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  異世界魔法は遅れてる! 作者:鼻から牛肉
試合からは逃げられない


 果たして、受け付けの時と一体何が変わらないか。人の数と理由と大きな二つの違いがあるが、こう何度も続けば霞んでしまう。
 ギルド員の二人から八つ当たりの敵意を向けられて、思わず吐息。大臣、受け付け前、そして今ここ。今日はよくもまあ剣呑な眼差しに晒される曜日である。

 話を聞いたところ、予想通りレフィールの計測の相手はこの二人のギルド員だった。ライカスという戦士と、エヌマルフという魔法使い。
 計測にあたり、宵闇亭の冒険者から戦いをご教授願いたいと、本来は一人でいいにも関わらず、わがままを言って両者とも順番に相手にしたらしい。

 無論、結果は言わずもがなと、ちらりと目を側める。細身の剣と仕立てのいい軽鎧を抜きに見れば、蝶よ花よと持てはやされる方が尤もらしいそんな年端もいかぬ少女に対し、悪態をついている二人の姿。まずまず余裕で負けてしまった事に相違あるまい。


 情報の受け渡しも済んだか。ドロテアと内輪の話を終えたばかりの二人を見る。


「――で、今度は俺がやればいいんだな?」


 八つ当たりならば、気を使う必要もないか。ですもますもない不遜な態度でそう訊ねると、ライカスが答える。


「そうだ」


「試合の形式は?」


「ギルドの試合だ。格式張った物もねぇ。戦って、それを俺達が評価する。そんだけだ」


 と、億劫なのか気忙(きぜわ)しいだけか。荒っぽく簡略に告げるライカス。まだ顔を厳めしく保っている彼に、再び訊ねる。

「戦いってのは、普通の試合でいいんだよな?」

「ああ。だが、ギルドの計測試合は模造の剣でやる。お前は魔法使いだから……ああ、杖は使わねぇって話だったな確か。ふん――もし使いたい武器があれば手持ちの奴を使ってもいい。ただ、魔法でもなんでも、相手に大きな怪我をさせたり殺したりはしないことだ。ま、俺たち相手じゃあり得ねぇが。な? エヌマルフ?」


「……問題ない」

 ライカスに問い掛けられたエヌマルフが、初めて口を開く。物静かな人間か。しかし、顔にはライカス同様、揺るがぬ自信が滲んでいる。

 だが、横合いから掛かる「でも、さっきは負けたんですよね〜?」との小さな野次。出所はドロテアだ。意外と物怖じしない胆力がある。

「うるせぇ! 茶々を入れんじゃねぇっつうの!」

「…………!」

 一喝と無言の圧力。怒られちゃいましたと舌を出し、頭を掻くドロテアに、あまり油を注ぐなとも思ったが――

「で、どっちとやる? 選ばせてやるぜ?」

「…………」

「おい、どうした?」

「いや……」

 ……よくよく考えればその存念に、意味はないのかもしれない。
 この世界に来て、自身は魔法を使わない手合いと戦った事がない。確かに城で黎二と騎士達の戦いを見たことがあるが、見るとやるではまた違うもの。ここらで一度、それを拝んでおくというのも有りなのではないか。ならば、今の訓練場は好都合。レフィールはどうせ戻りだし、あとは自分達しかいないならば、後の決着のつけようもある。

 それに、ここで上手く事を運べれば、受け付け前での一件もうやむやにできる可能性がある。


(なら、今がチャンスか)

