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第二章
34話 間違えないでね
「エリザベスがいなくなってさみしい?」

 玄関前で、エリザベスの行ったほうを見ていると、そうアンジェラが聞いてきた。

「ちょっとね。一人だったら死にそうな気分になってたかも」

 そしてすぐ側に立っているサティの顔をみて笑いかける。うん、サティがいるからね。

「アンジェラこそずいぶん心配してたじゃないか。喧嘩ばかりしてたから仲が悪いのかと思ってたよ」

「別に嫌いじゃないのよ。ちょっと突っかかってくるから言い返してるだけ」

 そういうものか。それにしても最後のあれ。やっぱりそういうことなんだろうか。ファーストキスって言ってたし。でも異文化だし、どの程度の意味があるのか。恋愛感なんかは話してるとそう違いはないと思ったが、キスがどうのこうのってのは話に出たことがない。

 サティとティリカちゃんは朝食の後片付けに先に中にはいった。ちょっと聞いてみるか?

「こんなこと聞いていいのか、よくわからないんだけど。ほら、おれって遠くの国の出身だろ?風習って色々あるし、エリザベスがその、最後に……」

「キス?」

 ほんの一瞬だったし、死角で見えなかったかもって思ってたがばっちり見られてたか。

「そう。あれってどの程度の好意でするものなんだろうか。うちのほうじゃかなり好きじゃないとしないんだけど、こっちは気軽にするものなのか?」

 ファーストキスとは言ってたけど、イタリア人みたいに挨拶かわりにチューチューする国もあるし。いやあれは頬だっけ?

「気軽になんかしないわよ。エリーはちゃんとマサルのこと好きだよ。わかってあげないとかわいそうじゃない」

 この前も冗談とか言ってたし、軽い気持ちでするのかと思ったけど、日本とそんなに変わらないんだな。てことはあれ?冗談って言ったのも……

「うん、ごめん。好意を持ってくれてるのはわかってたんだけど、友達としてとか弟子としてとかかもしれないしって」

「そうね。あの子ちょっと素直じゃないところもあるしね」

「昔ね、ちょっといい雰囲気になった子に告白したことがあったんだ。でも結果は惨敗でね。友達として好きだけど、そういうことじゃないって。そのあとはぎくしゃくしちゃって疎遠になっちゃってさ。それが2回もあったんだ……」

 好意を寄せてくれるそぶりがあっても、それが友情なのか、ただの愛想なのか。それとも本当に愛情なのか。よくわからない。

「そう……」

「それからそういうの怖くなっちゃって」

「安心しなさい。エリーもサティもちゃんとマサルのことが好きだから」

 サティは誤解のしようもないけど、まさかエリザベスがな……

「わたしも」

「ん?」

「マサルを好きだから。間違えないでね」

 そういうとおれを置いて、アンジェラはさっさと家に入っていった。





 しばらく気持ちを落ち着かせてから家に入ると、アンジェラがまた後で来ると言って入れ違いに出て行った。ちょっと顔をあわすのは恥ずかしかったからありがたい。

「じゃあ準備してティリカちゃんをギルドに送っていくか」

「はい」

 まずティリカちゃんを送って、サティを訓練場に預けて。野ウサギの肉がなくなっちゃったから、草原で狩り。それと薪用の木を切る。今日の予定はこんなもんか。アンジェラのことは後でゆっくり考えよう。ちょっと混乱してる。



 ギルドに着き、ティリカちゃんを副ギルド長のところに連れて行く。

「いやー、毎日すまんなあ。何かお礼でもしたいところだが、なにか希望はあるか?またあの酒もってきてやろうか。知り合いの蔵で作ってるやつでな。なかなか手に入らんのだよ」

