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第二章
38話 勇者の物語と平和な生活
 神殿騎士団はあの次の日、魔境に向かっていった。あの時、神殿騎士団は既に出発していたのだが、町の鐘が鳴るのを聞いて急遽引き返したのだ。ほんとうにギリギリのタイミングだった。

 そして数日間おれは引き篭もった。一度だけギルドに報酬をもらいに顔を出した以外は、ティリカちゃんを送ったときもギルド前で引き返した。

 朝と昼はほとんど勇者の物語を読んで過ごした。それに飽きるとサティを捕まえていちゃいちゃした。サティの勉強ももちろん見てる。でも訓練のほうはお休みだ。サティも怪我をしたし少しは休んだほうがいい。そう言い訳をした。

 庭で新魔法の試し撃ちも少しやった。あの時この魔法があれば、もっと何かできただろうか?

 夕方にアンジェラとティリカちゃんがやってきていつものように食事をしてお風呂に入る。もちろんサティとは必ず一緒に入って洗いっこをする。

 アンジェラにはただ休んでるとだけ言ってある。怪我をして回復魔法をかけて治ったとしても、失った血は戻らないし、再生した組織が体になじむまではあまり運動はしないほうがいいのだ。

 アンジェラは心配はしているものの、それで納得はしてくれたみたいだ。

 本当のところは恐ろしかったのだ。今までも危ないことはあった。だが今回は完全に死ぬと思った。サティを道連れにして。



 エリザベスがお薦めするだけあって7巻はとても面白かった。特に風メイジが勇者を身を挺してかばい、そのあと勇者が敵を倒すシーンとか涙が出た。

 世界の破滅ってなんだろう。魔王が復活するのか?それともあのハーピーのようなのが押し寄せるんだろうか。ここは平和な町だと聞いてたのにこのざまだ。魔境にいるエリザベスは無事だろうか。死んだ4人の冒険者のこととか、暇になるとそんなことをぐるぐると考える。


 さらに2日後、勇者の物語をようやく読み終わった。そして思う。おれは勇者にはなれそうにない。勇者は傷つき倒れても何度も何度も立ち上がり戦った。仲間が傷つき倒れても、大事な人を失ってもそれでも怯まなかった。仲間のうち2人が失われ、故郷の国がずたずたに引き裂かれてどんな気持ちだったろうか。この本にはあまり勇者の心情は描かれてはいない。

 どれも過酷な戦いばかりだった。おれなら3巻あたりできっと逃げ出したはずだ。

 勇者は魔王を倒したあとはお姫さまと結婚して領地をもらい、ほとんどをそこで過ごした。戦にも政治にも滅多に関わらず、後年の勇者はずいぶん平和に暮らしたようだ。それを読んでおれはホッとした。



 寝ていると時々ハーピーに襲われた場面や死んだ冒険者の夢を見る。そして飛び起きてサティとティリカちゃんが寝ているのを見て安心する。これがPTSDってやつだろうか。日本でなら病院に行くところだが、こっちで医者といえば神殿の治療院だし、アンジェラにはあまり情けない姿は見せたくない。一度司祭様に相談してみようか?元神殿騎士団って言ってたし、こういうことに経験があるかもしれない。


 その日は久しぶりにティリカちゃんを送っていったあと、サティを訓練場に預けた。弓をレベル5に上げちゃったのをどうしようかとは思ったが、なるようになるだろう。サティは天才。それでいいじゃないか。

 軍曹どのとも顔を合わせたくなかったので逃げるようにギルドを後にした。親しい人にはおれが怖がっていることを知られたくはない。アンジェラには薄々ばれてるかもしれない。軍曹どのは会って話せばきっと見破るだろう。



 神殿の治療院に顔を出す。アンジェラと司祭様が治療にあたっていた。

「あら、マサル。どうしたの?」

「やあ、アンジェラ。司祭様に少し質問があるのですが」

「いいですよ。どのようなことでしょうか?」

「ちょっと長くなりそうなので、できれば2人きりでお願いできませんか。治療のお手伝いをしますから」

「そういうことでしたら。アンジェラ、患者さんをどんどん連れてきてください」

「はい、司祭様」

 患者が次々に案内されてくる。それをてきぱきと回復魔法をかけていく。一人、重い病気にかかってる人がいたのでエクストラヒールをかけた。30分ほどで待合室の患者は全て治療をし終わった。

