感染症は国境を越えて
2013年12月19日
今年11月、40代男性から献血された血液がHIVに感染していることが判明しました。もちろん、この血液は破棄されましたが、これで問題は終わりではありませんでした。この男性は今年2月にも献血しており、そのときのHIV検査は陰性だったのですが、その血液を高精度の方法で再検査したところHIVが検出されてしまったのです。その血液はすでに2人の患者さんに輸血されており、うち1人の60代男性がHIVに感染していることが確認されてしまいました。この背景には、HIV検査を目的とした献血があったのではないかと疑われています。
実際、エイズ治療拠点病院で感染症医をしていると、「献血したらHIVに感染してるって連絡されました」という方が受診されてくるのです。献血された血液からHIV陽性を確認したら、その事実を本人に日本赤十字社が通知しているんだと思います。全てかどうかは知りませんが・・・、でも伝える人と伝えない人を選別する基準も見当たりませんよね。まあ、これだけ検査目的で献血する人がいるわけですし、日赤がどのように否定しようとも見透かされてますよ。
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こうして、献血の件数が減少しているにも関わらず、HIV陽性件数は伸びてきたという歴史があるのです。明らかに献血はHIV陽性者を引き寄せています。こうして、「わが国の献血血液のHIV抗体陽性率は、HIVの流行規模に比して異常であると言うより他はない」と真剣に憂慮されるぐらいになってしまったのです(木原正博 他:献血者におけるHIV感染状況.病原微生物検出情報(IASR) 21, 140-141.)。
それにしても、日赤は「通知しません」と強く念を押しながら、どうして伝えているのでしょう? そのあたりの葛藤は、以下の日赤担当者の報告書によく表れています。
「HIV陽性者への対応について考慮すべき点は二つあり、一つは受血者の安全性、もう一つは献血者の健康管理である。前者については、陽性者へ通知した場合、感染初期の検査目的の献血者を惹き付けるマグネット効果で、ウインドウ期の献血によるリスクの増大に繋がる可能性があることから、「検査目的の献血」を防止する必要がある。後者については、陽性者に対し、受診勧奨、早期治療、二次感染防止などの留意点を伝え、心理的ケアを含めた告知するための配慮が必要である。現在、日本赤十字社では、HIV陽性献血者に対しHBV、HCVのような陽性者への通知は行っていないが、感染拡大の防止、感染者の早期治療を促すために必要な措置を講じている。」(百瀬俊也:献血におけるHIV検査の現状と安全対策への取り組み.病原微生物検出情報 32, 290-292.)
要は、「肝炎みたいにライト感覚で通知してませんけど、やっぱりHIVが蔓延しないように耳打ちせざるをえません」ということなんでしょうね。こういう命に係わる個人情報をどう扱うか、ほんとに担当者の苦悩が伝わってきます。担当者だけでなく、多くの専門家の議論が重ねられたことでしょう。
検査目的で献血してHIV陽性が確認された方々って、ほんとにケースバイケースなんです。ただ、日赤が陽性通知したことによって、ほんとに感染拡大の防止につながったのか、早期治療を促したことになったのか、臨床現場からは疑問を感じることが多いのです。
彼らにとって、献血はHIV検査の「ひとつの手段」にすぎません。献血という手段を奪ってしまったら、彼らは事実を知ることができなくなるかというと、そうでもなくって、通信販売のHIV検査キットを購入したり、保健所の無料検査を受診したりと、きっと次の手をとったことでしょう。そんなに日本のHIV検査のチャンスは限られていません。ただ、ふと街を歩いていると献血バスに誘われたりと、あまりにも献血による検査が手軽ってことなんでしょうね。
私は献血者へ陽性通知すべきでないと思っています。理由は3つ。
まず、HIV陽性通知を素人がすべきではないということ。専門家のレポートなどを読むと、日赤からの陽性通知のあり方が少々乱暴なこともあるようです(HIV検査結果の献血者への通知を考える、献血で告知しています)。これは担当者によって異なるのでしょうが、正式な通知でないゆえの素人感覚なんでしょうね。こうした重大な病名を知らせるときには、当事者の理解と心情に寄り添った説明が求められるはずです。根掘り葉掘り聞きだして、説教しろと言ってんじゃありませんよ(むしろ寄り添えていませんね)。時間をかけずにサラッと説明して、受診行動を促すのも技術なんです。
次に、公には「伝えない」と言ってんですから、血液事業の信頼のためにもこれを守るべきだと考えるからです。それでも陽性通知を続けるつもりなら、「伝えてません。でも、ごにょごにょ」みたいな論を弄せず、せめて「伝えているかどうかは言えません。わかるでしょ」ぐらいにすべきでしょう。とにかく、日赤が事実と違う説明をしていることを知りつつ、いったい臨床現場はどう患者さんたちに接すればよいというのでしょう。ときに口裏合わせに自主的に協力したりして、なんだか残念な気持ちになるのです。
最後に、(これが最大の理由ですが)血液製剤を使っている臨床現場の者として、血液事業には「受血者の安全を守ることこそ最優先」としていただきたいということ。そのためにできることがあるなら、最善をつくすのが日赤の務めではないかと私は期待します。日赤が陽性通知をしていることは、もはやハイリスク者のコミュニティでは知られたことです。だから、彼らの一部が検査目的で献血に行くのです。これを減らすために何をすべきか。その答えは明らかなはずです。
そのうえで、感染拡大防止のために、早期受診支援のために、私たちは何をすべきかを考えればよいのです。献血で発見してきたHIV陽性者の受検行動について研究し、彼らを早期に検査に誘導するために何をすべきか検討したらどうですか? 全国のエイズ治療拠点病院は献血でHIV陽性を知った患者さんを把握してますよね。こうした方々へインタビューに協力いただいて、血液事業とは別のスキームで必要な措置をうってゆけばよいのではないでしょうか?
たぶんそれは、どこにあるかも知られていない、交通の便も悪い保健所で、漫然と「無料検査をやってれば大丈夫じゃね」って発想から変えてゆくってことなんでしょうけど・・・。
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