 一瞬、ドロテアの言葉いかんに関わらず、いずれにせよ油はなみなみと注ぐ羽目になるなとも思ったが畢竟、考えはまとまった。

 早く答えろとこちらに催促の視線を突き刺すライカスに、言う。

「では僭越ながら――俺は二人同時に」

「――ほう?」

「ええっ!?」


 その言葉に、二人を順繰りに打ち倒したレフィールは興味深そうな声を出し、ドロテアは驚きの声を上げる。


 一方、言われた本人達は当然ながら、色めきたった。


「……あ? 俺達をいっぺんに相手するだと? テメェ本気で言ってんのか?」

「ああ。笑えない冗談は得意じゃないんだ」

 そう白々しく答えると、案の上ライカスの機嫌が一層悪くなる。

「そこの女くらいの実力ならまだしも、一介の魔法使いに俺達が遅れを取ると思ってるのか? 受け付けで一人ぶっ飛ばしたからって調子くれてんじゃねえぞ?」

「…………」

 ライカスの怒気も露な言葉に合わせ、エヌマルフも凄みの増した視線を呉れる。やはり、そうとう矜持に引っ掛かったか。無理もない。まだまだ子供の範疇を抜けきらないような自身にそんな大口を叩かれたのだ。その心中、察するに余りある。

 だが、こちらも侮られているのは同じだし、状況としてはイーブンだろう。嫌な奴とも思われるかもしれないがさりとて、こちらには目的があるのだ。忖度に骨を折ってばかりもいられない。

 そんな俄に淀んだ空気を感じてか、ドロテアが控えめな調子で訊ねてくる。

「あの、スイメイさん。ほんとに本気ですか?」

「ああ、俺としてはそうして欲しいな。この後宿も取りに行ってまた戻って来なくちゃならないから、できればさっさと終わらせたい」

「あの、そうゆう意味じゃなくてですね――」

 言い掛けるドロテアの言葉を遮るように、ライカス。

「さっさと終わらせられる自信があるってか?」

「ああ」


「でけぇ口叩きやがる」


「これくらいはな。あんたらにもギルド員の矜持があるように、俺にも今まで歩いてきた積み重ねがあるってことさ。謙遜してばっかりも、精神衛生上よろしくないんだよ俺だって」


「……ガキが。相手の力量も見抜けねぇヤツは容赦なくランクを落とすぞ。今のは冗談だって訂正して、どっちか選びな。今ならまだ許してやる」

 と、ライカスは再三の発言の撤回を迫ってくるが、ここまで言った以上後には退けぬ。


「いや、そのつもりはない。それに許されなきゃあならない事をしてるつもりもないし」


「……後悔するんじゃねぇぞ?」


「ご忠告どうも」


「ケッ……エヌマルフ。これ以上ガキどもに舐められっぱなしになる訳にはいかねぇ。さっさとぶっ潰す」


「……分かっている」


 こちらが肩を竦めると、ライカスは忌々しそうに歯を軋らせて、エヌマルフに言う。そして彼の返事を聞いた後、再びこちらに突き刺すような睨め付けを送り、ギラギラとした剣呑さのままエヌマルフと連れ立って訓練場の中央へと向かっていった。

(…………)

 ……やはり自分は、侮られる対象なのか。多少の気炎を吐いても威勢が良いという風に、好意的に取られた試しがあまりない。気になる時は気になる時で後で覆せばいいのだが、いつもそれで何かしら軋轢を産み、他の人間より損をしている気がする。
 場の状況もあるのだろうが、確かに魔術師としてはそれで良いし、この場においてはそれから始まる挑発が二人をやる気にさせるため好都合なのだが、一人の男としては――やはり、納得のいかない部分があったりする。心では分かっていても、思う事は止められないそんな心境である。


