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  異世界魔法は遅れてる! 作者:鼻から牛肉
魔族、その力



 ――誰かの驚きとほぼ同時。
 木々の中から一斉に現れたのは、人間とは似ても似つかぬ異形の数々だった。
 コウモリの翼、山羊の巻き角、赤錆の身体。そんな別々のパーツを違和感なく繋ぎ会わせたような、醜悪なシルエットを持つ生き物。



 ファンタジーではもはやお馴染みだろう。物語に出てくる勇者の敵。世界を混沌の淵に陥れんとする異形体だ。
 一般的には魔物や魔獣と言った攻撃的な生物よりも数段グレードが上の、それらと同じく人間の敵として描かれる。

 この手の物語に出てくるどの種族よりも邪悪な存在ではあるが、それについてもバリエーションが多くあり、ただ単に人とは別の進化を辿った種族か、もしくは彼ら自体悪魔に近い存在であったり、各地の神話に出てくる幻獣を元にしたりと、存在の定義はものによって曖昧である。


 だが往々にして人語を解し、肢体を保っているのは、どの物語でも同じだろう。

 ここからまた細かく種別や種族を分けると、色々あるらしいのだが。


(……向こうじゃ怪異とか鬼とかもあるが、こう言う“いかにも“なのに会うのは初めてだな)


 こちらに飛んでくる敵を見据えて、思う。
 向こうの世界でも人外の存在とは幾つか戦った経験はあるが、こうまさに娯楽関係の絵から飛び出してきたようなものに会うのは意外と初めてであった。 向こうでも、古の竜だって絵画に描かれるものとはまるで違うし、吸血鬼だってこいつらに比べればまだ人間らしい。……無論見た目の話に限る事だが、挙げれば枚挙に暇はないだろう。

 まさかこのファンタジーじみた世界で、亜人や魔物などと会う前に、先にそんなものに遭遇するとは思いもよらなかったが。


 ――しかし問題は、だ。魔族と判明したはいいが、何故この連中がこんなところにいるのか、ということだろう。



(バーコードハゲの話じゃあ北にある国を攻めてから、魔族は大きく動いていないはずだが……)


 そこが、腑に落ちない。魔族は北方の国ノーシアスを落としてはいるが、領土から国を二つと山脈一つの隔たりがある以上、こんなところに現れるのは不自然である。

 それは普通に考えればという前提があっての話になるが――そもそも相手は人間でないのだから、人の普通で考えるのは筋違いかもしれないし、それとも単に魔族というのは意外と色々なところに出没するような奴らで、人間側の国境の守りもざるなのか。


(うへぇ……)


 そうなると、あまり嬉しくはないが。


 しかし、今そんな事を考えてもしょうがないか。そう思考を一時止め、目を細めていると、殺気が射掛けられる。
 向かってくる中の一体が、自身を目標と定めたか。
 こちらに向かって振り被るような動きを見せる。


 先制だ。
 魔力か、もしくはエーテリックか。無造作にまとめられた力の塊が凶悪な形をした手の中に作られ、その腕の振り抜きに合わせ矢のような速度で飛んできた。


(そう簡単には――)


 当たってなどやるものかと、風切りの音を尾に引く攻撃を横に跳んでかわす。
 土煙ごと吹き飛ばして地面は抉れたが、こちらは無傷。矢のような速度程度では、魔術師の目にはまだ遅い。


 その攻撃に追随するように、魔族は羽ばたきの音と共に突っ込んでくる。
 天から地へ。そんな斜め一直線に飛来する魔族に対抗するように、こちらも魔族に向かって駆け出す。
 すると当然、向こうにも目算に狂いが生じた。

 着地――この場合は攻撃地点のズレか。後ろや横への回避なら、向こうも多少ズレがあっても修正が利くが、向かってくる場合は必然制動を掛ける必要が出てくる。故に――


「シャ――」


 彼我が交錯する。声と共に、真下の自身に降り落ちる魔族の黒爪。隙は無かったが、攻撃場所を急に変えたため体勢に些か狂いが生まれている。


 それが、狙い目だった。
 なだらかな弧を描く爪を、左足を軸に身を回転させてかわす。そのまま、伸びきった魔族の腕に手を引っ掛けて軽く腕を(ひね)りそして――


「ふっ――」


「――!」


 魔族は勢いそのまま、いや、反らした時に押し込んだ力も加味されて、地面へと錐揉みしながら投げ出された。

 二、三、地面をバウンドする魔族。しかし、それによるダメージはあまりないようで、直ぐに体勢を立て直し、飛び上がる。

 そしてコウモリの翼をはためかせながら、ある程度の間合いを保ち、対峙する。
 文字通り土を付けられた事への苛立ちか。なんら痛手はないだろうが、剣呑な空気をまとった魔族が忌々しげに(しゃが)れ声を鳴らす。


