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  東方典型録 作者:葛城
ひさしぶりのギャグ回。昨日は夢におっぱいが出てきたので、気分がいいです。
平安編最終話:後編
 最初、彼は眼前に広がる模様が何なのか意味が分からなかった。身体は鉛のように重く、頭は泥の海に4時間浸かったかのように鈍く、まるで言う事を聞いてくれない。
 首を動かすのすら億劫で、目線を右に、左にやっても、景色は変わらない。遠くで鳥の鳴き声と、囁くような声が聞こえてくる。
 5分、10分。何かを口にするわけでもなく、ただただ静かに時間が過ぎ去っていく。何度目かの鳥の鳴き声が耳に届いた時、彼は見あげている光景が、天井の木目であることに気付いた……というより、思いだした。
「………………」
 ここは?
 そう口にしたつもりだったが、彼の喉は張り付いたように動かず、ただ唇を震わせるだけに終わった。
 意識して見れば、身体の至る所から痛みが走っている。この分では、起き上がることはおろか、寝返りすら難しいのではないかと、想像させる。
 いったい、何がどうなっているのだろうかと内心首を傾げた彼の眼前に、突如、人の顔が現れた。
「起きた?」
 その顔には見覚えがあった。不思議な縁で寝床を共にした、あの赤毛の少女であった。少女は彼の驚愕に気付いているのかいないのか、一つ首を傾げた。
「待ってて、諏訪子様を呼んでくるから」
 消え入るような声で告げると、少女の顔が迫ってくる。チュッと、頬に生温かい何かが触れると同時に、少女は身をひるがえして視界から消える。タンタンタン、と軽やかな足音が遠ざかっていった、
 ……もし、ここで身体が動けたならば、今頃激痛と引き換えに飛び上がっていたぐらいに驚いていたところだ。幸いにも、身動き出来ないおかげで、彼はその激痛から逃れることが出来た……もしかしたら、それはある意味不幸なのかもしれないのだが。
 ほう、と息を吐いて、彼は身体の力を抜いた。といっても、それは気持ちの面だけで、実際はピクリとも抜けた感覚がしない。
 なので、出来ることと言えば頭を回転させることしか出来ない。膨らむ想像と、思いだすのは意識を失う前の光景。
 ……永琳。
 目を瞑れば、まるで目の前にいるかのように鮮明に思いだされるかつての妻の姿。岩に押しつぶされ、もはや解れた雑巾のような有様になっても、自分を求めて迫ってくる姿を思い起こすと、胸が締め付けられる思いだった。
 静かに、時間が流れる。
 大抵の問題は、熱いお茶を一杯飲んでいる間に解決すると言ったのは、誰の言葉だったか。その言葉通りまではいかないが、少し立ち止まることは出来た。
 あの時は頭に血が上って自分でも激情を制御出来なかった。もちろん、今もその激情は胸の奥に強く根付き、抑制の愛情を今か今かと食い破ろうとしているのは彼自身、理解出来ていた。

 ……愛情、か……。

 その言葉が脳裏に浮かんだ時、彼は不思議な気持ちでそれを迎え入れた。素直に、感情を受け入れた。
 永琳に対する怒りはある。自らが築いてきた価値観から考えても、到底納得はできない。彼にとって、とてもではないが、人間の命をあのようには思えない。
 永琳が月でどんな生活をしてきたのか。離れていた年月は永久のごとく、最早お互いもう一度会えるなど、考えたことも無かったであろう。言うなれば、既にお互いは死んだと思っていた相手である。
 嫌いか、と聞かれれば、嫌いだ、と答えるだろう。
 憎いか、と聞かれれば、憎い、と答えるだろう。