 と、そんな風に腐っていると、後方から真剣な声。

「スイメイくん。あの二人、中々こなれた手合いだぞ? 本当に良いのか?」

 二人同時に相手をするのを心配してくれるか。もしくは見極めようとする探りの問いか。この場では先達たるレフィール。

 そんな彼女に頷いて返す。

「ええ」

「二人に勝つ自信があると?」


「その自信に見合う雰囲気は残念ながら持ってはいませんが」


 と、自嘲気味に口にしてみると、レフィールはふっと静かな笑いを見せる。

「確かに」


「――即答かよ、ひでぇ」

 やはり、そう見えるか。レフィールの打てば響くような返しに、ついそんな突っ込みをしてしまうが、込み上げてきたのはどちらも笑いだった。

「ふふふ……」

「はははっ」


 思ったよりも気が合う相手なのかも知れない。アルシュナのお導きとやらも数奇なものだとふと思いつつ、そして。

「……それに、あの二人を同時に相手できるのは、俺の目的にも合いますからね。俺はこれでいいんですよ」

「……そうか。なら、これ以上私が言うことは何もないか」


 と、レフィールは神妙に頷くと、何故かすぐにドロテアの方を向いた。そして、何を言うかと思えば。


「すまないが、見学させて貰っても良いかな?」


「え゛っ?」


 知らず、濁りきった声が喉の奥から飛び出てくる。どうして何それ聞いてない。
 まるで予想だにしていなかった展開だった。


「はい、構いませんよ……って、スイメイさんは嫌なんですか?」


 レフィールの申し出を即座に快諾したドロテアが訊ねてくる。

「え……いや、まあ別に構わないんだけどさ」


「じゃあどうしてそんな顔したんです?」


「いやいや、予想してなかったから、ちょっとびっくりしただけだよ」


「そうなんですか?」


 ドロテアがこちらの反応に小首を傾げる中、レフィールは諾意を得たと言うように満足そうに頷いた。


「なら、いいな。君の戦い、拝見させてもらうよ」


 と、完全に居座るつもりのレフィール。自身が二人同時に相手をすると言ったので、おそらく剣士として興でも湧いたのだろう。

 見られる事になるが、基本この後どうにでもするつもり。ま、いっかと心の中で口にして、ライカス達を追い、訓練場の中央に向かう。


 そして――


「では、準備はよろしいでしょうか?」

「……ああ」

「…………」

「俺は構わないよ」


 剣を鞘から抜き放つライカスと、魔杖の先端に嵌められた宝玉をこちらに向け、構えを作るエヌマルフ。
 そんな彼らと同じようにいつでも良いと口にしつつ、取り出した黒手袋――齟齬のグローブを手にはめて、ポケットから水銀の入った試薬瓶を取り出した。


 それが何か分からないライカスが怪訝そうに問い掛けてくる。


「なんだ?」


「いや、俺も武器をってね」

「……?」

 こちらをまじまじと見つめる不思議そうな表情の銘銘に囲まれながら、試薬瓶の蓋を開けてその中身を床に解き放つ。勿論、これは白亜の庭園で使った物と同じ物。自身が持ち得る武器の中でも使い勝手のいい魔術品だ。

 一方、それはこの世界では珍しい物なのか、銀の輝きにレフィールが眉を潜める。


「銀色の……水か?」


「水銀ですよ。見たことありませんか?」


「ああ、初めて見るよ」

 レフィールが目を細めて言うと、ドロテアが弱ったように口にする。


「あのスイメイさん、床を故意に汚されるのはちょっと……」


「……いやいや、これ別に汚してる訳じゃないよ」


「ですがどう見たって」


 確かに液状の物をわざと溢しているようにしか見えないか。否定できない。その通り。だが。


「すぐに分かるから」


「はあ……」


「……ふむ。それは、何かの薬なのか?」


「いえ――」


 レフィールの訊ねに答える最中、試薬瓶の中の水銀が残らず床にこぼれ落ちる。そして、比重の大きな液体の全てが床を舐めると同時に、魔力を集中させて、形状変化の呪文を唱えた。


「――Permutatio.Coagulatio.Vix lamina」
(――変質、凝固、成すは力)


 途端、垂らした場所を中心にして、小さい円が大きく広がるように、魔法陣が形成される。


 暗く輝く赤い魔力光を放つ、魔法の陣が。


「――!」


「ええっ!?」


「あ?」


「……!?」


 魔術を繰る最中、耳に届いたのは四者四様の驚き。直接何かに描く事なく魔法陣を構築したのが、彼らには驚きだったのだろう。これは、フェルメニアの時と全く一緒である。


「錬金……」


 魔法使いたるエヌマルフの声。どうやら何をしているかくらいは分かるらしい。


 そして幾ばくもなく、その光と陣に励起されるように、水銀は一度粘土のように延び上がり、広がり、動いた後、自身の手に集って剣を象った。


「――俺の武器ですよ」

 そう、レフィールの問いに答えた今が今。今度こそ戦いに向けて、集中する。コートもスーツもまとわぬが、戦いは戦いだ。ここも退けぬ場所と見定めて、グローブの上から掴んだ水銀刀を構えると、胡乱げな視線送ってくるライカスがいた。