「人間め、おかしな技を……」


「おかしいとは酷いな。ちゃんとした技なんだぜ、これは」


「ふん……」


 半身気持ち前に出して立ったまま、警戒しつつもそんな減らず口を叩く。すると、鼻を鳴らす魔族。怒りが多分に含まれた音だ。


 しかし、いや、ここはやはりと言うべきか――


「お前らって、やっぱ喋るんだな」


 率直な感想を口にすると、鼻を鳴らす音。


「――フン、人間風情が。言葉を話すのはまだ自分達だけの特権だと思っているとはな」


「そりゃあ、人の言語だしな」


 と、至極当然の事を軽口にすると。


「言葉が人のみの物だとしか考えられぬか。やはり愚かだな、貴様ら人間種族は」


「……人のみの物? いや、別にお前らの言語にまで……」


「お喋りは終わりだ……」


 こちらとあちらの話の齟齬に眉をひそめて返すと、取り合わない。魔族は一言いうと口を閉じ、殺気を膨れ上がらせた。


「ふん」


 重圧をかける異形に、倦んじ顔と冷めた眼差し。
 虫の口器の如く爪を不気味に蠢かせるのには、嫌悪感が涌いてくる。会話に乗るのは終わりか。


 ……話をする戯れはなくなったが、しかし直ぐに仕掛けては来なかった。先ほど投げたゆえか、こちらの動向を探っているらしい。


(様子見か……なら)


 と、そんな魔族の動きを観察しながら、こちらは周囲にも気を配る。
 商人達は身を潜めたか、姿は見えずで、他はもう交戦しているらしく、怒号や魔力の高まり、物騒な破砕音が商隊の前方から聞こえてくる。



 どうやら、他の魔族は配置の多いそちらに行ってしまったらしい。

 後は林の奥だが、そちらにも魔力場が多い。と言うことは、レフィールがその全ての相手をしているのだろう。大半を引き付けてこちらの被害を抑えている以上、彼女の行動は善手だったと言っていい。


 ……片手をポケットに入れたままそんな事を考え、魔族を眇めていると、俄にその翼がはためいた。

 そろそろ動くか。


「死……」


「やなこった」


 ――パチン。


 そんな音が指から発せられたと同時に、飛び掛かろうと前傾になった魔族の手前の地面が爆散した。


「ぬ――っ!」



 虚を突かれた声。
 めくらまし。
 指弾の魔術で出鼻を挫かれた魔族は空足(からあし)を踏まざるを得なかった。


 そこですかさず後ろに跳躍し、距離を取る。そしてふっと息を吐いて、魔術行使。


「……さて、異世界の人類の敵さんの力とやらは、どんなものなのかね」


 そう小さく小さく呟いて、必要分の魔力を発露させる。
 術式を手早く編んで、魔法陣を周囲に現界。

 数価とそれに対応した等価の文字が陣に描かれたのを横目に、それを起動させるための声価を詠んだ。


 ――そう、カバラの中でも実践技術に重きを置いた、魔術カバラが数秘術。


「――Flamma est lego.Vis Wizard……」
(――炎よ集え。魔術師の怨嗟の如く……)


 中空に浮かんだ数個の魔法陣から、唸りを上げて吹き出す炎。
 そしてそれは、さながら吸い込まれていくかの如く魔族へと向かっていく。


 だがしかし、魔族はその炎をかわそうともせず、総身で受け止めた。


(へぇ……)


 回避や防御に勤めなかった事に意外さを覚える。愚鈍だったのか、それとも何か守りがあるからなのか。


 対処が何も無かったことについて考えるそんな最中も、炎は魔族を包んだまま。

 魔術の炎だ。接触すればそれが敵を焼き尽くすはず……そう、はずだったのだが、目の前の火柱の中に写る影は、もがく事も苦しむ様子もない。

 やがて、何らかの力によって、炎が吹き飛ばされた。


「……効かない、か」


 そんな呟きが聞こえたか、余燼をかき消して、呆れたように言う魔族。


「……この程度の魔法でオレを倒そうとはな。舐められたものだ」


「…………」


 ……威力が足りなかったか。毛筋の火傷も負っていない魔族。
 言われるほど、魔力も術式も出し惜しんだつもりはなかったのだが、目の前の敵には傷どころか煤の一欠片もついてはいない。


 元より一撃で終わらせる腹づもり。されど見通しが甘かったのか。無論内包する魔力の総量から抵抗力に見当はつけていたが、この結果は予想の埒外にあった。


 再び、魔族の手に力が凝る。突き出された腕。
 今度はそれが振りかぶりのモーションなしに撃ち出された。


 先方は遠距離戦でもしようというのか。それを危なげなく回避すると、また魔族の手に力が凝る。
 そして、乱射される力の矢。さながらそれは射手一人でのつるべ打ち。
 それを、荷馬車を背に取らぬよう気を配りつつ、走りながら回避していく。


(数で押すつもりか……)


 走りながらに見た魔族の顔には、隔靴掻痒(かっかそうよう)。苛立っていると如実に判る、そんな感があらわれている。


 普通の手合いならば、この時点でもう既に倒せているからなのだろう。向こうもこちらの粘りは想定の外にあったか。


 だが、遠距離戦を望むなら、こちらにとっては好都合。遠間からの撃ち合いは、魔術師にとって望むところだ。


 透明な力の矢に追いたてられながら、再び魔術を構築する。


 ――先ほどのは効かなかった。ならば、と。先刻のものよりも少し強めに仕掛ける。


「――Flamma est lego.Vis Wizard hex agon aestua sursum!」
(――炎よ集え。魔術師の怨嗟の如く。その断末魔は形となりて、斯く燃え上がれ!)


