第一章
10話 風呂上りの金髪美人と小部屋で2人きりで
町に戻るともうお昼頃だった。まずはギルドに報告に行く。
受付のおっちゃんに怒られた。
「探るだけでいいって言ったのに。無茶したらダメだよ」
「向こうが襲い掛かってくるんですよね……」
「そりゃそうだけど。魔法使いなんだからさ。空を飛んだりできないのかい?」
「箒とかで?」
「箒?箒は知らないけど、レヴィテーションとかわりと誰でも使える魔法だと思うけど」
そんなのがあるのか。
「いやー、覚える機会がなくって。回復魔法覚えたら次はそこらへんも考えて見ますよ」
ゴブリンの討伐報酬だけもらう。1匹10ゴルドで12匹120ゴルド。日本円で1万2千円。1日の稼ぎにしたら十分か。大猪はかなりの値段で売れるそうなのであとで商業ギルドだな。
屋台で昼食を買い、歩きながら食べる。パンに何かの肉を挟んだサンドイッチ。何の肉かは聞かないようにしてる。美味しければいいじゃない……
治療院に顔を出すとアンジェラは孤児院のほうだというのでそちらへ行く。アンジェラは子供たちと昼食が終わって、後片付けの最中のようだった。
「ちょっと待ってて。もうすぐ終わるから」
子供たちにまとわりつかれながら庭に出る。
「なあなあ、今日は野ウサギの肉ないのか?あれすっごいおいしかった!」
「野ウサギ野ウサギ!」
「おう、野ウサギも狩ったぞー。でも今日はもっとすごいのがあるぞ」
「なになに!」
「よしよし、今見せてやる。少し離れてろよ」
アイテムから大猪を取り出す。
とたんにあたりは阿鼻叫喚となった。大騒ぎする男の子たち、泣き出す小さい子、逃げ出す子。へたり込んでお漏らしする子までいた。
あ、やばい。子供には刺激が強すぎたか。
「すげーすげー、何これ!でっけえええええええ」
「これ兄ちゃんが倒したのか!?兄ちゃんが倒したのか!?」
やはり子供たちは素直でいい。
「うむ。手強い相手だった。こいつは大猪。森にいるモンスターだ」
「何の騒ぎ……何これ?」
アンジェラが出てきた。
「大猪。今日の獲物」
「これが大猪……はじめて見たよ。いや、あんた本当に腕のいい冒険者なんだね」
そういうと周りを見て惨状に気がついたようだ。てきぱきと指示をだし、泣いてる子やお漏らしした子を回収していく。手際がいい。子供たちも指示には大人しく言うことをきいて動いていく。
「ごめん、子供にはちょっと刺激が強すぎたみたいだ」
「まあいいよ。どうせ大きくなったら嫌でも目にするんだ。早いうちに現実を見せとくのも悪くないだろう。けど、お詫びをしたいというならやぶさかではないよ。大猪の肉っておいしいらしいね?」
「あー、解体したら持ってくるよ」
最初から一部お土産にするつもりだったしね。大猪をアイテムに収納する。
「楽しみにしてるよ。とりあえずは今からお風呂にしようか。汚れちゃった子供もいるし。マサル、湯沸しする魔力は残ってる?」
MP残量は180ほど。朝、宿でいれてもらった魔力回復のお茶をちょくちょく飲んだせいか、結構残ってる。
「余裕あるよ」
「じゃあ頼もうかな。マサルも入って行くでしょ?」
孤児院とは独立した建物になっている風呂はそこそこ大きく、浴槽は10人くらいなら一度に入れそうだ。近くに井戸があって人力で水をいれ、薪で沸かす。子供たちがすでにせっせと水を運んでいるので手伝う。
「風呂って久しぶりだな」というとアンジェラに嫌な顔をされた。
「浄化でちゃんときれいにしてるって」
「それはだめだろう。浄化って表面の汚れをとるだけで、お風呂で洗うほどはきれいにならないんだよ……これだから冒険者って」
「浄化で十分かと思ってた」
「そりゃ旅とかの間とかはそれでもいいけどね。やっぱりきちんとお湯で洗わないと」
こっちに飛ばされてからもう2週間くらいか?時計で確認すると9月26日。初日が確か11日だったから16日目か。そう考えるとなんかかゆくなってきた。
そろそろ水が溜まってきたのでお湯を沸かすことにする。コップの水を火魔法で温めたことはあるのでたぶん大丈夫だろう。水の量は結構多いからMP10くらいだろうか。水に魔力を送り込む。
お風呂から湯気がもわっと湧き出す。指を入れてみると、
「あっちいい。熱くしすぎた。水!水!」
