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第二章
26話 水と風と我関せずな人たち
「あ、えっと……ようこそ?」

 おれはアンジェラとエリザベスが2人並んでいるのを見て呆然としていた。なんでこの組み合わせ?

「ちょっと、マサル!この女はなんなのよ!」と、エリザベス。

「この女って何よ!へんな黒いローブを着て!」と、これはアンジェラ。

 なんでこの2人、こんなに険悪なムードなんだ!?

「ええっと、まあまあ。2人とも落ち着いて。こちらが、森の調査のときに世話になった、Bランクパーティ暁の戦斧のエリザベスさん。で、こちらが、神殿の神官で色々お世話になっているアンジェラさん」

「Bランク……」「神官……」と、2人は睨みあっている。

「あ、あの。とりあえず中に入ったらどうかな……」

 2人を中に通す。

「む。あの子たちはなに?」

「2人とも見たことのない子だね。なんで家にいるの?」

 2人はティリカとサティを見て、また聞いてきた。

「ええと、この子はギルドの職員のティリカちゃん。それで、こっちはサティ。家事とかやってもらってる……」

「マサル様の奴隷のサティです!」と、頭を下げる。どこに出しても恥ずかしくなさそうな満面の笑顔で宣言するサティ。

「奴隷!?買っちゃったの!?」と、アンジェラ。

「ふうん」と、こちらはエリザベス。

 アンジェラは何か言いたそうだったが、エリザベスは気にしてないような感じだ。

「それで、2人とも今日はどうしたの?」と、2人にも椅子をすすめながら聞く。

「マサルがちゃんとやってるか見にきたのよ」

「そろそろ修行をはじめるわよ、マサル!」

「あ、うん。とりあえずお昼にするから2人ともどうかな?」

「いただくわ」「じゃあお言葉に甘えて」

 サティとティリカにも2人を紹介する。ティリカちゃんは特に何もいうこともなく、ぼーっと聞いている。サティに2人のお茶を用意してもらう。



 ああ、油がまずい。目を離した隙に温度が。ちょっと火から外す。スープはいい感じに温まってきている。油の火加減の調節が難しいな。薪を減らして様子を見よう。サティに指示をして、パンとサラダを用意してもらう。油に少しパン粉をいれ、温度を確かめる。いいかな。から揚げを投入する。あげている間に、カツの残りに衣をつける。お皿を用意して、並べていく。くそ、ちょっと足りないか?こんなに客が来る予定じゃなかったし、今度また追加することにして、こっちの器で代用して……パンとサラダは用意できたか。スープが煮えたのでテーブルに運ぶ。から揚げもどんどんあげていく。油の鍋、もっと大きいのにするんだったな。人数いたらあげるの大変だ。から揚げをもり、冷蔵庫からタルタルソースを出して添える。

「じゃあそろそろ食べ始めていいよ。サティも一緒に食べなさい」

「あのマサル様は?」

「揚げ物を見ないとだめだからね」

 揚げ物は揚げたてこそ至高!できたものからすぐ食べないと味が落ちる。

「はいはい。座って。今日のメニューはパンにサラダにスープ。サラダにはそのマヨネーズをつけてね。から揚げにはタルタルソースで。どれもドラゴンの肉を使ってるから絶品だよ!さあ、冷めないうちに食べて食べて」

「あら、おいしいわね。これ」「なにこれ!おいしい」「マサル様、おいしいです!」「……」

 カツも順次あげて、切り分けてテーブルに運ぶ。

「これはドラゴン肉をつかったカツだよ。ソースをかけて食べてね」

「これもいいわね」「さくさくして美味しい!」「おいしいです!おいしいです!」「……」

 好評のようだ。ティリカちゃんは黙って食べてるけど、ガツガツ食べてるようなので大丈夫かな。

 ようやく、カツも揚げ終えたのでおれもテーブルにつく。から揚げもドラゴンカツもまさに絶品。材料がいいと、こうも違うのか。実家だと安い輸入肉とか使ってたしなあ。

 大皿のから揚げがみるみる減っていく。多めに作ったつもりだったけど、足りなかったか。あ、最後の1個でアンジェラとエリザベスがにらみ合ってる。

「譲りなさいよ」「いやよ、わたしが狙ってたのよ」

 ひょい、ぱく。

 「「あ!?」」

 横からティリカちゃんが掻っ攫っていった。エリザベスが涙目になっている。そんなに食べたかったのか。

「ほらほら。まだドラゴンカツとスープはあるから」

 多めに作っておいてよかった。スープも夕食分に手を抜こうと思ってかなりたっぷりあったんだが、もう底がつきそうだ。サティは遠慮して食べているようだ。いつもの食いっぷりが見えない。