 ……けれども、好きか、と問われれば、彼は即答出来る自信が無かった。

 愛しているかと問われれば、好きかと問われた時以上に頭を悩ませるのは、想像するまでもない。
 不思議だった。この気持ちが、いったいどんな感情であるのか分からない。好きなのか、嫌いなのか。愛しているのか、憎んでいるのか。答えが出そうで出ない。酷く、もどかしい思いで、自然と溜息が漏れた。
 かつての自分なら、こういうときどんな答えを出すのだろう。彼は、思う。
 何時だって永琳を見て、何時だって永琳は自分を見て、何時だって二人は一緒だった。あの時の自分が、今の自分を見たら、笑うだろうか。それとも、嘆くだろうか。
 這いずってくる永琳の姿が瞼から消えない。消えてくれと思う反面、消えるなと考えてしまう自分が、どうしてか堪らなく情けなく思えた。
 ほう、と三度のため息を吐く。声を出そうにも、掠れ声しか出せそうにない。
(それにしても、身体の感覚がほとんどしないなあ……やっぱ怪我が酷いのかな……うん?)
 ふと、何気なく視線を足元へ向けた彼の視界に、自身の掛け布団が内側から膨らんでいる、異様な光景が映った。
(なんだ?)
 ピクリとも身体が動かない為、その膨らみが何であるか探ることは出来ない。膨らみの位置から、それは腰のあたりから足元に掛けて何かがあるのは分かる。大きさから見て、子供一人分ぐらいであるのまでは分かったが、感覚が鈍い為、重さ等はほとんど伝わってこなかった。
 呼びに行った少女はまだ戻ってこないのかと視線を彷徨わせても、気配すら感じられない。
 さて、これはどうしたものか……と様子を伺う。と同時に、膨らみが音も無く動いた。
(――っ!?)
 ただし、上方へ。その膨らみはモコモコと無音の進行を続け……布団の袂がフワリと捲くれた。
「はあ、熱い熱い、のぼせちゃいそうだよ」
 そこから、頬を上気させた見覚えのあり過ぎる少女……諏訪子が息を荒げながら顔を覗かせた。それなりに長い間布団の中にいたのだろう。諏訪子の前髪は汗で額に張り付き、顔中に玉の汗が浮かんでいた。
 何故か口元が真っ白な液体で汚れ、服はおろか下着すら見に付けておらず、辛うじて見える胸元の頂点は汗でぬらぬらと湿っていた。
「ふひひ、久々のお勤めだから、涎が止まんな……あ」
(あ)
 奇しくも、お互いの視線が交差し、互いの呼吸が一つになった。
「…………」
(…………)
 重い。コークタールのように、重油のようにへばりつく静寂が、どうしようもない沈黙を伴って室内を木霊する。
 スッと、諏訪子の頭が下がる。スルスルとテープを巻き戻ししたかのように静かに諏訪子の頭が掛け布団の中に入っていき、音も無く膨らみが先ほどの位置に戻った。
(…………おい)
「…………」
(……何やってんの?)
「中に誰もいませんよ」
(いや、この状況でそれは……)
「中に誰もいませんよ」
(いや、どう見てもいるだろ!)
「中に誰もいませんよ」
(だからどう見ても……って、なに、なんなの、そのジュルジュルって音!? ちょっと諏訪子さん!? あんた何してるんだよ!?)
「なふぁひふぁふぇふぉふぃはえおお」
(ちょ、おま、何言ってるか分からんうえに、感覚無いから本当に何しているのか分からん! なあ、ちょっと本気で怖くなってきたから止めて……ねえ、ねえ、ちょっとおおおお!!)
 ああ、ここで力尽きてしまうのか。
「何やってんだあああ!!! 諏訪子おおおおおお!!!!」
 飛び込んできた軍神、神奈子によって、彼にとっては始めての、諏訪子にとっては4度目の放出は未然に防がれたのであった。
 色々な意味でぐったりしている彼の横で、鬼すら裸足で逃げ出す怒気に苛まれた涙目の祟り神という異様な光景が広がるのも、それからすぐ後のことであった。
「……粘っこくて生臭い」
 しかし、そんな騒動の隅で、さり気無く彼の布団の中に潜り込み、漏れ出た白色粘液を啜っていた少女の姿に気づく者はいなかった。
「……でも、なんだろう、すごく癖になる」
 人知れず、彼が四度目の放出を行ったのはもう間もなくであった。
「……苦くて生臭いけど……貴方の匂いが凄い……美味しい」