「素晴らしい治癒術ですね。もはや我々では足元にも及ばないでしょう」

「そうだね。マサルは才能があるよ」

 そりゃチートでもらったスキルだしね。褒められてもあまり心が踊らない。ええ、そうかもしれませんね、などと生返事をしておく。

「ではアンジェラ、あとは任せましたよ。マサル殿、こちらへ」

 奥の小部屋に案内された。

「それで質問とはどのようなことでしょうか」

 何から聞こうか。とりあえず魔王とか世界の破滅に関して聞いてみようか。自分のことはそのあとでいい。ちょっと話しずらいし。

 勇者の物語を読んだことを話し、魔王と世界の破滅のことを聞く。ハーピーが襲ってきたのは何かの兆候ではないのかと。

「なるほど、魔王の復活に世界の破滅ですか。ですが勇者に魔王が倒されて以来、新しい魔王が誕生したという話は聞いたことがありません。世界の破滅に関してもここ数年は魔境との境界は非常に安定してます。開拓村を作る計画はご存知でしょう?成功すれば王国の領土は広がるでしょう。もうかつてのように国土を蹂躙されるようなことはありませんよ。心配いりません。それに今回のことですが、この程度のことはよくあることなのです。たとえ神殿騎士団がいなくても、多少の被害は出たでしょうが必ず撃退できたでしょう」

 司祭様が言うならきっとそうなのだろう。魔王は復活していない。少し安心した。少なくとも勇者のように魔王と戦うはめにはならないだろう。現時点では。

「あまり役には立てませんでしたが、このような回答でよかったですか?」

「いえ、十分です。心が軽くなりました。それでもう一つ相談があるのです」

「はい。遠慮無くおっしゃってください」

「怖いのです。ハーピーが。夢で襲ってくるのを見て夜中に目が覚めるんです」

「なるほど……若い兵士がよくかかる心の病ですね」

 司祭様はちょっと考えてから続ける。

「それに関してはわたしにできることはありません。自分で恐怖と向き合うしかないのです。恐れずに事態と正面から向きあえば時間が克服してくれるでしょう」

「そうですか……」

「力になれなくて申し訳ない。ただ、ほとんどの人はいずれ回復しています。怖がることは別に恥ずべきことではありません。きっとマサル殿も克服できますよ」

 ありきたりの回答だと思ったが、司祭様が言うと説得力があった。

「はい。ありがとうございます、司祭様」

「そうだ。このあとまだ時間がありますか?」

「ええ、午前中は大丈夫ですが」

「実は信者の方でね。目の悪い方がおられるのです。ですが、高位の術士にかかるようなお金は……」

「ああ、なるほど。構いませんよ。治療費はいりません。その人はどちらに?」

 回復の魔法をかけるくらいなんの手間もかからない。この世界の人はなんでこの程度で大金取るんだろうと思わなくはないが、きっとこのレベルの回復魔法を使える人材が少ないんだろうな。

「すぐ近所です。案内します」



 アンジェラに声をかけて神殿を出る。そして数分ほど歩いたところにある家を訪ねた。ここの一家のあるじが去年くらいから目を悪くして、ほどなく失明したのだそうだ。原因はわかっていない。

「ジーナさん、わたしです」

「ああ、司祭様。このようなむさ苦しいところにわざわざ。なんの御用でしょうか」

 若い女性が出迎えてくれた。

「お父上はおられますかな?実は腕のいい治癒術士殿を連れてきたのです」

「まあ!すぐに父を連れてきますわ。ここで座ってお待ちください」

 ジーナと呼ばれた女性に手を引かれて中年の男性がやってきた。ジーナさんの年齢からしておそらく35かいっても40くらいだろう。

「これはこれは司祭様、目が見えぬゆえの無作法はお許しください。それで今日は?」

「治癒術士殿をお連れしたのです。目の治療を試していただきましょう。こちらが治癒術士のマサル殿です」

「ですがご存知の通り、うちには金がありませんじゃ。治してもらっても治療代は……」

「大丈夫です。今回は通常の治療費だけで結構ですので。ね?マサル殿」

「ええ。それに治せるとも限りませんから」

 治療のために部屋を暗くしてもらう。サティと違って完全な失明状態からだが、これでいけるだろうか?ドラマとかでは包帯を巻いて少しずつ解いていっていたが、何か違う気もするし。とりあえず光が漏れてるところも何箇所か塞いで部屋はかなり薄暗くなった。