 前回の再現よろしく、周囲に乱雑に発生した魔法陣。しかし今度は空中や地面など、至る場所に現れる。数も五割増し。威力は前の比ではない。

 そして、疾走する炎。空から墜落しながら、或いは地面を疾走しながら、魔族の撃ち出す力の矢を巻き込んで向かっていく。


「くっ……」


 その炎には、魔族も今度は焦燥を覚えたか、避けようと動き出すが、遅ればせての逃避など至る所から吹き出した炎の前には意味がない。

 赤々と燃え盛る炎が、魔族を捕らえた。


 だが。



「……効かんな。この程度の炎」




「……!!」


 幾条の炎が描く、渦に飲まれた魔族はそこに。熱も効かぬと悟った途端、逃避を止めて口にする。

 そして、まだ燃え盛る炎にも構わず、こちらに向かって手をかざした。


「いい加減くたばるがいい!」


 撃ち出される一際大きな力の塊。こちらの魔術の余剰を巻き込みながら、木々を鉋屑(かんなくず)へと変えて猛然と迫る。


 だが、まだその程度では避けれる大きさだ。そう見切りをつけて後ろに跳躍。
 一瞬の後、吹き飛ぶ砂塵が身を打った。


 背後に流れていく砂塵や風塵から顔を手で庇いながら、思惟を挟む。


(あれでも効かないのか……)


 目の前の敵である魔族。
 それに、どうしてか魔術の通りがすこぶる悪い。

 一見して耐えうるような要因が見当たらない故、こちらの魔術がまるで効かないのが不可解だった。


(……あの魔力の量だ。魔術に対する抵抗は並の域を出ていないだろうし、だからと言って皮膚や肉が頑丈って訳でもなさそうなんだが……)


 そう、術の力が減衰して消滅しない以上、魔族自体が魔術に対し高い抵抗力を持っているという事はまずない。肉体の頑丈さも、投げの時に触れた感触では、おおよその生物の皮膚とそう変わらないものであった。

 生来的に火に強いタイプなのかもしれないが、それにしたって毛筋一つも焼け跡ができないのはあり得ない。

 炎が効かない条件が、考え付く限りないのである。


 それに、だ。魔術で編んだ炎は、普通の燃焼現象とは訳が違う。
 発火に属する魔術は、可燃物が火に触れる、酸素が十分存在するという“燃やす条件が揃った”ために燃えるのではなく、再現した神秘によって対象にほとんど強制的に燃焼の現象を引き起こさせるものであるため、発火の条件の他に魔術の炎が絡み付けば術式のパスが通り、燃えるのだ。


 そのため、術式に対する守りがなければ必ず対象は火の前に消え去ってしまう事になる。

 確かに、炎を発生させるだけなら話は別なのだが、当然いまの魔術は後者にあたる。
 故に、どうして魔術の炎で焼き尽くせないのか。


 ……そんな謎にぶち当たる中だが、いま暫しだけ、遠間に気を向ける。
 戦いの気配はまだあるが、圧されているような雰囲気ではない。飛び出してきた数がこちらの数より圧倒的に少ないためか。


(他の護衛は問題なそうだな。なら、ここで少し試させてもらうか……)



 さて、そうなると、だ。



「シャ!」


 飛来、そして肉薄した魔族の爪の斬撃をかわす。そこから繋がる連撃を足運びを駆使してかわしていく。


「とっ、なるとっ! 効かないのはっ、外的要因、かっ――」


「チョロチョロとっ……」


「っ――まとわりつくなっての鬱陶しい!」


「グッ!」


 怒号と共に指弾を呉れる。
 魔族にとっては至近距離での直撃だったが、外傷はまるでない。
 たが、魔族の動きを大きく逸らせることには成功した。


「……っ、小僧! 馬鹿の一つ覚えのように同じ魔法ばかり!」


「悪かったな。魔術のレパートリーが少なくてさ」



「っアァアアアア――」

 嘯いた途端、雄叫びを発した魔族の姿が霞む。何が、と考える暇も惜しみ、予感に誘われるまま右腕を突き出した。


「Primum excipio!」
(第一城壁、局所展開!)


 先ほどの加速を上回る勢いで突っ込んできた魔族を隔てるように、物理防御の陣を敷く。
 やはり、何らかの力が付加されているのか。魔法陣と爪の境界から、けたたましい音と火片が飛び散る。


「な、なんだ――!?」

 初めて見る防御に驚きを見せる魔族。それを前に、違和感を覚えながらも考える。


(……どういうことだ? 術式が通らないのに、金色要塞では完封できるのか?)


