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朝木明代東村山市議転落事件
「自殺」説強調の創価幹部ライター敗訴
求められる事件の真相究明
矢野穂積 東村山市議会議員
〈はじめに・本誌編集部〉
創価学会に批判的な人物や団体に対する非難攻繋を恒常的に繰り返している創価学会の幹部会員であるジャーナリスト柳原滋雄氏が、自身のホームページで、創価学会を批判していた故朝木明代東村山市議の転落死事件に関して、故朝木市議の同僚市議である矢野穂積東村山市議を、あたかも故朝木氏を創価学会が主張する「自殺」においつめた「重要容疑者」であるかのように記載したことに対して、矢野市議が名誉毀損に基づく損害賠償を請求した訴訟で、矢野氏勝訴の判決が最高裁で確定した。
この勝訴について矢野市議から次のような手記が送られてきたので紹介する。
最高裁で確定した『創価自殺説』の破綻
創価幹部信者柳原滋雄が自分のホームページの1998年9月13日付「コラム日記」の欄に掲載した朝木明代議員殺害事件に関する記事について、最高裁は本年11月6日、柳原の上告等を棄却し、私(矢野)を勝訴させる決定を行った。柳原の前記記事が私の名誉を毀損したことを認め、損害賠償(20万円)を確定させたのだ。
が、私が本稿を執筆した11月25日の時点でも柳原は「裁判所が証拠を取り違えて下した誤認判決であることが明らかになったため、現在、最高裁判所に上告中です」と強がっているものの、東京地裁、東京高裁に続き、ついに最高裁で敗訴が確定した。
朝木明代議員殺害事件で、疑惑が集中した創価側が信者らを動員して大宣伝した「万引き苦にした自殺」説が、別訴の最高裁判決で遺族側が勝訴し、破綻した後に、いわばやぶれかぶれ式に登場したのがこの「同僚議員がおいつめ自殺」説であった。
そして、この全く根拠のない悪質なデマに対する裁判所の最終の判断が今回の最高裁の上告棄却ということができる。
「自殺説」の破綻を繕い、責任を轟僚議員の私(矢野)に擦り付けるという極めて悪質且つ荒唐無稽の創作は結局、木っ端微塵となった。
「自殺説」に根拠のないことは遺族・同僚議員側による事件から18年の裁判所での真相究明の闘いの結果、すでに明らかとなっている。
万引きの被害にあったと主張した洋品店主らの真犯人の服装の目撃証言が、事件当時の朝木議員の服装と決定的に違っていたこと、さらに朝木議員の左右上腕内側部には皮膚変色痕があり、司法解剖鑑定書に明確に記載されており、転落直前に加害者がいたことが明らかであることが法医学者の鑑定により明らかとなったことなどにより、朝木議員はおよそ万引き事件とは無関係であることがすでに明らかになっていたから、柳原の「同僚議員がおいつめ自殺」説は、まさに根拠のない荒唐無稽の典型といってもよい代物だったのだ。
ホームページの「コラム日記」に掲載した柳原の主張というのは、次の通りである。
朝木議員の転落死に関して「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」と記載し、朝木議員の転落死に関し、同僚議員の私は詞何らかの犯罪行為、自殺幇助のみならず、殺人、傷害致死、過失又は重過失致死等の容疑があるとして、捜査機関の嫌疑を受けている「重要容疑者」である。
朝木議員が「万引き」を働いたことが発覚すれば、同一会派の矢野は選挙に弱いので、議席を維持することが困難となり、そのため、朝木議員を何らかの方法で自殺に追い込む必要があり、犯罪の嫌疑がある、というものである。
しかし、結局のところ、前記「コラム日記」の末尾にこの柳原がわざわざ追記しているとおり、柳原の思いついた「同僚議員がおいつめ自殺」説はその記述の前提となる事実が、他の訴訟でも「創無御用ライター」と裁判所から判決で認定されている人物の主張のやきなおしであるところからも、この訴訟での柳原の主張の詳細を検討する必要はないように思う。
創価学会とその幹部信者である柳原が執拗に朝木事件を自殺と大宣伝し、あまつさえその原因と責任を私(矢野)に被せるという異常な主張をくり返していることの異常性を浮き彫りにしたのが、ホームページの「コラム日記」に掲載した柳原の主張というごとにつ
きるのである。
朝木明代議員殺害事件について、創価側が必死に大宣伝した「自殺説」はこうしてことごとく破綻した。
そして、ついに殺害事件であることを根拠づける重要な証拠(事務所の鍵束)を、事件発生直後に元副署長ら東村山警察が発見していたにもかかわらず、事件から14年間、この事実をひた隠しに隠していたことが判明したのである。
東村山署元副署長は別訴準備書面で、次のように自ら記載したのだ。
「鍵が発見されたのは朝木市議死亡当日の九月二日午後五時三〇分頃で、発見者が警察へ届けたのは九月四日午前○時四五分である。その後、警察が所要の捜査をしたところ、鍵は転落現場のビル2階の廊下に置いてあったカゴに入った使用済みのおしぼりの間に入っていたもので、入れられた時間は前日の一日午後一時頃から翌日の九月二日午後五時三〇分頃までの間であること、何者が何の目的で置いたかは解明できていないが、警察犬が帰った後に置かれた可能性がある。」
というものだ。事件から14年を経て、朝木明代議員が当日所持した事務所の鍵束を現場ビル2階の焼肉店の「使用済みのおしぼり」の間にいれた真犯人のいた事実を、東村山警察は掴んでいたのだ。にもかかわらず、一体なぜ、捜査を尽くさなかったのか?
さあ、今度は東村幽警察が説明責任を果たさなければならない。
『フォーラム21』 2013年12月号
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