「……おいお前、魔法使いっつったよな?」


「今のは魔法に見えると思うけどな?」


「魔法使いが剣なんて使うかよ。……つーかお前、使えるのかよ?」


 そんな問いに思い出す。フェルメニアもそうであったが、やはりこちらの人間は魔法使いプラス戦士という考えが一般的でないらしい。やはりよくあるゲームや物語の登場人物達のように、魔法使いは後衛で、戦士は前衛という固定概念があるのか。魔法使いと戦士は覚える事が違うため、当然と言えば当然だが――


「ま、そこそこは、ね」

「そうかよ――」


 ニヤリと笑みを呉れてやると、もう聞くことはないか。煩わしげに吐き捨てたライカス。それを機会と見たか、ドロテアは腕を振り上げた。


 そして。


「では、始めっ!」


 ドロテアがそう叫ぶや否や、――ぶち当てに来た。ライカスの初手は分かりやすい一発。強い踏み込みから始まる、豪快な袈裟斬りだった。

 それに対して、こちらも袈裟斬りに対応する。

「ハッ――」


 ライカスが鼻で笑ったその通り、こちらの一手は誰から見ても悪手だろう。彼我の膂力の差は一見して明らかだ。腕の太さで既に瞭然としている。
 故に取った、と。ライカスは表情の裏側に冷笑を浮かべただろうがしかし、真実その先にある結果を知るのは自身のみ。ライカスの剣と自身の剣がほんの一瞬だけ拮抗したと思うのも束の間、咄嗟に左に踏み込み、脇を締めた状態から剣を後ろへ向かって反り上げて、元の右後ろから振りかぶるような状態へと逆再生のように巻き戻す。


「何っ!?」


 力の掛かる場所を一人分後ろにずらされたライカスに、体勢を変える余地などない。勢い余っての言葉が如く、自身の右後ろへ剣ごと体重を流される。つんのめる。


 そう、これが行き違い、だ。袈裟斬り同士の衝突を反り上げで崩し、相手の剣撃を受け流す妙技。
 そして、技を終えるや否や即座に反転する。阿呆のようにその場に突っ立つつもりはあり得ない。翻れば、そこには無防備になった背中がある。切ってくれと、これが油断の代償なのだと語り掛ける背中がこちらの剣撃を誘うが、しかしこれを好機と呼ぶ気はない。


 そう、まだ自身の背中には、自身を狙う虎の顎があるのだから。


「――風よ。汝が悠久なる力をもって打ち砕く意思となり、我が敵に怒りを与えよ! ウィンドフィストッ!」


「Secandum excipio!」
(第二城壁、局所展開!)

 目先の一撃には未練の欠片も有りはしないと斬って捨て、辺りの空気が蟠って出来た巨人の拳さながらの暴威を、魔術の防御を為して堰く。
 使う魔術は絢爛なる金色要塞が第二城壁。魔術に対する術式防御。


「なっ――!?」


 驚きは誰の声か。子細は知れぬが、ライカスの方には剣のみを向けて、身体を横に開くようにグローブを嵌めた左手を後ろへ突き出した。手のひらを起点に一瞬で展開する金色の防御陣。正面からぶつかった圧縮空気の塊は周囲につむじ風を撒き散らし、防御陣に何の軋みも与えられぬまま数秒の間にそのまとまりをほどかれた。


 今の隙を失態として顔を歪め、間合いから飛び退いたライカスが構えを作り言う。


「く、おかしな剣技を使いやがる」


「近くの道場で教えて貰ってね」


 と、水明が余裕そうに口にするも束の間――。


「なんだっ! 今の魔法は!?」


 エヌマルフが、俄に色めきたって騒ぎ出した。
 急な驚きを顔に張り付けるそんな彼に、怪訝に細めた瞳を向けて、訝しそうに言う。


「……防御の魔術だが?」

「そんな事を聞いているんじゃない俺は! いま、お前は確かにっ」


「何だ。何がおかしい?」


 謎めいたエヌマルフの言動。驚きのせいで言いたい事がまとまっていない。
 絢爛なる金色要塞は、防御の魔術だ。あらゆるタイプの攻撃から身を守るために自身が作った、傑作とも言える堅牢の陣。見たままその通り防御の魔術でしかないし――それ以外の驚きの箇所と言えば魔法陣か。しかし魔法陣の瞬間構築は、先ほどの水銀を操る技で見せている。