 魔術の影響を及ぼす術式のパスが通らないのなら、防御にもその干渉が掛かるはずだ。一瞬で突破はないにしろ、それに見合う時間があれば徐々に突破されていくはずだ。

 しかし、今の攻撃にそんな気配はまるでなかった。完全に防げていたのだ。それ故、疑問ばかりがこんこんと湧いてくる。


「い、一体どういう事だ !? 何故このような図柄に阻まれるっ!?」


「っ、そりゃあ当然だってのっ!」


「くっ、ちょこざいな――」


 ――攻撃が通らないと悟った魔族は反撃を危惧したか、一度引き下がっる。
 そしてこちらが一際大きく眉を寄せていると、横手から爆音。魔族を視界に入れつつそちらを見ると、誰かが魔法を放ったのか他の魔族に魔法が炸裂していた。
 しかも炎。
 しかしそれはこちらの時と違い、あちらの魔族は炎に焼かれ、直ぐに息絶えた。


「こいつは……」


 一体どういう事なのか。炎が効くならば、生来的に炎に抵抗を持っているという可能性は消えてしまう。


 すると突然、思考の最中に男の声が割り込んできた。


「おい! 何してるんだ! 下がれ!」


「ん?」


「お前だ黒髪のっ! 下がれ!」


 魔族を倒しあぐねているこちらに気付いたか、向こうの魔族を倒し終えた冒険者達がこちらに向かって駆けてくる。
 良く見ると、それはレフィールと談笑していたパーティーだった。


 戦士風の男が叫ぶ中、その内の一人である魔法使いらしき少女が、詠唱と共に杖の先から炎を撃ち出した。

 それを見るや否や、魔族は翼をばさりとはためかせ、後方へ飛び上がる。


(あれはかわすのか……)


 危なげない後退。先ほどの自身の魔術も忌避したが、これについては見るや否や完全に距離を取った。こちらの魔術とあちらの魔法と、効く効かないの違いはなんなのか。

 すると、駆け付けた冒険者が。


「下がれ。あとは俺たちがやる」


「いえ、大丈夫。俺一人でどうにかします」


「どうにかするって……お前は何を言ってるんだ! 苦戦してるじゃないか!」


「苦戦? いや俺は別に苦戦なんか……」


「してるだろうが! あの魔族はピンピンしてるぞ!」


 確かにそうだが、それだけだ。単に時間が掛かっているだけで、脅威と言うわけでもないし、それにこちらは全力でもないのだ。
 まあ倒す事ができていない以上、傍目からはそう見えるのだろうが。


「……かもしれないけど、まず俺にやらせて欲しい」


「ダメだ。お前は商隊の方へ下がってろ。後は俺たちで何とかする」


「え――いやいや、それは困るっ!」


 首を横に振る冒険者に向かって、泡を食ったように抗議する。
 そう、困るのだ。このまま他人に任せてしまえば、魔族にこちらの魔術が効かない謎が解けないし、倒すのにはどの程度の魔力と威力が必要かという加減も分からない。それは当然、いま余裕がある内に知っておくべき事だ。

 だが。


「は? 何が困るって言うんだお前は? 倒してやるって言ってんだからそれ以上の事はないだろ? いいから商人たちと大人しく後ろで――!?」


 呆れの含んだ冒険者の窘めは中断された。


 その飛来した原因を、最小限の動きで回避する。それは、魔族の放った攻撃だ。
 横にいた冒険者はその攻撃を完全には見切れていないのか。大きく跳んで距離を取っていた。


 射掛けた不可視の力の矢をかわしたのを見計らい、魔族は横合いの地面を滑走するようにしてそのスレスレを大きく旋回しながら、こちらに向かってくる。
 回り込み、死角から詰めれば今度は対応できぬと踏んだか。


「くそっ、来やがったか!」


 剣を構えて前に出ようとする冒険者。庇ってくれるつもりか。ありがたい事ではある。

 あるが――しかしそのどちらの思惑も、自身の詠唱の前に瓦解した。

「――Astrum micans profundum.Cupio csuspento is ut vomica!」
(――海の星。祝福された神の御母その言葉を今、呪いと変えん!)


 真下に展開する、露草色に輝く魔法陣。そこに構築された術式に促され、右手の中に“洗練される前の魔術の原形”が構築される。


「は、貴様ごとき魔法など効かぬと何べんやれば悟るかっ!」


 知った事か。魔術師はその推測の全てが潰えるまで、試行を止めぬ生き物だ。可能性がある以上、投げ出す事は決してない。


「――Stella maris!」
(――行け! 呪いの凍て星!)


