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第二章
33話 ファーストキス
 食後のプリンを食べながら、アンジェラの持ってきた本を見せてもらった。本と言ってもただのノートだ。中を見ると目次などもちゃんと書いてあり、手書きながら綺麗な字で読みやすそうだ。さすがに挿絵のたぐいはついてないけど。

 タイトルを見てみると、『ドラゴンと魔法使い』『ヒューマンになりたかったゴーレム』『森のエルフと黒い騎士』『火吹き山のドラゴン』『エルフ姫』地球の童話にもありそうなタイトルだ。ドラゴンとエルフが人気なのか。そう言えばエルフっているらしいんだけど、見たことないなー。珍しいんだろうか。

「ありがとうアンジェラ」

「うん。返すのはいつでもいいからね。同じのはあるから」

「これ、ティリカちゃんが貸してくれたんですよ」と、サティに2冊の本を渡される。立派な装丁の高そうな本だ。タイトルは『ガレイ帝国記』『リシュラ王国の成立』ってどうみても字を習ってる子供に読ます本じゃないだろう。

「面白い」と、ティリカちゃん。

「お、おう。ありがとうな」

 ぱらぱらと見てみるとやっぱりお隣の帝国とこの国の歴史を綴ったものだった。まあ歴史の勉強もしといたほうがいいし、読み聞かせくらいはやっとくか。



 アンジェラはまた後でと帰っていき、サティとティリカちゃんは童話のノートで読み書きの勉強をしている。おれはエリザベスと居間に移動して、ナーニアさんのことを聞いてみた。

「上手くいったわよ」

 でもなんか不満そうな顔だな。

「聞いてよ!オルバが告白してナーニアがOKしたところまではいいのよ」

 うん、確かにいいだろう。それ以外何があるんだ?

「問題はそのあとよ!手を握ってチューして終わりだったのよ!」

「いや、最初だしそんなもんじゃないのか」

 告白していきなり最後まで行くほうが問題ありそうだが。

「時間がないのよ。もうすぐこの町を出るんだから。そしたらそんな暇なくなるのよ」

「もうすぐ休暇終わりだっけ。休暇が終ったらどうするの?」

「休暇は明日までね。明後日からゴルバス砦にむかって、そのあとは魔境よ」

「魔境ってすごく危険って聞いたぞ」

「そうよ。だから急いだほうがいいんじゃない。いつ死ぬかもわからないのよ」

 死ぬかもってそんなにやばいのか……

「魔境って言っても色々でね、予定しているところはそれほど危険はないはずなんだけど、何が起こるかわからないのが魔境よ」

 ドラゴンにも怯まなかったエリザベスが言うんだ。よっぽどなんだろうな。心配だ。

「それなのにチューだけなんて……発破のかけかたが足りなかったかしら?」

「女の子がチューチュー言うな。はしたないぞ。それにエリザベスはどうなんだよ。経験あるのか?」

「そ、そんなのないわよ。マサルこそどうなのよ」

「ないぞ」

 なんだ、ただの耳年増か、と赤くなったエリザベスを見る。やわらかそうな唇だな。キスしたら気持ちよさそうだ。なんて考えてると、エリザベスと目があった。なんとなく黙って見つめあう。顔が近い。なんだ?あんまりチューチュー言ってたから変なこと考えてどきどきする……。エリザベスが口を開く。

「た、試しにチューしてみ……」「マサル様!大変です!」

 うわっ、サティか。びっくりした。いや待て、いまエリザベスなんていった?

「どうした、サティ?」

「プリンを作ろうと思ったんですが、薪がもうありません!」

 薪ならアイテムに細かく切る前のがあったな。今から切らないと。

「じゃあ今から薪を作るよ。ちょっと待っててくれ」

 庭に出て、丸い木と斧を出す。なんか台がないとちょっとやり辛いな。まあ地面でいいか。斧で木を力任せにがしがし切っていく。パワーがあがったから面白いように切れるが、やっぱり面倒くさいな。こういう時は子供達だな!森で木でも切ってきて子供たちに薪を作ってもらうか。

 それにしても。さっきエリザベスは何を言いかけたんだろう。試しにチューしてみない?うーん。でもそれ以外考えられないよな。

 しかし、チューか。エリザベスがおれのことを好きなんてあるんだろうか。タダ飯を食べに来てるだけと思ったが、もしかしておれのことを……いや、ダメだぞ。ここでおれのこと好きなの?なんて聞いた日にはエリザベスに馬鹿にされてしまう可能性がある。それだけならいいけど、ドン引きされてもう来ないとか言われたらダメージでかいぞ。