 今さら、叫びを上げられる謂れはない。


「おかしいも、何も――」


 すると、興奮にとらわれ言いたい事がまとまらないエヌマルフの代わりに、ドロテアが話す。


「だってスイメイさん! 今の魔法、なんの属性の介在もなしに発動したんですよっ!?」


「……そりゃあ、属性なんて付けなかったからな。防御魔術に属性なんて付け足すのは、はっきり言って無用だろ?」


 そう、防御の魔術に属性など無用の長物。相手の魔術を防ぐには基本、術式に対する防御を敷くか、その魔術の謂れに対抗できる防御を用いるのが当然とされている。確かに属性を付与しその相克を利用して防御力を高める手立てもあるが、即座に対応する属性をもつ攻撃に切り替えられた時、対処に時間が掛かってしまい、下手をすれば防御を抜かれやられてしまう。
 そんなデメリットが発生する故に、防御の魔術に属性の付与は適していないとされるのだ。


 だが――


「馬鹿な! 無用な訳があるかっ! 魔法は属性の介在があって初めて成り立つものだ! 属性の介在なしに発動できる魔法なんてそもそも……」

「は、はぁ? 属性の、介在?」


 そもそも何か。そもそもこちらもそちらの言っている事の意味が分からない。属性の介在がなければ魔術が発動できないとは、如何なる事を意味するのか。属性とはその魔術がどのタイプに当てはまるか分類するための指針であり、決して魔術を発動させるために必要不可欠な力――要素ではない。


 ないのだが、いや、まさか――


「……スイメイくん。この世の魔法は全てにおいて、エレメントの力を借りて顕現させるものだ。エレメントの力を利用しなければ、魔法は決して使えない。そのはずだがどうして君は、魔法をその理から外れて扱う事ができるんだ?」


 そう、そんなレフィールの眇めるような睨め付けと、油断を欠片も排した訊ねの言葉が、この不可解の焦点だった。

 つまり。


「――ああ。ああ、ああ、ああ! はっ、そうかよ。なるほどようやく分かったぜ……ここの魔法ってのは元素を付与するんじゃなくて、元素自体を発動の媒介にしなきゃ行使もなにもできないものなのかよ」


 はたと、この世界に来てからずっと疑問に思っていた事が、やっといま氷解した。何故、この世界の魔法使い達が、魔法にわざわざ自然属性をつけるのか、それをたったいま理解した。

 当初、水明はこの世界の魔法をどこにでもあるような自然魔術だと思っていた。
 自然魔術とは、自然の力を利用して魔術を発生させるもしくは、魔術で自然現象を発生させるものなのだが――それはさておき。

 見たまま、自然魔術らしきものだったから。
 だから誤解したのだ。しかし、蓋を開けてみれば似て非なるもの。


 扉を開けた魔術を例に取ろう。別に自然魔術で扉を開けるならば、単純に引っ張るか押すかの力も自然にある力なのだから、それを利用すれば良いだけなのだ。

 質量の軽い風の力を注ぎ込むのは、まずもって無駄の極みである。

 そう。ここの魔術が、普通の自然魔術であるならば。


 つまり、だ。それができないと言う事は、こちらの魔術は自然のあらゆる力を利用した魔術ではないと言う事になる。彼らの言う元素――限定された八種のエレメントを用いてしか魔術を顕現できないため、発動した魔術には何らかの際立った属性が必ず発生してしまうのだ。

 八種の属性を扱うために魔術を使うならば便利かもしれない。それなら、決して無駄な魔術ではないのだ。ないのだが、それ以外の魔術となると途端に実用性を疑うものとなる。


 ……何を用いて魔術を為すかはその土地土地の文化によって往々に変わるものだが、これは確かに目新しい。


「いちいち元素――いや、エレメントとやらにも頼らなきゃならないなんて、やりにくい話だな。魔術行程が無意味に増えて、その分手間が掛かるだけじゃねぇか面倒臭くてアホらしい」


