4日夜から福島第一原発では、施設内に溜まった低レベルの放射性物質に汚染された水を、海に放出する作業が行なわれている。
放射性物質の漏れを起こしたそもそもの要因は、電力がストップし、原子炉を冷却させる水の循環システムが機能しなくなってしまったことによるもの。これは、地震の揺れによる被害ではなく、その後に襲った14mを超える大津波によって、屋外に設置されていたバックアップ用ディーゼル発電機用の燃料タンクと、建屋の地下にあった発電機が稼動しなくなってしまったからである。
地震の揺れには耐えられた原発も、大津波の前にはなすすべもなかったということ。では、これほどの大津波に襲われることを想定していなかったのだろうか? いや、平成21年6月24日に行なわれた原子力安全・保安院の安全審査(通称「バックチェック」)では、まさに福島第一原発に対する巨大津波の懸念が警告されていた。
このとき、津波への懸念を語っていたのは独立行政法人・産業技術総合研究所(産総研)活断層・地震研究センターの岡村行信センター長。以下が、「総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 耐震・構造設計小委員会 地震・津波、地質・地盤合同WG(第32回)議事録」から抜粋した、その部分である。
「ご存知だと思いますが、ここは貞観の津波というか貞観の地震というものがあって、西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、(38年の)塩屋崎沖地震(の津波)とは全く比べ物にならない非常にでかいものが来ているということはもうわかっていて、その調査結果も出ていると思うんですが、それに全く触れられていないところはどうしてなのかということをお聴きしたいんです」
平安時代に編纂された『日本三代実録』の中に、この「貞観津波」に関する記録があり、その際、仙台平野が水浸しになって千人以上が亡くなったと書かれている。また、巨大地震による津波で千年ごとに仙台平野の水没が繰り返されていると指摘する最新の研究もあった。だが、東京電力の「西村」という人物が、こう答えている。
「貞観の地震について、まず地震動の観点から申しますと、まず、被害がそれほど見当たらないということが1点あると思います」
これに岡村氏が、「被害がないというのは、どういう根拠に基づいているのでしょうか」と食い下がった。すると、東電「西村」氏は、こう答えた。
「済みません、ちょっと言葉が断定的過ぎたかもしれません。御案内のように、歴史地震ということもありますので、今後こういったことがどうであるかということについては、研究的には課題としてとらえるべきだと思っていますが」
この後、東電側は岡村氏の指摘を「地震の揺れ」の問題にすり替え、塩屋崎沖地震を想定すれば十分だと主張した。岡村氏は、そうではなく「大津波」の問題であり、巨大津波が東北地方に幾度も押し寄せていることは、産総研の調査でも、東北大学の調査でも分かっていると反論した。
結局、東電側はここから活断層の長さの話に移行し、最終的には時間切れとなり「福島原発における津波対策」は、“今後の課題”とされてしまった。
もしこのとき、「大津波対策」が真剣に話し合われ、予備のディーゼル発電機と燃料タンクを高台に設置するなど、別系統の電源が用意されてさえいれば、福島第一原発の事故はここまでひどいことにはなっていなかったはずである。
(取材/ルポライター・明石昇二郎とルポルタージュ研究所、写真/井上賀津也)
■この議事録は、原子力安全・保安院のHP【http://www.nisa.meti.go.jp/】で公開されている。
海抜約10mの地点に建っていた1~4号機は津波の直撃を受けた。