「サティ、もっと食べろ。このスープおまえが作ったんだからな」と、スープの残りを皿にいれてやる。

「ありがとうございます、マサル様」

 それをじっと見る、女性3人組。見るとトンカツももうない。

「ええっと。足りないならもっと作ろうか?」

「いえ、もういいわ。なかなかいい腕をしてるじゃないマサル」

「うん、もうお腹いっぱいかな。マサル料理上手だね。びっくりしたよ」

「美味しかった」

 3時のおやつの予定だったが、プリンもう出しちゃうか。冷蔵庫からプリンを取り出す。

「食後のデザート。プリンっていう名前。甘いよ」

 一人一個ずつ渡していく。プリンは6個。人数は5人。テーブルの上に余る1個のプリン。すぐに冷蔵庫に片付けるなりすればよかったんだが、おれはプリンの出来を確かめたくて、すぐにプリンに取り掛かってしまった。

 うん、プリンだな。ちょっと癖のある馬乳と謎卵だったけど、ちゃんとプリンになってる。今度はちゃんとカラメルをつけよう。異世界でもやれば作れるもんだな。油とか砂糖は高いけど、野菜とか調味料は地球と変わらんし、食うのには困らんな。あとは米が手に入ればいうことがないんだが。

 その頃、テーブルでは女達のバトルが始まっていた。

「これは高貴なるメイジのわたしにこそふさわしいわ!」

「何が高貴よ。高貴というなら神官こそ高貴だわ」

 そーっと手をのばすティリカちゃんも、さすがに2人に睨まれて手を引っ込めた。状況は拮抗し、3人はこちらを見る。おれに裁定しろってことか!?

 おれはプリンをがっ掴むと、一気にかきこんだ。うむ。うまい。3人のほうを見ないようにして、サティに指示をする。

「サティ、これの作り方は見ていたな?教えるから同じのを作れ」

「あ、はい。わかりました」

 これでよし。3人もまた食べられるとわかって安心したようだ。でもなんでこの人たち、こんなに食いしん坊なの……とりあえず、後片付けよりプリンを先に作らせよう。



 ダチョウ(仮)の卵があったので割ってみる。大きさは両手で持っても余るくらい。2kg以上は確実にあるな。殻がかたいので、慎重に包丁の背でかんかんと割りはがしていく。ようやく出てくる黄身と白身。馬乳足りるかな。また補充してこなきゃいかんな。鍋に卵と馬乳、砂糖を投入して、サティががしがしかき混ぜる。量がかなりあったので、半分をバケツプリン風に鍋にいれて、残りをさっきプリンをいれていた容器を洗っていれる。

 かまどの火はすでに消えかけており、手間を省くため魔法で水を沸騰させプリンをゆでる。10分待てばダチョウ(仮)プリンが完成だ。今度はカラメルもサティに指示して作らせた。