「な、何を言ってるんだお前は……」


「何をも何もねえよ。防御する魔術が、防御するために属性を操る魔術になっちゃ、やりにくいって事だ」


 おそらく異世界の魔法は、魔力、術式、防御という流れの行程で行使されるのではなく、魔力、術式、エレメント、防御という行程を辿る必要がある。だからこの世界の魔法は詠唱も長く、詠唱をしないと驚かれるのだろう。


 やりにくいのは仕方ない。これは最初にこの魔術を作った者の考え方のせいないのだから。


 だが、言わずにはいられない。現代魔術師として。効率的でないと。何故この世界の魔法とやらは、知っていくにつれて穴ばかりに目立つのかと。


 ……フェルメニアの時もそうであったが、水明はこちらの世界の魔術をまだ研究してはいない。いや、正確には出来なかったが正しいだろう。確かに、城の書庫にも魔導書はあった。あったが、それを読む事は水明には出来なかった。


 それは何故か。当たり前だ。水明の世界の魔導書というのは、いわゆる奥義書を指すものだ。決して、魔術の初心者を一から魔術師にするための指南書や、見れば誰でも魔術が扱えるようになる手引き書きではないし、物によってはそれ自体が一つの魔術というものというタイプもある。

 ならば、それを見て魔術を覚えようにも、覚えられる訳がない。通常魔術の初歩的な知識は師から教えられる非常識であるため、魔導書には記載されているはずもなく、それ以前に魔導書など開けば一見して訳の分からない記述があるばかり。物によっては精神を蝕む狂気の魔導書や、未知の魔術を掛けられる極めて危ないものすらある。
 読もうにも解読は必須。読むため、身を守るための魔術品も必須。相応の時間も必須。それらを全て揃えられない王城では、水明は魔導書に手を出す事は出来なかったのだ。


 もしやすれば向こうとはその常識も違うかと、危なくなさそうな物を一冊手に取ったがやはり解読は必要だったし、黎二や水樹がフェルメニアから魔法を習っていたあたり、こちらでも魔導書の定義は向こうと同じようなものと言えるだろう。

 だから、水明は魔法の解明に勤めなかった。それを解読するのに永い時間を要するならば、この世界の成り立ちや、自然、伝承など魔術の根本となり得そうな事柄から把握した方が余程ためになると思ったから。


 そしてそれに加え、覚えきれないほどあるこの世界の常識の把握と、英傑召喚の儀に用いる召喚陣の解析に時間を取れば、結局こちらの魔術は体当たりでしか覚える機会がない。


 あとは水明。純粋に未知の魔術戦に興味があったという部分もある。
自分の知らない神秘を肝要とする彼にとって、新しい感動があるのではないかと期待したのだ。


 ……あの日、そこまで溜めた結果がどうだったのかは、取り立てて言うまでもないが。


「……まあいい、やろうぜ。驚いてるのはあんたらも俺も同じ。イーブンなら、構いはしないだろ?」


「く……」


「割り切れよ。あんたの魔法は遅れてて、俺の魔術は進んでる。そんだけだ」


「お、遅れてるだと……?」


「ああそうさ。遅れてる。俺のいたところにある神秘に比べれば、残念なほどにな」


 と、こちらが嘆きにも似た言葉を口にするや否や、エヌマルフが。


「っ――。属性が無いだけで何をいい気になっているっ! そんなもの、威力と数さえあればっ」

「確かにな。道理だ。だが、あんたにそれが果たして出来るか?」


 その試すような問いに返って来たのは、詠唱。


「――風よ! 汝が悠久なる力をもって、陣を為せ。其は暴虐なる陣。数多の破壊を空に産み出し、我が敵に殺到するがその正義。ノイズドタイラント!」


 鳴り渡る鍵言は――騒がしき暴君。エヌマルフを中心に渦風が舞い上がったのも束の間、空気の蟠ったような揺らめきの場が周囲に幾つも発生する。これは先程の単一のものとは違う、空気弾幕の陣だ。数と力で、こちらの傲然とした物言いを圧倒する気か。

 だが。

「Secondum perfectus!」
(第二城壁、強化展開!)