 ――呪われし、ステラ・マリス。
 そう魔術弾を右手から投げ放つと同時に、露草色の魔法陣が数種前方に展開し、放たれた魔術を洗練していく。

 加速、加速、増幅に次ぐ洗練。
 雹と水気の尾を引く魔術弾は箒星。流れ落ちる凍て星となって、魔族に向かって墜落する。


「氷っ!? ――なぁっ!?」


 飛び上がったが、既に後の祭。
 地面に着弾した凍て星の魔力によって、巨大な氷の花弁が花開く。魔術によって発生した水気もろとも巻き込んで、飛び上がった魔族がその胴まで凍り付いた。


「……ち、威力が落ちてやがる。スピカもシリウスもないから仕方ないが……」


 流星落の時と同じだ。やはり、異世界で星に関係する魔術を使うには厳しいものがある。異世界には、地球から見える星も星座もないためだ。
 恩恵を受けられないが故、力がない。



「く、だがな、甘いぞ人間! たかが氷など――な、なに!?」



「ハ――残念。それはさっきまでとは“違う種類の魔術”だ。簡単には()けないぜ?」


「この程度、ぐ、ばかなこのような氷ごとき何故壊れんのだっ!」


 魔族は氷から脱け出そうともがき、破壊しようと力を込めるが、まるでびくともしない。


 ――氷呪。

 カバラ数秘術による凍結の再現にアストロジーでの結果の補強、そこへ呪術を織り混ぜた、属性は水に大別される三系統複合型の氷結魔術。
 極低温の魔力塊の現界と同時に、水気の尾を追随させて相手を氷付けにしてしまう神秘を現界させる。
 その上、呪術も組み合わさっているためこの魔術は凶悪だ。内包する術式は単なる凍結の術式のみではなく、呪詛術式が付加されており、氷を破壊するだけではその戒めから逃れられない。


 そう、これは呪いの氷。氷塊に込められた呪詛を“解かぬ”限り、氷は溶けもしないし振り解けもしないのだ。


(さすがにこれは食らうか……)


 もがく魔族に視線を呉れながら、心の中で呟く。
 いや、食らわなければそもおかしい。魔族の身体自体が凍らないのはまだ頷けるが、これはそれを見越しての氷付けだ。
 いくら術式を中身が受け付けなくても、術に呼応する星の加護の有無で威力が落ちていても、これは二重の意味を持つ魔術。外側に氷の牢獄が出来れば、抜け出せまい。


 ……すると、冒険者の男が突然背中をバンバンと叩く。


「なんだお前二属性持ちかよ! 結構やるじゃねぇか!」



「ま、まあこのくらいは……」


「いや上出来だ。見直したぜ!」


「え、いや……」


 別に上出来も何もないんだがと、水明が複雑な心境に陥っていると、冒険者が周囲の仲間に向かって叫んだ――


「いょし! 今だ! 魔族が動けない内に全員で掛かるぞ!」



 そんな時だった。



「――□□□□□□!」


 魔族が吼えた。
 天に向かって。
 それは何と例える事ができない咆哮。
 耳障りな声、いや、音だ。害意をそのまま音声に直接変換したような、そんなおぞましさが耳を打つ。
 それに合わせて、高まりを見せる魔族の魔力。まだ体内に秘めていた力を引き出しているのだろう。 やがて、魔族の身体から黒い靄のような凝った力のおどみが溢れだしてくる。


(なんだ? 魔力? いや、違うアレは――)


 と、魔族から噴き出す力に水明が既視感を覚えたその折りに、冒険者が大声を張り上げる。


「く、まずいぞ! このままだとあの氷、壊されちまう!」


「ん?」


 思考を中断させ、彼の方を見る。冒険者は魔族の力の発揮になんらかの危惧を抱いたらしい。今しがたの喜びを一転させ、顔に再び焦燥を浮かべている。

 それに、水明は至って平静にして。


「どうして?」


「ど、どうしてってお前。本気になった魔族の力だぞ!? 氷なんて簡単にぶち壊せるっての!」


「ああ、いや、さすがにそれは大丈夫。どれだけアイツが足掻いても、あの氷は壊れないから」


 と、特に危機感も持たず、言うと。


「壊れないって、何を余裕かましてんだお前は! アレを良く見ろ!」


「アレって……へ?」



 怒鳴りに近いその指摘に合わせ、指し示す先を見る。
 当然そこには先ほどと変わらぬ魔族が。しかしいつしかその半身の動きを縛る、呪いが編み込まれた氷は軋みを上げており、か細いひび割れが走っていた。


「は……? いや、おいおいおいおい! 嘘だろ!? 呪詛だぞ! 呪詛術式だぞ! 何であんなので壊れ出してんだよ!?」


「お前はなにを今更焦り出してるんだよ!」


「いやいやいやいやあんなの見たら焦りたくもなるっての!」


 目の前で起こる理非を吹き飛ばすような所業に叫び、そしてまじまじと観察する。

 なんなのかこれは、本気で呪いの氷が壊され始めている。無茶苦茶だった。


 ――魔術でいう呪詛術式というのは、単なる呪詛の意味合いで使われるものではなく、呪術という魔術体系の中の一技術である。簡単に言えば、自他に関する怨念を基礎にしない最初から最後まで自分の作った術式に依存する術だ。

 怨恨という強い力が生み出す束縛や業の深い破壊を、怨み辛みのあるなしに関わらず再現しようという試みから生まれた術で、解呪するにも呪詛術式だけではなく呪術に関する深い知識と技術が必要になる。


 故に、いま目の前で起こっている事は無茶苦茶なのだ。呪詛はもとより魔術の術式は形のあるものではないのだから、あれはさながら絵に描いた虎を坊主が何の頓知もなしに捕まえようとしているのと一緒である。