こめる魔力が多すぎたようだ。子供といっしょに何往復か水を運んでようやく適温になった。
「いいみたいだね。じゃあ先に入っちゃってよ。はい、これ」と石鹸を渡される。
「しっかり洗って来るんだよ」
おかあさんかよ、アンジェラ先生。
「シスター!おれたちも石鹸使ってもいい?」
「うーん、いいけど大事に使うんだよ?」
「やったああ!」
「ここらじゃ石鹸って高いの?」
「そこそこね。買えないくらいじゃないんだけど、毎回子供たちに使わせるとあっという間になくなって、使う量も馬鹿にならないのよ」
石鹸ってどうやって作るんだっけ。廃油に草木の灰を混ぜる?あとは香料か?でも普通に売ってるみたいだし、作れても意味ないか。
脱衣所で男の子10人ほどと素っ裸になりお風呂に入る。お湯をかぶりまずは体を洗う。日本製の石鹸ほどは泡だたないが、ちゃんときれいにはなるようだ。子供たちは特にこちらを気にすることもなく、年長組が年少の子の面倒を見て洗い終えた子から湯船につかっていく。おれも体を洗い終えたので泡を流してから一緒に入る。お風呂はやっぱり気持ちいいな。これからは定期的にはいることにしよう。
混雑中の脱衣所を抜け庭にでると、水筒のお茶で喉を潤す。ここはイチゴ牛乳が欲しいとこだが、こっちにはないのかなー。なんか異世界って甘味があんまりないんだよね。砂糖が高いらしく、お菓子は普通に食事するより値段が高い。あー、チョコが食べたい。
庭で涼んでいると子供たちがやってきた。
「兄ちゃん!剣教えてくれよ、剣!おれ冒険者になりたいんだよ!」
スキル振りが使えればこんな子供でも戦えるようになるんだろうけど、剣を教えるのってどうやるんだろう。軍曹どのの訓練はほとんど実戦形式だったし、子供には無理だろうな。子供たちに向かってメニュー開けと考えるがやっぱり出ない。
「シスターアンジェラに回復魔法か水魔法を教えてもらわないのか?」
「シスターは10才になるまでダメっていうんだよ。それにシスターじゃ剣は教えられないし」
きいてみると10才までは家事や勉強のみで、魔法や剣を習うのは禁止されてるらしい。10才から訓練して14才になると孤児院を出て行く。冒険者になる子は結構多いそうだ。
14才でもう独り立ちか。異世界はなかなか厳しいな。冒険者の他には兵士になったり商業ギルドや職人ギルドにいって見習いになったり。魔法の才能があれば回復魔法を習ってここに残ることもあるそうだ。農業はと聞くと、ここら辺の土地は高いし、田舎に行くのは嫌だと不人気だった。この町は王都ほどじゃないけど、結構栄えた都会らしい。
子供たちと話してるとアンジェラがお風呂から出てきた。湯上りで髪がぬれて色っぽさ倍増だ。
「さあ、今日も特訓を始めようか」
治療院の一室に移動する。小部屋に風呂上りの金髪美人と2人きりでいるのに、一向にエロい雰囲気にならないのはこの美人がナイフを手に持ってるからだろう。今からこいつでぶすっとやられると思うと、すごく嫌な気分になる。
「ほんとうはこんなことはやりたくないんだけど」
などと言いつつ容赦なくナイフをおれの手に突き刺す。絶対に嘘だ。かけらもためらわないし。
「昨日の復習からね。まずわたしが回復魔法をかけるから、よく見てなさい」
目の前のおっぱいは努めてみないようにして、手のひらの傷に気持ちを集中する。昨日から魔法を使うたびに魔力の流れに注意するようになって、なんとなく魔力が感じられるようになった気がする。
「なんとなく魔力が見えたような気がする」
「じゃあもう一度だ」と手のひらにナイフが刺さる。
「子供たちの様子を見てくるからそのまま練習してて」
大事なのはイメージ。水をお湯に変えたように、傷を治すのもできるはずだ。魔力を傷に集中するだけじゃなく、傷を治すイメージを心がける。失敗。
アンジェラ先生の回復魔法を思い出しながら、手のひらに魔力を集中して……失敗。
うーん、火魔法とかは簡単なのになあ。
試しに【着火】を使ってみる。消す。【浄化】、【ライト】と魔力の流れを感じながら使ってみる。
【火矢】矢を発動させてそれを維持する。消す。原理は同じはずだ。使えない道理はない。
再び手のひらに魔力を集中させる。【ヒール】。治れ!その瞬間、【ヒール】が発動したのがわかった。傷が治る。