 暴虐の嵐が激甚な音を引き連れて殺到する。一つ一つがこちらの指弾を遥かに超える威力を秘める、それが十か二十か、いやそれ以上。

 術式を変化させ一層その輝きを増した防御陣に対し、連続してぶち当たる。

 ――連射(ラッシュ)
 その言葉さながらに続く、砲撃の雨あられ。
 城壁に一瞬拮抗しては消え、拮抗しては消えを繰り返す。ならば、こちらに打撃は微塵もなく。防御陣に瑕疵は一切ない。


 やがて終息する風の魔法。焦点は大まかなものだったか、辺りの床から風塵が舞う。
 それを取り巻きにして、つまらぬものだと冷ややかに見据えると、言葉を失ったエヌマルフが。

 魔杖を構えたまま、もう手が尽くせぬと止まっている。


 最中、後ろから地面を強く蹴る音。ライカス。


「調子にっ……!」

 両手剣を構え、こちらに向かって弾かれたように躍りかかる。魔法の終わりを狙う奇を衒った襲い掛かりだが、それにこちらが反応できる以上まだ遅い。


 エヌマルフから翻り、腕を下げたままライカスへと視線を走らせ、第一城壁。局所展開。


「Primum excipio!!」


「――乗んなよっ!!」


 剣と壁が衝突すると、ぎゃぎゃ、と歯車が擦れたような激しい擦過音が内耳をつんざく。振り向き様に叩きつけられる実体の剣と、それを見越して展開される非実体の壁その両者が、貴様が退けよと火花を散した。


 だが、城壁を剣で叩いても無意味なように、ここでもそれが当たり前。魔法陣を削れずに、剣の方が削れている。


「届かんよ。その程度ではな」


「う、ぐぅ……」



 ――ただ佇む相手に、攻撃を睥睨されるばかりとは、なんと滑稽なことか。そのライカスの苦悶が好機と見定めて、防御を突破できないライカスの剣に込める力が緩んだ隙に、左へ踏み込む。


 鷹揚な闊歩の真横で、剣を空振りさせるライカス。
 場所の入れ替わりを期に、彼を尻目にもう何度目かの防御陣を構築する。


「Quartum excipio……」(第四城壁、局所展開……)

 反転気味に繰り出されたライカスの剣撃を止めたのは、四つ目の壁。外界から掛かる威力を丸ごと叩き返す、第四城壁。

 そしてその第四城壁の威力反射でエヌマルフのいる場所に吹き飛ばす。

「うお――」

「何――!?」


 弾かれる影と、後にくる衝突音。それに混じる周囲からの驚きの声にも、感慨はない。威力反射は物理的威力も例外ではないのだ。こんなの出来て当たり前。

 故に、相手の立ち上がる影すら見る前に、なお有り余る攻撃の御手は加速。


「Nutus.Multitudo decresco……」
(質量低減、重力軽減……)


 瞬間、踏み出した一歩が数十倍に。そんな魔術によって確約された疾走に、だがしかしライカスは反応した。持った剣を要らぬと左手に、利き手空拳での逆転を期したカウンター。

 悪くない。確かにあそこまで言うだけの事はある。

 だが、反応できるのはこちらも同じ。水銀刀を右手に、対なる弓手をその盾とする。


「止められるかよっ!」

 怒号。カウンターに対して庇うようにかざされた己の左手。細腕に止められるとは思わぬが故の叫びだろう。確かに己の腕力のみでは、その一撃を阻めはしない。


 ――そう、腕力のみでは。


 右手と左手が重なるインパクトの瞬間。元から焦点など定まっていなかったとでも言うように、手袋をつけた手のひらに当たった拳がいなされたように外側へと流れていく。


 ――齟齬のグローブ。接触した物に“食い違い゛を引き起こさせる魔術品。真正面から受け止めれば齟齬であるがために噛み合わず、必然ズレを生じさせる。

 そのまま、即座に床に剣を突き刺して、ライカスの襟元を掴んで柔術の要領でぶん投げた。相手の突き出した拳の勢いに、こちらの投げの力が加味された猛然とした速度と力、その中に、ライカスは豪快に投げ出されてしまう。