 居間に戻る。エリザベスはこっちを見るとぷいっと横を向いた。

「あの、さっき言いかけたのは……」

「冗談よ」と、横を向きながらいう。

 そうか。そうだよな。変なこと聞かなくてよかった。恥かくところだった。

「わたしも料理、覚えてみようかしら」

 ふいにエリザベスがつぶやいた。

「そうだな。家事の一つもできないと、いつまでもナーニアさんに心配かけてばかりになるぞ。試しに今日、アンジェラに少し教えてもらえばどうだ。ティリカちゃんも少しはできるようになってきたみたいだぞ」

「そうね……」

 それからエリザベスに魔境での依頼のことを教えてもらった。依頼は新規の開拓村を作るにあたって、その警備と周辺のモンスターの排除である。開拓村は魔境への足がかりとして頑丈な砦が作られる。開拓村ができたら軍や冒険者の拠点となり、人族の領域を押し広げるのだ。任務は数ヶ月にも渡る。ある程度交代でゴルバス砦には戻ってくるが、基本的にはずっと魔境で生活することになる。でも高レベルのパーティーがいくつも参加するし、この前のドラゴン戦ほどの危険はないはずよ、と。

「ねえ、マサル」

「うん?」

「一緒に来ない?」

「サティを放ってはおけないよ。一緒に連れてくわけにもいかないだろ」

 真剣な顔をして聞くエリザベスを見て、もしサティがいなかったらついていっちゃったかもしれないな、とそう思った。でももし本気で行こうと思ったなら、サティをアンジェラかティリカちゃんに預けたりやりようはあった。結局のところ、話に聞いた魔境が恐ろしかったのだ。

「そうよね」と、さみしそうなエリザベス。

「魔境から帰ったら……(さっきの続きをしましょうか)」

「ん?」

 小さな声で何を言ったのか聞こえなかった。

「ううん。なんでもないわ。魔境から帰ったらまたプリンを食べさせてちょうだい」

「いいよ。たっぷりご馳走する」





 夕食はエリザベスも手伝い、鍋をひっくり返して大騒ぎだった。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 おれはいま、そわそわとお風呂の順番を待っている。ティリカちゃんは既にお風呂からあがり、いまはアンジェラがサティに洗われているはずだ。昨日は洗われちゃったんだけど、あっちから来るのとこっちから行くのでは気分がずいぶん違う。裸のサティが待ってると思うと、すごく緊張するのだ。

 アンジェラが出てきて、入れ替えにエリザベスが入っていく。おれはこの次か!?

 ソファーに座ったアンジェラがいつもより赤い顔をしている気がする。ちょっと聞いてみた。

「気持ちよかった?」

「かなり」

「そうか」

「マサル、あんたまさか全身は洗ってもらってないよね?」

「頭と背中だけだ」

「そう。ならいいのよ」



 エリザベスも出てきた。ほっこりとした顔をしている。

「サティ、いいわね。あの子わたしに譲る気はない?」

「いやいや、あげないよ!」

「そう。まあいいわ。はやく行ってあげなさい。サティ待ってるわよ」

 サティ、2人にどんな洗い方をしたんだ……

 おそるおそるお風呂に入るとサティはバスタオルを体に巻いて待っていた。ほっとする。いいぞ、サティ。やればできるじゃないか!

「アンジェラ様がマサル様のときはこれをしておけって」

 なるほど。さすがはアンジェラ。常識人だ。

「いいんじゃないか。似合ってるよ、うん。これからはそうするといいよ」

「はい」と、ちょっと残念そう。そんなに裸をおれに見せたいのか。おれもそろそろ我慢の限界だし、2人切りになったら見せてもらおうかな?

 昨日と同じように洗ってもらい、一緒に湯船に浸かる。今日は前も洗うとは言わなかったな。それもアンジェラだろうか。本当に助かる。おれじゃ説得しきれないし。

 今日は落ち着いて湯船からあがり、ちゃんと体を拭く。もちろん手早くだ。サティがついてきてるからね。拭くのを手伝ってくれようとしたが、そこは固辞した。だって、サティ素っ裸なんだぜ……



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 翌日。おれは朝からプリンを作っている。大量にだ。冷やすための氷も買って来て臨時の冷蔵庫も作ってある。

「プリンとから揚げを作ってちょうだい。もちろんタルタルソースもね。お金はいくらでも出すわ」

「どれくらい?」

「最低でも2か月分くらい欲しいわ。あっちでいつでも食べられるようにね」

 予想外に多いぞ!?そりゃアイテムボックスなら保存は思いのままだけど、2か月分ってどれくらいだ。60日で2食として120個?から揚げをエリザベスが食べる量で考えると……300g×120で36kgのから揚げか。これは大変なことになりそうだ。