 後ろで作業をワクテカしながら見守る女性達。

「10分お湯でゆでたあと、2時間冷やせば完成です」

「2時間!?」

 ああ、すぐ食べれると思ってたんですね。残念です。

 その後、バケツプリンのほうが時間がかかりそうだったので、アンジェラに氷魔法で冷やすのを少し協力してもらった。

 サティにあとは任せてテーブルに座る。後片付けをしようとしたら、わたしの仕事ですと主張されて、座らされた。



「それにしてもいつの間に奴隷なんか買ったんだい?家の手伝いならうちの子たち貸したのに」

「あら、奴隷の一人くらい持つものよ」

「買ったのは昨日だよ。エリザベスのとこも奴隷はいたのか?」

「そうね、うちは何人も使っていたわよ」

「へー、うちのほうじゃ奴隷とかいなかったから、珍しくて見にいったらつい」

「ギルティ」

 ぼそっとティリカちゃんに言われ、びくっとなる。すいません、嘘です……幸い2人にはなんのことかわからなかったようだ。

「ついって」

「だって、買わなきゃ娼館か鉱山送りになるって言うから……」

「馬鹿ねえ。そんなの売り文句に決まってるじゃない。マサル、うまく乗せられたのよ。見た目もいいし、よく働くみたいだからすぐにでも売れたわよ」

「サティはちょっと事情があってね」と、声をひそめて言う。

「目が悪かったんだ」

「そんな風にみえないわね」

「治したから」

「えっ、目の治療ができたのかい?結構高位の術師じゃないと無理なのに」

「それが、完全に治せたわけじゃなくってね。アンジェラに相談しようと思ってたんだけど」

「うーん、うちじゃ無理だね。王都とかにいる高位の人を頼らないと」

 とりあえず問題ないし、この件は保留にしとくか。

「アンジェラ、今日は孤児院はいいの?」

「ええ、別にわたしがいなくても回るんだよ。午後は時々休みをもらってるの」

 だから今日はゆっくりできるわよ、とアンジェラ。

「エリザベスは今日はナーニアさん一緒じゃないんだ?」

「別にずっと一緒にいるわけじゃないし、今日は別行動ね」

 意外だな。ナーニアさん、エリザベスにべったりして甘やかしてるかと思ったのに。

「そんなことより!風魔法の修行をするわよ!」

「マサルは水魔法の練習すんだよ。わたしのほうが先に教えていたんだからね」

 え?なんで2人でそんなに睨みあってんの?


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 ことは冒頭に戻る。これは地獄耳のサティさんから、後日聞きだした実話である。

 2人がばったり玄関で出会ったとき、まずエリザベスが仕掛けた。このときすでにけんか腰だったそうだ。きっとアンジェラの胸に嫉妬したんだろう。エリザベス小さそうだから。常時ローブに隠していても、これだけ長時間一緒にいれば、さほどのサイズがないことくらいはわかる。

「ちょっと、あなた。マサルの知り合い?」

「そうだけど……あなたは?」

「わたしはマサルの魔法の師匠よ!」と、ふんぞりかえるエリザベス。いや、見たわけじゃないけど。きっとそんな感じだったはず。

「わたしもマサルに回復魔法と水魔法を教えてるわよ?」

 2つも!?負けた?胸だけじゃなく、魔法でも!?いや、まだ負けたと決まったわけではない。そう思ったか思わなかったかは想像でしかないが。

「あなた、もう帰ってもいいわよ。わたしがマサルに風魔法を教えるから」

 これにはカチンと来たであろうアンジェラ。ここでおれが扉を開けて登場したと言うわけである。

 この2人は食いしん坊キャラと言う訳ではない。本来ならもっと淑女な行動をする。なのに今日の惨状はライバル心が暴走した結果だろう。料理が本気で気に入ったということもあるんだろうけど。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「わたしが教えるのよ!」「わたしよ!」

「「どっちに教えてもらうのよ!」」

 睨み合う2人がこちらに矛先を向けた。アンジェラとは正直いって、魔法を教えてもらう約束はなかったけど、顔をつぶすわけにもいかない。

「えっと、両方?」

 2人にすっごい睨まれた……両方覚えるつもりなのに。

「どっちが魔法を教えられるか勝負よ!」「受けてたつわ!」

「行くわよ!」と、エリザベスに手を掴まれる。

「あ、ちょっと。ちょっと待って。ティリカちゃん、帰るなら送っていくけど」

 よし、ここで帰るって言うんだ、ティリカちゃん!そしてそのまま逃げよう。なんか怖い。

「待ってる」

 ですよねー。プリンができるの待たないといけませんよね……最後の望みを絶たれたおれは連行されていく。

「あー、サティ。ティリカちゃんの相手をしててあげてね」「はい、マサル様」
地獄のフタがついに開いてしまう
軍曹どの、助けてください……

次回、明日公開予定
27話 ブートキャンプ再び

誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
ご意見ご感想なども大歓迎です。



ちょっとプロローグを改訂してみました。世界の滅亡が迫っている感じを出したかったんですが、どうでしょうか。本当は他にも書き直したいところがいっぱいあるんですが、現在は話を進めることに注力中であります。
誤字訂正
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