 ドレウィンはギルドでは上司部下ではあるが、家族のいないティリカちゃんの保護者代わりでもある。

「ああ、それはいいですね。あのお酒美味しかったですよ。でもそんなに気にしないでも。サティは喜んでますし、ティリカちゃんそんなに食べないですしね」

 大食いのサティに比べてティリカちゃんの食べる量は普通だ。

「それにギルドには世話になってますから」

 実際、訓練場で無料で鍛えてくれるのはとてもありがたい。

「そうかそうか。まあ酒は今度もらってきてやるよ」

「はい。サティ、訓練場に行くぞ」

「はい、マサル様。ティリカちゃんまたね」

「ばいばい。おねーちゃん」



 訓練場に行くとサムソンさんは若い冒険者の相手をしていた。声をかけるとそいつを置いて、すぐにこちらに来た。

「よくきたな。今日もたっぷり鍛えてやろう」

「はい。教官どの!」

「あの。あっちはほっておいていいんですか?放置されてどうしていいかわからないって顔してますよ」

 教官の数は限られているので指導は基本先着順だ。誰もあいてなければ自主練習でもして待つことになる。

「やつは一人前の冒険者だ。半人前のサティちゃんを鍛えるほうが大事に決まってる!だがそうだな。マサル、おまえ相手をしてやれ」

「少しだけですよ。このあと用事もあるんですから」

「おい貴様。こいつに相手をしてもらえ」と、冒険者のほうに押し出される。

 木剣を取り、冒険者の前へ行く。先ほどサムソンさんとやっているのを見た感じでは、クルックと同程度か少し強いくらいだろうか。相手をするのに問題はなさそうだ。

「ではお相手します」と、構える。

 この世界の冒険者はみな背が高いし、体格がいい。じゃあみんなそうなのかと言うとそうでもない。そこらへんを歩いている人や、店で働いてる人なんかは小さい人も普通にいる。きっと体格もよくて運動が得意なやつが冒険者になるんだろう。

「おいチビ、お前あの子の連れか?横入りしやがって。どうせならあの子を連れてこい。おれがたっぷりと可愛がってやるよ」

こいつも結構でかい。160cmのおれと比べて頭一つ高いし、体格もいい。背も小さく、体も細いおれじゃタックル一つで吹き飛びそうに見えるだろう。ずいぶん馬鹿にしたような口調だ。

 だがちょっとむかっと来たぞ。おれがチビなのは本当だが、サティに目をつけたのは許せない。横入りも別にこっちが無理してやったわけじゃない。教育的指導が必要だな。

「まあまあ。回復魔法も使えますから、本気でかかってきてもいいですよ。それともチビが怖いですか?」

「なあにおぉ。くそチビ、逃げるなよ。ぼっこぼこにしてやるよ!」

 あ、やべ。ちょっと怖い。暁のオルバさんやラザードさんに比べたら全然迫力にかけるから余裕こいてたら、やっぱり怖いわ。そう言えばクルックや教官とかを除いて、他の人とやるの初めてだっけ。

 おれがちょっとびびったのが分かったのだろう。ニヤニヤしながら近づいてくる。

 そいつが上段に振りかぶり打ちかかってくる。それを盾で受け、カウンターで軽く胴を打ってやる。防具の上からだが、少しは痛いだろう。

 よし、やっぱりそれほど強くないぞ。怖がって損した。

 一本いれられて怒ったのだろう。顔を真っ赤にして襲い掛かってくる。

 だが、頭に血がのぼって動きが雑になっている。相手の攻撃を受け流しながら、ほらほら足元がお留守ですよ?と蹴りを足にいれてすっころばせてやった。

「ジェンド!冷静に動きを見ろ。マサルはもっと本気でやれ!」

 遊んでたらサムソンさんから指導が入った。ジェンドと呼ばれた冒険者も立ち上がり今度は慎重に距離を取っている。

 本気か。寸止めなんて器用な真似はできないが、木剣だし、防具も着てるからそう酷いことにはならないだろう。教官達は本気でやっても余裕で相手をしてくるし、クルック達とはどこか手加減をしていた。日本では喧嘩なんかしたことがない。相手を怪我させるのが怖いし、静かに殺気を向けてくるこいつはもっと怖い。だがこれは訓練だ。それにサティにちょっかいを出そうとしたこいつにお仕置きも必要だ。やるしかない。

 ジェンドはカウンターでやられたので今度は待ちの作戦のようだ。だからこちらから打ち込んでやる。1合、2合、3合。うわ、こいつ思ったより強いぞ!?クルックと同程度とかとんでもない。