「ま、まずい! みんな、早く倒すぞ!」


 水明が焦りに顔をしかめるその横で、冒険者が慌てて叫ぶ。
 それに対し、「おう」「ああ」「ええ」と、それぞれの返事で呼応する仲間達。


 顔を見合わせて頷き合い、息を合わせて掛かっていくが、しかし、魔族から周囲に溢れる黒い力によって、取り囲もうとした冒険者達は弾き飛ばされてしまった。


「くそっ! 近寄れない!」


「魔法だ! 魔法をありったけ叩き込めっ!」


「――炎よ! 汝は敵を貫く穂先となって……」


 ……号令に、魔法を使える者が一斉に詠唱を開始し、魔法を放つ。
 しかし、それは愚策だった。先ほど魔族を倒していた故、魔族の発する力だけならば彼女らの魔法で突破できたのかもしれないが、今はそこに氷呪の氷がある。
 異世界の魔法には解呪に必要な術式が含まれていないため、当然呪詛を消すことが出来ず氷はそのまま壊れぬままだ。


 故に、魔族を倒すのに必要な分の威力が届かない。


 それぞれの魔法のヴェールが晴れると、さも当たり前のようにそこには撃つ前と同じ魔族の姿が。


「そんな、魔法も効かないなんて……!」


 冒険者達の間に、動揺が走る。
 その間にも魔族から噴き出す力。強い力を感じるが、何と言っては能わないおぞましさがある。

 それは、怪異が発する力とも、魔術師が魔力炉を起動させたものとも違うもの。


 だが、ああいう力、自身には見覚えがなかったか。

 いや。


(……そろそろ本気で拙いな。あの力で呪詛術式が綻びかかってやがる)


 気にはなる。気にはなるが、今ばかりは思考はすまい。
 そう、氷に入ったひびが大きくなってきているのだ。確かに魔族はその力業の代償で所々の血管が破断し、血を至る所から噴き出している。だが、このままいけば魔族が倒れるその前に、氷に掛かった呪詛を破られ、自身が返りの風を受けてしまうのは確実だろう。


 故に、その前に倒す。

「――Fiamma est lego.Vis Wizard」
(――炎よ集え。魔術師の怨嗟の如く)


「またその魔法かっ!! それは効かぬと先ほどからっ」


「――そうかな? 確かに加減のあった魔術ならそうかもしれないが、まともに撃てばその限りじゃないさ」


「その程度の熱で我が焼けるとでもっ!」


「言ったな悪魔もどきが! 魔術師の炎、舐めるなよ!」


 そう言い放って、魔術詠唱。


「hex agon aestua sursum.Impedimentum mors!」
(その断末魔は形となりて斯く燃え上がり、そして我が前を阻む者に恐るべき運命を!)


 集う炎。しかし今度は魔族に衝突ぜずに、その身体にまとわりついていく。対象を中心として、渦を巻いて。
 周囲の物を焼き払い、消し炭へと変えながら。

「――ぐ、なんだ!? さ、先ほどとは……」


 炎が発する光を照り返す氷の上、雲の帳が掛かる木々の中に映える赤は絶佳。
 そしていつしか右手の中には、小さな環状法陣に包まれた、橙に焼けた魔石が。


 ――それを、最後の鍵言と共に握り潰す。


「――Fiamma o asshurbanipal!」
(――ならば輝けっ! アッシュールバニパルの眩き石よ!)



 瞬間、まとわりついていた炎が魔族を包み――周囲の音が消失した。
 視界には爆発が。地面が噴火し、空が赤みがかった白色に染まり、それを追いかけるように大規模な爆音が襲ってくる。
 それは爆燃。
 発生した真紅の霞が波濤と変わり、放射状に発散される。

 急激な力の発露に魔族は断末魔すら上げられない。
 ただ、その場にいた誰もが、己の身を放射される熱から守るので手一杯だった。







 ……そして、後に残ったのは煤けた臭いと木々に小さく燻る燃え止し。
 周囲への影響に配慮して効果は調整したが、それでも大きな炎は衝撃波で吹き飛び、魔族のいた場所の地面はマグマさながらに。 どろどろに融解さえしていた。



