不徳の致すところで、申し訳なく、お詫び申し上げます。そして、改めて、これまでのご対応に感謝いたします。
投稿: 岡和田晃 | 2013年3月17日 (日) 00:06
岡和田さんのネットでのご活躍はいろいろな方面から伺いましたが、私はそれにお付き合いする余力もなければ、そういう気持ちもありません。ごめんさないね。やはり、同じくネットで精力的に活動される方々と切磋琢磨されるほうが有意義ではないかと思います。
投稿: ふみお | 2013年3月17日 (日) 19:09
おとなと子供の喧嘩みたいwww岡田さんって人、よくこんな馬鹿な理屈で逆切れするオバサン相手に大人の対応できたなw
投稿: | 2013年12月 1日 (日) 11:48
こういう書き込みは回り回って岡和田さんの品位を貶める結果になりますので、ご配慮ください。「お前の支持者はこんな下品な書き込みをするのか」と言われる岡和田さんの身にもなってください。削除希望は受け付けます。
問答無用で削除するほどひどくないってのが悩みどころだなあ。巧妙というか何というか。
投稿: ふみお | 2013年12月 1日 (日) 19:06
昨夜、書き込みを一件削除しました(12月1日の無記名氏とは別人です)。お気持ちはありがたいのですが、私ではない方に対する中傷と受け取られる可能性があるので、ご理解ください。
正直、データとタイミングから考えて、無記名氏は心当たりなくもないんですよ(別な誤解を避けるため、男性だと申し上げておきます)。でもネットの書き込みとしてはたいしたものではないので、放置でいいかなと思っています。これ以上この件について書き込みがあれば、自分の書き込みを含めて、12月1日以降のものを全て削除します。
投稿: ふみお | 2013年12月 2日 (月) 10:55