 作っては冷やし、作っては冷やす。すぐに冷蔵庫は満杯になり、臨時の冷蔵庫も埋まっていく。

 容器は大量に買ってきたし、馬乳は店で売ってる分で足りなかったので、卸し元の牧場を探して買い取ってきた。

「そうね。一日2個……いやそれだと。一日1個で……」

 エリザベスは大量に完成したプリンを見て満足気だった。ニマニマしてプリンを眺めている。



 午後からのから揚げ作りはアンジェラも手伝ってくれた。手持ちの野ウサギの肉だけでは足りず、ドラゴンの肉と大猪の肉も半分くらい差し出さされた。マヨネーズも全部使い、タルタルソースを大量生産する。またマヨ作りしないと……ごめんよ、子供達。恨むならエリザベスを恨め。

 作った端からエリザベスのアイテムボックスに入れていく。途中で入りきれなくなったのか、色んな雑貨や服なんかを出してさらにから揚げを投入していく。2か月分といっても1人分。食材自体は思ったより少なくすんだ感じだが、問題は容器だ。プリンなど1個ずつ陶器製の容器に入ってるからすごい重量になっている。

「服とか道具、持って行かなくていいの?」

「持てる分は担いで持っていく。それに服はなくても困らないわ」

 いやいや、から揚げもなくても平気だろう?

「だめよ!なかったら困るわ」

 どんだけから揚げ好きなんだよ……

 午後遅くにようやく全ての作業が終わり、エリザベスは荷物を背負い袋にいれて重さを確かめたりしている。背負い袋はぱんぱんだったが、それでも結構な荷物があとに残された。

「そんな重そうなの背負ってて大丈夫なの?」

「基本的に馬車で移動するから。あとこの荷物、預かっておいてね」

「うん。いいけど、なくても困らないの?」

「あっちでは定期便がでる予定だし、いざとなったら体一つあればいいのよ。魔法使いなんだから」

 そんなにから揚げが大事なんですね。プリンはともかく、から揚げくらいなら魔境でも作れそうだし、次戻ってきたら作り方を覚えてもらおう。

「考えておくわ。料理って簡単そうに見えて案外難しいのね」

 いや、あんなに派手に鍋をひっくり返したり、お皿割ったりするのエリザベスだけだよ!



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 翌朝、家の前で全員でエリザベスを見送った。サティとティリカちゃん。アンジェラも来ている。

「じゃあね、あんたたち。わたしがいなくてもちゃんとやるのよ?」

 いや、それはこっちの台詞だろう。

「お気をつけて、エリザベス様」

「依頼。がんばって」

「本当に気をつけるんだよ?危なくなったらフライとかで逃げたらいいんだからね」

 最後におれが一枚の紙を渡す。

「プリンやから揚げの作り方を詳しく書いておいた。向こうで材料が手に入るかわからないけど、作れそうならナーニアさんにでも作ってもらうといい」

「ありがとう、マサル」

 エリザベスはそういっておれをぎゅっと抱きしめた。そして離れ際、ちょんと口をつけるだけのキスをした。

「ファーストキスよ。光栄に思いなさい」と、耳元でささやく。

 おれが驚いて固まっているうちにエリザベスはさっさと歩いて去っていった。
4番の子を奴隷商に見に行くマサル
「あの子はもう売れちまいましてね」
じゃああのおねーさんでも……

次回、明日公開予定
34話 間違えないでね

誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。



魔境にいるエリザベス。マサルのもとに魔境の前進基地がモンスターの大軍団に襲われたとの急報がはいる。助けに走るマサル。だが少しの差で間に合わない。
「ああ、マサル……マサルなの。来てくれたのね」
「しっかりしろ、エリザベス。今ヒールをかけてやるからな!」
「もういいの。わたしは助からないわ。自分の体だもの。わかるわ」
「絶対に助けてやる!エリザベス」
「お願い、マサル……世界を……世界を救って……」
「ああ、わかった。世界を救うよ……エリザベス……だから死なないでくれ……」
「ありがとう、マサル。あとサティと仲良くするのよ?」
「うん、うん。わかったからもうしゃべるな……」
「アンジェラ……マサルをよろしくね。こいつ頼りないところがあるから……」
「わかった。マサルのことは任せなさい」
「ああ、マサル。もう目が見えないわ。マサル、マサル……大好きよ……」
「エリザベス……?エリザベーーーース!!!!」
という妄想。自分で書いててちょっとうるっときた。
エリザベスさんには今後も活躍してもらいますし 、ハッピーエンドが好きなのでこういう鬱展開はありません。
「魔境から帰ったらまたプリンを食べさせてちょうだい」が死亡フラグっぽかったので書いてみた。
※世界を救う予定は今のところありません。
誤字訂正
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