 驚いた顔を張り付ける冒険者達の一人が、声を上げる。


「す、すごい魔法です!」


 声は、魔法使いの少女のものか。その声で皆我に返ったか、そぞろに言葉を発していく。


「お、おい! く、雲が真っ黒に焦げてやがるぞ……!」


「中級魔法? いや、だがこの威力は……」


「赤い泥……? これは火山とかから噴き出すヤツじゃないのか……?」


 この世界では、黒煙やマグマは見慣れぬものなのか。そんな驚きが辺りを席巻する中、先ほどの冒険者が近づいてくる。

「おい、お前! やれば出来るじゃねぇか! そう言うこと出来るんなら最初っからそうしとけよ!」

「あ、ああ。まあ魔族と戦うのは初めてだったもので」


「なんだ? それで出し惜しみなんかしてたのかよ? 次からはさっさと倒してくれよな!」


「はあ……」


 そう言う訳にもいかないのだが。
 ニッカリと笑う冒険者に曖昧な返事をすると、彼は訝しげな表情で訊ねてくる。


「何だよ? 魔族を初めて倒したんだろ? お前嬉しくないのか?」


「へ?」


「へ? じゃねえって、しっかりしてくれよ。もしかしてお前いまので疲れちまったんじゃねぇのか?」


「いや、俺は全然……」

「そうか? ならいいんだが……まだ気を付けておけよな?」



「は、はあ……」


「じゃ、俺は行くぜ」


 冒険者の戦士は何を勘違いしているのか。別に初陣の子供でもないのに、勝手にそんな解釈を加速させ、戸惑うこちらを尻目に仲間の所へ戻っていく。


 彼の背中を見送って、水明はげんなり一言。


「……ま、いいか」


 何とも言えぬ心境だが、トラブルではないだけマシだろう。

 所在なさげに頭をポリポリと掻いてから、気を取り直し、再び魔族のいた場所に目を向ける。



(これが魔族、ね……)

 そうこれが、自分たちがここに呼ばれる事になった元凶、その手下だ。
 この場である程度相手をして力量を把握したかったのだが、結局は魔術の威力でごり押ししてしまった。


 難はない。全く。
 確かに倒すのに時間は掛かったが、手間と言えばそれだけで、結果本気は出さず終いだったのだから。


 だが――


「……アッシュールバニパルの焔を使っても、焼き尽くすのに一分近く掛かるのか……」


 魔族を倒すのに使った魔術は火属性の魔術。属性を表す五大元素の中では、自身が最も得意とする力だ。術の適性も良く、威力もそうだが、他の魔術に比べ詠唱も割合少なくて済む。


 だが、そんな魔術を使っても、煤に変えて消し去るまでに一分を要した。
 掛かり過ぎだった。大抵の物ならば、形が無くなるまで数秒程度。なのにも関わらず、雑魚でこれとは。



 と、水明が面持ちを固くし、眉を怪訝に曇らせるそんな時だった。


 その背後を、何かが恐ろしい速度で――吹き飛んできた。


「な――!?」


 衝突音に遅れて、振り返る。見ると、そこには先ほど見たようなシルエットが。
 吹き飛んできたのは魔族だった。

 ――いや違う、そうではない。あれは魔族ではなく、魔族の塊だ。
 二体、三体、曲がった腕や千切れた足、首などといっしょくたになって何かしらによってぶっ飛ばされてきたのだ。


(なん――)


 俄な驚きと共に、目を凝らす。
 そこにはやはり魔族と魔族だったもの、そしてその対面の直線上には、巨大な剣を片手で持つレフィールの姿があった。

 赤と銀の切っ先を提げる姿態は木々の影に。そんな今の彼女には、出会った時の優しげな雰囲気は欠片もない。
 軽く俯くような前傾から朱に輝く片目。剣持つ腕を弓弦のように引き絞り、さながら鬼神のごとき闘気を纏った姿。


 ごくり、と。聞こえるはずのない誰かの嚥下の音が、奇妙なほど辺りに響く。



 それが合図だったかのように、いっしょくたに吹き飛ばされた塊の中から、まだ存命だったらしい魔族がレフィールに向かって飛んでいく。

 奇襲だ。動かぬ間があれば、隙が出来ると思ったのか。
 だがしかし、それを奇襲と考えたのはあの魔族のみだろう。


 レフィールは一切気を抜いていない。吹き飛ばし終わってからも、敵が前にいると考えたままだ。
 だから、未だあの状態。
 ならば、あの闘気を前に、死にもの狂い程度が勝てるはずもない。



 飛びかかる魔族を、レフィールがあの巨大な剣で横に薙いだ。
 振り抜きから終わりまで、切っ先が一切ブレない正確な一太刀は、颶風すら巻き起こさんばかり。
 その豪剣の前に、魔族はなんなく上と下に分割される。

 その上、再びの斬撃は頭上から。十文字を描くように繰り出された(おろし)のようなそれにより、魔族は右と左にも分断される。


 これで、もう息の根はない。

 だが、彼女は止まらなかった。


 これ以上は無駄。既に死んでいる相手に斬撃など不要。
 効率度外視のオーバーキルなはずなのに、最後の最後、まだ足りぬとばかりに、レフィールは巨大な剣の切っ先で魔族の頭部を打ち砕いた。



「潰れろ……外道」


 その呟くような言葉が耳に残ったのは、ここにない怨嗟が混じっていたが故か。









 ……周囲を席巻する言い知れぬ圧力が消えたか。剣を担いだレフィールが、集まり出したこちらに近寄ってくる。



「……こちらも終わったようだな」



「あ、ああ。まあな……」



 それに対して、先ほどの冒険者。彼女と親しいパーティーの戦士が返答する。 今はもう鳴りを潜めたが、先ほどの鬼気に気圧されたが故か、声が少々ぎこちらない。


 そんな彼に代わって、レフィールに訊ねる。


「そっちは?」


「ああ、今ので一匹残らず片付けたよ。あの奥にはもう魔族はいない」


 赴く前の言葉の通りに、全て倒したか。さすがである。
 さすがであるが。



「向こうのはこっちより多かったんじゃないか?」


「そうだな。私としてはこちら側の奴らは全て請け負うつもりで行ったんだがね」


「は……」


 言葉に詰まると、不敵な笑みを見せて。


「問題はなかったろう?」


「確かに」


 素直に認める。単独でも問題はなかった事を。
 それにしても全て倒すつもりだったとは。
 その上、「脇を抜かれてしまうとはまだまだだな、私も」と無念そうに口にしているこの少女。本当、一体何者なのか。