 だが小兵のおれを非力と侮ったのだろう。相手の木剣を盾で力任せに打ち払い、側頭部に容赦なく剣を打ち込む。ヘルムの上からだったが、どっと地面に倒れうめいた。

 やばい、頭にまともにいれちまった!?【ヒール】【ヒール】

「おい、大丈夫か?」

 ジェンドは頭を振って立ち上がった。

「くっそ。もう一本だ!」

 すごい目で睨みつけてくる。そんなに睨まれると怖ええよ。やるんじゃなかった。一発いれて倒してスッとしたし、もうやりたくなかったがこいつはやる気まんまんだ。

「ああ、だがこのあと用事がある。あと一回だけな」と、平静を装って告げた。



 少しヒヤッとする場面もあったが、3発ほどいいのを入れるとジェンドは倒れた。倒れてゲホッゲホッと咳き込んでいる。最後の胴でアバラが折れたかもしれない。

「ほら、いま回復してやるから【ヒール】【ヒール】」

 ヒールをかけてようやく呼吸も落ち着いてきたようだ。

「すまない。マサルと言ったか。おまえ強いな。チビって馬鹿にして悪かったよ」

「いや、こっちこそ教官取っちゃって。お互い様ってことで」

 ちょっと心が痛む。おれの強さは所詮チートスキルの借り物だ。この人はきっと血の滲むような努力をしてきたんだろう。おれの本来の強さなど、クルックどころかサティにすら勝てないかもしれない。強いって言われるとほんとに申し訳ない気分になる。

「そうか。また今度相手をしてくれないか?」

 なんだ。普通に話せばいい感じの人だな。顔は怖いけど。

「ああ。機会があればな。じゃあおれはそろそろ行かないと」

 サティに声をかけて訓練場をあとにする。さて、このあとは草原に行くんだが、少し寄るところがある。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 おれはまた奴隷商に来ている。今度は普通に扉をくぐる。前と同じ禿の人が出迎えてくれた。そういえば名前すら聞いてないな。

「おや。お兄さん。あの子はうまくやってますか?もしかして返品とかじゃ……」

「いえいえ。よく働いてくれますよ。今日は別の件でして」

「そうですか。よく働いてくれますか。そいつはよかった」

 きっと変な想像をしてるのだろう。だが面倒くさかったのでそのままにしておく。

「じゃあまたお買い上げに?新しい子が入ってますよ」

「あ、いえいえ。この前の一番右の年上のおねーさんいましたよね。あの子まだ残ってますか?」

 もし残っていたら買い取ってもいいかもしれない。お金はあるし。





 正直ここに来るのもずいぶん迷ったのだ。だがサティと話してるとちょくちょくおねーさんの話が出てくる。ずいぶん面倒を見てもらったらしい。

「また会いたい?」と聞くとサティは首を振った。

「もし誰かに買われたらわたしのことは忘れてご主人様にしっかりご奉仕しないさい、わたしもそうするからって。だからいいんです」

 そうか。おねーさん男前だな。でもサティ、ちょっとうるうるしている。やっぱり会いたいんだろうな。





「あー、あの子ね。ちょっと前に売れちゃって」

 しまった。もっと早くに来るべきだったか。でもお金が入ったの2日前だし、エリザベスがいるとついてくるって言いだしかねなかったんだよな。

「そうですか。どこに売られたんですかね」

「それはお客様の個人情報になりますのでちょっと」

「ああ、いやいや。うちの子がね。仲がよかったみたいなんですよ。それでどうしてるかって心配してて」

「そういうことでしたら。どこの方かは教えられませんが、さるお金持ちにメイドとして買われましてね。その方の悪い評判は聞いたことはありませんから、よくしてもらってると思いますよ」

「そうですか」

 うん、それを聞いたらサティも喜ぶだろう。

「あー、あとですね。一番高かった子。あの子は……」

「あの子も売れちまいまして」

 むう。ちょっと残念だな。まあ買い取るお金も足りないんだけど。

「今日も見ていきますか?準備してきますよ」

「あ、いいですいいです。このあと用事があって。教えてくれてありがとうございました。では!」

 そう言って店を後にした。危ない危ない。迂闊に見たりしたらまた買ってしまうかもしれない。

 おれは子猫がいたら拾って帰ってきちゃうタイプなんだよ……
「そうだな。あの姿からはあまり戦士という風には見えないが、
獣人には生まれつき戦う本能があると言う。
実戦ともなれば立派に戦ってくれるはずだ」
「そういうものでしょうか」
「ああやって必死に訓練しておるのだ。主人のお前が信じてやらなくてどうする」


次回、明日公開予定
35話 サティ育成計画

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