 なぜか睨みあう少女と諏訪子にもう一度拳骨を落とした神奈子は、諏訪子の信者に介助されて食事をしている彼に、一つ一つ説明していった。
 まず、彼にとってつい今さっきだと思っていた出来事は、実際には三週間も前の話であるという事。今日までの間、諏訪子達が協力して介抱していたが、まだ傷は癒えていない。怪我が治るまでしっかり静養しろとのこと。
 是非も無い。彼は僅かに顎を下げて、感謝の念を伝えた。満足げに頬を緩める神奈子の後ろで、なぜかいそいそと精力剤を用意する諏訪子。即座に落とされる御柱。もちろん、彼の視界には一切入らない。
 次に、永琳達のこと。あの後ひと悶着あったらしいが、永琳は輝夜と妹紅が引きずってどこかへ逃げていったらしい。行方は探しているが、今も見つからない。その騒動で屋敷一帯は完全に更地になり、永琳の部下達全員とばっちりで死んだとのこと。
 非常に複雑な心境ながらも、彼は一つ、頷いた。悩んだところで、もはやそれは三週間も前の話だ。今更ウジウジしたところで何も始まらない。そう悩む彼の後ろで、いそいそと布団を敷く少女。二つ枕を並べて、ジッと彼を見つめるも、彼は気付く気配を全く見せない。
 少女は彼を見つめた。
 少女は彼を見つめた。
 少女は彼を見つめた。
 なに三回連続で見つめているわけ?
 ……誰も見つめていないですし、おすし。
 ウザいなお前、喧嘩売ってんのか?
 ……胸無し神様が喧嘩売ってきた。私の怒りは有頂天になった。マジでかなぐり捨てンぞ?
「おい、やめろ馬鹿」
 再び落とされる御柱。潰される祟り神と、拳骨を落とされる少女。なんであいつら喧嘩しているんだろと首を傾げる彼。早くもカオスな空間が出来始める。
 ふう、と疲れが増し増しされたため息が神奈子の口から零れる。
「とにかく、お前はしばらく傷を癒せ。旅をするにしろ、止めるにしろ、怪我を治してからだ……一応聞くが、旅を止めるつもりなどないだろう?」
 止めないなら、首を縦に振れ。そう言う神奈子の言葉を聞いて、彼は首を横に振った。
 一瞬、目を見開く神奈子。ゾンビのように起き上がる諏訪子。布団の中でウトウトし始めた少女。反応は様々。
「……もう、旅は終わったのか?」
(いや、終わっていないさ)
「だったら……」
(少し、疲れた……)
「…………」
(それとも、俺がここにいるのは迷惑か?)
「……そんなこと……あるわけないだろ……」
 ゆっくりと身体を寄せて、神奈子は彼を抱きしめた。柔らかく、服の上からでもはっきりと知覚できる柔らかい弾力が胸に潰される。ぷにょぷにょした感触と懐かしい神奈子の匂いに、彼は安心感を覚えつつも、されるがまま、抱きしめられた。
 きゃ、と頬を染める信者と他人の不幸で飯が美味いとメシウマ状態になっている諏訪子を他所に、少女は夢の世界に旅立とうとしている。
(……ただいま)
「お帰り」
 そっと、彼は目を閉じた。


「あ、美鈴ちゃん寝ちゃった。さすがの妖怪でも、疲れるわな」
(……え?)
「うん、知らなかったの? この子の名前だよ。紅美鈴と書いて、ホン・メイリンと言うんだよ。いくら妖怪でも、異国の出身だし、こっちにはまだ身体が慣れていないんだろうね。身体もまだ成熟してないみたいで安定していないみたいだし、流されてきたのかもね」
(……そうなの?)
「ああ……って、君、知らなかったの?」
(…………)
「……今度、話をしてあげなよ。結構、気にしているようだったから」
(……ああ)
「その後、必ず私の部屋に来てね。二人目を作らなきゃいけな」
「仏の顔も三度までという名台詞を知らないのかしら?」
 三度落とされる御柱。マジでキレる五秒前になった神奈子が、諏訪子にお仕置きしたのは、もうまもなくのことであった。
平安編はこれで終わり。いやあ、長い闘いでしたね。こんなに続くことになるとは夢にもお……やめておこう、場を混乱させてしまうだけだ。

次回はさらに時代は後世に進み、東方典型録・幻想郷想起編になるかと思われます。
まあ、それまでに閑話みたいなものをいくつか挟むとは思いますが、これからもよろしくお願いいたします。


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