 すると、レフィールはおもむろに辺りを見回して。


「先ほどこちらから物凄い音が聞こえたんだが、もしやこの惨状が?」


「ああ、俺の魔術さ」


 と答えると、レフィールは意外そうな顔をした後、朗らかな表情を見せる。


「さすがだなスイメイくん。活躍だ」


「活躍だなんて止してくれよ。一体倒すのにこんだけ手間が掛かったんだ」


「な――、一体だって?」


「ああ」


 場の惨状と倒した数の予想に齟齬があったのだろう。頷くと、レフィールは驚いたまま怪訝に訊ねてくる。



「……強力そうなのは私の所で止めたつもりだったが、ここにいたのはそれほどの手合いだったのか?」


「いや、他の奴と同じだと思う。今レフィールがバラバラにしてぶっ飛ばしたのと、恐らく同一個体だろうからな」


 言って、魔族の成れの果てを一瞥する。こちら側に抜けて来た魔族はみな同じ姿形。デーモンに似た姿のものばかりだった。
 その中でも固体差が有るならば話は別だが、元よりこの戦いにそこまで危機感が湧かなかった以上、大きな強さがあったようには思えない。


「いや、しかしこの規模の魔法を使えるならあの程度の魔族ごとき……これだって中位級の上の方にくる魔法だと思ったが、私の見立て違いか……?」


「中位級?」


「ああ。違うのか?」


 レフィールがそう重ねて訊ねてくる。


 ……はて、中位級とは。そう言えばこの世界は五大元素に縛られない八つの属性の他に、そんなよく分からない魔法の区分がある。
 下級、中級、上級だ。黎二がこの上級魔法とやらを覚えた時は、周囲も揃って歓喜していたのを覚えているが。
 果たして、それらは一体何をもって上中下を定めているのか。

 いずれにせよこの答えは、向こうの魔術と規格や基準が全く違う故、答える事はできそうもない。


「……悪い。俺にはそう言うの、分からないんだ」


 と、その辺りの意味を込めて素直に口にしたのだが、レフィールは得心がいかないという風に。


「分からない? 何故だ? 前に君は父君が師と言っていたはずだが、魔法を教えてもらった時にそれは教わらなかったのか?」


「そりゃあ、今のは自分で作った魔術だから」


「な――!? 自分で作っただって!?」


「ん? 何だ? なんかおかしいのか?」


 寝耳に水でも入れられたかのように驚いた彼女を見て、首を傾げる。
 基本、魔術というものは最初に習う基礎か広く流布するポピュラーなもの以外は、全て自作が一般的だ。星占術などのように、星の位置などに完全に意味が据えられ、既存の物に改良の余地がない魔術なら話は別だが、数秘術や呪術のように自由度が高い魔術を使う魔術師及び高位の魔術師は、必ずと言って良いほど使用頻度の高い魔術を自作の魔術で固めている。


「い、いや……。まあ、そう言う事もできる……のか?」


「そりゃあできるさ。時間と知識、既存の概念にとらわれない発想さえあれば。というか個人的に必須だと思う」


「あ、ああ。そうか。……魔法使いになるのは難しいな」


 さて、これについてもこちらではまた何か違うのか。そのような話をぶつぶつと独り言のように口にするレフィールだが、その横からおずおずと魔法使いの少女が手を上げる。


「さ、先ほどの魔法ですが、私の見立てでも、彼の魔法は他の魔法使いの魔法と見劣りするようなものではなかったと思います。ですが……その、魔族にはあまり効いてはいませんでした」


「……そうなのか」


「全くだ。一体何が違うのやら」


 と、もやもやの残る結果に肩を竦める。
 どうなのか。
 結局分からず終いだったが、正直なところもしやすればと言う心当たりも、自身にはあった。


 そう、それは魔族が最後に出したあの力だ。あれにはどこか見覚えがある。
 あの、おどろおどろしさを感じる、生理的に受け付けない力のおどみ。
 確かあれは、悪魔崇拝者などが持つような力ではなかったか――


「……そういや、前に魔族は邪神を信奉してるとか何とか聞いたな……」


 もしかすれば、それが鍵なのか。


 ――と、水明が謎の答えを求め思考をしていた最中だった。

 唐突に、レフィールが呼び掛けてくる。


「……水明くん。それにみんな」


「ん? どうした」


「どうやら、今ので終わりではなさそうだ」


 一斉に振り向く。
 そこには、あちらをと、商隊の前方へあごをしゃくるレフィールが。彼女に促されるままその方向へ気を向けると、また魔力の気配が近付いて来ていた。


「マジか……」


 周りの人間の心中を代弁するように一言。


 戦いは、まだ終わってはくれないらしい。


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