 そして、その行方すら見ぬまま、体勢を整え直したエヌマルフの方を向く。魔杖を構え、後は呪文を唱えるだけの魔法使いに――


「良いのか? あんたの魔法は効かないぜ」


 言葉によるプレッシャー。エヌマルフの魔法が効かないのは先ほど実証済みなのだ。なんせ、完全に防いだのだから。


 正鵠を射られ、苦渋に顔を歪めるエヌマルフ。


「ぐ! だがそれでも――」


 やると言うか。魔術合戦。その意気や良し。その熱意に乗って、こちらも打ち倒すために魔術詠唱。


「Buddhi brahma.Buddhi vidya」
(目覚めよ力。大いなる知識と共に)


「――風よ。汝が悠久なる力をもって、吹きすさべ」


 同期する魔術と魔法。予備動作もないままそうなれば、勝利を左右するのは詠唱速度。しかしカバラの秘法である圧縮詠唱技法(ノタリコン)を使われた魔術の前には、属性を要する魔法などもはや愚鈍の極みでしかない。早さ比べに徹してしまえば向こうが負けるがその道理。


 ――ただそれは、術が同等であればの話。


「ゲイル!」


 先に呪文と鍵言を唱え終えたのは、自身ではなくエヌマルフだった。意外な事に、二、三小節しかない短い詠唱である。術式にも攻撃性がなく、それでは危害を及ぼせるはずもない。


 それならば何故、今このタイミングで扱うのか。


 その疑問は直ぐに解明された。


 そう、魔力を伴った強風が、自身の背後から吹いてきたのだから。


(やるじゃねえか――)

 背中に冷たい予感を感じながら、口許を喜悦の混じった笑みに歪める。魔術戦を望まず、駆け引きか。エヌマルフ。その身を懸けた渾身の援護に、手放しで称賛を送りたい。


 故の魔術行使。唱える詠唱文は、ブッディ、ブラフマ。ブッディ、ヴィディヤ。ブッディ、カランダ――


「Buddhi karanda trishna!」
(そして、甘き声の渇きにその身を委ねよ!)


 ――トリシュナ。渇きを意味するこの言葉。五つ以上の宗教の儀礼語であるが故に、魔術的な観点からも強力であるサンスクリット語。今、それを魔術に利用する。


 そして、その渇きの言葉通り、エヌマルフの足下に枯渇の魔法陣が顕現した。


「まだだっ!」


 そんな気合いと共に、エヌマルフの身体から、外界に出ていく魔力が増大する。
 魔力を放出して力づくで術式に抵抗する気か。それは概ね魔術に対抗する最後の手段。誰かのために術を使った後の対策としては、悪くない選択である。

 だが残念ながら、こちらは枯渇の魔術――クラヴィンカヤの甘き声。相手に魔力を吐き出させるのがこの魔術の本質、つまり。


「な――がぁあああああああ!!」


 絶叫と共に、魔力の放出が制御を超えて加速する。間もなく、力を削ぎに削がれたエヌマルフが膝を付いた。


「おぉおおおおおおおお!!」

 次いで、真後ろからライカスの雄叫びが聞こえる。豪快な投げを決めたはずなのにこの距離なのは無論、エヌマルフの援護があったため。
 だが、取り乱すよしはない。今しがた突き立てた水銀刀を鷹揚な動きをもって引き抜き、そして武者が兜から垂れ下がった竜尾をぶつけるかの如くに、反転。


 両手剣に反射する光が剣身をなぞり落ちるよりもなお先に。


 自身の剣が一瞬早く――


「ぐ、う……」


 剣を振り下ろそうとしていたライカスに、胴と首の泣き別れの可否を訊ねていたのであった。


「――これで、俺の勝ちだと思うが、どうだ?」

 その問いに、文句を付ける余地は寸毫も、ない。


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