メニューを確認してみると、魔力感知Lv1と回復魔法Lv1が増えていた。
【魔力感知Lv1】魔力の流れを感じることができる。
【回復魔法Lv1】ヒール(小)
呼びに行こうとするとアンジェラが戻ってきた。
どうだと手を見せる。
「おお、成功したのね!おめでとう!君ならやれると思ってたよ」
肩をばんばん叩きながら祝福してくれた。
「じゃあ次の訓練ね。まだ魔力はあるね?これから治療院の手伝いをしてもらう」
残量は160ほど。十分にある。
「あらー、もう魔法覚えたの?」と尼さん。
「うん、怪我とか骨折はこっちにまわして」
「助かるわあ。今日も患者が多くて大変だったのよー」
患者が運ばれてくる。足を骨折しているようだ。
「普通の怪我も骨折もやることは同じよ。やってみて」
【ヒール(小)】発動。アンジェラが患者の足をむにむに触る。患者がうめく。
「もう1回。うん。もう1回。うん、これでいい」
3回【ヒール(小)】をかけてようやく治ったようだ。
「本当に優秀だな。普通は一度成功しても慣れるまでは何度も失敗するもんなんだが」
これもチートなんだろうな。回復魔法Lv1がついたからヒールは無条件で発動する。
「火魔法にはそこそこ自信がありますからね」
それで納得してくれたようだ。次々に患者が送られてくる。傷の具合によって何度ヒールを掛ければいいかわかってきた。続けて10人ほど診たところで怪我の患者は終わったようだ。
病気の治療をする尼さんを見ながらきいて見た。
「病気とかはヒールじゃ無理なんですか?」
「病気と解毒はヒールとは少し違うんだよ。解毒は毒を消さないとだめだし、病気はヒールで効果もある場合もあるけど、病気に合わせた治療が必要なの」
次の患者は父親らしき人に抱えられた子供だった。
「風邪をこじらせちゃってるわねー。マサルちゃん、ヒールをお願いできるかしら」
【ヒール】をかける。子供は少し楽になったようだ。
「普通のヒールだと風邪には効果がないけど、体力を回復させることができる」
尼さんがさらにヒールをかけている。子供の顔色がよくなってきた。
「あとは何日か寝てればよくなると思うわー。お大事にねー」
父親が礼をいい、子供を連れて出て行った。
「病気と毒を治すのは体内の毒を浄化する感じかしらねー。結構難しいのよ?」
風邪を治す魔法か。現代社会でも風邪の根本的治療法はないのにさすがは魔法だ。
「よくわからない病気にはとりあえずヒールをかけておくといい。体力さえ戻れば大抵持ち直すから。それでだめなら運が悪かったと諦めるしかない」
「上級レベルの治癒術師ならどんな病気でも治せるんだけど、ここじゃ無理ねえ」
「腕のいいのは王都に行くか、前線のほうに引き抜かれていくからね」
回復魔法の需要は高そうだ。もし世界の破滅なんてなかったら回復魔法を最高まであげて、治療師で食っていけそうなんだけどなあ。
その後、もう何人かの治療を手伝って、その日の治療は終わった。
「今日は本当にたすかったわー。ねえ、うちの専属にならない?今ならアンちゃんをつけてもいいわよー」
「な、何を言ってるのよ!ほら、行こう」
手をつかまれて外に連れ出された。
「まったくあの人は……。何かと色恋に結び付けたがる。すまなかったね、マサルも迷惑だったでしょ」
正直ちょっとくらっと来た。口はちょっと悪いけど美人だし子供の面倒見とか、すごく性格よさそう。金髪だし元ヤンの保母さんって感じ。結婚したら良妻賢母になりそうだよな。
「迷惑なんて全然。アンジェラさんのほうが迷惑なんじゃ?美人だしもてるでしょ」
「いや、わたしはその……」
2人で歩いてると子供たちが気がついて走り寄って、とたんに騒がしくなった。
なんとなくわかった。こんな環境じゃ、愛だの恋だの育たないよな。
「明日は最後の訓練をする。朝から来てくれ。魔力が尽きるまで治療してもらう」
「たぶん尽きないと思うよ。今日も余裕だったし」
「そうか。楽しみにしておくよ」と、アンジェラがニヤリと笑う。
いまの最大MPは296。1時間に24くらい回復するし、さらにお茶も飲めばそうそう魔力切れなんか起きないと思うんだが。
その考えが甘いとわかるのは次の日の朝だった。
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