「では治療を開始します。目を閉じていてください」

【エクストラヒール】詠唱開始――――――――――――発動。

 ヒールは問題なく発動した。まあ魔法に関しては問題なんか起こったことがないんだけど。

「では机を見ながらゆっくり目を開いてもらえますか?ゆっくりですよ」

「お、おおお……」

「大丈夫ですか?それでは慣れてきたらゆっくり周りを見てください」

「見えますじゃ……目が……わしの目が……」

「お父さん!」

 ジーナさんが男性に抱きつく。

「おお、司祭様、マサル様、なんとお礼を言っていいか」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

「もう一生目が見えないものと思っておりましたのに」

「さすがマサル殿です。素晴らしい腕ですね」

「いえ、大したことは」

 23年生きてきて人に感謝されたことなどほとんどない。それがこうして感謝されて頭をぺこぺこ下げられる。感謝されるだけのことをやったのはわかってるが、これってチートなんだよ。おれは元はなんの取り柄もないニートなんだ。神様にたまたま能力をもらっただけなんだ。感謝されてしかるべき人間なんかじゃない……

 考えこんでいると、ジーナさんが奥からやってきてテーブルにじゃらじゃらとコインを置いた。銀貨が数枚。ほかは銅貨などだ。

「あの、少ないですがお礼です。それとこれも」と、綺麗な指輪を差し出す。

 指輪を受け取って見る。小さな宝石が嵌った綺麗な指輪だ。

「母の形見なんです。うちにはそれくらいしか値打ちのあるものがなくって……」

 えええええええ!?そんな重いもの受け取れないよ!

「いやいやいや。お返ししますよ!ほら、最初に言ったとおり通常の治療費だけでいいですから!司祭様、治療費分だけもらってください」

「そんな!それではなんとお礼をしていいものか」

「いやいや本当にいいんです。お金が欲しくてやったんじゃないですから」

「ですが……」

「ほらほら、お二人とも。マサル殿が困っておられますよ。謝礼はこれだけで結構ですから」と、司祭様がコインを何枚か手に取りおれに渡す。

「そうですか……そうだ!ジーナ。おまえマサル様のところにいくといい。マサル様、この子はよく働くとても気立てのいい子ですじゃ。メイドでも妾もでいい。好きに使ってやってくだされ。な、ジーナ?」

「そんな……お父さん。マサル様にご迷惑じゃ……」と、ジーナさんもなんだか満更でもない感じで、こちらをちらちら見ながらもじもじしている。

「いえ、本当にいいですから!どうしてもお礼をしたいなら孤児院になにかしてあげてください。さ、司祭様。このあとも治療がありますよね?行きましょう!」

 そういって司祭様を引っ張って家をでる。



「はっはっは。もらってあげればよかったのに」

 何を無責任なことを言ってんですか。ちょっと惜しいとは思うけど。ジーナさんはエプロンが似合い髪を後ろでしばった町娘って感じで、地味めだけど結構可愛かったし。

「司祭様はご結婚は?」と、ふと聞いてみる。

「妻がおりましてね。この町で暮らしてますよ」

 初めて聞いた。

「以前は孤児院を手伝ってもらっていたんですが、体を悪くしましてね」

「え、大丈夫なんですか?」

「ええ、腰を少しだけなので。もう平気なんですが、今は家で孫の面倒を見てまして」

 孫か。司祭様結構年寄りだもんな。

「アンジェラに料理を教えたのもうちのでしてね。今度うちで食事でもいかがですかな?素人ながらなかなかおいしいものを作ってくれますよ」

「はい、機会があれば」

 司祭様は毎日家に戻って寝ていて、孤児院は主にアンジェラにシスターマチルダと相方の人がやっているんだそうだ。

「マサル殿は立派な力をお持ちです。何も無理して戦う必要もないのですよ。このように治療をして人々に感謝されるのも、素晴らしい生活だとは思いませんか?」

「そうですね」

 もし世界の破滅という前提がなければそれも良かっただろう。アンジェラと一緒に治療院で働き、毎日を平和に暮らす。そんな生活も。



「おかえりなさい、司祭様、マサル」

「長々と留守にしてすいませんでした」

「いえ。患者さんは一人来ただけだったので」

「じゃあ、アンジェラ。またね。司祭様もありがとうございました」

「こちらこそ助かりました。それと先ほどのこと、考えておいてくださいよ。いつでも歓迎しますから」



 まだ時間があったので久しぶりに草原に行くことにした。引き篭っているうちに野うさぎの肉はもちろん、大猪の肉も使い切った。ドラゴンの肉はまだあるけど、これはとっておきにしておきたい。

 門を通るときにいつもの門番の兵士に呼び止められた。

「マサル。ちょっと話がある」

 おお。なんだ?いつもは野うさぎとかドラゴンスレイヤーとか言うのに初めて名前を呼ばれた。

 門の兵士詰所に連れて行かれる。

「ハーピーが攻めてきた時、うちの兵士を治してくれたそうだな。礼を言おうと思っていたんだがおまえが中々捕まらんでな」

「ええ、ちょっと怪我したんで家でごろごろしてたんですよ。傷は大したことはなかったんですが」

「そうか。じゃあとにかく礼を言う。ありがとう。うちの連中もみんな感謝してるよ。あの治療が間に合わなければ誰か死んでたかもしれん」

「いえ、神殿騎士団の人も治療に来てましたし、そんなに大したことは……」

「神殿騎士団が来る前にでかい火魔法で牽制したのもおまえだろ?あの練習していた魔法だな。あれでずいぶん時間が稼げたって言ってたぞ。謙遜するな。おまえは何人もの命を確実に救ったんだ」

 そうか。そうだな。命を落とした4人の冒険者のことばかり考えていたが、確かに命を救われた誰かがいたんだ。

「おい、何を泣いてんだよ?おれ何かまずいこと言ったか?」

 あれ?おれ泣いてる?

「いえ、おれがもっと……もっと上手くやれれば死ぬ人もいなかったんじゃないかってずっと思ってて。でも救われた人もいるんだって言ってもらえて……」

 いかん。こんなとこで泣くなんて。詰所で2人しかいなくてよかった。

「もっと上手くやれとか、おまえにそんなこと言う奴はいないさ。一人でできることなんかたかが知れてるんだ。おまえには兵士一同感謝しているんだ。もう一度礼をいう。マサル、ありがとう」

「いえ。モンスターと戦うのが冒険者の仕事でしょう?やれることをやっただけです」

「そうだな。だが恩は恩だ。何かあれば言ってくれ。いつでもおれたちが味方をしよう」



 その日は5匹だけ野うさぎを狩ってすぐに町に戻った。そんな気分じゃなかったし。
「サティちゃんは天才だな!いや100年に一度の天才に違いない!」
教官たち大絶賛である
その場の勢いでレベル5にしたのはやりすぎたか……?


次回、明日公開予定
39話 大は小を兼ねたり兼ねなかったり

誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。



「ハーピー戦のとき魔法を使おうとしたら1匹のハーピーが急に叫んでそのあと群れごとこっちに襲ってきたんですが、あれは指揮官か何かだったのでしょうか?」
「そうだな。ああいう大きい群れになると必ず上位種が混じっている。エリートハーピー、ロードハーピー、ハーピークィーン。呼び方は色々あるがな。そいつがそうだったのだろう」
「なるほど」
みたいな会話をどっかにいれようと思ったけど
いい場所がなかったのでここに書いておこう

※ジーナさんはちょい役です。今後の出演予定はありません。
誤字訂正
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